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二章 はじまり
一
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「えー、数ヶ月前まで中学生だったみなさんは今日から高校の一年生になります。高校生は子どものようで立派な大人です。どうかみなさんはそのことを自覚に持って……」
「あーあ、とうとう始まってしまった。学校が始まるのもそうだけど、学年まで上がってしまうなんて……」
とうとう高校生になってしまった。みんなと遊んでおしゃべりして楽しかったあのころにはもう戻れない。そう思うとなんだかむなしくなってきた。私はとうとうぼっとしてうつむいてしまった。しかしそうしていたのもつかの間、私の本音がふと漏れてしまった。
「ていうか話長っ」
あわてて口をふさいだけど時すでに遅し。私の隣の男子や前にいた女子はクスクスと笑っていた。
あーあ、一日目にして笑われ者になっちゃった……。絶対ボッチだよー。……あー、誰か知ってる人クラスにいてくれないかなー。
そう思いながら、私はまたうつむいてしまった。
長かった入学式を終え、体育館から解放された私たちはこれから一年間過ごすことになる教室へと案内された。
四十代だろうか? 五十代だろうか?……。いや案外うちの母さんと同い年かも……。
「はい、ここがB組の教室です。みなさん自分の出席番号と同じ番号の席に座ってください」
二十年は教壇に立っているであろうベテランっぽい容姿のおばさん先生が言った。
「あー、ここが教室かー」
私は昨日からの寝不足も重なって、やっぱりまだ少しぼっとしているみたいだった。いつもの私なら、ここまでひどくはないのに……。
ややうつむきがちに、机に貼られた番号シールを見ていた。
「私の番号……。えーと……、32番……」
入学式で手渡された案内を片手にさまよいながらやっとの思いで自分の席に座った。
「ふう……」
これで一安心、と思いたかったが、隣では男子たちがたむろしてワイワイ立ち話をしていた。
あー! もー! うるさいなー!
そう思って机に伏せ、しばしの休憩を取ろうとしたのもつかの間、突然私に強い衝撃が走った。
「はっ!」
痛みよりも驚きの方が大きかった。
「あっ、ごめんごめん」
そう言うと彼はすぐに体勢を立て直し、「おまえらふざけんなよー!」と怒鳴りながら近くにいた男子の群れに混じっていってしまった。私は唖然としてしまった。
「まさか……人が飛んでくるとは」
ふと足元を見ると名札が転がっていた。新入生全員に配られる安全ピン付きの名札だった。
「あ……」
私は自分の胸を見たけどそこにはしっかりと『西谷』と書かれた名札があった。
「私のはある……。もしかして、さっきの彼の……」
そう思って名札を拾った。
あーあ、先生の話は長いし、男子はぶつかってくるし、名札は届けなきゃいけないし……。高校ってこんなとこなのかよー……。
そう思うと、初日から不幸続きな私はまた机に伏せてしまった。結局、先ほどの名札は私のもとへ飛んで? いや、ぶつかってきた、舟渡とかいう男子のものだった。
「おっす、百合絵。おまえもこのクラスのようだな」
突然の聞き覚えのある声に私は思わず振り返った。
「えっ……あっ! 琴姉ー! えっ? 同じ学校……? そして同じクラス? ……」
驚くよりも前に声が先に出た。
「ははあー、そうだよー。これでまた百合絵のあんな姿やこんな姿を見られるわー」
琴乃は笑いながら答えた。
「もー、何よそれー、ひどーい!」
「ははははっ、怒り方も相変わらずだねー」
私は表向きでは怒っていた。でも……、実はものすごくうれしかった。
これでボッチは回避できたわっ! しかも琴姉が一緒だなんて! ありがとう神様っ!
私は、西谷百合絵。今日から高校生になってしまったごくごく普通の女子よ。えっ、特技とかびっくりするような容姿とか何か一つくらいあるだろうって? ……ないない、ほとんどの子はそうかもしれないけど、私に関して言えばまるで何もない。しかもコミュ障のボッチ予備軍で今日だって危なかったんだからねっ! あっ、琴姉っていうのは私の幼馴染、実は小学校の頃から一緒なのよ。本名は寒川琴乃だけど、しっかり者で昔から親しくしてくれてるから勝手に琴姉って呼んでるの。
「それにしても、何で教えてくれなかったのよ、まさか同じ高校だったなんて……」
「ああ~、ごめんごめん。百合絵知ってるかと思って」琴乃は相変わらず机に腰かけながら笑っていた。
先生はなかなか静かにならない私たちB組にしびれを切らしたようで、パンッ、パンッ、と手をたたいた。
「はいはい、静かにっ! それではホームルームを始めます」
ホームルームは思っていたよりもさっさと終わり、あっという間に下校時刻となった。
「琴姉っ、またよろしくねっ」
私は琴乃の席へ行くと改めて言った。琴乃も、「こちらこそ、よろしく」と答えるや否や、「とはいうけどよー、百合絵ー、もう何年も同じ学校同士だとなんだか不思議な感覚になってくるよなー」
そう付け加えた。
確かにそうだ、私と琴乃は数回クラスがわかれたことがあるものの、もうかれこれ小学校からの付き合いになるんだな~。
そう思って指を折って数えていた私だったけど……、えっ! ということは……、次で十年目!
