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24 シルバーウイングギルド会館
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翌朝。宿屋鹿の角亭のシングルの部屋のベッドの上で目が覚めたカリナは、起き上がるとぐいっと伸びをして身体の調子を確認した。まだ寝起きでぼけっとしてはいるが、魔力も体力もしっかり回復している感覚がある。
しかしステータスが見えないので数字上での確認は不可能。自分の身体を動かすことで状態を確かめるしかない。ゲームとしては不便である。自分のHPやMPが見えない上に身体能力の数値もわからない。クレーム待ったなし、いや大炎上するだろう。
だが現実世界にはそもそもそんな数値を示すものなどない。そう考えれば、今の自分が置かれている状況が現実なのだと実感させられる。一通り身体をぐいぐいと動かして調子を確認した後、アイテムボックスから衣装を取り出して身に付ける。今日もまたひらひらのフリルやリボンがたくさん付いた、まるで魔法少女のような衣装に身を包む。いい加減、こういった衣装にも慣れてきている自分がいる。姿見で着こなしを確認し、今の少女の姿の自分には似合っているのだから仕方ないかと考えることにした。
備え付きのトイレで用を足し、洗面台で顔を洗う。身だしなみが整ったところで、お腹が空いていることに気付く。階下に降りて朝食を頼むことにするかと思い、忘れ物がないかを確認してから部屋を出た。
「本当、リアルに腹が減るよな……」
階段を降りながらそんな言葉が口をついた。一階にある食堂には宿泊客や朝食を食べに来ている客で既に賑わっていた。
「おはよう、カリナちゃん。よく眠れたかい?」
「ああ、おはよう女将さん。よく寝れたよ。朝食をお願いしたいんだけど」
「はいよ、カウンターでいいかい?」
「構わないよ」
テーブル席には集団客達が陣取っている。独りのカリナはカウンター席に腰掛ける。暫くすると、朝食がトレイに乗せられて運ばれて来た。
「はいよ、お待ちどうさま。しっかり食べて行くんだよ」
「ありがとう。いただきます」
今朝の朝食は和食だった。ライスに焼き魚、漬物や卵焼きなど、日本人にとって馴染み深いメニューが並んでいる。世界観は中世の洋風ファンタジー世界なのだが、食べられる料理は和洋折衷何でもある。こういうところはありがたい。カリナ達同様に、この世界にはまだ出会っていないPC達がいるのだろう。彼らがこの100年の間、こういう文化を育てて来たのかもしれないと思いながら、出された料理を口にする。ちゃんと箸も備えてある。焼き魚はふわふわで塩加減も丁度良く、卵焼きもふっくらとして美味しい。お米もつやつやのモチモチである。
そう言えばルナフレアも、和食に洋食のどちらも料理していたなと思いながら、結構なボリュームの朝食を平らげた。お茶を啜りながら、意外とお腹が空いていたのだと気付く。今後は旅先のこういった料理も楽しみの一つになることが嬉しくなったのと同時に、しっかり食べていないと、いざと言うときに力が出ない可能性もある。魔力や体力の回復にも食事に睡眠は重要になるだろう。今後はそういう健康状態にも気を配る必要性があるということを認識させられた。
アベルも「食事には拘っている」と言っていた。現実となったこの世界で初めてのダンジョン攻略。確かに補給は大切だった。自分の肉体を使ってバトルや探索を行う以上、体調管理は疎かにはできないとカリナは思った。
「今日は何処かへ出かけるのかい?」
「ああ、シルバーウイングのギルド会館に呼ばれているんだよ。エリアが迎えに来てくれるらしいから、それまではここで過ごさせてもらうけどいいかな?」
