ふぁんとむ。らいたー。

桜坂直葉

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壱章

アラタといずなと約束と出会い。

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 それから二時間ほどで部屋は粗方、片付いた。
 俺が、最後の段ボール箱にカッターを通し始めた時だ。 
 それまで美少女ゲームに夢中だったいずなが、ゲーム画面に視線を向けたまま、俺に話しかけてきた。

「ねぇねぇ、アラタ」
「はいはい、なんだい?」
「アラタは、どうして独り暮らしをしようと思ったのかしら?」
「んー? あー。両親との約束を果たすため。……かな」
「約束? どんなものかしら?」
「誰かの人生に大きな影響を与えられるような人間になること」
「おー。立派ね。でも、どうやって?」
「俺も両親も幼い時から読書家だったからな。思い当たる職業は一つしかなかった」
「ほー、ほー。それというのは?」
「俺は読書によって数多の作家達から数多くの教養を得た、知識を得た、希望を得た、励ましを得た。ならば今度は、己が表現する立場となって誰かに影響を与えられる存在になりたい。いや、ならねばならない。そしていつか、人気作家になって天国の両親にまで俺の名が届くような、そんな小説家になることが俺の夢だ。今回の独り暮らしはその為の一歩。執筆に集中できる環境作りの為だな」
 
 いずなは、相変わらずゲーム画面の方を向いていて、俺からは横顔しか確認できないが、何事かを思案をしているように見えた。
 そして、数秒の間が空いた後、彼女は口を開いた。

「……よし! 決めたわ! あたしがアラタの夢を叶える手伝いをしてあげるわ。感謝なさい! 元プロ作家である、このあたしが、直々に指導してあげるのよ!」
 
 かと思えば、この、上から目線発言である。
 しかし、事実〈伊波いづな〉に師事することが出来るのは、俺にとって大きなアドバンテージだ。

「え? まぁ、俺にとっちゃありがたい話ではあるけど……何のつもりだ?」
「もちろんタダで、とは言わないわよ。交換条件ね」
「はいはい。プロトコルだな。で、どんな?」
「簡単なことよ。あたしの代筆として、アラタに『御霊に叫ぶ』シリーズの続編及び完結編を書き上げなさい。それだけよ」
「はい? え? どうして俺?」
「だって、あたしは『御霊に叫ぶ』シリーズを完結させたいけど、ペンを握ることが出来ない。対して、読者であるアラタも、物語の完結を望み、更には、あたしの存在にも気づいてる。これって、お互いの利害が一致しているとは思わない?」
「それには、同意だが……」
 
 俺に、〈伊波いづな〉代筆なんて務まるのか?
 〈伊波いづな〉積み上げてきたものに、俺なんかが手を加えることが許されるのか? 
 技術も経験も皆無な、この俺に? 
 正直のところ、不安でしかない。

「なぁに? 怖気づいたわけ? なにも今すぐにとは言わないわよ。どうせアラタは執筆技術も稚拙でしょうし」
「(くっ! 図星なのが悔しい)だったら、なおの事、俺には……」
「でも、大丈夫よ! なんたって、このあたしが指導してあげるのだから! それに、あなたは……」
「ん……? 俺は?」

 俺が、続きを訊こうとすると、いずなは、バツが悪そうに俺から目を逸らす。


 何がともあれ、こうして俺といずなは出会い。俺は新たな目標へと向かっていくのだ。
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