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神樹のアンバーニオン 番外編 中編 (4~6)
しおりを挟む宇留は大真半島に向かうフェリーに乗る前に、早めの昼食をとる事にした。
フェリー埠頭前の、公園が見える土産物店の二階の食堂。海を挟んだ隣県の名物がうどんというだけあって、うどんのメニューがその食堂でも充実していた。
宇留は、具が直接乗った冷しうどんと、唐揚げおにぎりセットを注文して席で待つ。
その時、視線を感じた宇留は、ふと店の前の道路を挟んだ公園に目を向けた。公園の入り口にある真っ白い女神像と目が合った気がする。しかしすぐにアート作品相手に自意識過剰も無いだろうと自己嫌悪に陥り、人が増えつつある昼前の店内に視線を戻した。
程なく登場した冷しうどんの味付けは、予想通りの出汁重視の薄口醤油味。唐揚げは宇留の好みドンピシャのサクジュワサッパリで、おにぎりは米が少しパサついていたが、その代わりコクがあって美味しかった。
中々満足した宇留は、行列中の他の客に気を使って、早々に店を出る。
「ウリュ!ちょっとストップ!」
フェリーの出港まで五分前強、しかし宇留はヒメナのリクエストで女神像の前で足を止める事になった。
宇留の胸元の服の隙間から黙って台座の上の女神像を見上げるヒメナ。青空の照り返しで、陰影がやや青みがかった純白の女神像は、服を着ているのか着ていないのか分からない際どい造形だったので、宇留は目のやり場に困った。
逸らした視線の先にあったのは、台座に刻まれた女神像の製作者の名前。
S.KAEDEBARA
「?···気のせいか···ゆこう!」
「?」
女神像の顔はどことなく、宇留がバスで出会った少女に面影が似ているような気がした。
青いブルーシートの巨大テントを張ってもらい、その奥で熟睡中の相棒を案じながら、フェリーで大真半島に戻って来た宇留。
島の近くに停泊していた国防隊の潜水艦が、一瞬汽笛で挨拶してくれた事に手を振って答えたりしながら短い船旅を終え、フェリーを降りて真っ先に小真半島方向の磯辺に向かうと、宇留は警備の国防隊員に止められた。
「あ!ちょっ!君······ああ!そうか!あなたでしたか!どうぞこちらへ···」
「すいません!お疲れ様です!」
宇留は、すぐに関係者だと気付いてくれた隊員に立ち入り許可証を提示し、促されるままアンバーニオンの仮設監視所に向かう。
ほぼ足場とブルーシートだけで組まれた見事なテントの中を進む宇留とヒメナ。
その中心、磯の波打ち際に仰向けで横たわるアンバーニオン。海水に浸かる下半身の腰周りに打ち付ける波の音が、アンバーニオンのデザインに纏わりつくリズムで奇妙な響きを奏でる。
「あの···ここからは僕だけで······」
「ハッ!わかりました!」
敬礼で答えてくれた隊員に頭を下げた宇留は、アンバーニオンの首の付け根から、胸の上へと向けて組まれた足場の階段をカンカンと早足で登った。
掴んだ手摺代わりの単管パイプは潮風で少々ベタつき、程よい滑り止めになっている。
胸部宝甲を乗り越え、赤い琥珀の上にしゃがんで、ロルトノクの琥珀を取り出す宇留。すると琥珀の中のヒメナは既に、白いツナギに青いTシャツ、ツナギの上半身は纏わず袖を腰で結び、白いタオルを頭に巻いて、ブカブカの軍手をはめていた。
「あはは!今日は整備士?」
「うん···気分ね?気分···」
「よーし!直るかなぁ?」
少しバツが悪そうに頬を染めて微笑むヒメナ。
最近のヒメナの趣味。思った通りの服に着替える技。服装の着替え、ならぬ、服想の気替え。と宇留達は呼んでいた。
