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ラッシュがショーを連れ込んだ店は、冒険者ギルドがある区画を抜けてしばらく進んだ一角にある酒場だ。
その酒場がある区画は比較的綺麗で、入った酒場もその雰囲気に合った内装をしている。
ひょっとしたら上流階級の人が利用する区画なのではないだろうか?とショーは背筋を伸ばした。

ラッシュがなにやら店員と話した後、ショーと一緒に店の席につく。
ショーは何も注文していないのだが、そのままラッシュが口を開く。

「それで、ショーは訓練場で一体何をやっていたんだ?」

「えっと…、素振り?」

ショーはラッシュが何を聞きたいのか分からず困惑する。
自分がやっていたことは素振り以外の何かに見えるようなことだったのだろうか?と、不思議で仕方がない。
思わず受け答えが疑問形となる。

「あー、すまない。聞き方が悪かったか。鎧に対して寸止めしていただろう?普通は当てると思うんだが。」

「なるほど。あれは鎧?を傷つけたらダメかと思ってやっていたんだ。」

「くっくっくっく。そうかい、あれは壊さないためにやっていたのか。」

声を抑えてくつくつと笑うラッシュ。
それはそれは大層面白いようで、次第に腹を抱えだし、最終的には目尻に涙が浮かぶほどだった。

「あ、あんな高そうなものを弁償するなんてことになったら、とてもじゃないが払えないんだぞ。」

ギルドの訓練場にあった甲冑のような備品は見るからに高そうだった。と、ショーは自身の正当性を主張するが、ショーは間違いなくこの世界の常識に疎い。
そんなに笑われるほどの事をしたのかと、気恥ずかしいさに顔が紅潮する。

「すまんな。笑っちゃ駄目だとは思っているんだが…。」

と言いながら、なおも笑うラッシュ。

「いや、全然思ってないだろ。」

ショーがそんなラッシュにじと目を向けていると、コトッと机にティーカップが置かれた。
ティーカップを置いた主を確認してみれば、先ほどラッシュと会話していた店員だ。
どうやらあの時に何かを注文していたらしい。

「おぉ、ありがとね。」

「ごゆるりと。」

店員は言葉少なに会釈をして、そのまま下がった。
ラッシュはカチャとティーカップを手に持ち、お茶の香りを嗅ぐ。
流石はイケメン。とても様になる。
そのままお茶を口に含み、カップを置く。

「ん~、やはりここのお茶は美味しいね。」

いつのまにか笑いが引っ込みお茶の余韻に浸っているラッシュを見て、ショーもカップを手に取ると、何故かウィンドウが表示される。

ーーーお茶のような液体
詳細不明。

ウィンドウには、手に取ったものの名前と「詳細不明。」の文字。
なんにもわかんねぇ。とショーは呆れるものの、テンションが上がった。
なぜならこれは、まるで鑑定スキルのようだったからだ。
鑑定スキルというのは、異世界における定番能力で、大抵は異世界転生、転移者が使えるようになる能力である。
その能力についてはピンからキリまであるが、最低でも鑑定したものの名前が分かることが多い。

「ん?もしかしてお茶は初めてかい?」

予想していない、鑑定スキルの発現に言葉を失い固まっていると、ラッシュが未知の飲み物に戸惑っていると勘違いしたようだ。
不味くないし、毒も入っていないよ。とも冗談混じりに言ってくる始末。

ショーは「あ、いや。そうじゃないんだ。」と曖昧に返事をしてから、お茶を少し飲み込んだ。
カップから流れてくる液体が舌を通過、そしてそれを嚥下する感触はちゃんとあったが、ただ一つ、一番必要なものが欠けていた。
それは味だ。
それはまるで五感から味覚が欠落したような不思議な感覚だが、ショーには覚えがあった。

このタイプかぁ……。とショーが残念がると、眼前にウィンドウが表示された。

ーーー普通のお茶
不味くはない。

先ほどの鑑定結果に追加された情報は、味だ。
この手の表現は、味覚の再現を諦めたVRゲームではよくある事で、表示された評価からどんなものかをプレイヤーに補完させるという仕組みとなっている。
プレイヤーごとで内部的に好き嫌いを決められていたり、食事の傾向から好き嫌いを決めたりと、ゲームによってはリアリティの追求が見られるが、ゲームである事を自覚させる残念なシステムだとショーは思ってしまう。

「どうだい?お茶の味は?」

「不味くはないな。」

システムに言わされているようで嫌だったが、NPCとの会話を楽しみたいショーは、素直に味の感想を述べた。

「ありゃあ、微妙な評価だな。エールの方がよかったかい?」

「お茶の方がいいね。昼のエールはちょっと。」

ちょっとと言うより、モロダメである。
ショーがこの世界に来る前の年齢は19歳であるため、アルコールは普通にアウトだった。
まぁ、異世界で年齢制限はないだろうけど。

「へー、異邦人は昼にエールをあまり飲まないのか?贅沢だね。」

ショーとしては、酒は夜に飲む物という認識がある。
どちらかと言うと、昼間に酒が飲めると言うことの方が贅沢ではないか?
そう疑問に思ったショーはラッシュに話を詳しく聞く。
ラッシュが言うには、この世界は綺麗な水が少ないため、飲める水よりエールの方が入手しやすいと言う事だった。

なんだか聞いたことある話だなぁ。とショーが思う。
確か、元いた世界でエールの製造の過程で除菌されるとかなんとかで、水よりエールを飲んだ方が安全だった。みたいな実話があったはず。

「そっか、じゃあこのお茶ってかなり贅沢な飲み物な訳か。」

水単体で貴重というのであれば、その水を使う必要のあるお茶は更に貴重なはずである。
どうやらその推測は当たっていたようで、ラッシュは自信に満ちた顔で胸を叩いた。

「まあね。これは自慢だけど、俺は結構稼ぐんだ。」

イケメンなら何をしても許される。
元いた世界では、そんな冗談半分、本気半分のような言い分がよく囁かれていたが、ショーはなるほど。と実感する。
こう言う事を言うんだなと。
少しだけイケメンぢからに気圧されてから、ショーの興味はラッシュの収入源へと移る。

ラッシュは冒険者ギルドの訓練場で出会った人物だ。
冒険者であるのは間違いないだろう。副業かもしれないが。

「へぇ、冒険者ってやっぱり稼ぎがいいのか?」

「そりゃね。冒険者の魅力はやっぱりそこでしょ。」

「そっか。ちなみに、職業とかレベルを聞くのは失礼か?」

「あー、言わない奴はいるが、稀だな。隠そうとしたって一緒に冒険してればすぐに分かるし、職業ぐらいは明かさないとパーティーが中々組めないからな。」

ショーは、なるほど。と思う。
ショーの知る異世界の中には、明け透けに能力を聞くことがマナー違反となるものも多く存在したが、それは大体スキルや魔法といったものに対してだったように思う。
確かにジョブは、その人の方向性、スタイルを決める大きな要素のため、それらと違って中々隠せそうにない。
パーティーの話についても分かる話で、ジョブが分からなければ前衛か後衛かすら決められなさそうだ。

「なるほどな。それじゃあ、ラッシュにも聞いていいって事だよな?」

「ああ、いいぜ。俺の職業は戦士だ。」

「へー。戦士か。」

ラッシュは自信に満ちた顔で自身のジョブを明かすが、ショーはただ反応に困っていた。

んー、パッとしないのが来たなぁ…。
どうせ見習い戦士の派生ジョブでしょ?

ショーのそんな事を考えは、表情に出ていたようで、ラッシュが不満げに口を開く。

「これも不発かー。異邦人にとって戦士はなんともないのか?」

「そもそも戦士ってすごいのか?見習い戦士の派生でしょ?」

「その見習い戦士になること自体が凄いんだろう?……あー、そこがまず分かってないのか。」

見習い職が凄いと言われ、ショーは頭にハテナを浮かべた。
それを見て、ようやくラッシュは異邦人の無知に思い至ったのであった。

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ここまで読んでくださりありがとうございます。
ひとまず謝罪を。更新が遅くてすみませんでした。
ゲームとか小説とか動画とかゲームとか動画とか。娯楽をひたすら享受しておりました。
どんなにサボっても土日で1話書き上げる事を目標に、最低週一更新とします。(ずるずると期間が伸びている…)
なので、週に一回は覗いていただけるとありがたいです。
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