「そうなのかい? 気にせずいくらでも寛いでくれていいからね」
「ありがとう、そうさせてもらうよ」
女将がカリナを気にかけて声を掛けてくれる。壁に掛けてある時計を見ると、時間は九時半を回ったところだった。昨夜は遅くまで盛り上がっていたし、結構ぐっすりと眠っていたのだと気付く。それから持ち運べるように容器に入れて貰ったいちごオレをアイテムボックスに突っ込み、エリアが来るまでの間女将と他愛ない会話をして過ごした。
「おはようございます、女将さん。カリナちゃんは……って、何だ、カウンターにいたんだね」
「おはよう、エリア。カリナちゃんがアンタを待っていたんだよ」
迎えに来たエリアが姿を見せると、カウンターにいるカリナに直ぐ気付いた。
「ごめん、待った?」
「いや、結構遅くまで寝てたから大丈夫だよ。エリアこそ昨夜は遅かったんじゃないのか?」
今日は冒険をする訳ではないのだろう、軽鎧を身に付けてはおらず、街の住民が着ているような簡素な衣服でラフな印象である。それでもエルフだけあって人目を引く美人である。シルバーウイングの副団長が現れたので、食堂にいる人々が注目しているのがわかる。
「まあね……、あれからギルド会館に戻ってまた飲み直してたから……。うーん、まだちょっと頭が痛い」
「それはまあ自業自得だな。飲み過ぎは良くないぞ」
「そうよねー、でも昨日はあんなことがあったんだし特別よ。さてと、じゃあウチのギルド会館に行こうか?」
「ああ、今日もよろしく」
女将にお礼を言って、今日はちゃんと自分のお金で支払を済ませる。「またいつでもおいで。気を付けて行ってらっしゃい」と見送られて、入口で待っていたエリアと合流した。
「じゃあ行こうか。ウチの会館はこの街の総合組合の近くにあるから、ここからまあ10分くらい歩いたとこかなー」
「なるほど、結構良い立地にあるんだな」
総合組合は所謂各種ギルドの組合が揃った大きな建物である。その近くにあるのだから、依頼も受け易いだろうし、組合から直接依頼が行くこともあるだろう。シルバーウイングがこの街でどれだけ影響力が大きいのかが理解できる。その証拠に、道を歩いていると、エリアに挨拶やら声を掛けて来る人々が多くいる。中にはカリナに話し掛けて来る者達もいた。昨日の一件で、カリナはここチェスターでは一躍街を救った救世主という時の人になっていたのである。だがそのようなことには全く鈍感なカリナは、「この街の人達は愛想がいいな」位にしか思っていなかった。
「まあ、ウチの団長がやり手だからねぇ。私も一応副団長だけど、まだまだね。もっと頑張らないとだわ」
「そうか、セリスはやっぱり只者ではないんだな」
昨夜の彼女の行動を思い出すと、納得がいく。謎は多いが、今日彼女と色々と話を聞けば何かしら分かるだろう。
「そうねー、剣士としては一流だと思う。交渉とかも上手いしね。それに加えてあの美貌よ。歳も取らないのかと思うし、色々と敵わないし尊敬してるわ」
「そうなのか……」
歳を取らない。この世界ではPCは歳を取らないし見た目も変わらないとカシューが言っていた。それなら彼女がエリア達とは明らかに異なる雰囲気を感じたことにも納得がいく。まあそれは今日会って話してみればはっきりするだろうとカリナは思った。
雑談をしながら暫く歩くと、大きな組合の建物が見えて来た。そのすぐ近くに宿泊していた鹿の角亭くらいの大きさの立派な建物がある。周囲の建物とは明らかに異なる造りの、近代的なビルの様な形の建物だ。そこに向かって行くエリアに着いて行くと、「シルバーウイング ギルド本部」という立札が目に入った。
「着いたわよ。ようこそ、シルバーウイング本部へ。さあ、入って入ってー」