「琴姉ぇ、十年目! すごくない!」
「えっ、マジかよー、もうそんなになるのかー。初めて百合絵と知り合った時のこと、あんまり覚えてないけどなー」
私は驚きのあまり、叫んでしまった。残念ながら琴乃は覚えていないようだったけれど……。
横浜駅で乗り換え、白地に水色とオレンジ色のラインの入った電車に乗った。
「ところで琴姉~、なんか話しかけやすそうな人、いたー?」
相変わらず私は自分が口ベタでそのことを琴乃もよく知っているのをいいことに、他に友達になれそうな人がいるのかどうかを琴乃に探ってもらおうとした。
「いや……、まだ一日目だし、よくわからないなー」
琴乃はそう返した。
「なーんだ、じゃあ、良さそうな人がいたら教えてねー」
「はあー……。あのさー、友達探しくらいいい加減自分でしろよなー」
琴乃は不機嫌そうに返した。
「えー、だって~、今日の入学式の時に笑われちゃったし……」
「はっ! おまえもう笑われたのか…… ていうか何した?」
驚いて琴乃はそう言い返した。そう、私はこれまでの学校生活でも居眠りをしちゃったり……、教科書の下にシャーペンが隠れたくらいで、ない、ない、と大騒ぎしちゃったり……、昇降口では特に走ってたわけでもないのに他の人と出会い頭にぶつかっちゃたり……。結構な量のドジをしてしまっていた。しかもそのほとんどすべてを琴乃に見られては笑われていたのである。
「き……今日はー、入学式の時に話が長いって……」
「なーんだ、それだけかー」
恥ずかしがりながらも告白した私の頑張りは、その一言でスルーされてしまった。
「実は私もよー、隣の男子に絡まれてさー、同じようなこと話してたんだよねー。ていうかそもそも何でああも話をまとめられないのかねー、あんな話私だったら一分で終わらせるわ」
「ああ……、そうなんだ」
琴乃は別のことに憤慨しているようで私の心配事にはまともに取り合てくれそうにはなかった。
「じゃあねー」
座席に座って手を振る私とホームに降り立った琴乃の間をドアが遮った。琴乃と私は家も比較的近かったが最寄り駅まではさすがに同じではなかった。一人になった私は今どきの女子高生らしくスマートフォンをいじくり始めたが、それは気休めに過ぎなかった。
もうボッチ予備軍はこりごりだわ……。琴姉、同じクラスになってくれてありがとー!
そんなことを思いながら、私は隣駅までのしばし時を過ごしていた。
「あーあ、とうとう始まってしまった。学校が始まるのもそうだけど、学年まで上がってしまうなんて……」
とうとう高校生になってしまった。みんなと遊んでおしゃべりして楽しかったあのころにはもう戻れない。そう思うとなんだかむなしくなってきた。私はとうとうぼっとしてうつむいてしまった。しかしそうしていたのもつかの間、私の本音がふと漏れてしまった。
「ていうか話長っ」
あわてて口をふさいだけど時すでに遅し。私の隣の男子や前にいた女子はクスクスと笑っていた。
あーあ、一日目にして笑われ者になっちゃった……。絶対ボッチだよー。……あー、誰か知ってる人クラスにいてくれないかなー。
そう思いながら、私はまたうつむいてしまった。
長かった入学式を終え、体育館から解放された私たちはこれから一年間過ごすことになる教室へと案内された。
四十代だろうか? 五十代だろうか?……。いや案外うちの母さんと同い年かも……。
「はい、ここがB組の教室です。みなさん自分の出席番号と同じ番号の席に座ってください」
二十年は教壇に立っているであろうベテランっぽい容姿のおばさん先生が言った。
「あー、ここが教室かー」
私は昨日からの寝不足も重なって、やっぱりまだ少しぼっとしているみたいだった。いつもの私なら、ここまでひどくはないのに……。
ややうつむきがちに、机に貼られた番号シールを見ていた。
「私の番号……。えーと……、32番……」
入学式で手渡された案内を片手にさまよいながらやっとの思いで自分の席に座った。
「ふう……」
これで一安心、と思いたかったが、隣では男子たちがたむろしてワイワイ立ち話をしていた。
あー! もー! うるさいなー!
