父の魂

ヤマシヤスヒロ

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父の魂

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 「たまごかけごはんと納豆、お願いします」
 泰夫は、店員のお姉さんに、チケットを渡しながら言った。 
「たまごかけごはんに、納豆1ちょう」 
とお姉さんは、元気な声で、厨房のお兄さんに言った。  
 泰夫は、その日の朝、7時前に自宅のマンションから歩いて10分ほどの駅前の松屋に行って、朝食を食べた。
 その日の夜、泰夫は、親友の大津君に電話した。
「不思議なんだ」
と泰夫は、電話の向こうの大津君に言った。
「何が不思議なんだい」
と電話の向こうの大津君は、泰夫に言った。
「ぼく、これまで、朝食は、コンビニのサンドイッチしか食べる気しなかったんだ」
「毎日、パン食だったんだ」
「ごはんなんて、食べる気しなかったんだ」
「それが、今日の朝は、急に、ごはんが食べたくなり、松屋に行って、たまごかけごはんと納豆を食べたんだ」
「なんでだか分からないけど、ごはんが食べたくなったんだ」
と泰夫は、電話の向こうの大津君に言った。
泰夫は、続けて、電話の向こうの大津君に言った。
「実は、先週、父親が亡くなったんだ」
「先週の日曜日、父親は、92歳の誕生日だったんだけど、次の日、急に亡くなったんだ」
と泰夫は、電話の向こうの大津君に言った。
「えっ、ほんとうかよ、亡くなったのかよ、お父さん」
「それは、たいへんだったよね」
と、大津君は、電話の向こうで泰夫に言った。
「今日、初七日だったんだ」
「ぼくの父親、パンがきらいだったんだ」
「それで、毎朝、ごはんとたまごと納豆とみそしる、じゃないとだめな人だったんだ」
と泰夫は、電話の向こうの大津君に言った。
「それで、不思議なんだ」
「今日の朝は、ぼくも、父親とまったく同じ朝食が食べたくなり、松屋に食べに行ったというわけだ」
「乗り移ったのかなー、父親の魂、ぼくに」
と泰夫は、電話の向こうの大津君に言った。
「お葬式、どうしたの」
「今、へんな感染症がはやってて、外出を自粛するように国も都も言ってるけど、だいじょうぶだった」
と大津君は電話の向こうで言った。
「そうなんだ。結局、親戚には、電話だけで報告して、また、母親は、要介護5で寝たきりなので、ぼく一人で、葬儀をやったんだ」
と泰夫は、電話の向こうの大津君に言った。
「そうかー、たいへんだったなー」
と大津君は、電話の向こうで泰夫に言った。
「今、へんな感染症がはやってるから、なかなか会って話しすることができないけど、それがおさまったら、喫茶店ででも会おうか」
と大津君は、電話の向こうで泰夫に言った。
「そうだな、おさまったら会おう、では、また」
と言って、泰夫も大津君も電話を切った。
 次の日、大津君は、助手として働いているサンエイ科学研究所で、コーヒータイムに所長の市山博士に、昨日の親友の泰夫君との電話での話をした。
「所長、昨日の夜、友達と電話していて、友達のお父さんが亡くなったそうです。それで、不思議なことが起こったということなんです。今まで、パン食だったのが、初七日に急にごはんとたまごと納豆とみそしるが食べたくなり、父親の好きな物を食べたくなったと言うんですね」
「お父さんが乗り移ったみたいだと言うんですね」
と大津君は、市山博士にコーヒーカップを手にして言った。
市山博士は、
「そうですか、友達のお父さん、亡くなったんですね。それは、たいへんでしたね」
「お父さんが乗り移ったみたいだと言ったそうですが、それはありえることだと思います」
と、やはり、コーヒーカップを手にして、大津君に言った。
「大津君」
と市山博士は、突然真面目な顔になり、言った。
「実は、ぼくは、脳についても興味があり、少しずつ研究しているんです」
「大津君、脳には、神経細胞、すなわち、ニューロンがぎっしりつまっているということは知っているよね」
と市山博士は、大津君に得意げに言った。
「はい、聞いたことあります、所長」
と大津君は、市山博士に、興味深そうに言った。
市山博士は、
「ここからは、ぼくの考えだが」
と言った。
市山博士は、続けて大津君に話した。
「ニューロンには、振動状態があって、その振動状態は、基底状態と励起状態の2つの状態があると考えられるんだ」
「人が生きている状態だと36℃程度の体温があるので、ニューロンの振動状態は、励起状態にあると考えるんだ」
「しかし、人が死んで、体温が下がると、励起状態にあったニューロンの振動状態が、基底状態にも遷移するようになると考えるんだ」
「そのニューロンが励起状態から基底状態に遷移するときに、励起状態と基底状態のエネルギー差のエネルギーを持つ量子が放射されると考えるんだ」
「ぼくは、その量子を脳波量子、ブレイノンと名付けたんだ」
「そのブレイノンが、亡くなったお父さんの脳から、死後に放射され、近くにいた友達の脳のニューロンが吸収して、お父さんの脳内の記憶が友達の脳に記憶されたんだと思う」
「そして、初七日程度の時間で、その友達の脳に記憶されたお父さんの記憶が呼びさまされ、友達は、お父さんが食べていたものが食べたくなったのではないかと思う」
と市山博士は、説明した。
「お父さんの記憶が、友達の脳にも記憶されたのですね」
「お父さんの魂が乗り移ったということですか」
と大津君は、市山博士に驚いた顔で言った。
市山博士は、続けて、大津君に言った。
「それで、ぼくは、考えたんだ」
「ニューロンの振動状態の励起状態と基底状態との間のエネルギー差に等しい準位を持つ半導体デバイスを作り、その半導体デバイスをコンピューターに接続し、人の死後、脳から放射されるブレイノンをその半導体デバイスで吸収し、コンピューターにその亡くなった人の記憶を取り込むことができる装置を考えたんだ」
と市山博士は、大津君に言った。
「それは、すごいですね」
「亡くなった人の記憶を、コンピューターに記憶させることができるのですね」
 大津君は、市山博士に感心した顔で言った。
 市山博士は、大津君に、言った。
「大津君、仕事だ」
「このブレイノンを吸収して、亡くなった人の記憶を記憶するシステムの特許明細書を書いてください」
「そして、特許出願するんだ」
「さっ、はじめよう」
と市山博士は、言い、
「はい、分かりました」
と大津君は、言い、自分の席に戻り、パソコンに向かって、書類の作成を始めた。
 こうして、サンエイ科学研究所のコーヒータイムは、終わりました。

 
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