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第1章
第4話 交際②
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◆第4話 交際②
レストランは賑わいを見せていた――。
照明の程よい暗さ、テーブル間の十分なスペース、それから天井から降りているおしゃれな装飾が相まって良いムードを醸し出していた。
その頃、青年と女性は赤ワインを口にしていた。
「ご予約いただいたコース料理のどれもが美味しいですね。このような素敵なお店に連れてきてくださり、ありがとうございます。」
雰囲気はよい――。会話も途切れることなくテンポよく続いている――。
青年はごくりと唾を飲み込んだ。今日話すべきあの件について切り出すべきタイミングを完全に見失っていたが、アルコールが程よく回り、酔いの力がほんの少しだけ彼の背中を押したことをよいことに、彼女に伝える意を決した。
「あの、Sachiさん…………。Sachiさんといる時間はとても楽しく、わくわくするもので、もっとあなたのことを知りたいと思っています。こんな僕で何なんですが、もしよろしければお付き合いしていただけませんか…………?」
青年にとってはこの時間が最も長く、そして恐ろしいものに感じた――。
「………………。」
彼女の唇は動くことがなかった。そして、何やらうつむき加減で、視線は右下の方角を向いていた。
青年は必死に考えていた。『まだ出会ったばかりで交際は早いですよね』とか、『すみません、お返事は今すぐにというわけではないので、また今度教えてください』とか、『交際という形に捉われず、これからも友達としてお付き合いできると嬉しいです』とか。この後に続けるべき、至って平和的な着地点へ到達するために必要なフレーズを。
数秒ほどの沈黙が続いた――。
「あの………………。もし私と交際してくださるということでしたら、1年以内の結婚を前提としたお付き合いとさせていただけませんか…………?」彼女は先ほどからの姿勢を少しも変えないままそう言い放った。そして、それを言い終えると、ちらりと彼の方へ視線をやった。
青年は呆然自失としていた――。と言うよりも、彼女の発言についての解釈の処理が全く追いついていなかったために、まるで習ったことのない外国語で話しかけられ驚いた時のような、素っ頓狂な表情を浮かべていた。
『1年以内の結婚を前提としたお付き合い』彼はそのフレーズを何度も反復し、決して取違いの無いように極めて慎重に脳内で字面をなぞった。
「も、もちろんですとも…………!し、しかしなぜ一年以内にご結婚を…………?」
一見冷静に考えれば当然に思われるこの疑問を、青年はひどく動揺した口振りで彼女に質問した。
「そうですね…………。小さい頃から結婚に憧れがあり、それにそろそろ周りの友人たちもちらほら結婚し始めていまして、羨ましいと思ったからです。」
――模範的な回答である。が、述べられた理由が『一年以内の結婚』を申立てるものとして決して十分なものであるとは言えないということを聡は感覚的にわかっていた。しかし、これは彼にとっては思いも寄らない幸運であることは明らかであった。そのため、これ以上の詮索は藪蛇に繋がりかねないとして、この件については一旦口を噤むことに決めた。
「な、なるほど、そうなんですね。Sachiさんとは是非とも真剣な交際をさせていただきたいと考えておりますし、僕も結婚には憧れがありますから、どうぞこれからよろしくお願いします!」
彼女は顔を上げ、スッと儚げな微笑みをこぼした。
「はい、こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。」
こうして二人の交際が始まった――。
◇◆◇◇◆◇
「お会計は25,000円となります」
「クレカ支払いで一括でお願いします」
聡は手際よく会計を済ませた。そして少しだけ振り返って背後にいる彼女の様子を確認し、店の出口に続く細い通路の方へ歩き出した。
「今日はご馳走様でした。お料理のどれもがとても美味しかったです。」背後から彼女の上品な声が聞こえてきた。
「いえいえ、お気に召してくださったようで何よりです。また来ま」
バタンッ!!!!
