異世界転生カンパニー

チベ アキラ

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橋目 美代 編

涙残留 その6

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  家族という言葉の定義は難しい。
同じ家で過ごすことなら、自立した子どもに親はいないのか。血の繋がりがあることなら、養子は家族と呼ばないのか。姓を同じくすることなら、嫁いだ瞬間に縁が切れるのか。同じ種族であることなら、ペットを家族と呼んではいけないのか。長い時間を共にすることなら、幼いうちに失う親は親と認められないのか。
いくら条件を探しても、誰かにとっての"家族"が必ず引っかかる。
結局、自分の中にある漠然とした印象に頼るしかない。それを肯定するしかない。
それならば、ずっと心の中に在る人のことを、家族と呼んでも許されて欲しい。

  ここはどこだろう。辺り一面が真っ暗で、自分の体以外は何も見えない。
暗いというよりは、黒い。本当に何も無いかのように、真っ黒だった。
「これは・・・夢?」
「おはようございます。橋目 美代さん。」
突如背後から少女の声がする。声の方に向くと、ボブカットの高校生くらいの少女が立っていた。外見のせいか、スーツに着られている感じが否めない少女。しかし妙に落ち着きを感じた。
「えっと、あなたは?」
「私は転生カンパニー所属転生請負人、巡谷と申します。
まずはこの度ご臨終なされた貴方にお悔やみを申し上げますと共に、今後の転生についてご案内するべく参上いたしました。」
巡谷さんはそう言って深々と頭を下げる。自然すぎる挨拶に一瞬呆然としていたが、聞き捨てならない単語がそれとなく混じっていたことにようやく気づいた。
「ご臨終って・・・私、死んだんですか!?」
「ええ、誠に残念ながら。」
「し、死因は・・・」
「過労による急性心不全です。」
私は巡谷さんに言われてようやく、最期の瞬間を思い出した。

  夏芽ちゃんの死は私にとって、思っていた以上にショックが大きかった。
お姉ちゃんと呼ばれていたからだろうか、長い時間を一緒に過ごしたからだろうか、慕われていたからだろうか。
看護師になって4年。亡くなる患者さんも居ることは知識ではわかっていた。実際に何度か目にすることもあった。そのときも救えなかった事を悔やんだが、夏芽ちゃんの時は何かが違った。
それを察してか、先輩からは看護師を辞めた方がいいと言われた。良くも悪くも、私は寄り添い過ぎると。
それでも私は続けた。心に空いた穴を埋めるように、悲しみから目を背けるように、身体が動く限り働き続けた。その無理が、祟ったらしい。
ある日の深夜、着替えを取りに自宅に帰ったとき、胸が苦しくなって玄関で倒れた。
苦しかったけれど、不思議と冷静だった。
ただ、何かが終わりを告げたのだろうと、あるがまま痛みを受け入れて。
視界が霞み、意識が遠のく中で、夏芽ちゃんが私を呼ぶ声が聞こえた気がした。

「そういえば・・・死にました。」
「思い出されたようですね。苦しくなったときはどうか遠慮せずにお申し付けください。」
「ありがとう、ございます。」
自分が死んだ。奇しくも、病死で。
少しでも誰かがそうならないように努めていた仕事が原因で死ぬなど、これはタチの悪い冗談か何かなのだろうか。
自分の不甲斐なさに、笑いすら込み上げてきた。
「病死かぁ。看護師、先輩の言う通り辞めておけば良かったかな。」
「・・・あなたは、それでも看護師としての自分を貫きました。それはしっかりと自分という物を持っているからこそ、選ぶことができた道だと思います。私は、尊敬しますよ。個人的にですが。」
先程から事務的だった巡谷さんが、初めて感情のこもった表情をした。
この言葉に、少し救われた気がする。私は、頑張れた。それが確認できただけでも、仕事による死に対しての後ろめたさを拭うことが出来た気分だった。
「さて、それでは本題に入らせていただきます。私はあなたの転生についてご案内に参りました。」
「転生、ですか?」
「はい。死後の選択肢の一つとして、死亡し人生を終えた魂の皆様にご案内に伺っています。」
死亡した魂・・・全てに?
それを聞いた瞬間、頭の中で夏芽ちゃんの名前が過った。
「あ、あの!以前ここに尾張 夏芽という女の子が来ませんでしたか!?」
「えっ?それは・・・えっと・・・」
あまりに突然の事だったのか、巡谷さんは助けを求めるように視線を泳がせて天を仰ぐ。
そしてなにかを見つけると、咳払いをして調子を整えた。
「ええ。以前私が異世界転生のご案内を担当しました。」
「・・・私、どうしてもその子に会いたいんです。
次こそ、守りたくて・・・いや、そんな大したことじゃない。もっとシンプルなことで。
・・・大好きだって、伝えたかったんです。あなたのことが大事だって。あんなに側にいたのに、看病ばかりに必死になって、結局伝えられなくて。
もし、許されるなら、伝えたいんです。たとえ、次の一生をかけても・・・」


  今日もいつも通りの時間に目を覚ました。チキンが鳴く朝の7時。頭はまだクラクラしていて、頭に空気を送るために深呼吸をした。
傍らのカーテンを開けて朝の日差しを浴びる。外は気持ちのいい晴れ模様だった。
「おはよう世界!」
昨日の眠たさをシーツと共にベッドの上に投げ、普段通りにローブを身にまとう。
「"泡沫の箱庭"」
ドーム状に水を漂わせ、それを鏡に身嗜みを整える。
頭上の水面に寝癖が写っているので正面の水をすくい髪を解かした。
「よし、いってきます。」
魔法の帽子を被り、魔道書を片手に家を出た。
  家の外に出ると、1人の少女が足を怪我して倒れていた。
狐耳もすこしケガをしていて、尻尾にも切り傷がある。
「大変!」
わたしは狐耳の少女を家に連れ帰り、治癒術の魔法で手当てをした。
しばらく様子を見ていると、狐耳の少女はゆっくりと目を覚ました。
「・・・あれ?ここ、は・・・」
「良かった。目を覚ましたのね。一応傷は治療してあるけど、体力はまだ完治してないから安静にしてね。」
狐耳の少女は最初呆然としていたが、わたしを見て目を丸くした。
「ナツメ、ちゃん・・・?」
「えっ?」
名前を突然呼ばれたことも驚いたが、何より驚いたのは、
声がとても懐かしい事だった。
いつか何処かで聞いた声。わたしはこの子狐とは初めて会ったはずだった。
「ナツメちゃん!ずっと会いたかった。会って、謝りたかった。お礼が、言いたかった・・・」
突然抱きつかれた。モフモフの耳が頰にあたってくすぐったくて、思わず戸惑ってしまった。
「え、えっと。えっ?どうしたの・・・?」
「ごめんね、助けられなくて。でも、それでも会ってくれて、出逢ってくれて、ありがとう。
・・・大好き、だったよ・・・・・・」
その一言を聞いて、わたしの頭の奥の奥、ずっと閉まっていた記憶の引き出しが、初めて開いた。
ずっと、一緒にいてくれた人。家族よりも、側にいてくれた人。最後まで、いてくれた人。
「ミシロ、お姉・・・ちゃん・・・?」

そのとき、ずっと目蓋の裏に、目の奥に残留していた一滴の涙が、初めて頰を伝った。


---橋目 美代・尾張  夏芽  転生完了
To be continued next Life…
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