入口の扉を開けてもらって中へ入ると、どうやら一階はカフェの様な造りになっているようだ。料理の匂いもするし、給仕の女性達も働いている。食事をしている冒険者もいた。彼らもこのギルドのメンバーなのだろう。
「みんな二階に集まってるわ。行きましょう」
「ああ、しかしすごいな。カフェまであるのか。大手のギルドは大したものだな」
「そうね、カフェの職員にはちゃんと給料も出てるからね。まあこれも団長が職にあぶれた人達に働く機会を与えたりしてるから」
「立派だな。中々できることじゃない」
カリナはセリスの素性に益々興味が湧いた。階段を昇って二階に着くと、そこにはこのギルドの冒険者達がテーブルを囲んで話したり、装備の確認をしたりしていた。
「お、来たか。おーい、カリナちゃんに副団長! こっちこっち!」
聞き覚えのある声の方を見ると、そこにはロックにアベル、セリナがテーブルを囲んで雑談をしていた。彼らに気付いたエリアと一緒にそのテーブルの方へと向かう。
「おはよう。昨日はよく眠れたか?」
「ああ、おはよう、ロックにアベル。それとセリナも」
「あーん、今日も可愛いわカリナちゃん!」
カリナを見て飛びついて来たセリナにエリアがげんこつを喰らわせて止める。懲りないなと思いつつ、案内されたテーブルの席に腰掛ける。セリナからは距離がある場所にアベルが椅子を出してくれた。
「何よ、みんな来てたの?」
「まあな、折角嬢ちゃんが来るんだ。顔を出すさ」
「そうだぜ、まだちょっと二日酔いで頭痛いけどな」
「私も少し頭痛がするけど、折角カリナちゃんが来るんだしね」
カリナが来ることになっていたので、態々出向いて来たのだろう。とはいえ、アベル以外は昨日の飲み会での酒がまだ抜けていないようである。
「そうか、何だか済まないな。気にしなくてもいいのに」
「まあそう言わないでくれ。嬢ちゃんから貰った武器を仲間に渡したいのもある。奴らも紹介しておきたいしな」
アベルはそう言いながら昨日受け取った大鎌と黒剣をアイテムボックスから取り出してテーブルに置いた。
「件の闇戦士と暗黒騎士だったっけ? ここにいるのか?」
「ああ、どうせなら目の前で渡してやりたいし、反応も見たいからな。おーい、ボッシュにセシル! 来てくれ!」
アベルが呼んだ方向にいた、黒いマントに身を包んだ軽装の男と、同じく黒い全身鎧を纏った騎士風の男がその声に気付き、此方へと向かって来た。どうやらボッシュという黒マントの男が闇戦士で、全身鎧の男がセシルという暗黒騎士だろう。
闇属性の装備を好んで使う戦士クラス。その設定には厨二心を刺激される。テーブルの側にやって来た二人は、その属性独特の少しダークな雰囲気を醸し出している。カリナは現実では初めて見るその存在に少々ワクワクした。
「どうしたアベル?」
「何かあったのかい?」
「お前達二人に悪魔から入手した装備を試してもらおうと思ってな。どうだ、使えそうか?」
黒髪で顔の下半分を黒いスカーフで隠したボッシュという闇騎士は表情が読み難い。だが、アベルが見せた悪魔の装備に一瞬驚きながら目を輝かせた。それは普通なら気付かない程度の変化だったが、アベル達ギルドメンバーにはその変化がよくわかった。そしてツンツンの白髪のセシルという暗黒騎士の男は、カリナにも分かり易く驚きの表情を見せた。
「お前達が昨日戦ったという悪魔か? まさかそんな物を手に入れていたとはな……」
ボッシュはそう言って、差し出された大鎌を手に取った。かなりの重量があるが、近い属性の装備だけあって使えないということはない。少し距離を取ってから軽く振ってみる。そして何かを確認したかのように、うんうんと頷いた。
「セシル、お前はどうだ?」
「これは凄いな。かなりの力を感じる。丁度武器を新調したいと思っていたんだ。両手剣だから扱いは難しいが、使いこなせるように頑張るとするよ」