地面を揺らすようなとても大きく、鈍い音が背後から響き渡った。聡は素早く後ろを振り返った。彼の足元には、カバンから勢いよく飛び出た彼女のスマートフォンが落ちていた。
「あ痛たたたっ…………。」
「Sachiさんっ!!!大丈夫ですか!?」聡はすぐに彼女の元へ駆け寄った。
「こんな所でみっともなく転んでしまい、申し訳ございません…………。」
彼女の発した謝罪の節々に存在する僅かな違和感が一瞬彼の脳裏を掠めたが、それよりも聡は彼女の怪我の状態にすぐに注意が向かった。
「膝…………擦りむいちゃっていますね。大丈夫ですか?」聡は彼女が安全に立ち上がれるように手を差し伸べた。と、同時に彼女の脚には無数の打撲痕のように見受けられる痣があることに気がついた。
「はい、ちょっとした擦り傷ですので、大丈夫です。慣れないヒールを履いてきてしまったのがよくなかったです…………。」彼女はよろけながら聡の手を借りて立ち上がった。
「カバンから出てしまったもの、僕が拾いに行きますので、Sachiさんは少しここで待っていてください。」
聡は駆け足で床に散らばったスマートフォンや手帳、化粧ポーチ、財布などを拾い上げた。
「ん…………?」
その中で、普段見慣れない赤色で白い十字のマークがついたカードケースのようなものが落ちていることに気がついた。
「これもSachiさんのものですか?」
「あ、はい。それも私のものです。ちょっと貧血で倒れ込んでしまうことが度々あり、念のための緊急連絡先をそちらに記載しております。」
「そうでしたか――」聡は拾い上げた品々を両手に、彼女のもとへ駆け寄った。
「転ばないように、僕の腕につかまってください」彼女は聡の片腕をそっと両腕で掴んだ。
「それでは、駅の方にいきましょうか」
二人はゆっくりと歩き出した――。
「思わぬ形でカップルらしい行動をすることになったな…………。」聡は彼女の居住の最寄り駅である代々木駅の改札口で、彼女の家路に向かう足取りを心配そうに見守っていた。
「今日は色々あったな……。」聡は帰りの電車に乗りながらそう呟くと、緊張がほぐれたかのように座席にゆったりと腰かけた。
そして徐にポケットからスマートフォンを取り出し、RINEラインで太田先輩と三浦への報告のメッセージを打ち始めた――。
レストランは賑わいを見せていた――。
照明の程よい暗さ、テーブル間の十分なスペース、それから天井から降りているおしゃれな装飾が相まって良いムードを醸し出していた。
その頃、青年と女性は赤ワインを口にしていた。
「ご予約いただいたコース料理のどれもが美味しいですね。このような素敵なお店に連れてきてくださり、ありがとうございます。」
雰囲気はよい――。会話も途切れることなくテンポよく続いている――。
青年はごくりと唾を飲み込んだ。今日話すべきあの件について切り出すべきタイミングを完全に見失っていたが、アルコールが程よく回り、酔いの力がほんの少しだけ彼の背中を押したことをよいことに、彼女に伝える意を決した。
「あの、Sachiさん…………。Sachiさんといる時間はとても楽しく、わくわくするもので、もっとあなたのことを知りたいと思っています。こんな僕で何なんですが、もしよろしければお付き合いしていただけませんか…………?」
青年にとってはこの時間が最も長く、そして恐ろしいものに感じた――。
「………………。」
彼女の唇は動くことがなかった。そして、何やらうつむき加減で、視線は右下の方角を向いていた。
青年は必死に考えていた。『まだ出会ったばかりで交際は早いですよね』とか、『すみません、お返事は今すぐにというわけではないので、また今度教えてください』とか、『交際という形に捉われず、これからも友達としてお付き合いできると嬉しいです』とか。この後に続けるべき、至って平和的な着地点へ到達するために必要なフレーズを。
数秒ほどの沈黙が続いた――。
「あの………………。もし私と交際してくださるということでしたら、1年以内の結婚を前提としたお付き合いとさせていただけませんか…………?」彼女は先ほどからの姿勢を少しも変えないままそう言い放った。そして、それを言い終えると、ちらりと彼の方へ視線をやった。
青年は呆然自失としていた――。と言うよりも、彼女の発言についての解釈の処理が全く追いついていなかったために、まるで習ったことのない外国語で話しかけられ驚いた時のような、素っ頓狂な表情を浮かべていた。
