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第一章

保有魔力

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 「面白そうじゃないか」

 教官から提出された訓練生の報告書を見たあずさの言葉に、弥生やよいは心の中で「また始まった」という呆れと、対象の訓練生に対して「ご愁傷さまです」と言う言葉を送った。

 「弥生も面白そうだと思わないか?」
 「面白いかどうかは一先ず置いておくとして、優秀であるのは間違いないのでしょうね」

 自身が形成訓練に掛かった日数を思いだしながら、弥生は梓の質問に答えた。

 「一概に言える事じゃないんだが、形成訓練を早く終える者ほど保有魔力量が多いという報告書を見た事がある。私は三日掛かったからな。初めから出来たこいつはどれほどの魔力を保有しているんだろうな?」
 「あれはデータ不十分として取り下げられましたからね。確かに現在の将官の皆さんも軒並み早かったと聞いていますけど、例外もあったはずです」
 「同日数での逆パターンか。確かにあったな。だが、早ければ保有魔力が多い方がほとんどだ。期待は出来るだろう?」
 「まあ、そうではありますが、過大に期待しすぎると落胆も大きくなりますよ?」
 「だが、自分の目で確かめには行く。これは決定だ」
 「了解です」

 弥生は「これは言っても聞かないな」と諦めた。であるならば、せめてなるべく早く確認を済ませて仕事に戻ってもらおうと考えて同行する事にした。



 初日で形成訓練の合格を告げられたので、引き続き射撃訓練からの開始となった。昨日の射撃訓練を始める前に「形成から発射するまでに時間を掛けて良いので、形成訓練のイメージをより深めていく様に」と言われていたので、しっかりと指示された通りに、定着するイメージをしっかりと意識して魔弾バレットを形成する。きれいな球体である事を確認して、的を狙い射出する。的の中心からは多少ずれる事はあるものの、撃ち出された魔弾バレットは的から外れる事は無かった。昨日から繰り返し行っている直射訓練で、およその特性を把握した事で、続けて行った曲射訓練では、どの程度まで曲げる事が出来るかを把握し終えると、次々に的に命中させていく。三十分程で直射と同様に的を外す事は無くなった。
 
 統計的に、魔力保有量が多い者は、習熟も早い傾向にある。現在の皇国軍将官達も、二週間程で収束訓練までの工程を習得し終えた実例もある。射撃訓練の様子を見ていた教官がまた驚愕していたのだが、訓練に集中していた柾斗がそれに気付く事は無かった。



 「これは、決まりだな!」

 梓が教官から提出された本日の訓練生に関する報告書を見て嬉しそうに声を上げて笑う。その様子を見て弥生は再度「ご愁傷様です」と柾斗に念を送った。報告書を梓に渡す前に目を通して、教官に直接確認を済ませていたので、これから梓が起こすであろう行動に反対をするつもりは無い。十中八九、自身の時と同様に師団長権限で引き上げるのだろうと考えていた。
 訓練生に軍属としての正式な階級が付与されるのは、訓練開始のとなっている。これは魔力保有量が多い者は、習熟も早い傾向にあると言う統計に基づいて、数年に一人か二人は現れる優秀な者を把握する為の期間を設けているのだ。
 魔弾師の覚醒時の保有魔力量は、大多数の者が二百前後で、五百あれば期待の新人として扱われる。弥生の覚醒時の保有魔力量は千五百程であった。訓練生が初めて全弾発射フルバーストを行う際は、師団長が視察するのが通例となっていて、見事に百五十発を展開した弥生は、当時師団長となったばかりの梓の目に留まったのだ。

 「私の時とは状況が違いますが、如何するつもりなのですか?」

 弥生の時は当時の師団長補佐が引退間近であったので、その師団長補佐の後任として引き上げられた。だが現在の皇都北部魔導師団には幹部級の席に空席は無い。

 「補佐を増やす。決定だ!弥生には苦労させているからな!」
 「苦労させている自覚があるなら、書類から逃げないで下さい」

 少し悩んで梓が出した答えは、自身の補佐を増やす事だった。嬉々として皇国軍本部に提出する書類を書き始める梓を見ながら、少し皮肉めいた言葉を返した弥生だが、その顔には多少の照れと嬉しさが隠せずにいたのであった。



 訓練を開始して四日目、午前の座学を開始する前に、今日の午後の訓練中に師団長が視察に来る事が伝えられた。三日目の訓練が終了した所で、射撃訓練の合格と近い内に全弾発射フルバーストの視察についての説明を受けていたので、「近い内にとは言っていたけど、翌日とはねぇ・・・」と思いながら、緊張はしているが、何とか受け止める事が出来た。


 午前の座学の間に、完全に緊張感を拭い去る事は出来なかった。
 梓はその実力と容姿も相まって、広報としての活動もしている。皇国軍の広報誌に記事や写真が掲載されたり、民間のテレビ番組に出演する事もある。皇都で梓を知らない者は居ない程の有名人なのだ。あまり芸能関係に興味の無い柾斗でも顔と名前を知っている程に。
 つい先日までは、自分に直接関係してくる事の無いすごく有名な人物と思っていただけであったが、現在は自分の所属する皇都北部魔導師団の師団長なのだ。いざ直接会う機会が来るとなると、何故か緊張してしまっていた。梓の視察を待つ訓練生の列の中で、いろいろと考えていたが考えはまとまらず、「有名人や偉い人に会えるとなると何故か緊張するものだ」と考える事を放棄した。


 「皆、日々の訓練ご苦労様。まずは、直接会うのが初めての者に自己紹介からかな」

 梓は訓練開始時間に補佐官の弥生と共に訓練場の入口に現れた。入口で待っていた教官と少し会話を交わした後、三人で訓練生の列の前に来ると、柔らかい口調で前置きを述べて移動した。

 「初めまして、皇都北部魔導師団を率いる師団長結城梓ゆうきあずさです。階級は少将、よろしく、草薙柾斗君」
 「草薙柾斗です。よろしくお願いします」
 「うんうん。いいねぇ」

 目の前で値踏みするように眺めてくる梓に緊張しながらも返答すると、頷き笑顔を浮かべて最初の位置へと戻って行った。

 「では、師団長、いつも通りに始めさせて頂きます」
 「はい、お願いします」

 そう言うと、梓と弥生は訓練場の入口付近まで移動して行った。

 「では、草薙の全弾発射フルバーストの試射を行う。草薙は訓練場の中央で待機、他の者は壁際まで退避するように」

 梓と弥生が移動を始めたのを見てから、教官から指示が出た。指示に従って訓練場の中央へ行き待機する。教官が他の訓練生を連れて壁際まで退避した。

 「草薙、直上、射程百、全弾発射フルバースト発動を許可する」
 「直上、射程百、全弾発射フルバースト発動します」

 教官の指示に従い全弾発射フルバーストを発動する。柾斗を中心に次々に展開されていく魔弾バレットが訓練場を埋めていく。
 他の訓練では白色の魔力光を放っていた魔弾バレットだが、全弾発射フルバーストで展開した魔弾バレットは虹色の魔力光を放っていた。「奇麗だな」そんな感想を呟きながら直上へと発射した。

 その様子を見ていた全員がただ呆然とするしかなかった。

 展開された魔弾バレットの数は二千。つまり、保有魔力量は二万と言う事になる。
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