だがヒメナは真剣にアンバーニオンに向き合う。宇留はペンダントの鎖をゆっくりと外し、赤い琥珀とロルトノクの琥珀を向かい合わせで接触させる。琥珀越しにアンバーニオンと触れ合うヒメナ。
「······」
「······どう?」
ヒメナは内側から手を当てていた琥珀からゆっくり両手を離し答える。
「······わかった···あの隕石カプセルから出た一時的な信号が、偶然アンバーニオンの宝甲の一時停止信号に似ていたんだと思う、それさえ分かれば······」
再び琥珀の内側から手を添えるヒメナ。
「新神寄発動機!再起動!」
するとアンバーニオンの腹の底から突き上げるような地鳴りが聞こえた。目に光が戻り、胸部宝甲が多いに震え、赤い琥珀がボンヤリと輝く。
「うおー!戻った!ありがとう!ヒメナ!」
「まだ······」
「え?」
「停まりすぎて、まだエネルギーの吸収が出来てなかったみたい。ちょっと時間かかるかも···」
「ああ~···そっか!···じゃあブルーシート外してもらおうかなぁ?」
「そうだね?···全部じゃなくても良いけど···出来るだけ太陽光が欲しい···」
そんな折、一通り再起動は安定したのか、アンバーニオンのアイドリングはゆっくりと静かになっていった。
宇留はその旨を、そして明日にはアンバーニオンを動かしてみると担当責任者の隊員に報告して、巨大テントの中にある仮設監視所を出た。
宇留が担当責任者の隊員に指定された民宿を目指して来た道を戻っていると、道端の隅に来た時には気付かなかったモニュメントを見付けた。
同じ形の岩二つに、同じ形の岩一つが乗っている。これもアート作品だろうか?と、宇留が台座を見ると、やっぱりサインが彫刻してあった。
S.KAEDEBARA
だがその後ろに降りた場所にある小川から、ゴトゴトバチャゴチョと物音が聞こえた。
なんだろうと思った宇留が小川を覗き込むと、身長五メートルはあろうかという白いロボットが、川の石を持ち上げたり、どかしたりして何かをしていた。
宇留が驚いて固まっていると、ロボットは振り向いた。
「!」
ロボットの顔は、イタズラ書きのようなバランスの悪い黒い線で、目と口らしきものが描かれている。
更に落書きは、顔の中央部に集っていて、味だとしてもこれは酷い有り様だろう。宇留がそれを気にしていると、ロボットがモタッとした口調で話しかけてきた。
「やぁ!こんにちは!今ね?釣り餌になる虫を探していたんだ!」
ロボットは、内側に泥が張り付いて見えるレジ袋を宇留達に見せる。大袋だったが、ロボットの大きさと比べると小袋に見える。その時宇留は、何故かミニリュックの片隅に入っていた油性ペンとポケットティッシュを手にロボットに近寄った。
「ちょっと顔見せて、それヒドイ」
「ええ!顔を変えてくれるのカイ?!」
四つん這いになって顔を宇留に差し出すロボット。顔の落書きをを変えて欲しいというリクエストを汲んだ宇留は、油性ペンで元の落書きをなぞりながら下地の落書きをインクの溶剤で溶かし、すぐさまティッシュで拭き取っていく。綺麗になった所になるべくバランス良く◎を二つ目として、▫を一つ口として描いてやった。
「······うーん、あんまり変わって無いよーな気もするけど···、前よりは気分がイーよ?ありがとォ!」
「ど、どういたしまして···で?君は······?」
「ぼくはシィベェ!シンプル イズ ベストの略なんだって···、君はアレダロ?昨日、琥珀ドラゴンの脇に倒れてた小僧っ子だろぅ?」
「え!君だったのか!?俺達を助けてくれたの!」
二人は体格差を超えて既に馴染んでいる。
「達ぃ?」
「あ!俺は須舞 宇留、それと···(···ヒメナ?、いいかな?)」
(ちょっと待って?)