そう思って机に伏せ、しばしの休憩を取ろうとしたのもつかの間、突然私に強い衝撃が走った。
「はっ!」
痛みよりも驚きの方が大きかった。
「あっ、ごめんごめん」
そう言うと彼はすぐに体勢を立て直し、「おまえらふざけんなよー!」と怒鳴りながら近くにいた男子の群れに混じっていってしまった。私は唖然としてしまった。
「まさか……人が飛んでくるとは」
ふと足元を見ると名札が転がっていた。新入生全員に配られる安全ピン付きの名札だった。
「あ……」
私は自分の胸を見たけどそこにはしっかりと『西谷』と書かれた名札があった。
「私のはある……。もしかして、さっきの彼の……」
そう思って名札を拾った。
あーあ、先生の話は長いし、男子はぶつかってくるし、名札は届けなきゃいけないし……。高校ってこんなとこなのかよー……。
そう思うと、初日から不幸続きな私はまた机に伏せてしまった。結局、先ほどの名札は私のもとへ飛んで? いや、ぶつかってきた、舟渡とかいう男子のものだった。
「おっす、百合絵。おまえもこのクラスのようだな」
突然の聞き覚えのある声に私は思わず振り返った。
「えっ……あっ! 琴姉ー! えっ? 同じ学校……? そして同じクラス? ……」
驚くよりも前に声が先に出た。
「ははあー、そうだよー。これでまた百合絵のあんな姿やこんな姿を見られるわー」
琴乃は笑いながら答えた。
「もー、何よそれー、ひどーい!」
「ははははっ、怒り方も相変わらずだねー」
私は表向きでは怒っていた。でも……、実はものすごくうれしかった。
これでボッチは回避できたわっ! しかも琴姉が一緒だなんて! ありがとう神様っ!
私は、西谷百合絵。今日から高校生になってしまったごくごく普通の女子よ。えっ、特技とかびっくりするような容姿とか何か一つくらいあるだろうって? ……ないない、ほとんどの子はそうかもしれないけど、私に関して言えばまるで何もない。しかもコミュ障のボッチ予備軍で今日だって危なかったんだからねっ! あっ、琴姉っていうのは私の幼馴染、実は小学校の頃から一緒なのよ。本名は寒川琴乃だけど、しっかり者で昔から親しくしてくれてるから勝手に琴姉って呼んでるの。
「それにしても、何で教えてくれなかったのよ、まさか同じ高校だったなんて……」
「ああ~、ごめんごめん。百合絵知ってるかと思って」琴乃は相変わらず机に腰かけながら笑っていた。
先生はなかなか静かにならない私たちB組にしびれを切らしたようで、パンッ、パンッ、と手をたたいた。
「はいはい、静かにっ! それではホームルームを始めます」
ホームルームは思っていたよりもさっさと終わり、あっという間に下校時刻となった。
「琴姉っ、またよろしくねっ」
私は琴乃の席へ行くと改めて言った。琴乃も、「こちらこそ、よろしく」と答えるや否や、「とはいうけどよー、百合絵ー、もう何年も同じ学校同士だとなんだか不思議な感覚になってくるよなー」
そう付け加えた。
確かにそうだ、私と琴乃は数回クラスがわかれたことがあるものの、もうかれこれ小学校からの付き合いになるんだな~。
そう思って指を折って数えていた私だったけど……、えっ! ということは……、次で十年目!
「琴姉ぇ、十年目! すごくない!」
「えっ、マジかよー、もうそんなになるのかー。初めて百合絵と知り合った時のこと、あんまり覚えてないけどなー」
私は驚きのあまり、叫んでしまった。残念ながら琴乃は覚えていないようだったけれど……。
横浜駅で乗り換え、白地に水色とオレンジ色のラインの入った電車に乗った。
「ところで琴姉~、なんか話しかけやすそうな人、いたー?」
相変わらず私は自分が口ベタでそのことを琴乃もよく知っているのをいいことに、他に友達になれそうな人がいるのかどうかを琴乃に探ってもらおうとした。
「いや……、まだ一日目だし、よくわからないなー」
琴乃はそう返した。
「なーんだ、じゃあ、良さそうな人がいたら教えてねー」
「はあー……。あのさー、友達探しくらいいい加減自分でしろよなー」
琴乃は不機嫌そうに返した。
「えー、だって~、今日の入学式の時に笑われちゃったし……」
「はっ! おまえもう笑われたのか…… ていうか何した?」
驚いて琴乃はそう言い返した。そう、私はこれまでの学校生活でも居眠りをしちゃったり……、教科書の下にシャーペンが隠れたくらいで、ない、ない、と大騒ぎしちゃったり……、昇降口では特に走ってたわけでもないのに他の人と出会い頭にぶつかっちゃたり……。結構な量のドジをしてしまっていた。しかもそのほとんどすべてを琴乃に見られては笑われていたのである。
「き……今日はー、入学式の時に話が長いって……」
「なーんだ、それだけかー」
恥ずかしがりながらも告白した私の頑張りは、その一言でスルーされてしまった。
「実は私もよー、隣の男子に絡まれてさー、同じようなこと話してたんだよねー。ていうかそもそも何でああも話をまとめられないのかねー、あんな話私だったら一分で終わらせるわ」
「ああ……、そうなんだ」
琴乃は別のことに憤慨しているようで私の心配事にはまともに取り合てくれそうにはなかった。
「じゃあねー」
座席に座って手を振る私とホームに降り立った琴乃の間をドアが遮った。琴乃と私は家も比較的近かったが最寄り駅まではさすがに同じではなかった。一人になった私は今どきの女子高生らしくスマートフォンをいじくり始めたが、それは気休めに過ぎなかった。
もうボッチ予備軍はこりごりだわ……。琴姉、同じクラスになってくれてありがとー!
そんなことを思いながら、私は隣駅までのしばし時を過ごしていた。
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