黒剣を手にしたセシルも悪魔の装備が気に入ったようである。刀身を見ながら、此方もうんうんと頷く。セシルはボッシュとは異なり、余り癖のある性格ではなさそうである。受け答えもはっきりしており、物腰も柔らかい。
「そうか、使えそうなら良かった。だが、戦ったのは俺達じゃない、そこのカリナ嬢ちゃんだ。礼なら彼女に言ってくれ」
そう言われた二人がアベルが紹介した人物を見ると、そこにはフリフリのレースやリボンがあしらわれた衣装を身に纏った魔法少女がいた。年の頃はまだ十代前半に見えるが、絶世の美女と言ってもいい。その燃える様な赤髪の毛先は金髪で、美しい碧眼をしている。
「「か、可愛い……」」
二人は声を揃えたかのように同時にそう口に出した。カリナは恐らくお礼を言われるのだろうと思っていたのだが、急にそんな言葉が飛んで来たので、「は?」という一言を声に出した。
「「ああ、いやいやいや、何でもない!」」
さすがは闇属性同士。反応も全く一緒である。だが弁解したところで、最初に思わず声に出した言葉を聞いたロックとセリナに「ロリコン」と言われて、二人はショックを受けた。
「ま、まあ、使えそうな人材が見つかって良かったよ。是非役立てて欲しい」
「恩に着る」
「ああ、ありがとう。使いこなせるように頑張るよ」
ぼそりとお礼を言うボッシュとは正反対に、セシルは明るく礼を述べた。だがその後も暫くの間、彼らはロリコンと言われて弄られることになる。
「それにしてもセリスは何処にいるんだ?」
「あー、団長なら教会と組合から使者が来たんだよな。直ぐに戻るから、もしカリナちゃんが先に来たら丁重に持て成すようにって言ってたぜ。遅れたらすみませんだってさ」
「あら、そうなの? まあでも直ぐ戻って来るでしょ」
ロックの言葉にエリアがそう言って返した。どうやら少々行き違いになったらしい。まあカリナにしても今日はヤコフの両親の様子を見に行くくらいしか予定はないので、待たせてもらうことにした。
「じゃあ私、お茶とお菓子持って来ますね」
セリナがカフェでティーセットを注文し、運んでもらって来た。一同はそれらを口にしながら、セリスの帰りを待つことにした。
しかしステータスが見えないので数字上での確認は不可能。自分の身体を動かすことで状態を確かめるしかない。ゲームとしては不便である。自分のHPやMPが見えない上に身体能力の数値もわからない。クレーム待ったなし、いや大炎上するだろう。
だが現実世界にはそもそもそんな数値を示すものなどない。そう考えれば、今の自分が置かれている状況が現実なのだと実感させられる。一通り身体をぐいぐいと動かして調子を確認した後、アイテムボックスから衣装を取り出して身に付ける。今日もまたひらひらのフリルやリボンがたくさん付いた、まるで魔法少女のような衣装に身を包む。いい加減、こういった衣装にも慣れてきている自分がいる。姿見で着こなしを確認し、今の少女の姿の自分には似合っているのだから仕方ないかと考えることにした。
備え付きのトイレで用を足し、洗面台で顔を洗う。身だしなみが整ったところで、お腹が空いていることに気付く。階下に降りて朝食を頼むことにするかと思い、忘れ物がないかを確認してから部屋を出た。
「本当、リアルに腹が減るよな……」
階段を降りながらそんな言葉が口をついた。一階にある食堂には宿泊客や朝食を食べに来ている客で既に賑わっていた。
「おはよう、カリナちゃん。よく眠れたかい?」
「ああ、おはよう女将さん。よく寝れたよ。朝食をお願いしたいんだけど」
「はいよ、カウンターでいいかい?」
「構わないよ」
テーブル席には集団客達が陣取っている。独りのカリナはカウンター席に腰掛ける。暫くすると、朝食がトレイに乗せられて運ばれて来た。
「はいよ、お待ちどうさま。しっかり食べて行くんだよ」