「あ~、たち!達ね、俺と、あの···ア···琥珀ドラゴンの事!事!」
「そうかそうか!君達トモダチだったのか!そうか!ぼくァてっきりアイツがまた来たのかと···」
「アイツ?」
「あ!これは秘密だった!んあ!···んじゃ!またね!ウルー!」
シィベェは思い出したようにいきなり立ち上がると、小川を大真半島のピラミッド山の方へとバチャバチャと逃げて行った。(と、表現した方が正しかった)
「···ウリュ、ごめんね?なんか得体が知れなくて···」
宇留がヒメナとの会話の為にロルトノクの琥珀を服の胸元からヒメナを取り出すと、ヒメナの衣装はいつものシンプルなドレスに戻っていた。
「大丈夫だよ、なんだろうね?シィベェ、アンバーニオン知らなかったり、助けてくれたり、悪い奴じゃ無いんだろうけど···」
「得体っていうのは···なんかさっきの女の子と同じような···感じというか···」
「え!あのおねえさんと?」
「ぅむー!!私もまだウリュにおねえさんって呼んでもらった事無いのに!」
「あ!ハハ···ハハ···」
宇留は、若くて可愛く見えるからだよ?と冗談を返してやろうかとも思ったが、キモかったらどうしようと歯茎がムズムズしたのでやめておいた。
シィベェはほぼ舗装が無くなった旧道を、山頂に向かってノシノシ歩いていた。
「今日はあと、夕日を見て楽しんで終わりダナ?」
バチャ!カチカチカチカチ!
「ォーゥ!」
ズシャンと倒れるシィベェ。後ろに立つ通桐は、トリモチが付いた電線が伸びる銃を持って気を失ったシィベェを見下ろしていた。
「やっとか?ここで大人しくしていて貰おうか?」
その日の夕方過ぎ。
「俺ァね?どうも野球ってのが苦手でね?」
宇留が宿泊する事になった民宿。客達は十畳程の広間に集められ、夕食をとっていた。
口が止まらない壮年男性と、その男性の会話に相槌を打つばかりの男性の友人らしき男性客、なにやらご機嫌な通桐と、気疲れしたような楓原、チマチマと小鉢をつつきながらビールを飲む江洲田、そして、やけに隣の江洲田を警戒しながらオレンジジュースをチビリチビリ飲む宇留と、島から見る綺麗な夕陽に大満足して今は眠っているヒメナ、の六プラス一人。
聞こえる雑談は、口が止まらない壮年男性の声が大きく、時折通桐が五月蝿そうな顔をしていた。
「アレぁ小学校低学年の時だね?飛び入りでやってみたスポ少野球の体験入団でね?打ったのはいいんだけど、ルールも何も知らないもんだから三塁に向かって走っちゃってね?もうその場の全員大爆笑だよ!すごく恥ずかしくてね?そのまま帰っちゃったんだよ!」
「ハハ···そうだね?前にも聞いたよ」
「ああ!そうだっけ?じゃあね、その流れでね?もう野球はもういいやと思ってノータッチで過ごしてたんだけどね?高校の時にさ、人が足りないって···試合の応援だかサポートだかでクラス委員からセンバツされて何人かで球場に行った時に···えと、ほら、アレだ!バックスクリーンの操作する部屋になんか行って、なんかしてたら···なんかちょっとやっといて?的な事を言ってね?それまでなんか操作してた人がどっか行っちゃったんだよね!」
「そ、操作を?WWWWWW」
「うん!で!もう!こっちはルールも何にもわかんない只のお手伝い高校生だよ!今でこそ、その時のお陰様でちょっとわかるンだけどね?ルールも機械の操作もわかんないから頭真っ白だよ!···ん、でねぇ?もう!ヨーロッパのコメディアンみたいにホゥワァー!ってパニクっちゃって!」
「WWWWWWW」
「もうね!いきなり戦えって言われたロボットアニメの主人公の気分だよね!?操作わかんないよぉ!とかって!···」
「ゲッホン!ん!ン!」
宇留が小鉢のおからで思わずむせる。江洲田は何故かニッコォォォ!と満面の笑みを浮かべ、ビールのグラスを見つめながらイッキに飲み干した。
「?······で、そん時どうしたかっていうと覚えて無いんだけど!例えば!例えばだよ?、審判がね、ストライクッて!言ッてるのに俺が適当に操作しちゃったからバックスクリーンにボールのランプが灯っちゃった!とかそんな事になってねヘ!」
「WWW!」
「審判が操作室の俺に怒るもんだからね!バックスクリーンの異変を察知した選手全員が俺の方を睨むわけだよ!もうね!敵も味方もね?!、心を一つにして呉越同舟、俺を曇り無き眼で真剣に俺を睨むんだよ!」
「WWWWWWMWWW」
「んで、何やってんだー!ってさっきの人が戻って来たんだけどね?、オマエ!バックスクリーンの異変が見えてたんならオマエ!サボって観戦してたんじゃねーか!と思ったんだけどソレは飲み込んでね···イヤ、ルールも操作もわかんないッスって言ったら、渋々操作に戻ってくれてね?そんな事ガッタぁんだヨ~~」
「ああ~~WWW」
「で、何の話だっけ?」
「野球回の話から脱線したね?」
「そうそう!その野球回も含めてね?なんで?って。せっかくね~麗しの古代ロマンと神秘をテーマにしておきながらの作者の手腕さぁ、内容もサブタイも絶望的にダサいんだよね!真獣のサンサーストン!」
ターーーン!
