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15 ボルゾンナ遺跡が本当の名で呼ばれ、そして開く時――。

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 ついに、元マルシアの身体の持ち主を起動させる。
 それは一種の緊張でもあり、古代文明を蘇らせる歴史的な一歩でもありました。
 何度も深呼吸をし、身体の緊張を解し、ハッチの開いた見たことも無い核に魔素を注ぎ込んでいく。
 魔素の吸い込まれ方が早い。
 大量放出での魔素の送り込みが続き、額にじっとりと汗が滲みそれを素早くマリシアが拭い、核となっている球体に魔素が一杯になると『ピコン』と音がなって機械音が木霊する。
 直ぐにハッチを閉めて封印をし、注ぎ込んだ魔素が彼女の体に巡るのを待ち、1回、2回、3回と再起動のように音が鳴ると薄っすらと目が開いて行った。
 先ず捉えたのは俺の姿。
 そしてゆっくりと起き上がり辺りを見渡すと――。


「施設じゃない……ここは一体」
「初めまして、古代文明の人形さん」
「アンタは?」
「私は現代の人形さんさ。アンタは遥か昔に私の主であるトーマの祖先に壊れている所を保護されて眠りについていた。一時期私がアンタの身体を使わせて貰っていたんだけど、今回事情があって新しく身体を作って貰い、アンタと分離したもう一つの姿……とでもいうのかね?」
「古代文明? 一体全体どうなっちまってるんだい? 【人形保護施設】は!? 攻撃があっただろう!?」
「ええ、遥か昔、古代文明時代にそのような事があったと記述があります。今その【人形保護施設】は現代人によって『ボルゾンナ遺跡』と呼ばれています」
「……ま、待っておくれ。じゃあ、本当にアタシは遠い未来で目が覚めちまったって事かい?」
「そうなります。一体何があって施設の外に?」


 そうミルキィが彼女に問いかけると、彼女曰く、施設が爆破された際にバリアが追い付かず外に吹き飛ばされ、森の何処かに落ちたまでは覚えているが……との事だった。
 やはりあの人間、当時の政府と呼ばれる者達が攻撃した際に吹き飛ばされた人形だと理解し、俺は言葉を続けることにした。


「まず名を名乗ります。俺はトーマ。こちらは妻のミルキィ。そして俺の作った人形のマリシアとメテオ。メテオの様な人形は多いんですが、統括して貰っています。さて、貴女の名前は?」
「ニャム……。ニャム・ヘブライト」
「アンク・ヘブライトの妻ですね?」
「そう、そうだよアンクは!? 皆は!?」
「その話をしたくて貴女を起こしました。今も尚【人形保護施設】にはバリアが張ってあります。そのバリアを無理やり解こうとすると此方が攻撃される。それは合っていますね?」
「ああ、その通りだよ」
「ですが、あれから誰もバリアを解いていないのです。古代から今に至るまで延々とバリアは存在し続ける。そこで、貴女をその【人形保護施設】に返した場合、バリアは解かれるのでしょうか?」


 そう問い掛けるとニャムさんは暫く考え込んで「恐らく……アタシの呼びかけに答えてくれたらだけど」と口にした。
 つまり、中に入れる可能性がこれで一歩進んだという事……。


「古代時代にあったかは謎ですが、ここでは花の月には春の嵐が外で猛威を振るいます。その中でしたら【人形保護施設】を監視している人間達も居なくなる事は判明しています。今この時しか、近寄る事が出来ません。外は嵐ですが向かわれますか?」
「行きたい、帰りたい!」
「では、俺達も行きましょう。実は俺は考古学者でもあり、古代文明を調べて居ましてね。もし中に入れるのなら見てみたいのです」
「分かった、交渉してみよう。アタシを保護してくれていた一家だと言ってね」
「ありがとう御座います。ここから【人形保護施設】までは普通に歩いて30分ほどですが、嵐ですので一時間は掛かるかも知れません。心して向かいましょう」


 こうしてニャムさんも頷き準備万端用意を整えて外に出ると、扉が吹き飛ばされそうな風が吹いていて、全員が出てから扉を閉める。
 妖精さんたちのご飯である飴は大量に置いてきたので大丈夫でしょう。


「凄い嵐だね……アタシがいた時代にはなかったモノだよ」
「古代時代の三回目の戦争の際にこうなってしまったと書いてありました」
「なるほどね……取り敢えず行こうか。道案内は?」
「私がするよ。あの辺りはよく狩りに行ってるからね」
「ではマリシアを先頭に行きましょう」


