6 / 9
第1章
第6話 急変
しおりを挟む
◆第6話 急変
公園の入口につくと、展望台へと続く長い階段が姿を現した。
「この階段、結構な勾配があるけど、大丈夫そう?」
「うん、大丈夫だよ」そう言うと幸はぎゅっと聡の腕を握りしめた。
「しっかりつかまっててね」
二人は階段を上り始めた――。
「わぁーっ!綺麗!!」彼女の瞳は輝いていた。
「何とか無事登りきることができたね。この展望台からは、横浜港の一面を見渡すことができて、ここから見える夜景はとても綺麗なんだ。ほら、あそこにはベイブリッジがあるよ」聡はその方向を指さした。
彼女の反応はなかった。
しかしその瞳はさらに輝きを増し、まるでこの展望台から見える夜景のすべてを見渡して、その美しさにとらわれているかのように思われた。
夜景、気に入ってくれたのかな――。
「ねぇ、幸。もうすぐ付き合って1年になるね」
「うん」
「一年前に告白したときに、幸が俺に言ってくれた言葉、覚えてる?」
「うん、覚えてるよ」
「あの……さ。こういうのは男の方から言ったほうがいいのかなって思って…」聡はカバンのファスナーを開け、DIARディアールと書かれた箱を取り出した。そうしてその箱をゆっくりと開き、彼女の方に差し出した。
「花のネックレス……?」箱の中に上品にしまわれた透明のネックレスを見ながら、幸はそう小さく言葉を発した。
「うん。シロツメクサのネックレス。花言葉は『幸運』と『約束』。君の名前に含まれる『幸運』の『幸』と、1年前の『約束』を果たしたいという思いを掛けて、この花のネックレスを選んだんだ」
――しばらく彼女からの言葉はなかった。しかし彼女の顔には目から溢れ出た大粒の涙が頬をつたっているのがわかった。
彼女は頬の涙を指で拭った。そしてその唇はわなわなと震えていた。
「幸、最初は君の方から言ってくれた結婚の話だけど、今となっては俺も心から君とずっと一緒にいたいと思っているし、必ず幸せにすることを誓うよ。だから…僕と…結婚してくれませんか」
彼女は左手を右手の上に重ね合わせ、その手を唇の方へと持ってきた。そしてその手も僅かに震えていることを聡は察した。
「あの……ね……。私…聡くんに謝らないといけないことがあるの……」
青年の胸はひどくざわついた。この美しい夜景が一瞬にして暗黒面に染まってしまったかのような感覚を覚えた。
青年もネックレスの箱を持つ手が徐々に震え始めていることを自覚した。
「私ね……実は……」そう言うと、少しばかりの小さな静寂が訪れた。
青年は彼女の顔を見ることができなかった。
が、その言いかけた言葉の続きが気になり、勇気を振り絞って彼女の方へ顔をやった――。
彼女の手は真っ赤に染まっていた。そしてその紅色の雫がゆっくりと腕をつたって地面に落ちていく様を目の当たりにした。
青年は目の前で何が起きているのか全くわからなかった。ただ、彼女の鼻からは大量の血が流れ出ているという事象だけは目がとらえていた。
「さちっ!!大丈夫っ!?血が…血がでてるよ!!」
スッ――――――。
彼女の体が、力なくゆっくりと、それでいて直立した状態で真後ろに傾き始めた。
「あぶないっ!!」
聡はすぐに倒れかけた彼女の体をカバーするよう正面から抱き寄せた。その首は糸の切れた操り人形のように力なく垂れ下がっていた。
――――彼女は意識を失っていた。
◇◆◇◇◆◇
「隊員さん、こっちです!!」担架をもって足早に向かってくる救急隊員へ向かって聡は大きな声で叫んだ。
彼女は救急車に乗せられた。そうして救急隊員によって非常に手際よく、それでいて機械的に上半身の衣服がまくられ、心電図を取り付けるために下着が取り外された。
「脈は今のところ正常ですね」その言葉に聡は安堵した。そして、彼女の尊厳と自身の矜持のために、今の状態の彼女の体を見ないように心掛けた。
「付添人の方、お兄さんはこの方とどういった関係にあたりますか?」
「交際相手です」
「彼女さんはどのような感じで倒れられましたか?」
「大事な話をしていて……。その時急に彼女の鼻から大量の血が流れ出て、それから意識を失ったように倒れました」
「わかりました」救急隊員は無線でその状況を病院へ伝えているかのようだった。
「お兄さん、この方のご家族の連絡先は知っていますか?」
「いえ……。ご家族の方とはお会いしたことがないので知り…」その時、聡の頭には1年前に目にした赤色で白い十字のマークがついたカードケースのようなものが脳裏に過った。
「あ、あの、緊急連絡先が書かれたカードケースなら、彼女のカバンに入っているかもしれません」
「君の方でそのカードケースを探してもらえるかな」
聡はカバンの中を漁った。すると見覚えのある赤いカードケースがすぐに見つかった。
「あ、ありました!」そう言うとカードケースをすぐに救急隊員に手渡した。
「これは……ヘルプマークカード……。裏面にご家族のお名前と連絡先が書かれているようですので、搬送先の病院から連絡してもらうよう依頼します」
救急車のサイレンは夜道を赤く照らした。その音はまるで青年の心と共鳴するかのように夜の街に鳴り響いた――。
公園の入口につくと、展望台へと続く長い階段が姿を現した。
「この階段、結構な勾配があるけど、大丈夫そう?」
「うん、大丈夫だよ」そう言うと幸はぎゅっと聡の腕を握りしめた。
「しっかりつかまっててね」
二人は階段を上り始めた――。
「わぁーっ!綺麗!!」彼女の瞳は輝いていた。
「何とか無事登りきることができたね。この展望台からは、横浜港の一面を見渡すことができて、ここから見える夜景はとても綺麗なんだ。ほら、あそこにはベイブリッジがあるよ」聡はその方向を指さした。
彼女の反応はなかった。
しかしその瞳はさらに輝きを増し、まるでこの展望台から見える夜景のすべてを見渡して、その美しさにとらわれているかのように思われた。
夜景、気に入ってくれたのかな――。
