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心の扉、叩いて
しおりを挟む放課後。
生徒達がざわつく体育館方面に続く廊下。
かつての美術部の生徒が描いた絵が多数飾られているその廊下を宇留は進んでいた。
「············あ!宇留!」
体育館方面からバツが悪そうに口元をひきつらせた五雄がやって来て、前から来た宇留に気付き更に困った顔になった。五雄は腫れ物に触れるように宇留に声を掛ける。
「えと?宇留?あの、あのさ······」
「······」ポン♪
宇留への心配から、表情の芯が定まらない五雄に目配せした宇留は、無言で笑みを浮かべ、五雄の肩をすれ違い様にポンと叩いて通り過ぎる。その横顔が何処と無く大人びていて、五雄は見とれてしまっていた。
「?」
活気付く体育館は、廊下から入った後方の用具室側で女子バレー部が練習中。
そして壇上側の前方では男子バスケ部が練習中だった。
廊下から体育館に入って、前方の壇上方向に向かう左側に区切られた通路を通った先にある壇上の左側には、体育館裏の武道場に向かう通路がポッカリと扉を開けている。いつも武道場は、空手部と剣道部がスペースを半々で共用している筈だった。だがその入口の通路付近に屯するどちらの部とも関係ない生徒が多い気がする。やはり何かあったらしい。
体育館の高い窓際のキャットウォークの下から、申し訳程度に垂らされたバリケード代わりのネットで区切られた練習スペース脇の通路を、宇留はボールがネットに飛んで来ませんようにと願いながら武道場へと向かう。
そこには空手部の練習スペースを囲むように、見学者が大勢居た。
「ありゃ?」
宇留は見学者達の後方、頭の合間からヒョコヒョコと顔を出し空手部の様子を窺う。宇留がいつか偶然見た大昔のドラマの印象だと、道場破り···こういう時はもう既にKOされた選手が、一番強いヒトを除いて全員そこいら辺に転がって悔やんでいるイメージがあったが、そんな事は無かった。空手部で一番体の大きい事で有名な、隣のクラスの男子が青い真顔で正座して隅っこで待機しているのが気にはなったが。
肝心の道場破りは女子だった。
制服に裸足、練習用グローブを装着し、結わえていない髪はフワッと少し横に浮いていた。宇留の居る方に背中を向けているので顔は見えない。
つい先程、風の噂に聞こえた名前。宇留はその女子生徒が誰だったのか予感が当たった。その彼女とは色々あったとはいえ、青春は一悶着二悶着ばかりである。
「!」「!」「!」
宇留の近くに居たクラスメートの数人が、宇留に気付いてギョッとしたのが分かった。やっぱりみんなまだ気にしてたんだな?と宇留は微笑みを堪えた。
「!······」
その中でクラス委員長の女子、谷泉 真弓子だけはメガネを押さえ、宇留をキッと睨んで視線を道場破りの少女に戻した。
やがて少女の前に、女子空手部主将の梅外 ミタバが笑顔で登場した。
「···いいよ!おいでッ?!」
梅外主将は構えを取る。
「二年っ!藍罠 磨瑠香ですっ!よろしくお願いします!」
磨瑠香は大声で名乗り、構えた。
うおおーーっ!
学園でもベスト20?に入らんとする美少女同士の対戦にギャラリーの生徒達は男女問わず盛り上がった。
腰を落とし、構えながらのステップで間合いを取る両者。
どちらかが隙を見極めたのか、どちらかがあえて誘ったのか?