カーーーン!
「!」
宇留と江洲田が、ふと強めに食器やグラスをお膳に戻す音が室内に響いたので広間が一瞬静まる。気にした宇留は、何でもないですぅ···とばかりに軽く他の客に会釈する間も無く、広間の賑わいは再開する。
「···え?そうかな?少なくとも俺の世代だったら結構テンション上がるよ?宿敵!超大倍返し!とか」
相槌の男性が意見する。
「いやね!俺もそうだけど、時代のニーズって観点からだとほら······表紙だって自分で描いてんでしょアレ?なんか、元々下手なのに、クリエイター目指してたけど力仕事ばかりで指ガタガタになっちゃいまー!とか、小説なら光沢表現やらなくてスムー!とか、ヘタ絵スクだのー、凡力シーンだのー、って言い訳ばッかりだし!···」
ターーン!
カーーン!
ガチャコワラキチャン!!
再び、宇留と江洲田が強めにグラスや食器をお膳に置いてしまった。宇留は勢い余って、空のグラスを食べ終わった食器に向けて倒してしまい、食器が総崩れになってしまった。
「あぁ、すいません···なんか、すいません···」
謝る宇留。少し黙ってから会話を続ける壮年男性達。一度、なんだよぉ?という顔をした通桐は楓原との飲みながらの雑談に戻った。
その時、声の大きい壮年男性の電話が鳴った。
「ん?知らん番号?誰だ?······はい!もしもし?」
「······あ!南途下教授のお電話でよろしかったですか?度々申し訳ありません!いつものお願いの件で······」
そこまで聞いた壮年男性はたちまち怯え、スマホを放り出す。
「ひ!ヒィ!番号変えたのに!」
壮年男性は逃げるように広間を中座して出て行ってしまった。
「あーぁ!もう!しょうがないな···」
相槌の男性は通話が切れたスマホを拾い上げ、友人のお膳の下に置く。
「これじゃ俺の新作も辛口そうだな······?」
独り言を言いながら自分のスマホを取り出す相槌の男性。開いた画面にはエッセイ、「思い出の店が無くなるのがこの年齢だと切ない」のトップ画面と一件の通知。
「うおー!誰か登録してくれた!ヒャッホー!」
どうやらフォローしてくれる人が一人増えたらしい。よかったね!
