神樹のアンバーニオン

芋多可 石行

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 「背骨の周囲が何か···膜のようなものでくるまれているように見えます。恐らく脳まで達していると思われ···どうしてこれで健康的でいられるのか?······正直どうも······」

 百題は宇留のレントゲン写真のデータを見ながら眉間にシワを寄せ、担当医のコメントを思い出していた。
「班長!今いいですか?」
 特査課のオフィスに飛び込んで来た部下が、百題のデスクに駆け寄って来る。
「彼は?」
「あ!失礼しました!ランチャーからスコアボードへ、定時連絡異常ありません。それもですが!」
 部下はスマホで検索済みのとあるスレッドを百題に見せた。

 送電鉄塔が増えてる巻沢市。敷地内無断 送電鉄塔。この鉄塔路線番号プレートメチャクチャ。電線無し送電鉄塔。ホヤ直送選べる日本酒セット。巻沢市の小次郎原線なんじゃこりゃ?

「電力会社のコールセンターにも同様の連絡が数件寄せられています!これって······?」
「次から次へと······彼をよびもどそうかな?」
 百題は椅子から立ち上がり部下と共に何処かへと向かった。




 一方、上居脇山ランニングコース。

「おーーい!」
 宇留を見つけた磨瑠香は、年相応な可憐な小走りで宇留と照臣に駆け寄って来た。
「い、いかんッッ!」
「動かないでよ!寸止めェ!」
 磨瑠香と照臣に言われるまでもなく、宇留はフリーズし続けていた。
「ハッ!」
 急に磨瑠香は雄々しく体を引き絞り、宇留の眼前で正拳突きをピタっと止める。デオドラントの爽やかな香りがする拳風が宇留の顔の輪郭に沿って流れて抜けていった。
「······」
 宇留は服越しにヒメナの琥珀を押さえて咄嗟に守っていた。磨瑠香は構えを解いて微笑み、続けてファスナーが開いていた重拳隊のスタジャンの前を開けて胴着を見せる。
「エヘヘ~最近ねー空手始めたんだー!。?···偶然!須舞くん!どうしたの?ここで?」
「う···うん······!」
「?···ちしねー、こっち転校しちゃった!」
「!!!」
「······?」
 宇留の反応の悪さに、磨瑠香は微妙に悲しい顔を見せた。
「!ーーーーーーーー」
 そんな磨瑠香の無意識な三倍ギスギスがえしに宇留の心はゴッソリえぐられる。

 宇留がT都の学校でトラブルになった女子生徒こそ、藍罠 磨瑠香。そのひとだった。

「そ、れ、より!ちょっと待っててね!須舞くん!」
 そんな宇留の動揺を知ってか知らずか、磨瑠香は元気な表情に戻ると宇留の両肩を掴んで脇に押しやり、照臣の前に踏み出した。
 照臣は数歩後退あとずさり、磨瑠香を警戒していた。
「な、なんだョー!」
「ヤマイシクン······我らが師匠が君の手からビームの伝授をご所望しょもうでねェ?師匠の悲願!伝説のを完成させるために!」
「手からビーム!伝説の波ァ?!」
 どうしてかパニぃの目が輝く。
「サァ、ナンノコトカナー?(スットボケ)」
 照臣は両手を頭の後ろで組んで、右上を見上げ、腰から上半身を左右に振り回していた。
「?アレ?なんか変じゃない?」
「?」
 照臣の視線の先には杉林が切り開け、遠くの景色が見える。夕方の雰囲気の空、乱立する送電鉄塔。僅か下方に見える街の輪郭。
「アレ?ホントだ!なんか違う·····けどなんだろね?」
 磨瑠香の言葉に、前に出たパニぃは真剣な表情になった。
「······」
 その隙を突いた照臣は宇留の背中に回り込む。そして左肩をポンと叩き、まるで手品のようにすぐ姿を消した。
「······!あーーっ、ドコ行ったー!」
 照臣が居ない事に気がついた磨瑠香は大騒ぎで辺りを探している。パニぃの方は何処かへ連絡をしていた。
 こ···こんなキャラだったかな?
 問題が起きる以前、宇留の知っている磨瑠香はどちらかと言えば控えめな女の子だった。だが全然根が暗いというわけでも無く、学校で荷物を運んでいると率先して半分持ちに来てくれたり、消しゴムを切り分けてくれたり、ちょっとアニメの話もした位の間柄でしか無かった。だが格闘技を習う程気力に満ちているとは今まで思えていなかった。
 照臣を探して道路際の側溝まで覗き込んでいた磨瑠香は急に頭を上げ、アルカイック スマイルで宇留に顔を向ける。
「!!」
 磨瑠香の心象が読めない。本題が来るのか?正直、洞窟の男エシュタガとカフェ、の時より怖い。
 その時、国防隊の軽四駆が宇留達の前に止まった。
「よ!宇留くんじゃん?コンナトコでどうしたの?」
 藍罠兄ヨキトが車で通りすがった。
「おニィ!」
 藍罠兄の車まで走って来た磨瑠香は、何事も無かったかのように宇留の至近距離そ ばに立った。
「!」
「よぅ磨瑠香!がんばってんな!、?ん、えーと?」
「あれ?おニィって須舞くん知ってんの?」
「ホラ!昨日言ってた警護する王子様って···えええ!お前、宇留くんと知り合いなの!?世の中狭いな~!あ!そっか!宇留くんT都だもんね?」
 スマホの画面を閉じながらパニぃが三人に近寄る。
「相変わらずネタバレ魔ですねぇ?」
「あ、お疲れッス!昨日はどうも!」
「元気そうで良カッタです。藍罠さん、なんか聞いてませんか?」
「え?いや、なんにも?」
「もしよかったら宇留くんをこのまま駐屯地まで送ってくれませんか?」
 パニぃがいつになく真剣なので、藍罠は何かを察した。
「!······わかった。···磨瑠香?、師匠には俺が後で連絡スッから今日はウチに戻ってな?······雨が降りそうだ」
「ええェ?」

