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第七章 神の処刑場
123 神の処刑場
しおりを挟む「……う、く……、ここは……?」
荒れた大地に俯せに倒れていた。そうか、俺はヴィオレとの闘いの最中に異次元に飛ばされたんだ。時間が結構経っているのか、身体に痛みや異常は感じられない。自動回復が効いていたのだろう。装備もダメージは自動修復している。気を失っていたせいか、身体は女性側に変化したままだが……。今は大した問題ではないな。
すっくと立ちあがり、辺りを見回す。奇妙な植物が所々に生えている、黒く荒れた土地が広がっている。上には朝焼けにも夕焼けにも感じられる薄く赤く靄がかかった様な空がある。太陽も月も星らしき物すら見えない。不気味な光景だ。気候は暑くも寒くもないが生ぬるい感覚が肌にある。まあ、装備の御陰で環境の変化は大した問題じゃないが……。
『神の墓場に送ってあげる』
確かそんなことを言われた気がする……。この荒れ果てた荒野と気持ち悪い空のこの世界がそうなのか? 転移魔法を発動し、最後に闘っていた魔王領をイメージするが、機能しない。リチェスター、天界、冥界、どこを思い浮かべても転移が発動しない。目の前のほんの少しの距離なら転移で移動はできるが、世界を跨いで移動はできないということか……。召喚魔法も同様だ。ニルヴァーナに残して来た召喚獣やアリアとのパスは感じられるが、ここに召喚することはできなかった。完全に断絶されたみたいだな。
手にしていた神器、二刀ニルヴァーナの片方も消えている。もう片方は最後にアヤに向けて投げたはずだが、呼びかけてもニルヴァーナからの反応はない。神格に収納されているはずなのだが……、その感覚を感じられない。いや、これは寧ろ……。
「……ファファファ……」
「!? 誰だ?!」
頭の中に声が響いた。周囲を見回すが、誰もいない。何だ、今の悍ましい声は……? 神眼も千里眼も鷹の目も発動させたが、何も映らない。
「ファファファ……」
「! 何者だ?!」
また聞こえた。どこにいるのかはわからないが、覗き見られている様な嫌な感覚はある。気持ち悪いな……。
「姿を見せろ!」
辺り一帯に聞こえる様に大声で叫ぶ。
「ファファファ……、良かろう、それ程までに見たいのなら拝ませてくれるぞ……」
その声が聞えたと同時に、赤茶けた空に魔物が無数に集まり、それが人の形を模した様な巨大な存在が姿を現した。異常な数の魔物で黒く染まり、醜悪な瘴気を発している。何なんだこいつは……? 数百メートルはあるぞ。
「何だテメーは? 俺にはそんな趣味の悪い知り合いはいねーぞ」
腰にある剣に手をやって牽制する。しかしその存在は此方を嘲るかのように話し続ける。
「……そう言えば貴様は知らんのだな。ファファファ……、貴様の仲間達は既に魔神共から情報を得ていたと言うのに……。『反抗者』達のリーダー、カーズ。貴様をこの世界で無力化してしまえば、神魔大戦は面白いことになるだろう」
「!? ……そうか、わかったぞ。この世界は『大いなる意思』とやらが管理しているとか、あの紫が言っていた……。ならばテメーが……?!」
「そうだ、我が名はゼムロス。貴様ら矮小な存在が『大いなる意思』と呼ぶ存在そのものだ」
目の前の巨大な魔物の集合体が喋る。気色悪いぜ。こいつが世界を創り、神や魔神を創造したというのか? とてもじゃないが、そんな神聖な存在には思えない。一言で表すなら悪意。悪意が姿形を伴って具現化した様な姿だ。前回は神の陣営に、今回は魔神の陣営に手を貸しているというこの存在。こんな奴が全ての創造主だとは信じることはできない。
だが、これはチャンスじゃないのか? 今ここでこいつを仕留めれば、全ては解決する。後はどうにかして帰還する手段を探せばいい。向こうではみんなも俺を探してくれているはずだしな。それにこいつの目的も気になる。こいつは一体何がしたいんだ?