宴もたけなわの中、宇留が倒してしまった食器を気にしていると、広間に女性従業員が二人、追加の酒やらを持って入って来た。適当に客のお膳の近くに瓶ビールや飲み物を置き、一人が宇留の食べ終わった食器を片付けようと、プレートを持って来た。
「おィース!元気ー?」
「?」
その女性従業員は、バンダナを頭に巻いてマスクをしていたが、宇留はパッチリした目と声で誰か分かった。
「あぁ!昼間の!」
「資料館行ってくれたんだね?ありがと」
「なんでここにも?ここの従業員なの?」
「ライナだよ?」
バスで出会った昼間の少女、ライナは食器をプレートに乗せながら返答する。
「アルバイト!、私みたいなのだってお小遣い要るもん!ゴユックーリー~」
ライナは立ち上がり、他の空き瓶の回収に向かった。
「······」
「飲んでる?」
宇留が困ったようにライナの仕事を見ていると、隣の江洲田がオレンジジュースの瓶を寄せてきた。
「あ!これはどうも···って···」
宇留は、咄嗟に差し出してしまった新しいグラスにオレンジジュースを注いで貰いながら、ジュースの前に言いかけた言葉を飲み込む。
「······」
見て分かりやすい変装したいです感に考える事さえ面倒になったので、同調してやる事にした。
「······」
「モテるね~~?今回はどうしてこの島に?」
江洲田は半分になった宇留のグラスにオレンジジュースを追加する。
「···トモダチに会いに···グイっ」
「そうか···成る程ね?···ほらセンセ!も一つ!」
「んグっ!」
「いや~、なんか悪かったね~?、早く切り上げて、こんなオッサンだらけの所から抜け出たそうな所を?」
宇留は仏頂面で栓抜きと瓶ビールを掴み、ビールの栓を外す。
「お?」
「そんな事ニャイですよ?ほらお兄さんもお一つ」
ホニャっとした表情の宇留の顔が赤い。
「あ!これはどうもどうも!」
「おめェでとうゴザイマジュ!」
「お疲れ様でーす」
宇留が返盃する。江洲田のグラスに琥珀色の地ビールが注がれ、白い泡が一瞬ツノを立てる。
そこへ一度広間を出て戻って来たライナが、宇留の席のそばまで来た。
「お客さん?お客さんですってよ?」
「へ?お客さんお客さんお客さん?」
「や、ちょっ!酔ってるの?」
「ふれ?オレシンジュユースだけですへど?」
ライナは江洲田に疑惑の目を向ける。こういう時、美人だと怖いなぁと思った江洲田は、両手をブンブン振って否定する。
「···玄関で軍隊さんがお呼びです、お荷物ですって、さあ立ってこちらへ!」
ライナは宇留の後ろに回って両肩を横から掴み立たせ、宇留の肩甲骨辺りを押しながら広間を出る。
「なんでオレンジジュースでこうなるかなぁ?フフフ···」
笑いながら宇留を押して歩かせ階段に向かうライナ。
(はえ?なんか楽しいな~?)
見た目はアイドル級のライナとの交流と、そのクリアな笑い声に釣られた宇留のテンションが上がりそうになったその時、階段へ続く曲がり角を曲がった宇留の目の前にあるポスターが貼られていた。
空手胴着を着た何処かで見た事のあるアイドルが、炎の中で拳を突き出し、飲酒運転ダメ!と標榜しているポスター!
「うわあ!」
何故か殴られると錯覚した宇留は、階段の前でよろめく。
「危ない!」
ライナは宇留が着ていた浴衣の衣紋を掴んで、片手で後ろに投げ飛ばした。
「うわああ!」
ドッと尻餅を着いて後ろに倒れる宇留。
「あ!ごめん!大丈夫?しっかりして?階段落ちるよ?」
「く、さすが!良いパンチだぜ···!」
「パンチじゃ無いよ、引っ張ったんだよ!」
「じゃあすごい力だ、おねえシャん、何部だったの?···」
大の字に倒れていた宇留は起き上がろうとして、浴衣の裾を直し、パッパッと埃を叩き落としつつ立ち上がりながら尋ねた。
ライナはハッとして少し考えて答える。
「······弓道···部···?」
「?」
(ぬぅ······うむぅ、ウリュさいよォ······!)
