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第52話 ちょっとだけ、先に食べたい
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火曜日。春野透子は、エプロンの入った鞄を肩にかけ、高山柚月の住むマンションのエントランスに立っていた。
インターホンを押すと、すぐに「はーい」という少しテンションの低い返事が返ってきた。いつもよりトーンが落ちている。ロックが解除される音を確認して、透子はエレベーターに乗り込んだ。
扉が開くと、玄関の前には柚月が立っていた。髪はきちんと整えられているが、表情はどこか拗ねたようなものが混じっていた。
「おはようございます、高山様。本日もよろしくお願いいたします」
「……おはようございます。どうぞ」
招き入れられて靴を脱ぎ、キッチンへと向かう。エプロンを着けて準備を始めようとしたとき、柚月がぽつりと話しかけてきた。
「……美鈴から聞きました。ドライカレー作ったって」
透子は手を止め、穏やかに微笑む。
「はい。名取様から『高山様が羨ましがるようなメニューを先に食べたい』というご依頼をいただきましたので、ドライカレーをご用意いたしました」
「ずるい……私のほうが先に春野さんに来てもらってるのに……」
唇を尖らせた柚月の表情は、どこか子どものようだった。
「もちろん、今日は高山様にドライカレーをお作りいたします。隠し味には少しだけチョコレートを使いますね。甘さとコクを引き出す効果があるんです」
その言葉に、柚月はわずかに頬をゆるめた。
「……楽しみにしてます」
透子は調理を始める。玉ねぎをみじん切りにし、フライパンでじっくり炒める。にんじんやピーマンも細かく刻み、ひき肉と一緒に炒めながら香りを立たせる。
「春野さんって……どっちの味方ですか」
突然の質問に手を止めず、透子は少しだけ目を細めた。
「どちらの味方でもあります。お二人とも大切なお客様ですし、お二人に喜んでいただけることが、私にとっても嬉しいことです」
「……そうですよね。めんどくさいとこ出ちゃってごめんなさい」
「いえ。私の作るご飯を、そこまで楽しみにしていただけているのなら、むしろ光栄です」
その言葉に、柚月は照れくさそうに俯いた。
味を見てから調味料を調整し、チョコレートをひとかけら加える。とろりと溶けていくチョコの香りとスパイスが混じり、キッチンに豊かな香りが広がった。
ご飯を盛り付け、ドライカレーをかけ、パセリを振って完成。
「お待たせしました。どうぞ、お召し上がりください」
柚月はテーブルに着き、スプーンを手に取った。一口食べると、ぱっと顔が明るくなる。
「美味しい……!やっぱり春野さんのご飯は最高です」
「ありがとうございます。お口に合って何よりです」
「……美鈴にはね、意地悪しないでって言っておきました。春野さんも……意地悪しないで、私に先に美味しいご飯食べさせてください」
「……そうですね。では、次回は高山様が思わず自慢したくなるような献立を考えておきます」
「ほんとに?」
「はい。お約束します」
嬉しそうに微笑む柚月を見て、透子の胸に温かい感情が広がった。思わず内心で、(かわいい……)と呟いてしまうほどに。
けれど、その表情はあくまでプロとしての落ち着きを保っていた。
その後も掃除や片付けを淡々と進めながら、透子は次の献立案を頭の中で組み立てていた。柚月にとっての「一番」を更新するために。
静かだけれど、心満たされる時間が、今日もゆっくりと流れていくのだった。
インターホンを押すと、すぐに「はーい」という少しテンションの低い返事が返ってきた。いつもよりトーンが落ちている。ロックが解除される音を確認して、透子はエレベーターに乗り込んだ。
扉が開くと、玄関の前には柚月が立っていた。髪はきちんと整えられているが、表情はどこか拗ねたようなものが混じっていた。
「おはようございます、高山様。本日もよろしくお願いいたします」
「……おはようございます。どうぞ」
招き入れられて靴を脱ぎ、キッチンへと向かう。エプロンを着けて準備を始めようとしたとき、柚月がぽつりと話しかけてきた。
「……美鈴から聞きました。ドライカレー作ったって」
透子は手を止め、穏やかに微笑む。
「はい。名取様から『高山様が羨ましがるようなメニューを先に食べたい』というご依頼をいただきましたので、ドライカレーをご用意いたしました」
「ずるい……私のほうが先に春野さんに来てもらってるのに……」
唇を尖らせた柚月の表情は、どこか子どものようだった。
「もちろん、今日は高山様にドライカレーをお作りいたします。隠し味には少しだけチョコレートを使いますね。甘さとコクを引き出す効果があるんです」
その言葉に、柚月はわずかに頬をゆるめた。
「……楽しみにしてます」
透子は調理を始める。玉ねぎをみじん切りにし、フライパンでじっくり炒める。にんじんやピーマンも細かく刻み、ひき肉と一緒に炒めながら香りを立たせる。
「春野さんって……どっちの味方ですか」
突然の質問に手を止めず、透子は少しだけ目を細めた。
「どちらの味方でもあります。お二人とも大切なお客様ですし、お二人に喜んでいただけることが、私にとっても嬉しいことです」
「……そうですよね。めんどくさいとこ出ちゃってごめんなさい」
「いえ。私の作るご飯を、そこまで楽しみにしていただけているのなら、むしろ光栄です」
その言葉に、柚月は照れくさそうに俯いた。
味を見てから調味料を調整し、チョコレートをひとかけら加える。とろりと溶けていくチョコの香りとスパイスが混じり、キッチンに豊かな香りが広がった。
ご飯を盛り付け、ドライカレーをかけ、パセリを振って完成。
「お待たせしました。どうぞ、お召し上がりください」
柚月はテーブルに着き、スプーンを手に取った。一口食べると、ぱっと顔が明るくなる。
「美味しい……!やっぱり春野さんのご飯は最高です」
「ありがとうございます。お口に合って何よりです」
「……美鈴にはね、意地悪しないでって言っておきました。春野さんも……意地悪しないで、私に先に美味しいご飯食べさせてください」
「……そうですね。では、次回は高山様が思わず自慢したくなるような献立を考えておきます」
「ほんとに?」
「はい。お約束します」
嬉しそうに微笑む柚月を見て、透子の胸に温かい感情が広がった。思わず内心で、(かわいい……)と呟いてしまうほどに。
けれど、その表情はあくまでプロとしての落ち着きを保っていた。
その後も掃除や片付けを淡々と進めながら、透子は次の献立案を頭の中で組み立てていた。柚月にとっての「一番」を更新するために。
静かだけれど、心満たされる時間が、今日もゆっくりと流れていくのだった。
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