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第四章 混沌の時代・7つの特異点
58 月の女神と魂の子孫
しおりを挟む「げっ……」
開口一番、アリアがそんなことを言った。
「あらあらー、御挨拶ねーアリア。ニルヴァーナの危機って招集が掛かったからわざわざ育てた最強の特異点を連れて来てあげたというのにー」
「月の女神ってことは…アルテミス? 本名はそういう名前なのか、やっぱり地球の伝承とは異なるんだなあ」
「へぇー、あなたのいた世界ではそんな呼び名なのねー、不思議。行ったこともないというのにねえ」
「それ、他の神様もみんな同じこと言うんだよなあ。実は誰かが伝えたりしたのかな?」
「まあ地球にも不干渉なだけで神はいるからね。その人達が勝手に広めたのかも。神力は信仰から生まれるし、多少名前を捩ってもそれは反映されるから」
なるほど、ティミスが言う通りなのかも知れないな…。司る権能は俺が地球の神話やらで知っているのと同じだし、これは何かあるのかも知れない。今のところはどうでもいいことだけどな。
「それでティミス、あなたもゼニウス様からの神界特別指令を受けて? しかもこの子は…? あの時の女の子…? 月に連れて行って救ってくれたことには感謝していますが…、なぜ今ここに?」
「え…、この子がカーズの記憶から知ったあの時に過去の私達の間にいたっていう子なの…?」
アヤが驚いた顔をしている。俺が天界で経験した記憶は神格を通してアヤにも伝えてある。
「はじめまして。私の魂の両親のお二人、カーズにアヤ。私はアガーシヤ・ルーナ。月の民です。この度はティミス様に連れられて、故郷とも言えるこのニルヴァーナへと参りました。なるほど…、確かにお二人に対して懐かしさというか、魂が共鳴しているような奇妙な感覚があります…」
この子が永い時を超えた俺達の子孫ということなのか? 確かに何か懐かしさや、魂の共鳴とも言えるものを感じるな…。
「良かったわね、アガーシヤ。真の両親に会えて。あなたの血筋は産みの両親がすぐに亡くなるもの。本当の両親に会うなんて一生できないものねー」
「ええ…、そうですねティミス様…」
何だ…、余りいい予感がしないな…。
「どういうことなんだ? アガーシヤって名はナギストリアと一緒にいたときの、あの時の過去のアヤの名前だろ? あの夢で見た赤ん坊は殺されていなかったんだな…? でもどうして月に? 月の民ってことは人間が住んでいるんだよな? それに他の惑星にいた人間は大虐殺を逃れたってことなのか?」
またややこしい事を持ち込まれた様な気がするな。絶対に嫌な予感がする…。しかもアルテミスってアテナ、サーシャの姉、性格が悪いっていう伝承がある女神だしな。
「月の民は元々この世界の人間よ。私が厳しく管轄していたから争いごとなどなかったのよね。だから大虐殺は対象外だったのよ」
…独裁者みたいなことを言うな…この人。
「それに特異点の子を失うなんてもったいないからねー。ゼニウス様に頼んで月へ連れ帰ったのよ」
「…では、彼女は過去のカーズ様とアヤ様の間のお子様の子孫ということなのですか? でも…、なぜその時のアヤ様の名を…?」
ディードが疑問を口にしたが、その通りだ。なぜそんなことを? はっきり言って趣味が悪い…。
(この人アルテミスだろ? 地球の神話の逸話だと性格が悪いっていうサーシャの姉だ。大丈夫なのか? もう嫌な予感しかしないんだが…)
アリアに念話を飛ばす。
(まあ間違いなく当たっていますよ…。悪戯好きの月の独裁者ですし…。このアガーシヤという子についても、きっと碌なことをしてない気がしますね…)
「あの2回目の大虐殺で特異点とされたあなた達二人。アリアが魂の天秤で全世界の人間を調べてから、作戦実行までの間にその子は産まれたのよ。だから救済対象にはなっていなかったけど天界にはあなた達と一緒に連れて行った。そのときに私が引き取らせて貰ったのよ。そして当然、清らかな魂だった。そこで何千年もかけて月で行っていたのが『清魂計画』よ」