「ハッ!ヒメナ!、ま、誠にィ申し訳ございませんシたぁ!」
宇留は、唐突なヒメナの覇気でシラフ?に戻れた。
結局、国防隊から宇留への荷物は宿泊用品や着替えなどで、宇留はその日、少し長めに眠ったのだった。
翌日。
大真半島から南に二十キロ程の海底。
バッタの後ろ足のような物体が一基、屈伸を繰り返し海の底を跳ね泳ぎしながら北上していた。
一基、というのは、物体が金属に見えるパーツや、明らかに一部が生体部品で構成された機械なのか生物なのか判別が付かないものである為、物体に仮に付けられた助数詞である。
その巨大な足は、時折海面下ギリギリまで跳ねて浮かび上がるので、海底を足が通り過ぎた海上には、盛り上がるような奇妙な航跡波が連続してうねっていた。
朝。民宿から宇留がアンバーニオンの元に戻ると、ほぼブルーシートは外され、最小限の人数しか待機しておらず、国防隊の船舶や潜水艦も姿を消していた。
宇留の姿に気付いた担当責任者の隊員が、小走りに駆け寄って来る。
「······急いで下さい。近場に未確認の移動物体を発見しました。こちらの方向へ向かっていると思われます!」
「!····はいッ!」
宇留は急いでアンバーニオンへと向かう。
既に足場は取り払われ、延長梯子だけがアンバーニオンの首元に立て掛けられていた。
用意されていた安全帯やハーネスを装着する暇さえ惜しんだ宇留は、延長梯子をスルスルと登り、宝甲の凹凸を飛び越えながら胸部の赤い琥珀へと飛び付くように着地した。同時に隊員達が延長梯子や周囲の資機材を撤収していく。
「直ってるかな?元気?アンバーニオン?」
しゃがんだ宇留は、赤い琥珀を手で撫でながら聞いた。
「まぁこれなら!······大丈夫!行こう!ウリュ!」
「······うん!···よーーし!」
宇留はロルトノクの琥珀を掴み、胸の前で構える。
「ウェラ!クノコハ!ウヲ!、アンバーーニオン!」
アンバーニオンの眼と、胸部の赤い琥珀が輝き、宇留はスルッと赤い琥珀に吸い込まれるように没入した。
ギュズ······!ズググググッ!
アンバーニオンの体に内側から力が込もる。
[立ちまーーーす!]
宇留の声がアンバーニオンの口部から隊員達に向けて拡声され、仰向けのアンバーニオンは右手の親指を立て、上空に向けて何度か上下させて立ち上がる合図を出す。軟質素材のように背中で潰れていた背部スタビライザーは硬さを取り戻し、それに伴って起き上がる上半身の起立を補助する。
「さて、どこかな?」
立ち上がったアンバーニオン。コックピットで宇留は感覚を作動させ、索敵を試みた。
「うわ!なんだこれ?虫の···アシ?」
巨大な足の、はっきりとした気持ちの悪い動きのイメージが宇留に伝わる。
「ウリュ!」
唐突にヒメナが声を上げる。
「どうしたの?」
「このアシ?超微弱だけど隕石カプセルから出てたあの停止信号にそっくりなのを出してる!あの時程の強さじゃないけど、気を付けて!」
「えぇ?どういうコト?······」
宇留達が疑問に思っていると、数キロ先の海で何か黒い物体が海上から跳ね上がって着水するのが見えた。
大真半島のピラミッド山の旧道。
道を登って来たライナは、ロープで雁字搦めにされ道端に拘束されていたシィベェを発見した。
「!、何てコトになってるの?」
ライナがシィベェに近付き、何処かしらの結び目に手を添える。するとパラッとシィベェを括っていたロープが全てほどけた。
「!、んぁ?ライナ!助かったよ!」
シィベェは顔見知りらしいライナに礼を言った。
「君ぃ!なんて事を!」
ライナとシィベェが振り返ると、そこには通桐と楓原が立っていた。
「君ねぇ?せっかく人が捕まえたのを!···」
「ら、頼柰ちゃん?!」
通桐の一喝を遮るように、楓原はライナに向かって一歩前に出る。
「?、知り合い?」
通桐は楓原とライナを交互に見た。
「従姉の···でも!そんな筈は······」
「従姉!、まさか!昔亡くなった楓原先生のお嬢さん?···」
「······」
警戒するライナを他所に、通桐はそこまで言って、一人だけ納得したかのように会話を一度区切った。
「···成る程ねぇ?丁度いい、君も回収しよう···」
「え?通桐さん?、それって···どういう事ですか?」
楓原が通桐に問うと同時に、もう一人男が現れた。
「その男が本当に、自立活動する未知の美術品を確保しに来た国のエージェントだと思っているのか?」
楓原の後ろには江洲田が立っていた。
「オマエは···?、そうか、ずっと俺達を張っていたのか?」
通桐は途端に嫌な目付きに変わる。
ズン!ズズン!