 宇留はパニぃに引き寄せられ、藍罠の車の助手席に押し込められる。
「じゃあ、雨宿り、ヨロシクお願いしますね?」
「······須舞くん!」
「!」
 磨瑠香が宇留の乗り込んだ助手席の開いた窓に一歩詰め寄る。
「······ま、またね?」
「······ぅ···ん···」
 藍罠は妹とパニぃに軽く敬礼をすると、駐屯地に向かって走って行った。
「······」
「送電鉄塔······多くない?」
 磨瑠香は少しうつむいていたが、パニぃの言葉にハッとして遠くの景色を二度見した。
「あ···ホントだ!ナニあれ?」
「なんか変だよ?お兄ちゃんの言う通り。お部屋戻ったら?自転車貸す?」
「だ、大丈夫です!走って帰ります!もっと強くなりたいので!寄る所もあるし、し、失礼します!」
 磨瑠香はペコリと頭を下げ、やって来た方向。宿舎方面に走って戻って行った。
「······青···春······ッ!」
 パニぃはしばらく笑顔で見送っていたが、やがていつものニヤケ顔に戻ると、この空気感を堪能していた。




 な、なんだ?なにがあった?
 藍罠の助手席で須舞 宇留という名の風船はすっかりしぼんでいた。とても琥珀の巨神を駆る軸泉の英雄と言われても誰も信じてくれないであろう雰囲気だった。
 あ、あれか?···修羅場?···だったか?
 藍罠は自身の妹とナンカアッタ?と察しつつも、汗ばんでドキドキしながら同じ男同士として同情していた。
「藍罠さん······」
 すっかり置き物のようだった宇留からの問いかけに藍罠は少しビクッとする。

 宇留は藍罠に事の顛末てんまつを語って聞かせた。

 語りながら涙が溢れた。
 誰かの心も読めないこんな未熟な自分を支えてくれる人達がいる事への感謝。そして心配している家族がいるのは磨瑠香も一緒だということ。
「······ごめん···なさいっ!俺の···せいなんですッ!············」
 それを再認識すれおもえばこそ、何の迷いも無く藍罠兄への謝罪の言葉がほとばしった。
「俺!···ぐ······ま、磨瑠香さんに、とても嫌な思いを······!」
「な、なに言ってんだよ?磨瑠香あいつ学校来なくなったコ宇 留 く んは悪くないって言ってたぞ?」
「え?······」
「あれだろ?同じクラスの変な奴、おっと失礼!そいつが悪いってあいつァちゃんとわかってたんだよ?」
 軽四駆は宇留達が出発したゲートに滑り込み、一度会話が途切れる。藍罠が入門手続きと宇留を連れている理由を説明する間、宇留は涙を拭いながら待っていた。
 宇留はもっと怒られると思っていた。少し心のツカエが取れた気がするが羽根を伸ばすまでには至らない。
 軽四駆は手続きを終え、医務課棟に向かって再び走り出す。
「大変だったんだよ?問題にされたそいつの親に逆恨みされて色々あってさ、だから俺達の面倒見てくれたT都の伯父さんからI県こっちに連れて来た」
「?」
「俺達さぁ、十年前のシロガタ事件で両親おや失くしてんだ」
「!」
 宇留はその事件の事はよく知らなかった。捕獲されていた生物···怪獣関連の大事故とだけしか。
「そ、そうだったんですか······」
「だからこそ···それ以上嫌なことは無いって思ってたんだけど、あいつもちっちゃかったし、まぁ、理屈じゃ無いよな?」
 藍罠兄は見た目はちょっとコワイけど、思ったより繊細な人だと宇留は思った。年齢的に柚雲と同年代位、自分達と同じような歳の差兄妹かな?とも···
「こっち来て知り合いの空手の師匠せんせーに紹介したらさ、空手やってみたいって言うんだ」
「!」
 軽四駆は医務課棟の駐車場に停車したが、藍罠は話を続ける。
「なんでって聞いたら、強くなりたい、自分が意気地無しなせいでもう誰も困らせたく無いって···」

「!ーーーー」
 宇留の目から再び涙がこぼれる。しかし今度は温かくホワッと軽い、先程までとは違う雰囲気の涙だった。
············俺と···同じ?

「でさ!強くなって近い内にT都あっちに戻ったら合法的な範囲でブッとばしてやるとか言うからヤメロってもう!って······」

 ゴトッ!

 藍罠が宇留を見ると、窓にもたれ掛かって微動だにしていなかった。
「!ぉーい?どうした!?宇留くん?宇留くん!···やっべ!」
 意識を失っている宇留。藍罠はすぐに人を呼ぼうとした時だった。
「······大丈夫···再起動アップデートの一貫だ」
 宇留の口が動き、明らかに違う人物の声で喋った。
「!······な!?」
 藍罠が混乱していると宇留?は続けた。

「頼みがある·············」








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