「そうかよ。で、テメーは一体何がしたいんだ? 神とそれの敵対勢力の魔神まで創造してわざわざ混乱を巻き起こすようなことをして、目的は何だ?」
「……我は無から生まれた。だが、何もない世界はつまらないだろう? ほんの戯れに神を創り世界を管理させることにした。そして思ったのだ。平和ほどつまらないものはないと。だから敵対勢力として魔神を創ったのだ。これまで神に管理されるだけだった人間達も善悪に揺れ動き、世界は混沌と化した。そして神魔大戦により大世界は無数の世界へと散り散りになった。どの世界も混沌に満ちている。面白いだろう? 宗教、主義主張、利権に財産、あらゆることで愚物共は争い続ける。それこそが我が愉悦よ。貴様も所詮神々の手駒の一つに過ぎぬ。精々足掻いて我を楽しませるがいい。飽きればまた全てを無に帰すのみよ」
やっぱりな、この手の輩に碌な奴はいないと思っていたが、想像通りのクズで清々しいぜ。ぶっ飛ばしてやる!
「反吐が出るぜ、俺は悪には容赦はしない。いくぞ! 神格・神気解放! 来い、神剣ニルヴァーナ!」
神気が発動しない? 神器も顕現されないのか? 一体どうなっているんだ?
「ファファファ……、無駄だ。ここがなぜ『神の処刑場』と呼ばれているか知っているか? ここに堕とされた神は無力となるからだ。即ち……」
「神気が使えない、神器も使えないってことだろ? さっきから感じていた違和感はこれだったのか……」
「その通りだ。神気を封じられてどうやって闘う? 貴様は我を斃したいのだろう? さあどうする?」
「うるせえよ。神気が使えないだけで闘えないって訳じゃない。魔力と闘気はある。見せてやるよ」
女神刀の鞘を掴み、チキッと右手の親指で鍔を少しだけ持ち上げる。そのまま前傾し、左手を抜刀するために柄の前で構える。
「アストラリア流抜刀術」
ザヴァシュシュシュシュシュッ!!!
「飛天・十連!」
繰り出した衝撃波が空を斬り、巨大な魔物の集合体を斬り裂いた。だがその巨躯にはまるで掠り傷にしか過ぎなかった。一瞬で瘴気が渦巻いて回復されてしまう。余りにもデカ過ぎる。これでは焼け石に水だな。
「ファファファ……、どうした? その程度では我が本体に傷一つ付けることは叶わぬぞ」
極光のレーザーの如き奥義のアストラリア・エクスキューションなら、あの図体をぶち抜くことができるかも知れないが、神気も神器も使えない今の状態では使用不可能だ。ならば……、俺の中の全魔法力を一気に解き放つあの魔法しかない!
「いいぜ、だったらこいつを喰らわせてやる……」
全属性融合・合体魔法極技・オールエレメント・デヴァステーション。両手を広げて前方へかざし、体内で全属性の魔力を融合させる。
「受けろ! 全属性融合・合体魔法極技・オールエレメント・デヴァステーション!!!」
身体から放たれた無数の光が空を駆ける! それらが巨大なゼムロスの身体に撃ち込まれて行く。
ドドドドドドッ!!! ドパパパパァーン!!!
「はあああああああああ!!!」
爆発の轟音が鳴り響く。全魔力を放出して放った合体魔法極技だが、ゼムロスの巨体にはさしたるダメージにはなっていないようだ。やはり神気が籠められていないと威力が半減するってことか……。ヤツの身体はどんどんと再生していく。
「ハァハァ……、くそ……!」
「無駄だ。神気が使えない神の闘士が我にこの世界で勝つことなどできん。そら、お返しだ」
カッ! ドシュッ!
「うがっ!?」
右目が光っただけに見えたと同時に左肩を光が貫通した。速過ぎる。未来視でも追いつけなかった。血が流れ落ちる肩を抱いて、その場に蹲る。魔力が枯渇したせいで魔力鎧装もヴェールも展開できなかった。
打つ手がない……。こいつがその気になれば俺は簡単に殺される。どうしたもんかな……。恐らく逃げても無駄だろう。鑑定も全く情報が読み取れない。それでも闘争心だけは萎えていない両目でヤツを睨む。
「ファファファ……、面白いな貴様は。全く勝ち目がないこの状況でも目が死んでおらん。良かろう、我を楽しませてみせよ。そうすれば元の世界に戻してやらんこともないぞ。ファファファ……」
不気味な笑い声と共にゼムロスの身体は溶ける様に消えて行った。
「くそっ、待て! ……消えたか。楽しませろだと? 一体どうしろって言うんだ……?」
あんなのが創造主とは、この世界は全てクソったれだな。俺達は所詮ヤツの玩具でしかないということか? 翻弄され続けた運命さえも、あらゆる事象がヤツの退屈を紛らわすだけの茶番だとでも言うのか……。人々が争うのも、神と魔神が闘うのも、全てあいつの掌の上の出来事だとでも言いたいのか……?
