drei waltz

朝雨

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介入先は東の街 1

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ピッピロピロリロピロリン
ピッピロピロリロピロリン

分厚い遮光カーテンを使って朝日を拒否する6畳一間。
テーブルの上でスマホが誰かからの着信を告げている。

けたたましい旋律にケンゾウは顔を歪め、どうしてマナーモードにしておかなかったのかと昨夜の自分を責めてから、そのまま無視を決め込むことにした。

俺はまだ眠い。起きたくない。どうせ起きたってロクなことはないのだ。眠り続けてしまおう。

そんな思考をグルグルと回しながらまどろんでいると、やがて着信音がプツリと途切れた。電話の主は諦めてくれたらしい。

ふう、と息を吐き、ケンゾウが布団を被り直したところで。

ガンガン! ガンゴンガン!

今度は玄関のトビラが何者かによってノックされた。
ノックというよりも、おそらく殴打である。
続いて聞こえてきたのは耳に抜ける女性の声。

「ケンゾーくーん。起きてー。起きろー。仕事が入ったわよーとりあえずここ開けてー。ケンゾーくーん? いるんでしょ、おーいケンゾー」

ガンガンガンガン! ゴン! ゴンゴン!!

凛とした声色と並行してトビラを殴る音がだんだんと大きくなっていった。
このままでは扉が破壊されるのではないかと一抹の不安がよぎるほどに。

マジかよあの女。
イカれてる。
頭に浮かんだ一言を音声にするには気が引けたので(地獄耳に捉えられると何を言われるかわからない)、ケンゾウは舌打ち一つで消去しておくことにした。

布団から這い出し、スマホを手に取ってから玄関に数歩進む。

玄関のカギをガチャリと開けつつスマホの着信履歴を確認し、ケンゾウはグエエと声をこぼした。
同時に重たいトビラがぐいんと強引に開かれ、グレーのスーツを身に纏った長い黒髪の女性が姿を現した。

「おっはよーケンゾーくん。ちゃんと電話出てよ、玄関まで来ちゃったじゃない」
「ていうか、明らかに家の前まで来てから電話したでしょジュンナさん…」
「そこの路地からかけたってば。はい、おはよーお邪魔しまーすうっわ何これちゃんとゴミは捨てなさいよー」
「…」

なんと強引なのだろう…。ケンゾウはため息とともに肩を落とし、一刻も早く部屋から出ていってもらうことを願う。
そんな彼の気持ちなど一切無視するように、ジュンナと呼ばれた女は、黒のパンツとジャケットに白のブラウスといういかにもビジネス用のいでたちで、胸のあたりまで伸ばした真っ赤な髪をかき上げてから、テーブルのそばに座り込んだ。
グラマーな体系が目を引くが、ケンゾウは一切興味を示さない。グレーのスエットのまま、ベッドに戻ろうとする。

「ちょっとケンゾーくん、何を二度寝しようとしてんの。はい、お茶出して!お客さん来たわよー!」
「あつかましい…」
「ちょっと、また身長伸びたんじゃない!?これ以上私と差を開けないようにしてよねー、キスがしづらいわ」
「180㎝から変わってねえしジュンナさんとキスしたことねえしこれからも予定はないっしょ」
「そうなの!?あなた、私の心をもてあそんでるだけなの!?」
「全然そんな気ないのに人聞きの悪いこと言わないでくれよ!?」

毎度面倒な人だ…。とりあえず話を聞いてさっさと追い返そう。
ケンゾウは冷蔵庫から飲みかけの緑茶のペットボトルを出し、コップはその辺の使ってくれ、と言ってジュンナに手渡した。

「わ、間接キス公認ねありがとう」
「おい」
「それでね、仕事の話なんだけど」
「…」

呆れるケンゾウの表情を確認することもなく、ジュンナはスマホを取り出しケンゾウの顔面に突き出した。

「これ。魔王城跡で10日前にものすごく大きな魔力反応が出て、2日くらいで消えたあと…ほら、移動してるわ」
「へー、こりゃすげえな。伝承遺物クラスじゃねえの」
「でしょー?さっそく回収しに行きましょ」
「はあ?何言ってんだよ、先週こっちに戻ってきたばっかりで」
「そっちこそ何言ってんの!今ならまだ所在を追えるけど、そのうち魔物か魔導士たちが隠しちゃうわよ!こんな規模のお宝は滅多に出ないんだから、さっさとハントしましょ」
「無理無理、あと1カ月はダラダラするもんね俺は…ぐぇっ、おい待て離せ!」

ジュンナはケンゾウの手首をがっしりと掴み、強引に玄関へ引っ張った。見た目の体格差とは正反対のリアクションで、ケンゾウはジュンナの動きに逆らうことができないでいる。

「よーしさっさと介入しにいくわよ、カズくんの部屋へ移動移動!」
「いーやーだー!」
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