「清魂計画…っ…? 何…それ…?!」
アヤが青い顔をしている…。俺と同じで嫌な予感がしたんだろうな…。
「ティミス…あなたは一体何をやっていたのですか…?」
「『清魂計画』は過去のあなた達の子、その子と月の民との交配で清らかな魂を持つ人間を増やすという計画よ。でもどうしても上手くいかないことがあってねー。産まれた子は清魂保持者なのだけど、産んだ両親は特異点への関与という魂の負荷が大きくてね。一人の子を産んだら必ず命を落としてしまうのよねー。そして産まれてくる子は必ず女児。カーズにアヤ、あなた達の因果が狂った影響がこの子にも副作用を及ぼしたのでしょうね。アヤの因果の短命の影響は、この産まれて来る子が必ず女児だということに起因しているのかもね。命を半分に分けられたという様なイメージかしら? そこで可能な限り元の特異点に近い設定を与えたのよ。産まれてくる子にはアガーシヤの名を与え、魂を安定させるために私の神格を与えた。この子はその完成形。あなた達二人のニルヴァーナへの帰還の影響、特にアヤ、あなたの帰還はこの子の誕生の時期と重なる。やはり命を産み出す女性の魂の影響の方が大きかったのでしょうね。そしてカーズ、あなたが帰還してからこの子の能力は飛躍的に向上した。これが『清魂計画』よ。もう今更何かをしようとは思わないし、この計画もここまでね。本来の特異点が帰還した以上、この子もあなた達の傍にいる方がいいでしょうしね」
こいつ…、嬉々として語りやがって……! 俺達が苦しんでいた間、その子供にもそんな人体実験の様な事を何千年もやっていたっていうのか…。そしてアヤが短命の運命を背負わされたのもこいつが原因だった…。そういうことなんだな…。ダメだ…もう、怒りが爆発しそう…だ!!!
ドゴオオオオオオオ!!!!
魔力が、神気が体からオーバーフローする!
「…ふざけるな…! 人の命を何だと思っていやがる…。過去の俺達の子を救ってくれたことには礼を言うぜ…。でもな…、何だその『清魂計画』っていうふざけた実験は?! 5000年、因果に苦しめられた俺達はまだいいさ。だがな、何も知らないその子まで意味のわからねえ計画に巻き込みやがって…。しかも犠牲になった人達も沢山いるはずだ。神だからってな、何でもかんでも好き勝手が許されると思ってんじゃねーぞ!!!」
こいつは神話の逸話通りの捻くれた奴みたいだな。この場で叩き斬ってやりてえ…。ソードの柄に手を掛ける!
「あらあら、アガーシヤのことを知りたいと言うから話しただけなのに。それに人間もモルモットで新しい技術を生み出すでしょう? 何が違うのかしら?」
「黙れよ…。人間には心があるんだよ。モルモットを使うことが必ずしも良いとは思わねえがな、アンタみたいな神にとっては俺らは同じ扱いだとでも言いたいのか…? お前みたいな奴は神とは絶対に認めん! この場で斬り捨ててやらあ、来い! 神剣ニルヴァーナ!!!」
「カーズ!!! やめなさい!」
後ろからアリアに両腕を羽交い絞めにされる。
「放せ、アリア! このクソ女神にはキッチリとわからせてやる!」
「カーズ! ティミスはこういう人です、一々腹を立ててもキリがない! それに神界特別指令に応じて来てくれたのです! 魂の子であるこの子を連れて…。彼女なりの善意なのでしょう。剣を収めて下さい! 私達が争っている場合ではありません!」
「…くっ…! そうだな……お前の言う通りだ。ふぅ…、カッとなって悪かったよ、ティミス…」
「いいのよ、あなたの怒りはごもっともだし。我ながら後味の悪いことをしたと思っているもの。だからこそあなた達の魂の子であるこの子を会わせる為に連れて来たんだしね。それに、あなたの様な熱い闘志を持った男性は嫌いじゃないわ。見た目は女神の様な美しさだというのにね」
アガーシヤを見るティミス。
「申し訳ありません…。魂の両親であるあなた方に不快な思いをさせてしまって…」
深々と頭を下げるアガーシヤ。この子は…犠牲者だというのに…。
