獣人たちの恋

魚肉

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うさぎのミル

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ミルは、うさぎの獣人である。頭から元気よくふわふわの耳が二本ぴんっと伸びている。

といっても、現在獣人の血は人間の血と混ざり合いかなり薄くなっており、うさぎとしての特性はミルにもあまりない。耳が生えているだけである。

さらに、ミルの両親は人間である。ミルの可愛らしい二本の耳は、先祖返りによって生えたものだった。

確か、ミルの母親の曽祖母の妹も先祖返りによりうさぎの耳が生えていたらしいが、詳しい事はよく分からない。



中央大陸では人間と獣人の区別について、明らかに人間とは違う特徴がある場合ーーつまりミルのような特徴がある場合、獣人だと認められる。

兎に角、血が薄まれば見た目は限りなく人間に近づき、判別出来なくなる。
だからミルの母親も自分にほんの僅かながらうさぎの獣人の血が流れていることなんて知らなかったのである。



ミルは人間の両親のもと中央大陸に生まれた。
中央大陸とは、その名の通り中央に位置する大陸であるが、ここは人間の都市である。

中央大陸にいる獣人の多くは南の大陸から留学で来ていたり、それぞれの獣人の特性を生かした職業に就くために中央大陸に来る。つまり、獣人のーーーしかも、その特徴が顕著に分かる子供は中央大陸では割と珍しいのである。



南の大陸と中央大陸の間で貿易会社を営む鳥の一族なんかはまだよく見られる方だが、それでも珍しい。これがうさぎの獣人の子供と言ったら、どれほど珍しいか分かるだろう。



ミルはこのぴんっと伸びた耳のせいで小さい頃からずっと苦労してきた。近所のいじめっ子たちに耳を握られ、ひっぱられ、からかわれ。どんなに目立たないようにしようとしても大きな二本の耳は縮むこともなく自己主張を続ける。


お陰でミルは18歳になった今でもびくびくしながら過ごしていた。学校にいく以外出来るだけ外には出ず、両親か兄弟、それから信頼できる友達としか関わりを持とうとはしなかった。

そのせいでかなり世間知らずでちょろい、ふわふわの二本のお耳が可愛いうさぎの獣人が出来上がったわけだが本人にその自覚は全くない。



普段ミルは自分から外に出ようとはせず、誘いがあった時気が向いたら両親や友人にひっつく形でお出かけをしていたのだが、今日は違った。

朝、いつもならお母さんが起こしに来るまで絶対お布団から出てこないミルが、るんるん気分で起き上がり朝日を浴びる。


「ママ!おはよう!」

さらに、朝は大抵機嫌が悪く無言のままリビングの椅子に座るのだが、今日は違う。自分から元気よく挨拶をして、なんと自分で朝ごはんの準備を始めたのだ。


つまり、今日のミルは機嫌がすこぶるにそれはすこぶるにいいのだ。なぜなら、

「ママ、今日はマリーと人参ポタージュを食べに行くのよ!うふふ、」

そう、ミルの大好物である人参ポタージュの美味しいレストランに一番の友人であるマリーと一緒に行く日なのである!


数日前、ゴロゴロしながら見ていた雑誌に載っていた『とろとろ濃厚な人参ポタージュ始めました』という文言と、うさぎの獣人の血が入っているという人間の店主の写真をみて、ミルはそこのレストランの人参ポタージュが食べたくて食べたくて食べたくて食べたくなってしまったのだ。


そこで、ミルは勇気を振り絞って一番信頼できる友人であるマリーを誘ったのだ。自分から外に行きたいと言ったのはここ10年間で初めてのことである。それほど人参ポタージュはミルにとって魅力的だった。

「ミル、今日はとても笑顔が可愛らしいわ」

にこにこしながらミルの朝ごはんの準備を手伝っているミルの母親であるミサはとてもーーそれはとてもとてもおっとりとした性格をしていた。
この母親のお陰でミルの世間知らずでちょろい性格は治す機会もなく成長してしまったといってもいいかもしれない。

「ママ!このワンピース借りてもいい??」

「あら、そのワンピースとてもミルに似合うわね」

「うふふっ」

朝ごはんをたらふく食べたミルはクローゼットを開けて精一杯のおしゃれをするためにミサの大人びたワンピースを借りた。普段は通販で適当に買った人参の柄のワンピースを着ることが多いのだが、今日は心構えが違う。

ワンピースを着て、玄関前の全身鏡でくるんっと一周すればミルの準備は完了だ。今日はちゃんとお化粧もしてるし、髪の毛だって三つ編みだ。過去10年間を振り返ってもこんな日は1日だってない。

丁度玄関のインターホンが鳴る。ミルは靴を履いて、とびきりの笑顔で扉を開いた。


「マリー!おはよう!今日はとうとうにんじーーー」


ミルは、とびきりの、それはもうとびきりの笑顔で表情を固めたままマリーの隣ーーー正確に言えば斜め上に顔がある人と目があったまま石化したように動けなかった。

目の前からマリーの申し訳なさそうな声が聞こえる。

「あのね、ミル、この人リクって言うんだけど、今日一緒に人参ポタージュ食べに行きたいって言っててね、」

ミルは、今日の朝からずっと幸せだった気分が急にどん底に落ちた気分になった。



ミルは昔から耳をからかってくる男の子が苦手だ。恐怖の対象でもある。高等学校では一回も男の子とは話したことはおろか、目を合わせたこともない。


マリーには申し訳ないが、ミルは一度開けた扉をそっと閉めかける。

ーー普段のミルだったら、このまま自分の部屋に閉じこもって1日を過ごしていただろう。

しかし、今日のミルは普段とはひと味もふた味も違うのだ。扉を閉めそうになった手をぐっとこらえ、ミルは声を絞り出した。

「マリー人参ポタージュのお店の場所わかる?」

ミルは、自分から誘ったにも関わらず雑誌に載っていた地図ではいまいちそのお店の場所が把握できていなかった。









3人は人参ポタージュのお店に行くために汽車に乗った。駅まで歩いて汽車に乗るまで、そして乗っている今もミルはマリーの片腕にしがみついていた。


そもそもあまり外に出かけない、出かけたとしても徒歩圏内にしか行かないミルは汽車が苦手だったのだ。

さらに、リク、という男の子も一緒。頼れる相手はマリーだけである。

リクは人間の男の子であるが、かなり背が高く、ミルの頭は彼の肩に届くか怪しいくらいである。こんなに体型に差があれば、ミルの耳なんてひとかたまりもない!ミルは恐怖で震えた。