「ありがとう。いただきます」
今朝の朝食は和食だった。ライスに焼き魚、漬物や卵焼きなど、日本人にとって馴染み深いメニューが並んでいる。世界観は中世の洋風ファンタジー世界なのだが、食べられる料理は和洋折衷何でもある。こういうところはありがたい。カリナ達同様に、この世界にはまだ出会っていないPC達がいるのだろう。彼らがこの100年の間、こういう文化を育てて来たのかもしれないと思いながら、出された料理を口にする。ちゃんと箸も備えてある。焼き魚はふわふわで塩加減も丁度良く、卵焼きもふっくらとして美味しい。お米もつやつやのモチモチである。
そう言えばルナフレアも、和食に洋食のどちらも料理していたなと思いながら、結構なボリュームの朝食を平らげた。お茶を啜りながら、意外とお腹が空いていたのだと気付く。今後は旅先のこういった料理も楽しみの一つになることが嬉しくなったのと同時に、しっかり食べていないと、いざと言うときに力が出ない可能性もある。魔力や体力の回復にも食事に睡眠は重要になるだろう。今後はそういう健康状態にも気を配る必要性があるということを認識させられた。
アベルも「食事には拘っている」と言っていた。現実となったこの世界で初めてのダンジョン攻略。確かに補給は大切だった。自分の肉体を使ってバトルや探索を行う以上、体調管理は疎かにはできないとカリナは思った。
「今日は何処かへ出かけるのかい?」
「ああ、シルバーウイングのギルド会館に呼ばれているんだよ。エリアが迎えに来てくれるらしいから、それまではここで過ごさせてもらうけどいいかな?」
「そうなのかい? 気にせずいくらでも寛いでくれていいからね」
「ありがとう、そうさせてもらうよ」
女将がカリナを気にかけて声を掛けてくれる。壁に掛けてある時計を見ると、時間は九時半を回ったところだった。昨夜は遅くまで盛り上がっていたし、結構ぐっすりと眠っていたのだと気付く。それから持ち運べるように容器に入れて貰ったいちごオレをアイテムボックスに突っ込み、エリアが来るまでの間女将と他愛ない会話をして過ごした。
「おはようございます、女将さん。カリナちゃんは……って、何だ、カウンターにいたんだね」
「おはよう、エリア。カリナちゃんがアンタを待っていたんだよ」
迎えに来たエリアが姿を見せると、カウンターにいるカリナに直ぐ気付いた。
「ごめん、待った?」
「いや、結構遅くまで寝てたから大丈夫だよ。エリアこそ昨夜は遅かったんじゃないのか?」
今日は冒険をする訳ではないのだろう、軽鎧を身に付けてはおらず、街の住民が着ているような簡素な衣服でラフな印象である。それでもエルフだけあって人目を引く美人である。シルバーウイングの副団長が現れたので、食堂にいる人々が注目しているのがわかる。
「まあね……、あれからギルド会館に戻ってまた飲み直してたから……。うーん、まだちょっと頭が痛い」
「それはまあ自業自得だな。飲み過ぎは良くないぞ」
「そうよねー、でも昨日はあんなことがあったんだし特別よ。さてと、じゃあウチのギルド会館に行こうか?」
「ああ、今日もよろしく」
女将にお礼を言って、今日はちゃんと自分のお金で支払を済ませる。「またいつでもおいで。気を付けて行ってらっしゃい」と見送られて、入口で待っていたエリアと合流した。
「じゃあ行こうか。ウチの会館はこの街の総合組合の近くにあるから、ここからまあ10分くらい歩いたとこかなー」
「なるほど、結構良い立地にあるんだな」
