光の君と氷の王

佐倉さつき

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第3章 聖女への道

女官と侍女

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ええと・・・昨夜、陛下とお話ししたような、していないような・・・
あれは夢だったのか、それとも現実だったのか・・・
朝、目覚めた僕は、空っぽの隣のベッドを見て、懸命に記憶をたどっていた。

ううん、陛下に運んでもらったような気もするけど・・・そもそも、どうして陛下に運んでいただかないといけないような事態になったんだ?
昨夜、初めて飲んだワインのせいだろうか?
お酒って怖いな・・・
だけど、陛下に謝ることができたような記憶もある。
現実なら嬉しいけど、ただの僕の願望だったりするのだろうか。


トントン。
「失礼します。」
僕がベッドの上で悩んでいると、ドアノックの音がして二人の女性が入ってきた。
一人は黒髪に若紫色の瞳をしたお姉さんで、背が高いけど華奢で絶世の美女といったかんじだ。
もう一人は栗色の髪の毛に萌葱色の瞳をしたお姉さんで、背も高いけど肉付きもよく、頼りがいのあるかんじだ。
大きな箱を一人で抱えて入ってきたので、力持ちなのかもしれない。

「おはようございます、ハル様。今日からハル様付きの女官として仕えさせていただくことになったディオナです。よろしくお願いいたします。」
ああ、そうだった。僕は今日から“ハル”になるんだった。
「ハルです。よろしくお願いいたします。」
礼をした後、顔を上げながら、昨日の夕食前の会話を思い出した。

『私も女装して、君の護衛をしたり、魔法を教えたりすることに決まったんだ。髪も魔法で黒髪にして・・・』

ってことは、もしかして、この絶世の美女は・・・
「えっ、もしかしてディ・・・」
全部を言うよりも早く、僕の口は黒髪のお姉さんの手によってふさがれていた。
「その名前を口に出してはいけません。」
お姉さんに耳元で囁かれて、僕は小さく頷いた。

「ハル様、失礼しました。そして、こちらが私の幼なじみで、ハル様付きの侍女として仕えさせていただくことになったマリーです。」
「マリーです。よろしくお願いいたします。」
「ハルです。よろしくお願いいたします。」
再び礼をして顔を上げると、笑顔のマリー様と目が合った。
全部包み込んでくれそうな温かい笑顔だな。
不安だらけの僕だけど、聖女になるんだったら僕も全部を包み込むような笑顔で過ごさないといけないんだろうな。
僕も笑顔を返した次の瞬間・・・

「うわああ、本当に可愛い子ねえ。」
マリー様に抱きつかれていた。
「・・・。」
この世界の可愛いの基準がわからない。
ディルク様やオスカル様もだけど、可愛いの使い方を間違えていると思う。

「マリー。それくらいにしておかないと、ハル様が可哀想ですよ。」
ありがとうございます、ディルク様。もとい、ディオナ様。
「さて、気を取り直して、お着替えをしましょう。今日からハル様には、こちらの聖女様用の服を着ていただきます。」
マリー様が運んできた箱の中からディオナ様が取り出したのは、白いドレスだった。
ああ、当然といえば当然のことだけど、今日からは服も女性用になるんだ・・・。

「私とマリーがお手伝いさせていただきますので、こちらに来てください。」
「はい。」
「それでは、まず今着ていらっしゃる服を脱いでください。」
「は、い・・・?」
でも、今脱いだら、僕が男だってマリー様にばれるんじゃ・・・。
あっ、でも下着姿だったら、なんとか大丈夫かな?
だけど、女性に下着姿を見られるのも恥ずかしいんだけど・・・。
「お手伝いしましょうか?」
「い、いえ、大丈夫です。」
僕はマリー様の申し出を断ると、慌てて寝間着を脱いで下着姿になった。

「下着も今日からは女性用に変えます。」
「えー!?」
いやいや、無理無理!!絶対無理!!
「持ち物から素性が疑われては困るので、全部の持ち物を女性用に変えていただきます。異世界から持って来られた物はそのままにさせていただきますが、こちらで用意した物は全て取り替えさせていただきます。」
表情一つ変えずに言い切るディオナ様の姿に、抵抗しても無駄だと悟る。
あれ、でも、マリー様にばれるのでは?
「あの・・・マリー様もいらっしゃるので、バスルームで着替えてきていいですか?」
正直、同性とはいえ、ディオナ様の前で着替えるのも恥ずかしい。

「バスルームで着替えていただいても大丈夫ですが、マリーのことは心配しなくても大丈夫ですよ。マリーは事情を知っていますから。」
「えっ!?」
そして、驚く僕の耳に顔を近づけると、ディオナ様は衝撃の事実を囁くように告げる。
「それに、マリーは男です。」
「えー!?」
「だから安心してくださいね。」
ディオナ様は僕の耳元から顔を離して笑顔で仰ったけど、僕は頭が混乱して、もう何が何だかわからない。
この国の男性は、といっても目の前の二人しか知らないけど、女装が得意なんだろうか。
普段から女装に慣れ親しんでいるとか?

「ハル様、何か変なことを考えていらっしゃいませんか?」
「い、いえ、何も・・・」
ディオナ様に冷たい目で見られて、慌てて首を横に振る。
「一応ことわっておきますが、私は仕事上この格好をする機会が多いだけで、変な趣味は持ち合わせていませんよ。」
再びディオナ様に耳元で囁かれ、僕は首を小さく縦に二回振り、了解の気持ちを表した。
「それから、私たちはハル様に仕えさせていただく身です。『様』は、つけないようにしてください。あなたは、聖女様になられるんですよ。」
「・・・はい。」
僕は、小さな声で返事をした。

一夜にして変わってしまった環境の変化と衝撃の事実についていけず、僕の頭の中は混乱状態が続いていた。
とりあえず落ち着かないと・・・。

僕はディオナ様から女性用の下着を受け取ると、一人でバスルームに籠ったのだった。
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