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07 異世界人は一度帰宅する。

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――翌日の日曜。
マリリンは両親から受け取ったこちらの世界の一般的な調味料及び嗜好品、そして美容関連の物をアイテムボックスに入れ込み、こちらに来た時と同じ格好で納屋の二階へと向かった。
無論、カズマもカズマの両親もマリリンを見送る為にやってきた。


「出来るだけ早く戻ってくる予定ではあるが、あちらの世界で溜まっている仕事もあるかも知れない……。だから、絶対に一週間後には戻ってくる予定だ。何が何でも!!」


そう息巻くマリリンだったが、カズマは首を横に振りマリリンに歩み寄った。


「確かに早く戻ってきて報告を聞きたい気持ちはある。でも、マリリンは世界屈指の冒険者であり、ギルド【レディー・マッスル】のリーダーだろう? 仕事を疎かにするんじゃない」
「カズマ……」
「それに、仕事をしている女性ってカッコイイって思うしな。だから、頑張って仕事を終わらせて、またこっちに帰ってくるといい。約束してくれるよな?」


愛しいカズマにお願いされてしまえばマリリンは頷くしかない。
ましてや働く女性はカッコイイとさえ言われてしまっては、漲るパワーをそのままに一気に仕事を終わらせることどころか、各国から来ているであろう魔物討伐も瞬時に終わらせられるほどにマリリンの心は滾った。
そう、私は帰ってくるのだ……愛しい夫の許へ!!


「それと、コレ……俺からの応援を込めて」
「これは?」
「異世界に行ってから見てみるといい。昨日マリリンの為に買ってきたプレゼントだよ」


生れてはじめて、兄のジャックとその友人マイケル以外で、初めて男性からプレゼントを貰ったマリリンは、片手にスッポリ入ったピンクの可愛らしい袋で丁寧に包装されているプレゼントを見つめ激しくバイブレーションである。


「カッ カズマ―――!!!」


雄叫びと同時にマリリンは筋肉隆々の腕を広げカズマを抱きしめようと襲い掛かった!!
しかし、今日この時の為にあらゆるマリリンの行動を予測し、どう生き延びるかをシュミレーションしまくっていたカズマは、すんでのところでマリリンからの骨を粉砕するであろう抱擁から逃げきった!!
舞い散る埃と風圧で飛ばされる納屋の荷物、それがマリリンの抱擁の強さを表していた。


「ぬぐぅ……私の抱擁を避けるとは……」
「マリリン、君にしか頼めない事なんだ。良い知らせを待ってるよ」


優しい笑顔でマリリンに手を振ったカズマにマリリンは強く頷いた。実に素直である。
名残惜しそうではあったものの、マリリンは騎士のように挨拶をすると鏡の中へと入っていった。
実際こうして異世界へ繋がっていることを理解すると両親は少し興奮していたが、カズマはこれからの人生設計を考え直すべきだなと冷静に考えていた。
そもそも、異世界人はマリリンのように素直な人間ばかりではないだろう。
あちらの世界がどんな状況にあるのかも掴めてはいない。


「色々慎重に……足元をすくわれない様に行動しないと不利になるな」


小さく呟いた言葉は両親には聞こえなかったようだが、その日からカズマは交渉術や経済学等の参考書を購入し、出来うる限りの自分に出来る知識的な防御を固めることにしたのだった。





■■



その頃、マリリンは自室にある鏡からニョッコリ出てくると、鼻歌を歌いながらギルドマスター専用の部屋へと歩いていった。
急ぎ仕事を終わらせ、カズマから頼まれたあちらのアイテムの換金を行い、それらの通貨の記録をとって……そう考えながらギルマスの部屋を開けると――大量の書類が山積みになっていた。


「ホァ!?」


思わず変な声が出たマリリンだったが、周りに兄であるジャックの姿もマイケルの姿もない。
何か急ぎの討伐でも入ったのだろうか?
一瞬呆然とはしたものの、直ぐに我に返り椅子に腰かけたその時だった。
勢いよく扉が開き、流れ込んできたのは【レディー・マッスル】に所属している冒険者たちだ。


「リーダー帰ってきたんですね!」
「急に連絡もなしに一週間もいなくなったから皆探し回っていたんですよ!?」
「急ぎの依頼だったんですか? 一体何が……」


流れ込んできたギルメンはマリリンの髪、そして肌を見て目を見開いた。
艶やかな金色の髪、そして以前では信じられない程の透明感のある美しい肌……しかも匂いだって違う。華やかな香りに身を包んだマリリンを見つめ、ギルメンたちは言葉を呑み込んだ。
――と、同時に部屋に入ってきたのはジャックとマイケルである。
一週間前に命の危機を感じ暫く国から依頼される討伐を行っていたが、久しぶりに戻ってきたのだ。そして、一週間ぶりに見た妹のマリリンは――とても美しくなって帰ってきていたのである。
動悸を抑えきれないジャックは両膝をついてマリリンを見つめ、彼女の身に何が起きたのか理解できない【レディー・マッスル】の参謀マイケルは、唯々呆然としている。


「おお、兄さんにマイケルも帰ってきたか!」


マリリンが動くたびにフワリと香る華やかな花の香に、二人はやっと意識を戻すことに成功し二人は物凄い形相でマリリンに詰め寄った。


「マリリン! 一週間もどこに行っていたんだい!? 国からの依頼? それともどこぞの貴族からの依頼かい!? 兄さんたちに一言も告げずに旅に出るなんて酷いじゃないか!」
「そうだぞマリリン、せめて一言声はかけるべきだ。見ろ、お前が一週間もいないとは思わなかったから書類が雪崩を起こしているじゃないか」


既に机の上から確認事項必須の書類は雪崩を起こし散乱し最早足の踏み場もないが、そんな事を言ってのけるマリリンを含めた三人は重要書類を踏みつけて立っている。
各国の王からの書類もあったが、そんなことは全く気にしていない三人だ。


「はっはっは! すまないな兄さん達。だが、私はこんな国の依頼などと言う極めて小さい依頼よりも、もっと優先せねばならない依頼を受けてきたんだ。そう……私には国王の命より重要で大事な依頼がある!」


この一言にジャックとマイケルは目を見開き、マリリンは机の上に乱雑に散らばっていた書類を更に払いのけると、ギルドマスターの椅子に堂々と座り、ニヤリ……と不敵な笑みを浮かべた。
舞い散る書類さえも今のマリリンの前では紙吹雪にすら見えるのだ。


「単刀直入に言おう」
「な……何を……」
「私は、異世界で、最愛の夫となる男性を見つけた」


その一言に、マリリンの言葉を聞いていた兄のジャックは目を見開いて固まり、マイケルは暫く悩んでから「え!?」と驚き、ギルメンたちはマリリンが言った言葉の意味を理解できないでいた……。
しかし!!


「誰かお医者様を呼んできてくれ!! きっと秘薬を飲んでも治らない病かも知れない!」
「やめろ! 妄言ではない!!」
「大丈夫だマリリン、必ず兄さんが元に戻してやるからな!!」
「だから妄言ではないといっているだろう!?」


マリリンの精神状態を心配する兄ジャックだったが、その後、怒り狂ったマリリンの右ストレートを眉間に喰らい、蘇生用の秘薬を使われることになったのは言うまでもない。




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