総合組合は所謂各種ギルドの組合が揃った大きな建物である。その近くにあるのだから、依頼も受け易いだろうし、組合から直接依頼が行くこともあるだろう。シルバーウイングがこの街でどれだけ影響力が大きいのかが理解できる。その証拠に、道を歩いていると、エリアに挨拶やら声を掛けて来る人々が多くいる。中にはカリナに話し掛けて来る者達もいた。昨日の一件で、カリナはここチェスターでは一躍街を救った救世主という時の人になっていたのである。だがそのようなことには全く鈍感なカリナは、「この街の人達は愛想がいいな」位にしか思っていなかった。
「まあ、ウチの団長がやり手だからねぇ。私も一応副団長だけど、まだまだね。もっと頑張らないとだわ」
「そうか、セリスはやっぱり只者ではないんだな」
昨夜の彼女の行動を思い出すと、納得がいく。謎は多いが、今日彼女と色々と話を聞けば何かしら分かるだろう。
「そうねー、剣士としては一流だと思う。交渉とかも上手いしね。それに加えてあの美貌よ。歳も取らないのかと思うし、色々と敵わないし尊敬してるわ」
「そうなのか……」
歳を取らない。この世界ではPCは歳を取らないし見た目も変わらないとカシューが言っていた。それなら彼女がエリア達とは明らかに異なる雰囲気を感じたことにも納得がいく。まあそれは今日会って話してみればはっきりするだろうとカリナは思った。
雑談をしながら暫く歩くと、大きな組合の建物が見えて来た。そのすぐ近くに宿泊していた鹿の角亭くらいの大きさの立派な建物がある。周囲の建物とは明らかに異なる造りの、近代的なビルの様な形の建物だ。そこに向かって行くエリアに着いて行くと、「シルバーウイング ギルド本部」という立札が目に入った。
「着いたわよ。ようこそ、シルバーウイング本部へ。さあ、入って入ってー」
入口の扉を開けてもらって中へ入ると、どうやら一階はカフェの様な造りになっているようだ。料理の匂いもするし、給仕の女性達も働いている。食事をしている冒険者もいた。彼らもこのギルドのメンバーなのだろう。
「みんな二階に集まってるわ。行きましょう」
「ああ、しかしすごいな。カフェまであるのか。大手のギルドは大したものだな」
「そうね、カフェの職員にはちゃんと給料も出てるからね。まあこれも団長が職にあぶれた人達に働く機会を与えたりしてるから」
「立派だな。中々できることじゃない」
カリナはセリスの素性に益々興味が湧いた。階段を昇って二階に着くと、そこにはこのギルドの冒険者達がテーブルを囲んで話したり、装備の確認をしたりしていた。
「お、来たか。おーい、カリナちゃんに副団長! こっちこっち!」
聞き覚えのある声の方を見ると、そこにはロックにアベル、セリナがテーブルを囲んで雑談をしていた。彼らに気付いたエリアと一緒にそのテーブルの方へと向かう。
「おはよう。昨日はよく眠れたか?」
「ああ、おはよう、ロックにアベル。それとセリナも」
「あーん、今日も可愛いわカリナちゃん!」
カリナを見て飛びついて来たセリナにエリアがげんこつを喰らわせて止める。懲りないなと思いつつ、案内されたテーブルの席に腰掛ける。セリナからは距離がある場所にアベルが椅子を出してくれた。
「何よ、みんな来てたの?」
「まあな、折角嬢ちゃんが来るんだ。顔を出すさ」
「そうだぜ、まだちょっと二日酔いで頭痛いけどな」
「私も少し頭痛がするけど、折角カリナちゃんが来るんだしね」
カリナが来ることになっていたので、態々出向いて来たのだろう。とはいえ、アベル以外は昨日の飲み会での酒がまだ抜けていないようである。
「そうか、何だか済まないな。気にしなくてもいいのに」
「まあそう言わないでくれ。嬢ちゃんから貰った武器を仲間に渡したいのもある。奴らも紹介しておきたいしな」
アベルはそう言いながら昨日受け取った大鎌と黒剣をアイテムボックスから取り出してテーブルに置いた。
「件の闇戦士と暗黒騎士だったっけ? ここにいるのか?」
「ああ、どうせなら目の前で渡してやりたいし、反応も見たいからな。おーい、ボッシュにセシル! 来てくれ!」