いや、そんなことは認めない。いいぜ、ゼムロス。そんなに楽しみたいのなら、退屈が嫌なら、テメーをぶっ飛ばすっていう最高のエンターテイメントを見せてやるからな。
取り敢えずは肩の傷が痛む。それと魔力が空っぽだ。異次元倉庫を開けることはできた。そして天界で大量に貰っておいたユグドロ、ユグドラシル・ドロップを一本飲み干すと、体力と魔力が全快した。回復魔法で傷を塞ぐ。
さてこれからどうするかな? 神気結界が使えないので、物理・魔法結界を張って仰向けに寝そべる。ここからぱっと見える限りでは周囲に目ぼしい物はない。魔物の気配はある程度探知に引っ掛かるが、大した脅威ではない。この結界を破れる程のはいない。ずっと闘い続きだったせいか、精神的に疲れているみたいだ。何だか眠くなってきた……。
・
・
・
「もしもし、もしもし! 聞こえますか? もしもーし!」
「これは結界か? 何という強度だ。道理でこんなところで寝ていられるはずだな……」
「んあ?」
どうやらガチで結構な時間寝てしまっていたようだ。敵地だというのに、俺って奴は……。上半身を起こすと、白いユニコーンに乗った騎士らしき数人と、馬から降りて俺の側で声を掛けている二人の隊長格らしい騎士が俺の方を見ていた。サックスブルーの鮮やかな鎧に包まれた女性騎士団。うーむ、ユニコーンは初めて見た。額に鋭い角が付いている。でもどーせあれでしょ? 処女しか乗せないとかそういうオチなんだよね? 女性体の俺なら乗れるのかな?
そんなしょうもないことを思っていると、団長らしきピンクのウェーブがかかったロングヘアの女性が目の前に跪いて声を掛けて来た。隣にいる薄い水色の肩までの長さの髪をした女性は副官といったところだろうな。
「先程我が国の方角からこの地に激しい光が巻き起こったのが見えました。この暗闇の世界を照らす一条の光。貴女こそが言い伝えによる勇者様なのです。私はアルカディア王国の騎士団長ヒルダ。勇者様、お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
勇者? まだ俺は寝惚けているんだろうか? 取り敢えず魔力をコントロールして男性体に戻ろう。それからこの人にこの世界について色々と聞いてみるか。しかしアルカディアね……、ギリシャ神話の楽園や理想郷と呼ばれる都市の名前だ。この世界を操っているのはあの創造主のゼムロスだ。下らない演出を多数詰め込んでいる可能性もある。俺を勇者として祭り上げて、その過程を楽しもうとしているのかも知れないな。
「俺の名はカーズ。それと俺は男だ。紛らわしくて済まない」
女性の身体から男性体に戻ったことに驚いた表情をしたヒルダだったが、すぐに落ち着き言葉を紡ぎ始めた。
「……さすがは勇者様ですね。性別のコントロールも意のままとは。我々の任務は勇者様を我が国まで招待すること。どうか国王に面会して頂けないでしょうか?」
「待ってくれ。俺は偶然この世界に紛れ込んだだけに過ぎないんだ。勇者でも何でもない。ただの冒険者だよ。でも行く宛てもなくて困っていたのは正直なところだ。元の世界に戻るのにも手掛かりがない」
「そうでしたか……。それでも貴方が伝承に伝わる異世界から現れた勇者様ということには変わりありません。我々が協力できることなら何でも致しましょう。ですが先ずは国王に会って頂きたいのです。この世界は悪魔王に侵略されており、人々は苦しんでいるのです……」
「そうか……、こんな奴でいいのなら、困っているのなら協力はさせて欲しい。この世界のことを少しでも知りたいってこともあるし」
あのクソったれ創造主が何を企んでいるかは知らないが、目の前に困っている人達がいるのなら手を差し伸べない理由はない。それにこれがあいつのシナリオなら、腹立たしいが帰還の目途や何かしらが見つかるかも知れないしな。
「ありがとうございます、勇者様。ではここから東にある我が国へとご案内致します。しかし、男性ではユニコーンには乗れないかも知れませんね……」
「女性化すれば乗れるかもだけど、別にいいよ。俺は走って付いていくから。馬くらいのスピードなら何とかなる」
「承知致しました。では我らの後に続いて下さい。皆の者ゆくぞ!」
騎士団の面々がユニコーンに騎乗する。そして出発した一団を追いかけて、俺もその後ろを走り出した。
全く、勇者扱いとは……。ヤツが何を企んでいるかは知らないが、何とかして帰還の方法を見つけるしかなさそうだな。そして今は無理でもあの野郎に一撃くれてやるまでは死ぬわけにはいかないからな。
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