瞬きをして終えるような瞬間、両者は踏み込み合い、互いの腕の付け根と鎖骨周辺に数発のパンチが子気味良く入り、ローキックのラッシュに流れ込みそうな雰囲気を残し、磨瑠香の下段蹴りの空振りを最後に再び距離が空く。
同じような攻防が何度か続き、今度は磨瑠香が積極的に踏み込み、ミタバ主将が数歩のみの踏み込みで前に出た時だった。
「♪~~」
「!」
ミタバ主将の唐突な口笛を警戒した磨瑠香は、左サイドステップから再び前に踏み込む。
ミタバ主将は磨瑠香の突きを裏拳でクルリと軽くいなし、懐に入る。両者の顔が近付き、驚く磨瑠香だったがミタバ主将は何もせずに磨瑠香に聞いた。
「緒向師匠はお元気?」
「!」
組み合ったまま一瞬ピタッと止まる両者。
その時、磨瑠香は正面こそ見ていたが、視界の端に宇留の雰囲気を見付けた。ミタバ主将は今度こそその隙を突こうとするも、磨瑠香の瞳にリラッと増えたハイライトに体が勝手に反応し、腰を落とし身を屈める。
その時にはもう既に磨瑠香のハイキックが、ミタバ主将の頭上を通過し、下がった頭に取り残されたポニーテールの先端をチッとかすめた。
ワッ!ーー
ミタバ主将は磨瑠香と距離を置き、ギャラリーの喧騒に混じってわざとらしく驚く。
「おおっー!あーたったー!危ーん!」
「?!」
ミタバ主将は構えを解いて胴着の襟を整えた。磨瑠香も同じく姿勢を戻し一礼する。
「いいねェ?いつでもいいから落ち着いたら部来なよ?」
「は···押···忍!、ありがとうございました!」
「うん!······はーい!ミーティン!」
ミタバ主将、関係各方面、ギャラリー、道場もとい練習スペースに頭を下げ一礼する磨瑠香を尻目に振り返ったミタバ主将は、部員達を召集した。
「磨瑠香!」「ルかちゃん!」「藍ちゃーん!」「うおー!」「マルカ!」
練習スペースを後にした磨瑠香にクラスメートの女子が数人詰め寄る。
「オイっ···す~?エヘヘ···」
一度転校し再び衣懐学園に戻って来た磨瑠香。久し振りのクラスメートとの再会に、少々ぎこちない対応をしつつも、誰かを探す。
「磨瑠香さーん!」
「!、イェイ!」
宇留の声に気付き、パアッと笑顔になる磨瑠香。二人の距離感に戸惑うクラスメート達。宇留に近付いた磨瑠香は、ハイタッチすべく左腕を上げ、宇留もその意図を汲む。しかし······
スパァァーーーン!
「「あダダダダダダ!!」」
思いの他気合いの入ったハイタッチにより、二人は同時に腕を抱えて大袈裟に悶絶してしまった。
クラスメート達は二人が“仲直り済み„である事は理解出来たが、この状況に困惑する。
「くっ!相討ちか?腕を上げたな!?」
ある女子生徒が凛々しい作り声でコメントする。
「なんでライバル同士が再戦したみたいになってんだよ?」
すぐ側の男子生徒がコメントにツッコむ。なんだかんだ言ってクラスメート達の余計な心配は払拭されたようだった。眉間に力が入っているマユミコ委員長と、ここに居ないクラスメート以外は······
「もー!宇留くんの腕硬いー!」
「だががぁ!磨瑠香さんこそスゴイパワーアップだ···!」
「ヒ!ヒィ······!」
以前と異なり、名前で呼び合う宇留と磨瑠香。マユミコ委員長は自身のあらぬ空想に顔を赤らめひきつらせた。
「コ、コノ勝負はアズケタぜ?なんちゃって?」
冗談を言いながら磨瑠香は、周囲の注目を浴びつつ姿勢を正す。
「待合室で伯母さんが待ってるから!もう行くね?んじゃまた?宇留くん!」
「うん!またよろしくね!」
磨瑠香はやけにあっさり武道場を去って行った。クラスメートの女子が数人後に続く。入口に人が集まり過ぎて、迷惑にならないようにとの配慮だろう。注目を浴びて恥ずかしそうにしていたので、そのせいだったのかも知れないとも宇留は思った。
宇留は腕も両脇腹も少し痛んでいたが、友人との再会に、気を持ち直す事が出来て嬉しかったのであった。
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