ーーーーその、一時間と半刻ほど後。



ミルは笑顔で人参ポタージュを掬って食べていた。実物の人参ポタージュは雑誌で見るより何倍も、いや何十倍も美味しそうだったのである。そして、実際にとってもとっても美味しいのである。

さらに、リクは話してみるととてもいい人だった!


「リク、あのね、その人参たっぷりカレー一口くれない??」


「もちろん。はい、あーん」

はたから見たらただのカップルのように見えるが、ミルは一ミリともそんな意図はない。

リクは人参カレーをくれるし、さっきはマリーと雑誌に載っていた店長と3人での写真を撮ってくれたのだ!こんなにいい人だったのに耳の心配ばかりしていたなんて、とミルは反省した。
これからはリクも信頼できる友達である。




ーーーところで、こんなにちょろいミルが今まで数人の信頼できる友人たちと平和に過ごせてきたのはマリーや他数人の友人がミルに興味本位で近づく人たちの防波堤になってくれていたからであるが、それはミルの知るところではない。

この防波堤がなければミルは大量の信頼できる友達を作り、騙されてり裏切られたり、耳をからかわれたり、今度こそ一度と家から出なくなってしまうところだっただろう。



今回リクがなぜついて来れたのかは、また別のお話。




「マリー、本当に一緒に来てくれてありがとう。私今日ほど幸せな日はないわ!」


「ミルが楽しそうでわたしもすごく嬉しいの。また来ようね!」


「本当に!?また来てくれるの!?マリー大好き!」


ミルはとっても嬉しい気分だった。新しい友人も出来たし、人参ポタージュは本当に美味しかったし、花丸満点な1日だった。


「それでね、ミル、この後なんだけどね、私用事がはいってしまったのよ」



マリーはミルが人参パフェを食べ終わるのを待って、お会計の後申し訳なさそうに言った。

「だから、ミルのことは僕が送って行くよ」


ミルは、男子というものは野蛮でうるさくて汚くて、下品で人の話も聞かないし暴力も振るう恐ろしい人間だと思っていたので、リクのような落ち着いた人がいることを初めて知った。

声も落ち着いた声色で、ギャーギャー喚く男子たちとは一味違う。さらに、顔立ちもすっきりしていて、ミルがいつも南の大陸から取り寄せて読んでいる『うさぎの暮らし』に出てくるモデルに似ているのだ。服装もきちんとしているし、何よりミルにとても優しい。

だから、ミルはマリーがいなくなることを聞いても、怯えたりはしなかった。

「そうなの!マリー、忙しいのに付き合ってくれて本当にありがとう。今日は本当にとっても楽しかったわ!リクに送ってもらうね!」

「こちらこそありがとうミル!また今度、すぐに会おうね!」



マリーは心なしか不安そうな顔をしながらミルとリクに手を振っていたが、そんな事にミルは気づかない。
ミルはマリーの姿が見えなくなるまでぴょんぴょん跳ねながら手を振り続けた。マリーは本当に良い友達なのだ。


「ミル、それじゃあ僕らも汽車に乗ろうか」

リクは自然と車道側に行き、ミルの肩に手を添えた。ーーこれは完全に周りからは恋人にしか見えないのだが、ミルはマリーがいない今、リクに全信頼を寄せており、リクの大きな手に安心している始末である。


「ミルの耳は本当に可愛いね。ふわふわしてて、生き物みたいだ」

ミルは男の子から耳を褒められることなんて今までの人生でただの一度もなかったことなので感動でリクを見上げる。

「ほんとうに!?そんなこと言ってくれる男の子はリクくらいよ。とっても嬉しい!」


リクはその端正な顔立ちを少し崩して笑い、それもまたかっこいいのだが、ミルの頭を撫でる。


「本当だよ。ミルの耳は本当に可愛くて、食べちゃいたいよ」


これは割と変態発言なのだが、リクが言うと許されてしまう。というか、ミルはまずこの発言が変態だということに気づいていない。彼女は、性的なことにとても疎いのだ。


2人で汽車に乗ると、行きの時にしがみついていたマリーの腕がないミルは、恐る恐るリクに尋ねた。


「あのね、迷惑でなかったらで良いんだけど、腕につかまってもいい??」


ここで怒られたらどうしよう、とミルはぶるぶるしたが、リクは優しく微笑むとミルに長い腕を差し出した。

「もちろん。どうぞ」


ミルは、その腕に掴まるーーというよりも抱きしめるような形でぎゅうっとしがみついた。この汽車の揺れはきっと何度乗っても慣れないだろう。


リクの腕はマリーの細くて柔らかい腕とは違い、太くて堅かった。きっと筋肉質な体なのだろう。さらに、マリーの腕は冷たくて気持ちいいが、リクの腕は暖かくてとっても安心できるお日様の匂いがした。

ミルは、その腕を抱き枕代わりにして、リクの肩に頭を置いて、眠りこけてしまった。


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