「ねぇ、幸。もうすぐ付き合って1年になるね」
「うん」
「一年前に告白したときに、幸が俺に言ってくれた言葉、覚えてる?」
「うん、覚えてるよ」
「あの……さ。こういうのは男の方から言ったほうがいいのかなって思って…」聡はカバンのファスナーを開け、DIARディアールと書かれた箱を取り出した。そうしてその箱をゆっくりと開き、彼女の方に差し出した。
「花のネックレス……?」箱の中に上品にしまわれた透明のネックレスを見ながら、幸はそう小さく言葉を発した。
「うん。シロツメクサのネックレス。花言葉は『幸運』と『約束』。君の名前に含まれる『幸運』の『幸』と、1年前の『約束』を果たしたいという思いを掛けて、この花のネックレスを選んだんだ」
――しばらく彼女からの言葉はなかった。しかし彼女の顔には目から溢れ出た大粒の涙が頬をつたっているのがわかった。
彼女は頬の涙を指で拭った。そしてその唇はわなわなと震えていた。
「幸、最初は君の方から言ってくれた結婚の話だけど、今となっては俺も心から君とずっと一緒にいたいと思っているし、必ず幸せにすることを誓うよ。だから…僕と…結婚してくれませんか」
彼女は左手を右手の上に重ね合わせ、その手を唇の方へと持ってきた。そしてその手も僅かに震えていることを聡は察した。
「あの……ね……。私…聡くんに謝らないといけないことがあるの……」
青年の胸はひどくざわついた。この美しい夜景が一瞬にして暗黒面に染まってしまったかのような感覚を覚えた。
青年もネックレスの箱を持つ手が徐々に震え始めていることを自覚した。
「私ね……実は……」そう言うと、少しばかりの小さな静寂が訪れた。
青年は彼女の顔を見ることができなかった。
が、その言いかけた言葉の続きが気になり、勇気を振り絞って彼女の方へ顔をやった――。
彼女の手は真っ赤に染まっていた。そしてその紅色の雫がゆっくりと腕をつたって地面に落ちていく様を目の当たりにした。
青年は目の前で何が起きているのか全くわからなかった。ただ、彼女の鼻からは大量の血が流れ出ているという事象だけは目がとらえていた。
「さちっ!!大丈夫っ!?血が…血がでてるよ!!」
スッ――――――。
彼女の体が、力なくゆっくりと、それでいて直立した状態で真後ろに傾き始めた。
「あぶないっ!!」
聡はすぐに倒れかけた彼女の体をカバーするよう正面から抱き寄せた。その首は糸の切れた操り人形のように力なく垂れ下がっていた。
――――彼女は意識を失っていた。
◇◆◇◇◆◇
「隊員さん、こっちです!!」担架をもって足早に向かってくる救急隊員へ向かって聡は大きな声で叫んだ。
彼女は救急車に乗せられた。そうして救急隊員によって非常に手際よく、それでいて機械的に上半身の衣服がまくられ、心電図を取り付けるために下着が取り外された。
「脈は今のところ正常ですね」その言葉に聡は安堵した。そして、彼女の尊厳と自身の矜持のために、今の状態の彼女の体を見ないように心掛けた。
「付添人の方、お兄さんはこの方とどういった関係にあたりますか?」
「交際相手です」
「彼女さんはどのような感じで倒れられましたか?」
「大事な話をしていて……。その時急に彼女の鼻から大量の血が流れ出て、それから意識を失ったように倒れました」
「わかりました」救急隊員は無線でその状況を病院へ伝えているかのようだった。
「お兄さん、この方のご家族の連絡先は知っていますか?」
「いえ……。ご家族の方とはお会いしたことがないので知り…」その時、聡の頭には1年前に目にした赤色で白い十字のマークがついたカードケースのようなものが脳裏に過った。
「あ、あの、緊急連絡先が書かれたカードケースなら、彼女のカバンに入っているかもしれません」
「君の方でそのカードケースを探してもらえるかな」
聡はカバンの中を漁った。すると見覚えのある赤いカードケースがすぐに見つかった。
「あ、ありました!」そう言うとカードケースをすぐに救急隊員に手渡した。
「これは……ヘルプマークカード……。裏面にご家族のお名前と連絡先が書かれているようですので、搬送先の病院から連絡してもらうよう依頼します」
救急車のサイレンは夜道を赤く照らした。その音はまるで青年の心と共鳴するかのように夜の街に鳴り響いた――。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
心が折れた日に神の声を聞く
木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。
どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。
何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。
絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。
没ネタ供養、第二弾の短編です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
おばさん冒険者、職場復帰する
神田柊子
ファンタジー
アリス(43)は『完全防御の魔女』と呼ばれたA級冒険者。
子育て(子どもの修行)のために母子ふたりで旅をしていたけれど、子どもが父親の元で暮らすことになった。
ひとりになったアリスは、拠点にしていた街に五年ぶりに帰ってくる。
さっそくギルドに顔を出すと昔馴染みのギルドマスターから、ギルド職員のリーナを弟子にしてほしいと頼まれる……。
生活力は低め、戦闘力は高めなアリスおばさんの冒険譚。
-----
剣と魔法の西洋風異世界。転移・転生なし。三人称。
一話ごとで一区切りの、連作短編(の予定)。
-----
※小説家になろう様にも掲載中。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる