悪魔の唄

ウズベキ

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悪魔の唄

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 高校卒業と同時に、芦田繁(あしだ しげる)は傷だらけのエレキギターを持って、福井県から上京した。俺はバンドで食っていくんだと、そう決めていた。
 しかし、そうそう上手くいかないのが人生であり、世の中である。同じ夢を抱えている若者は掃いて捨てるほどいるし、繁より歌もギターも上手い奴がゴマンといた。音楽会社にデモテープを送っても良い返事はどこからも得られず、そもそもそれ以前の問題として、彼自身の粗暴な性格も災いし、バンドのメンバーがまったく集まらなかった。
 繁は人生で初めて挫折というものを経験し、その苦渋を嫌というほど味わい、絶望に打ちひしがれた。
 このままソロでやっていったとしても、他の上手いバンドの踏み台にもなれず、有象無象の底の底で腐っていくだけだ。なまじ大学進学を勧めてきた両親を押し切って東京に出てきたため、今更何の成果も上げずに実家に戻るのもみっともない。
 どうしようか。そうだ、死のう。都会の高いビルの屋上から飛び降りて、最期くらい目立ってやろうじゃないか。
 そんなはた迷惑な考えに至った繁が高層ビルの屋上に辿り着いた時、突然背後から、低く不気味な声が響いた。
「おいお前、死ぬのか?」
 振り返ると、頭に二本のツノ、尻に長いシッポを生やした、漫画でよく描かれているバイキンを大きくしたような生き物が立っていた。
「お前は、悪魔?」
 繁の問いに、その生き物は頷き、言った。
「なぁお前、今死ぬくらいなら俺と契約しないか。お前の魂を頂く代わりに、音楽の才能を授けてやる。どうだ? お前も自分の音楽で世間をアッと言わせたくてこの地へ来たクチだろう? 悪くない話だと思わないか?」
「初めての契約の交渉相手が悪魔とは驚いたな。よし、その話乗った」
「決断が早くて助かる。そうだな…ではお前が二十五歳になる七年後、魂を貰いにまた現れるとしよう」
「待てよ」
 煙のように消えかけた悪魔を、繁は引き止めた。
「どうした、やはり若くして死ぬことに怖気付いたか?」
「違う。俺からも一つ条件を出させてくれ」
「ほう、言うだけ言ってみろ」
「俺とバンド組まないか? メンバーがいなくて困ってんだ」
 それを聞くと悪魔は、けたたましい声で笑った。
「面白い奴だなお前は。俺は今まで何人もの音楽家に才能を授け、その代償として魂を頂いてきたが、そんな提案をしたのはお前が初めてだ」
 そう言って悪魔は、以前自分に魂を売った者の名前をいくつか挙げた。その中には繁の尊敬する天才ギタリストの名前もあった。
「むかし話はもういいよ。今から俺たちが音楽シーンを変えていくんだぜ、勿論乗ってくれるよな? 悪魔さんよ」
「良いだろう、乗ってやる。俺はベースを担当する。魔界からギターとドラムが得意な友達を呼んで来るとしよう、キーボードは要るか?」
「なら俺がギターボーカルだ。キーボードは要らないな。俺はゴリゴリのロックが好きだから」
「気が合うな、俺もだ。ひとつ問題があるんだが、俺たち悪魔の見た目はどうしようか?」
「大丈夫だいじょうぶ、今はオオカミもバンドやる時代だぜ? 悪魔がバンドやってても誰も何も言わねーよ」
「なら良かった」
 こうして人間一人と悪魔三体という世にも奇妙なバンドが誕生した。
「バンド名はどうしようか?」
「Devil(悪魔)の頭文字を取ってD'zなんてのはどうだ」
「似たようなのがもういるよ」
「MAKAI NO OWARI」
「ダサすぎるし、終わってどうする」
「TAMA SEA」
「お前ら日本のバンド好きすぎるだろ」
 議論の結果、バンド名は「Horns and Tail(ホーンズ アンド テイル)」に決定した。
 福井県と魔界からの刺客、Horns and Tailのそれからの躍進ぶりは、筆舌に尽くしがたいものであった。リリースしたシングルはすべてオリコン一位。ファーストアルバムに至ってはトリプルミリオンを達成し、サングラスの男が司会進行を務める音楽番組にも出演した。東京ドームも武道館も満員御礼。チケットは秒で売り切れた。
 もはや若手バンドは勿論、アイドルグループやアニメソング等、他の追随を許さぬビッグバンドに成り上がり、結成二年目にして邦楽界の頂点に君臨した。
 楽しく、充実した時間はあっという間に過ぎるもので、Horns and Tailを結成してから丁度七年が経った時、繁はスタジオに悪魔たちを集め、言った。
「そろそろ俺の魂をあげなきゃいけない日じゃなかったか? その前に、お前らにお礼を言っておこうと思ってな。俺の夢を叶えてくれてありがとう。本当に嬉しかった」
 するとベーシストの悪魔は、意外な言葉を口にした。
「お礼を言うのは俺たちの方だ、繁。俺たちはこの七年間、お前と一緒にバンドをやってきて、魂よりももっと大切な、かけがえの無いものを手に入れられた気がする。バンドに誘ってくれてありがとうよ」
「じゃあ、これからも俺とバンドを続けてくれるってことか!?」
「いや、魂は貰う。約束だからな」
「貰うんかい!」
「だから次の曲が俺たちのラストシングルになるわけだ。繁、お前はこの七年間で成長したはずだ。俺の授けた才能が無くとも、良い曲が書けるはずだぞ。もちろん俺たちは今まで通り全力でサポートするから、最後くらい自分の書きたいように書いてみろ」
「よし、わかった、絶対名曲に仕上げてやる」

 数日後、人気絶頂にあったバンド、Horns and Tailのボーカリストである芦田繁が都内の録音スタジオで死亡しているのが発見されたというニュースは、長期間に渡り世間を賑わせた。不思議なことに、他のメンバー三人は謎の失踪を遂げており、その行方は誰にもわからなかった。
 芦田繁の亡骸の傍に置かれていた「悪魔の唄」と書かれたCDは、のちに彼の遺作としてリリースされた。その曲のリードギターとベースとドラムは、腕が三本なければ到底演奏できない曲だったという。
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