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十四章 啓介との日常

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「うふふふっ、舟渡くん、面白かったねっ!」
「西谷……、そ、そうだったな……、特に最後の脱出シーンとか……」
「あっ! 痛っ!」
「だ、大丈夫か⁉」
「うん! 平気平気っ!」
 映画館からの帰り道、私は啓介に気を取られてしまい階段を踏み外してしまった。クリスマスイブのこの日、私と啓介は初デートということで渋谷の街を歩いていた。
「いや~、それにしてもこの時期はすごいな~」
「ほんとね~、きれーい」
 イルミネーションや店の明かりと人々の活気に満ちたセンター街を歩きながら、私と啓介はあっけにとられていた。
「ねえ、舟渡くんも渋谷はあまり来たことないの?」
「ま、まあ……」そう言って啓介はスマートフォンの画面をちらっと見た。
「どうしたの……?」
「い、いや……、なんでも……」
「ふ~ん……。あっ、このお店、なんかいい匂いがする~」
「あ、ああ……。そうだな~」
 私も啓介も、会話はするけど、それ以上のことはしなかった。私もこんなに本格的なデートは初めての体験で終始緊張してしまっていたので、どうふるまったらいいのかよくわからなかった。啓介も啓介で緊張していて、口には出さないもののおそらく的場のことを気にしているようだった。私もそんな啓介の心の内を薄々感じて、的場のことを話さないように気を付けながら彼との会話を続けていた。
「あ、そうだ。西谷何か買い物するんだったよな? ここならいろんな店があるから」
「あっ……、あーそうだった。じゃあ舟渡くん、かわいい雑貨とかってどこに売ってるか知ってる?」
「ああ、それならとりあえず109でも覗いてくか? 行ったことないよな?」
「うん、いいよー。あっ、私も舟渡くんの買い物付き合ってあげるよー!」
「えっ……、ああ、悪いな西谷……」
 夜の渋谷をうろつきながら、私は啓介とあちらこちらのお店を回ってはおしゃべりをしたりはしゃいだりしていた。けれどその最中もやっぱり啓介はポケットに手を伸ばしちらちらと目線を飛ばしていた。私も私で無意識にそれが目についてしまうのだったが、彼にそのことがバレてしまうのは気が引けてしまい、頑張って見て見ぬふりを貫き通していた。

「あー、もうこんな時間か……」
「舟渡くん。今日はほんとにありがと」
「いや、俺こそ……、ありがとう」照れ笑いで返す啓介。私もそれを見て笑い返す。
「舟渡くん……、この後なんだけど……」
「あ……、ああ、駅に戻らなきゃいけねーよなー。えーと……どっちだっけ……」
「…………あっ、こっちじゃない? 標識出てるよ」
「ああ、そうだった。ナイス、西谷!」
「……」

 街明かりに包まれた駅までの道のりを、私と啓介は再び歩き出した。


 この日の記念すべき初デートは、結局、映画を見てその後買い物をするという当初の計画通りに終わってしまった。しかも啓介は終始的場のことを気にしていたようで、ポケットに入れたスマートフォンをチラ見したり、的場の連絡先や写真を見たりしていた。私と一緒にいるのがあまり楽しくなかったのだろうか。それでも私はというと、クリスマスの夜を啓介と二人っきりで過ごし、ほのかな願いだった好きな人と一緒に過ごすということを叶えられたことにこの上ない幸せを感じていた。
 しかし、少しだけ違和感も感じていた私は帰りの電車の中で自問自答を繰り返していた。
 待って……、これデートっていうよりただ一緒に行動してただけじゃない? それに……、デートってこんなにもぎくしゃくするものなの? ……というか啓介も私と一緒にいるときくらいあいつのことなんか考えなければいいのに! やっぱりドジで地味な私よりも豊胸の的場の方が好きなのかなぁ……?
「はぁ~あ……」
 それでもやっぱり幸せなものは幸せだった。こうして、私のクリスマスイブの夜はあっという間に終わってしまった。


 真妃ちゃんに綾子! 今までどうしようもないボッチで困っていた私にもとうとう琴乃以外の友達が! しかもなんと彼氏まで! あ~早く啓介に会いたいな~。
 いや~それにしても今年の私は本当によく頑張ったわ! 案外ボッチ脱出も恋愛もちょろいもんなのかもね~。まっ、今年は結果オーライってことで。……というか的場ざまあぁっ!

 年越しのカウントダウンテレビでにぎわう食卓で、山盛りの年越しそばをほおばりながら、私はほのかな達成感を味わっていた。


 ~営業運転編 ②~ へつづく
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