「気にしないで、あなたは何も悪くない。それにこうして会えた、永い時を超えた私達の魂の子なら大歓迎よ」
アヤがアガーシヤを優しく抱きしめる。
「ああ、お前は何も悪くない。あの時夢で見て失ったと思っていた子が生きていてくれたんだ、喜ばしいことだよ」
俺もアヤとアガーシヤを抱きしめた。本当なら何千年も前にこうしてやりたかったな。
「…っ…、父上、母上…、ありがとうございます…うぅっ…」
クールな雰囲気だったアガーシヤが涙を流した。この子も産みの親をすぐに亡くしているんだ。色々と苦しい思いをしてきたのかも知れない。実際に俺達に子供がいる訳じゃないが、娘の様に大切にしてやりたい…そう思った。
「…では、これからどうするのですか? ティミス様も一緒に行動されるのですか?」
ディードが疑問を口にした。一応この二人は協力者ということなのだろうしな…。
「アガーシヤはここに置いて行くわ。この子は私が鍛えた戦士。神格も使える、強力な戦力になるでしょうしね。それにこの子に本当の家族の温もりを与えてあげて欲しいのよ。私はアリア、あなたが嫌ってる宗教国メキア、そこの様子を見て来てあげるわ。あの聖女勇者が気になるのでしょう?」
「ティミス…。ええ、そうですね…。神域から痕跡は掴めたものの…星の目に念話も通じないということは神鉄で作られた部屋に入れられている可能性もある。もし幽閉されているとなると問題です。あそこでも何かが起きているのかもしれません…」
神鉄ね…、また謎の言葉だ…。だが察するに神器の素材ぽいな。星の目を遮断するなど普通じゃない。アリアと神格が繋がっている俺やアヤはできれば近づくべきではないと思うが、場合によれば後々乗り込むことになる可能性はあるということか…。
「じゃあ俺達はダカルーが元気になったことだし、明日には龍人、竜王の里に向かおう。アガーシヤもついて来てくれ。そのレベルだ、戦力的には充分だしな」
さっき鑑定したが、レベルは1890。しかも神格持ちだ。持っている武器もSランク、そして<アルティミーシア流剣技・弓技>という、アストラリア流の様なスキルを持っている。アルテミスは弓を使う女神だしな。それに洗脳の類もかけられてもいない。
「はい、父上。お供させて頂きます」
「部屋は空いてるところを好きに使ってくれ。さてそろそろ夕食だ。俺の母さんもいるから、アガーシヤにはいきなりおばあちゃんができたことになるな。喜んでくれるだろう。ティミスはどうする? 泊まっていくか? さっきは悪かったし、飯くらい食って行ってくれよ」
「私はすぐに発つわ。お誘いありがとう。またの機会を楽しみにしておくわ。それじゃあね」
気配が消える。転移したのだろう。全く、散々引っ掻き回してくれたもんだな、あの悪戯女神は…。だがあいつはまだ何か怪しい気もする。あくまでも俺の勘だが、神界の助っ人だとしても気を抜かない方がいいだろうな…。
その後、ダカルーのばーちゃんも叩き起こして旅立ち前の晩餐となった。アガーシヤはローマリア帝国での復興武術大会で優勝していたらしく、その賞品、賞金をこれからお世話になる代わりとして渡してくれた。どうも痕跡からルキフゲ・ロフォカレがばら撒いたものの様だったが、特に問題はなかった。本当に何がしたいのか…、わからんな。
「あらー、いつの間に孫ができたのかしらー? でも可愛いからいいわねー。若い見た目のおばあちゃんですよー、アガーシヤちゃん」
母さんは全く動じなかった。もう何と言うか、最早尊敬する…。こういう団欒はあまり経験がないのだろう、アガーシヤは暫く緊張気味だったが、徐々に笑顔を見せる様になった。まあじきに慣れていけばいいさ。これからは一緒に過ごせるんだしな。ティミスの思惑はわからないが、この子に罪はない。運命や因果に翻弄された点では俺やアヤと変わらない。大切にしてあげたいものだ。
酷い波乱はあったが、兎に角こうして俺達は今後の予定通り行動を開始することとなった。
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