磯方面からアンバーニオンの足音が響く。
「お?アンバーニオン···動くつもりかぁ?」
「通桐さん!あなた一体!叔父さんの作品の調査と保護だったんじゃないんですか?」
「···楓原 進、芸術家であると同時に具現想能力者としての資質を持つ者として一部で着目されていた。あなたも何か心当たりがあったのでは?」
江洲田が楓原に聞いた。
「そ、それは!···」
「兄さん良く知ってるな?そうだ、彼の作品はイワク的、とされ奇妙な事が頻発すると噂で持切だった。だがそれは彼の能力故の事だ。彼の死後、作品に込められた彼の力は暴走と成長と一人歩きを始めた。そこに居る作品達のようにな?」
「!····」
「······」
シィベェとライナは、黙って自分達を見る通桐の白状を聞いている。
「目的は彼らに込められた具現想能力者由来の強力な“関心„の力か?どの次元にアクセスしようとしたんだ?ギリュジェサ?」
「!!、貴様!帝国の···ふん!だがそんな奴は知らん、貴様も誰か予想はつくが···」
「こちらも誰かとかどういう事だか?(スットボケ)どうやら、“本社„に顔出しも出来ない後ろめたい理由が有るようだな?」
「···何故アンバーニオンが動いていると思う?」
「?」
「俺は以前、特殊なルートでインスパイアミンを発注した。あれを再起動させる為だ」
「インスパイアミン!?それはこの星には無い物質のハズだ」
「特殊なルートと言った!、アンバーニオンの妨害があったにせよ、インスパイアミンのカプセルが地球をかすめただけで“部品„達は目覚めインスパイアミンを求めた。アンバーニオンに付いた雰囲気すらイトオシ過ぎて向かって来る程にな?」
「ギエンギエラの···復活?、何故俺に真実を話す?」
「「ギ!ギエンギエラだって?!」」
シィベェと楓原が同時に驚く。通桐、もといギリュジェサは江洲田に続ける。
「もうすぐカプセルは戻って来る。好物のインスパイアミンを使いギエンギエラが完全復活したら、あの白いロボットに込められた強大な“関心„の力を利用して取り出した異次元鉱物を喰わせる。そしてアレが完全体になれば······帝国など恐れるに足りん!」
ギリュジェサの本音が飛び出した。
「あんたが誰かは後でいい。···どうだ兄さん、俺と組んでみないか?いつまでもいつまでも植え付けられた価値観なんぞ飽き飽きだろう?」
「······」
江洲田はグルグル眼鏡を押さえて微笑む。
「通桐さん······!」
ギリュジェサは電撃銃を楓原に向けた。
「色々案内ご苦労だったね?もうすぐこの美しい島にまたアレがやってくる···早く逃げた方がいい···!?」
「と、通桐さん····ぐ、」
「そっちのお嬢さんは貴重なサンプルとして再配達分の報酬代わりにでもなって貰おうかな?女神像サマ?」
「!」
シィベェがライナを庇うようにしてしゃがみ、腕でライナを遮った。
ううー!ピンチだ!もっと!もっとぼくに力が!
画力の力がボクの顔にあれば·····
0
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薬師のロベルト・シルベスタは偉大な師匠(神様)の教えを終えて自領に戻ろうとした所、異世界勇者召喚に巻き込まれて、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。
─── からの~数年後 ────
俺が此処に来て幾日が過ぎただろう。
ここは俺が生まれ育った場所とは全く違う、環境が全然違った世界だった。
「ロブ、申し訳無いがお前、明日から来なくていいから。急な事で済まねえが、俺もちっせえパーティーの長だ。より良きパーティーの運営の為、泣く泣くお前を切らなきゃならなくなった。ただ、俺も薄情な奴じゃねぇつもりだ。今日までの給料に、迷惑料としてちと上乗せして払っておくから、穏便に頼む。断れば上乗せは無しでクビにする」
そう言われて俺に何が言えよう、これで何回目か?
まぁ、薬師の扱いなどこんなものかもな。
この世界の薬師は、ただポーションを造るだけの職業。
多岐に亘った薬を作るが、僧侶とは違い瞬時に体を癒す事は出来ない。
普通は……。
異世界勇者巻き込まれ召喚から数年、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。
勇者?そんな物ロベルトには関係無い。
魔王が居ようが居まいが、世界は変わらず巡っている。
とんでもなく普通じゃないお師匠様に薬師の業を仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。
はてさて一体どうなるの?
と、言う話。ここに開幕!
● ロベルトの独り言の多い作品です。ご了承お願いします。
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