アベルが呼んだ方向にいた、黒いマントに身を包んだ軽装の男と、同じく黒い全身鎧を纏った騎士風の男がその声に気付き、此方へと向かって来た。どうやらボッシュという黒マントの男が闇戦士で、全身鎧の男がセシルという暗黒騎士だろう。
闇属性の装備を好んで使う戦士クラス。その設定には厨二心を刺激される。テーブルの側にやって来た二人は、その属性独特の少しダークな雰囲気を醸し出している。カリナは現実では初めて見るその存在に少々ワクワクした。
「どうしたアベル?」
「何かあったのかい?」
「お前達二人に悪魔から入手した装備を試してもらおうと思ってな。どうだ、使えそうか?」
黒髪で顔の下半分を黒いスカーフで隠したボッシュという闇騎士は表情が読み難い。だが、アベルが見せた悪魔の装備に一瞬驚きながら目を輝かせた。それは普通なら気付かない程度の変化だったが、アベル達ギルドメンバーにはその変化がよくわかった。そしてツンツンの白髪のセシルという暗黒騎士の男は、カリナにも分かり易く驚きの表情を見せた。
「お前達が昨日戦ったという悪魔か? まさかそんな物を手に入れていたとはな……」
ボッシュはそう言って、差し出された大鎌を手に取った。かなりの重量があるが、近い属性の装備だけあって使えないということはない。少し距離を取ってから軽く振ってみる。そして何かを確認したかのように、うんうんと頷いた。
「セシル、お前はどうだ?」
「これは凄いな。かなりの力を感じる。丁度武器を新調したいと思っていたんだ。両手剣だから扱いは難しいが、使いこなせるように頑張るとするよ」
黒剣を手にしたセシルも悪魔の装備が気に入ったようである。刀身を見ながら、此方もうんうんと頷く。セシルはボッシュとは異なり、余り癖のある性格ではなさそうである。受け答えもはっきりしており、物腰も柔らかい。
「そうか、使えそうなら良かった。だが、戦ったのは俺達じゃない、そこのカリナ嬢ちゃんだ。礼なら彼女に言ってくれ」
そう言われた二人がアベルが紹介した人物を見ると、そこにはフリフリのレースやリボンがあしらわれた衣装を身に纏った魔法少女がいた。年の頃はまだ十代前半に見えるが、絶世の美女と言ってもいい。その燃える様な赤髪の毛先は金髪で、美しい碧眼をしている。
「「か、可愛い……」」
二人は声を揃えたかのように同時にそう口に出した。カリナは恐らくお礼を言われるのだろうと思っていたのだが、急にそんな言葉が飛んで来たので、「は?」という一言を声に出した。
「「ああ、いやいやいや、何でもない!」」
さすがは闇属性同士。反応も全く一緒である。だが弁解したところで、最初に思わず声に出した言葉を聞いたロックとセリナに「ロリコン」と言われて、二人はショックを受けた。
「ま、まあ、使えそうな人材が見つかって良かったよ。是非役立てて欲しい」
「恩に着る」
「ああ、ありがとう。使いこなせるように頑張るよ」
ぼそりとお礼を言うボッシュとは正反対に、セシルは明るく礼を述べた。だがその後も暫くの間、彼らはロリコンと言われて弄られることになる。
「それにしてもセリスは何処にいるんだ?」
「あー、団長なら教会と組合から使者が来たんだよな。直ぐに戻るから、もしカリナちゃんが先に来たら丁重に持て成すようにって言ってたぜ。遅れたらすみませんだってさ」
「あら、そうなの? まあでも直ぐ戻って来るでしょ」
ロックの言葉にエリアがそう言って返した。どうやら少々行き違いになったらしい。まあカリナにしても今日はヤコフの両親の様子を見に行くくらいしか予定はないので、待たせてもらうことにした。
「じゃあ私、お茶とお菓子持って来ますね」
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