純白のレゾン

雨水林檎

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傷の手当て

06

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 その晩は会議が長引いてしまい、帰宅が午後九時を過ぎてしまった。無垢はまだ待っているのだろうか、慌てて玄関の扉を開けると静まった室内のリビングに明かりがついているのが見えた。

「ただいま無垢、すまない遅くなってしまって……あ」

 コンロの上にはカレーの鍋が、ダイニングテーブルは皿が二つずつと自分の腕を枕にうたた寝している無垢が。本当にカレーを作って私の帰りを待っていたのか。先日までの無垢とは大違いじゃないか、どうして私のために……?

「無垢、起きなさいここで寝たら風邪をひくよ」
「うん……あ、やーっと帰って来たのか。もう待ちくたびれたっての」
「悪かったね、待たせてしまって。先に食べていて構わなかったのに」
「一緒に食べなきゃ意味ないの、きっと一人じゃ砂和さん食べないから」

 鍋の火を止めて、無垢は皿によそった炊き上がった白米の上に温めたカレールーをかけて行く。でこぼことした野菜は皮むきがまだ苦手なのか、けれど以前よりも上手になった気はする。今度また一緒に料理をして教えてやらないと、無垢と料理を作る機会も、就職して家を出てからなかった気がする。

 そうだな、取り戻そう、懐かしい生活を。
 この街にもこの世にも父母はもういないけれど……。

「いただきます」

 手を合わせてスプーンを握った右手と皿を支えた左手、その時無垢が私の左手首をじっと見つめていたのに気がついた。

「砂和さん、食事終わったらさっさと風呂入って。左手首、みてやるよ」
「ああ、ありがとう……悪いね」

 今日が永遠のように繰り返す夜だったらよかった。幾度とない久しぶりの家族そろっていただきますはそれもまた幸せなことであると。
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