『1年以内の結婚を前提としたお付き合い』彼はそのフレーズを何度も反復し、決して取違いの無いように極めて慎重に脳内で字面をなぞった。
「も、もちろんですとも…………!し、しかしなぜ一年以内にご結婚を…………?」
一見冷静に考えれば当然に思われるこの疑問を、青年はひどく動揺した口振りで彼女に質問した。
「そうですね…………。小さい頃から結婚に憧れがあり、それにそろそろ周りの友人たちもちらほら結婚し始めていまして、羨ましいと思ったからです。」
――模範的な回答である。が、述べられた理由が『一年以内の結婚』を申立てるものとして決して十分なものであるとは言えないということを聡は感覚的にわかっていた。しかし、これは彼にとっては思いも寄らない幸運であることは明らかであった。そのため、これ以上の詮索は藪蛇に繋がりかねないとして、この件については一旦口を噤むことに決めた。
「な、なるほど、そうなんですね。Sachiさんとは是非とも真剣な交際をさせていただきたいと考えておりますし、僕も結婚には憧れがありますから、どうぞこれからよろしくお願いします!」
彼女は顔を上げ、スッと儚げな微笑みをこぼした。
「はい、こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。」
こうして二人の交際が始まった――。
◇◆◇◇◆◇
「お会計は25,000円となります」
「クレカ支払いで一括でお願いします」
聡は手際よく会計を済ませた。そして少しだけ振り返って背後にいる彼女の様子を確認し、店の出口に続く細い通路の方へ歩き出した。
「今日はご馳走様でした。お料理のどれもがとても美味しかったです。」背後から彼女の上品な声が聞こえてきた。
「いえいえ、お気に召してくださったようで何よりです。また来ま」
バタンッ!!!!
地面を揺らすようなとても大きく、鈍い音が背後から響き渡った。聡は素早く後ろを振り返った。彼の足元には、カバンから勢いよく飛び出た彼女のスマートフォンが落ちていた。
「あ痛たたたっ…………。」
「Sachiさんっ!!!大丈夫ですか!?」聡はすぐに彼女の元へ駆け寄った。
「こんな所でみっともなく転んでしまい、申し訳ございません…………。」
彼女の発した謝罪の節々に存在する僅かな違和感が一瞬彼の脳裏を掠めたが、それよりも聡は彼女の怪我の状態にすぐに注意が向かった。
「膝…………擦りむいちゃっていますね。大丈夫ですか?」聡は彼女が安全に立ち上がれるように手を差し伸べた。と、同時に彼女の脚には無数の打撲痕のように見受けられる痣があることに気がついた。
「はい、ちょっとした擦り傷ですので、大丈夫です。慣れないヒールを履いてきてしまったのがよくなかったです…………。」彼女はよろけながら聡の手を借りて立ち上がった。
「カバンから出てしまったもの、僕が拾いに行きますので、Sachiさんは少しここで待っていてください。」
聡は駆け足で床に散らばったスマートフォンや手帳、化粧ポーチ、財布などを拾い上げた。
「ん…………?」
その中で、普段見慣れない赤色で白い十字のマークがついたカードケースのようなものが落ちていることに気がついた。
「これもSachiさんのものですか?」
「あ、はい。それも私のものです。ちょっと貧血で倒れ込んでしまうことが度々あり、念のための緊急連絡先をそちらに記載しております。」
「そうでしたか――」聡は拾い上げた品々を両手に、彼女のもとへ駆け寄った。
「転ばないように、僕の腕につかまってください」彼女は聡の片腕をそっと両腕で掴んだ。
「それでは、駅の方にいきましょうか」
二人はゆっくりと歩き出した――。
「思わぬ形でカップルらしい行動をすることになったな…………。」聡は彼女の居住の最寄り駅である代々木駅の改札口で、彼女の家路に向かう足取りを心配そうに見守っていた。
「今日は色々あったな……。」聡は帰りの電車に乗りながらそう呟くと、緊張がほぐれたかのように座席にゆったりと腰かけた。
そして徐にポケットからスマートフォンを取り出し、RINEラインで太田先輩と三浦への報告のメッセージを打ち始めた――。
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