光の君と氷の王

佐倉さつき

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第4章 光と闇

浄化の兆し

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“どうして貴方が・・・”
“君を守るって約束しただろう”

「いやあああ!」

“貴方がいない世界に生きる意味はない・・・”


「ハル、大丈夫か、ハル。」
僕を呼ぶ声・・・
トクン、トクン・・・温かい・・・
よかった・・・生きてる・・・


*****

「今日もいい天気ですね。」
薔薇園の上に広がる青い空を見上げて僕は言った。

薔薇園の奥にある泉の浄化を再開してから十日経った。
僕は午前中は薔薇園に行って花壇の手入れや泉の浄化を行い、午後はエリーザベト王女殿下に礼儀作法や社交について教えていただく毎日を過ごしている。
足の怪我もよくなり、オスカル様の抱っこからも解放され、薔薇園にはヒールのない靴を履いて歩いて行けるようになった。
午後からの王女殿下と一緒の時間には、ヒールのある靴を履いて学んでいる。
ヒールのある靴を履いた後には、マリーやオスカル様、時には陛下にまで足を痛めていないか確認されるけど、動くことが少ないので痛めることもなくなった。

六月も下旬に近づき、この世界でも夏が近いのか、日差しが強くなってきた。
日焼け防止のための帽子と手袋を身に付けているせいで、頭や手が蒸れるような感じがして不快だけど、聖女を演じるためには仕方がないと我慢している。
僕のお披露目をする誕生日まであと半月くらいしかないことを思うと憂鬱だけど、それを忘れさせてくれるような清々しい空の青さが嬉しい。

「セントラルランドで、こんなにいい天気が続くなんて珍しいな。」
隣を歩くオスカル様の言葉に驚き、思わず立ち止まってしまった。
「六月は天気が悪いことが多いんですか?」
そういえば、日本の六月も梅雨の時期で雨や曇りの日が多い。
セントラルランドにも梅雨があるんだろうか?
それが今年はないとか!?
「六月は関係ない。季節に関係なく、セントラルランドの空はいつもどんよりとした曇り空が多いんだ。昔は光が降り注いでいたという話も聞いたことはあるが、俺が生まれてから見てきた空はいつもどんよりとした曇り空で、雲越しに弱い光がぼんやりと届くだけだった。最近、降り注ぐようになった強い光に驚いている。」
「それは良いことなんですか?それとも・・・」
「正直、慣れない天気が続いて戸惑っているが、ずっと不作が続いているからな。まあ、俺が物心ついてから『不作だ』という声しか聞いたことがないから、不作が当たり前になっているが・・・この光のおかげで豊作になるんだったら、良いことなんじゃないか。」
「そうですね。豊作になるといいですね。」
日本でも夏に天気が悪い日が続くと「冷夏」と言われて、米や野菜が育たなくて値上がりすることがあった。
セントラルランドは、ずっと冷夏の状態だったのかもしれない。
この青空が豊作をもたらしてくれるといいな。


「この泉の空気も軽くなった気がするな。」
泉に着くと、オスカル様が言った。
浄化を続けているうちに、泉の上に漂っていた黒い靄が少なくなってきた。
黒く澱んでいた泉の水の色も、薄くなってきた気がする。
浄化の効果が現れてきているのかもしれない。
あとどれくらい続けたら浄化が完了するのかわからないけど、前に進んでいるようだ。
僕は嬉しい気持ちで泉の淵に立ち、浄化を始めた。

「ハル、大丈夫か?」
浄化が終わると、オスカル様はいつも心配そうな顔で声をかけてくださる。
初めて浄化をした時に倒れているからか、心配らしい。
しかし、それ以降倒れていないので、僕の浄化に付き添ってくださるのはオスカル様一人だけになった。
ディオナ様もすぐに駆け付けられるように薔薇園にはいらっしゃるけど、殿下と一緒に魔法の稽古をされている。
「はい、大丈夫です。」
「なら、よかった。東屋に戻って休むか。」
「はい。」
僕とオスカル様は東屋に向かって歩きはじめた。


「本当に大丈夫なのか?昨夜もうなされたんだろう?夜は眠れているのか?」
東屋に着いて長椅子に座るや否やオスカル様に質問攻めにされた。
「大丈夫ですよ。それに夜にうなされたことは覚えていないんです。だから眠れていると思うんですけど・・・」
「そうか、ならいいんだ。だけど、ちょっとでも気になることがあったら、教えてくれよ。」
「はい。」

昨夜・・・何があったのか?怖い夢でも見たのか?
僕に夜の間の記憶はない。
しかし、今朝も目が覚めると陛下の腕の中にいた。
夜、うなされている僕を落ち着かせるために、陛下が抱きしめてくださっているらしい。
しかも、それが日課のように毎日続いている。
ということは、毎夜、陛下に迷惑をかけているわけで・・・申し訳なさすぎる。

「やっぱり、夜、一人で寝るわけにはいかないでしょうか?」
「はあ!?どうしたんだ!?フリッツに何かされたのか!?」
オスカル様、どうしたんですか?落ち着いてください。
どうして陛下に何かされるという話になるんですか?
僕、こんな格好をしているけど、男ですよ。
「ただ、毎夜うなされて陛下に迷惑をかけているのが申し訳なくて・・・陛下の睡眠の邪魔になっているし・・・なので、一人で寝た方がいいと思ったんですけど、駄目ですか?」
「駄目だ。」
僕の提案は瞬時に却下されてしまった。
「どうしてですか?」
「フリッツなら、迷惑だと思っていないから大丈夫だ。安心しろ。それに、邪霊が来た夜もうなされていただろう。あれ以来、邪霊は現れていないみたいだが、油断はできない。うなされている状態のハルを一人にすることはできない。まあ、うなされなくなったら、一人で寝ることも考えてやるよ。」
オスカル様に笑顔で言われて、僕は反論の言葉が出てこなかった。

「今日も絶好の昼寝日和だな。といっても、まだ昼前だが・・・悪いが、ちょっと横になる。帰る時間になったら、教えてくれ。」
オスカル様は笑顔でそう言うと、長椅子に横になった。
外の日差しはきついけど、東屋の中は屋根が日差しを遮ってくれているので大丈夫だ。
風の精霊が届けてくれる涼しい風が心地よい。
浄化が終わった後は、東屋で休むのが日課となっている。
オスカル様は僕が気を遣わなくてもいいように、いつもすぐに横になってくださる。
僕はぼんやりと綺麗な薔薇の花を眺めたり、時には僕も横になったりして癒されている。

「風が気持ちいいな。」
「そうですね。」

なぜか懐かしささえ感じられる大切な時間。
この時間があるから、僕は頑張れているのだろう。
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