 こうして嵐の中身体が持って行かれそうな程強い風を感じながら歩き、森を突っ切りながら進んで行く。
 こっちの方が手っ取り早く行けるのだと語ったマリシアに着いて行きながらミルキィの手を握りしめ、歩いて35分程経ったでしょうか、施設が見えて来てニャムさんが走りだした。


 白とも灰色ともつきにくい石のようなもので出来た建物に入り口は一か所しかなく、閉じられたそこを開ける手段は今の所ない。
 しかし、ニャムさんは四角い窪みに手を入れると、施設から『ビービービー』と音が鳴り、何もない所から砂嵐の様なザ――ッという音が聞こえると、プツンっと音が消えて声がしてきた。


『本当にニャムなのか……?』
「嗚呼っ! アンク!! その声はアンクなんだね!?」
『待ってろ! 直ぐバリアを消して中に入れる!』
「待っておくれ! アタシを助けてくれていた人たちを中に入れたいんだ!」
『なに!? 分かった、特別許可を出そう。君たちも中に入ってくるといい』


 そう言うとバリアが消え、扉は自動的に動いて開き俺達は思わず呆然としたが中に進んで行く。
 パチ……パチパチパチッと音を立てて明かりがついて行き、遠くから数名の駆けつけてくる足音が聞こえて来た。
 現れたのは、古代書で見た事のある『アンク・ヘブライト』その人と数名の人形たちだった。


「ニャム!!」
「アンク!!」
「お姉さん!!」
「ニャムちゃん!」
「ピリポにヤマ!! 嗚呼……皆無事だったんだね!?」
「無事じゃなかった人形もいるがな」
「アタシと外に一緒にいた椿やロンは? アンティにシャルは!?」
「あの4人は壊れた……」
「……そうかい」
「ニャムは何処にも怪我はなかったのか?」
「ああ、魔素が動かなくなって意識を長い事失っちまってたんだ。でも悪い政府の人間じゃなく、この子、トーマの御先祖様に保護されたみたいでね。起きたのもこの子が人形師だったから今日目が覚めたばかりだよ」


 そう言うとアンクさんを含める皆さんから頭を下げらえたが、興奮を抑えつつ小さく頷いた。
 すると――。


「なるほど、その瞳孔が赤くなる目は確かに人間の人形師の証ですね」
「実は、現代ではこの目を持つ者は多分俺くらいだと思います」
「そうなんですか?」


 そう声を掛けて来たのはピリポさんだった。
 とても驚いた様子でしたが、ミルキィがおずおずと前に出ると――。


「私も人形師なんですが、夫が作る人形は現代の人形とはかなり異なるんです。あなた方のような古代人形ならば作れる……みたいな感じで」
「確かに貴女の目とは随分違うようだ。申し訳ないが色々事情を聞きたいので話をしても良いでしょうか? これまでの事、今後の事を決めてしまいたいので」
「俺もそう思っていました。お話をしても?」
「ここでは何だし、他の皆がいるところで話をしましょう?」
「そうですね。お兄さんもそれで」
「ああ」


 そう俺達が話している間、ニャムさんとアンクさんは抱き合って離れなかったくらいには幸せそうだった。
 とても愛し合っていたと記述にはあったし事実なのだろう。
 こうして施設内に入らせて貰い、見たことも無い建造物に驚きながらも、全員が集まっているという部屋に入ると、そこには数十名の人形たちが集まっていた。


「アンク殿、その方々は」
「ニャムを保護していてくれた方々だ。ご夫婦で夫の方はトーマ、妻の方はこちらでミルキィ。この二人はトーマの作った人形で名はマリシアとメテオらしい」
「初めまして。俺はモグリの人形師兼箱庭師のトーマと申します。趣味で考古学者兼歴史学者をしており古代文明を得意とします」
「初めまして。私は妻のミルキィです。現代で人形師をしています」
「私はトーマの作った人形のマリシア、そしてこっちがメテオ」
「お手柔らかにのう」


 そうメテオが口にすると少し緊張が解れ、机と椅子が並ぶそこに俺達も座り、互いに世界が、人形がどうなっているのかを話し合う事となりました。
 それは余りにも刺激的で、当時の人間――世界のトップと言われた者達の末路でもあったのです。
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