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第三章 運命なんて言葉じゃちょっと無理がある

二十二、主人公の存在感

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 夏季休暇が終わり、僕らはセカンダリ二年へ進級した。ブライトルはターシャリの一年へ上がって、一気に会う頻度が減った。
 本来なら大きな変化はこれくらいのはずだったけど、この年、僕らにとっては大きな変更が行われた。

 モクトスタ使用年齢が十五歳から十三歳へ引き下げられたのだ。

 つまり、学校での初期講習はセカンダリの二年生から行われることになった。
 少しでも地盤を固くして、底上げしようということだ。セイダルに数で劣るニュドニアの苦肉の策だろう。
 それだけ若い人間を早い段階から軍部に取り込み、戦争に投じようということだ。国を守るためとは言え、かなりの強硬手段と言える。

 クラスメイトはもろ手を挙げて喜んだ。憧れのモクトスタをいち早く装備できるとあればテンションも上がる。
 あちらこちらから何色の誰々がすごいとか、専用機が目標だとか、ターシャリでもマスター昇格しかたのは数人で、ブライトルはもうグリーンへ昇格しただとか。色々な話が鼻息荒く語られている。
 ダンも友人A/B/Cも同じように空気に飲まれている中、僕とイアンだけが冷静だった。これがどういうことなのか、正確に理解していた。

「お前は喜ばないんだな」
「モクトスタは、みんなが憧れるようなことばかりじゃないからね」
「随分冷静じゃないか」
「俺は、俺は……」

 この時点で、イアンはダン以外の誰にもグロリアスのことを話していない。僕が知っていることも知らない。

「いい。無理に話すな。いずれ分かる」
「エドマンド……。ありがとう」

 何も答えなかった。僕が知っているのは、色々とズルをしているからだ。お礼を言われるようなことじゃない。


 初期講習では、まずモクトスタとは何かの復習から始まり、最終的に装備の訓練になった。

「オープン!」

 一斉に唱える。最初から成功したのは僕、イアン、ダンのみ。その後何度か挑戦して、クラスメイトの半数くらいが装備することができた。

 モクトスタの装備に失敗する例としては、そもそも起動できていない、起動できても自分の体に馴染ませることができていないことだ。
 でも、装備するだけならいずれ誰でもできる。
 問題はそれをどの程度扱えるかだ。
 モクトスタを装備すると、身体能力が何倍――場合によっては何十倍――にも跳ね上がる。軽いジャンプのつもりが校舎の遥か上、なんてこともある。まずはそれに耐えられるだけの精神力と体力が必要となる。

 即戦力を必要としているらしい国の方針から考えれば、まずはこの点を早々にクリアした人材が必要だ。
 特別講師として来ていた軍部の人は僕やイアン、ダン、友人A/B/Cを含む八名の名前を呼んでこう言った。

「君たちは明日から特待生として課外授業が行われます。よりモクトスタの扱いが上達するように頑張ってきてください」


 翌日、僕らは第三グラウンドに集まっていた。
 そこは普段からモクトスタの練習のために解放されていて、本来は軍部を目指す者のための場所だ。
 今日からここで、専門的なモクトスタの訓練が始まる。
 参加者はセカンダリ、ターシャリからそれぞれ三十名ずつほど。その中には学生の身ながらグリーンランクにいるブライトルもいる。
 レベル別に六名ほどのチームを組んで訓練を行い、連携の練習なども想定されている。

「エドマンド。同じチームで嬉しいよ! まずはマスター昇格を目指して頑張っていこう!」
「僕も嬉しいです、ブライトル殿下。よろしくお願いいたします」
「久しぶりに会ったら、固いね。まあ、いい。最近は君との手合わせもしていないしね。楽しみだ」
「僕では到底殿下には敵いません」
「君、わざとしているね?」

 ブライトルが笑う。僕も目元を緩めた。

「チーム編成に口出しでもしたんですか?」
「前にも言っただろう? 私は何も言わないさ」

 僕のチームメイトはセカンダリから僕とイアンのみ。後は全てターシャリの三年生で組まされている。ある程度モクトスタを使用できるメンバーだ。

「すでに気付いているかもしれないが、君たちは特にモクトスタへの素質があると思われるメンバーだ。訓練もそれだけ厳しくなる。頑張ってくれ、期待している」
「はい!」

 講師役の軍人に揃って返事をする。
 誰も嫌だなんて言わない。言えないだけかもしれないけど、本当なら軍部と関わりたくない人だっているだろうに。ターシャリの三年くらいになると、多分みんな分かっているのだ。国がもう危ないということに。自分たちのような子供でさえ頑張らなければいけない状態だということに。


 訓練はやはり基本の体力トレーニングから始まった。これがまずキツイ。前にブライトルが言っていたことを思い出す。
 僕は普段からトレーニングを行っているから何とかなったけど、これでも学生向けに優しくされていると思うと、これから先に気が重くなりそうだ。
 しかも原作でエドマンドは涼しい顔で成績トップを取るのだ。僕も当然そうする必要がある。

 次にモクトスタを装備して基本動作の確認、それから講師との手合わせとなった。
 講師は国でも有名なオレンジランクのマスターだ。
 ターシャリの三年生から順に挑んでいって、まともに相手になったのはブライトルだけだった。

「次、イアン・ブロンテ」
「はいっ!」

 イアンが走り出す。動き出しが滑らかで、無駄な力が入っていない。
 前に比べて随分動きがよくなっている。師団長の教えの賜物なんだろう。

 安定したスピードで正面から何発かパンチを入れるも全て防がれている。
 そして、下腹部への一発を防がれた瞬間、講師の腕を支えに上空へ飛び上がった!
 位置は左上、恐らく狙いは頸椎。
 観戦していたチームメイトから「おぉ!」と声が上がる。

 イアンが左手で手刀を作り、振りかぶる。
 入る……!
 そう思われた瞬間、彼は両手首を掴まれて地面へ思い切り投げ飛ばされていた。
 講師は基本的にほとんど動かない。ブーストも使わないルールだったけど、大きく一歩踏み出させたのだ。

「すげぇ!」
「かっこよかったよ!」
「よくやった!」

 みんなが口々に言って走り寄る。もみくちゃにされて、自分よりも年上の人に囲まれて照れ笑いを浮かべるイアン。
 ああ、主人公だな。
 僕が余韻を味わっていると、横から思い切り肩を抱き寄せられた。

「なんだよ、ブライトル」
「いや? イアンにご執心なのが面白くなくて?」
「なんだ、それ」

 肩に乗っていた手を払い落とす。

「エドマンド・フィッツパトリック!」
「はい」

 さて、最後は僕だ。背筋を伸ばして踏み出そうとした背中にブライトルから声がかかる。

「お手並み拝見だな」
「見ていろ。今の僕を」

 振り返って口角を上げると呆けたような顔をしていて、なんだかすごくおかしかった。
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