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ねえ、サン……愛してるよ
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フォンと別れ、フォレスに戻ってからサンは、一つの違和感を覚えていた。
フォレスに灯りがついていないのだ。
確かにまだ外は微かに明るいが、ケイは暗いところが好きではないので、いつもフォレスでは早めに灯りをつける。ただ、今日はそれがない。それになぜか今日のフォレスには、帰ってきても、自分の場所に戻ったような安心感がなかった。あるのはなにか、異物が混入したような不穏な気配。サンは静かに冷や汗をかく。
「ただいま!」
サンはあえて大きな声で、そう声を発した。しかし返事はなかった。ケイおばさんやクラウ、そしてスアロ、その誰の返事もない。
3人に何かあったのか? 心臓が大きく鼓動する。サンは慌てて、家を探し回った。厠、居間、寝室。そのどこにも3人の姿は見つからなかったが、ケイがいつも暖かな笑顔で迎えてくれる台所に、それはいた。
「――おお、やっと帰ってきたか。遅かったなぁ」
耳にねっとりと絡みつくような不快な声。そこには、灰色の髪に三角の耳、そして目の周りに黒いクマがある、おそらくハイエナと思われる獣人がいた。そして、横には縄で縛られて布で口を塞がれた、ケイの姿もある。
「ん~! ん~~!!」
サンに対して何か訴えているように思えるが、何の言語情報も得ることはできない。
「なんだお前! 何者だ!」
サンは、震えた声で目の前の不審者に対し言葉をぶつける。状況から見て、間違えなくこの獣人が、歓迎するような客人でないことはわかった。
「うーん、俺か。まあパーツ商人なんだが、知ってるか? この言葉?」
「パーツ……商人? なんだよそれ」
サンはパーツ商人という存在を知ってはいる。獣人をさらい、その羽などそれぞれの獣人ならではのパーツを高値で売り捌く者たちのことだ。しかし、あくまでサンはそれらの存在を物語の中だけの存在だと思っていた。実際に、そんな非人道的な売買は行われていないと。
しかし、このハイエナは、自分がそのような存在だと言いのける。サンは混乱した。それじゃあ、まるで――。
この世界にもパーツ売買という文化が存在してるみたいじゃないか。
「あーまぁ、お前たちガキは知るよしもないよな。いや、この国でのんびりした顔している連中もか。まあ、とにかく俺たちは、何も知らない馬鹿な獣人たちの部位を売り捌いてるってわけだ。闇市場でな。ちゃんと買い手がいてくれるんだよ」
「俺たち? 他に仲間がいるのかよ」
そう言葉を発しながら、サンはハイエナに気づかれないように、稽古で使った木刀の包みの紐を解く。
「ああ、そりゃいるさ。今頃、あのカラスとツバメを抱えて、飛行場に向かってるよ。ツバメの方はなかなか器量が良かったし、あのカラス女も毛並みがいいから、おそらく高値で売れるぞ。まあこのニワトリは歳もいってるようだし、高く売れなそうだから残しておいたが」
ぽつぽつとのんびりした様子で、言葉を続けるハイエナの獣人。サンはその彼の言葉が終わるや否や、腰の木刀で斬りつける。
しかし、頭身の大きいマチェットのようなナイフで、サンの剣は防がれる。ガンッ、と大きな音が台所中にこだまする。
「ちょこまかと何かはしてると思ったんだよっ」
「ふざけんなよ! クラウにもスアロにも値段なんかつけられるわけないだろ!!」
「つけられるんだよなぁ、これが。ちなみにそんなお前の値段は、依頼人特別価格でSクラス級だぞ」
するとハイエナが、ぐんっと力で、サンを押し切る。基本的にスカイルの獣人は素早い動きを得意としているが、それに対し、グランディアの獣人はパワフルな動きを得意とする。
だからどれほど力が強かろうと鳥人である限り、力勝負でグランディアの獣人にいどむのは分が悪い。サンは、剣が弾かれる前に後ろに飛んで勢いを殺し、混乱する頭を整理しようとする。
――獣人の特徴もない俺がSクラス? 何言ってるんだこいつ。いやそもそもパーツ商人自体なんなんだよ。
ハイエナは、そんなサンを見て、上からマチェットナイフを振り下ろす。サンは、それもなんとかかわし、間合いを取って中段に構える。
「なんだそれ!? 意味わかんねえよ。とにかく、クラウたちとケイおばさんを返せよ!」
「返して欲しけりゃ俺を倒してみろよ! まあお前みたいなウスノロ剣士にゃ無理だろうけどな!」
ハイエナは大きく地面を蹴り、片手でマチェットを持ち、再びサンに襲いかかる。横から薙ぎ払われる鋭い刃物。サンは、木刀を両手でしっかりと持ち、それを真っ正面から受ける。
「――くっ」
ビリビリと手が痺れる感触。やはりグランディアの獣人に力勝負は不利だ。再び、ろに引こうとすると、腹にズブズブと鈍い感触が沈み込んでくる。ハイエナの蹴りが、溝内に直撃したらしい。
「――ぐっ、があああ!」
「2回も逃さねえよ! 雑魚が!」
玄関の扉を破り、そのまま外に突き飛ばされるサン。背中が、腹が、そして全身が、サンに痛みを訴えてくる。逃げてしまえ、勝てるわけない。まるで全細胞が、彼にそう告げているようだった。
「ああ、弱いなぁ。弱すぎる。さっきまでいたツバメ野郎の方が、ずっと強かったぜ」
ツバメ野郎。スアロのことだ。サンは、親友の顔を思い出し、痛みを堪え、どうにか立ち上がる。
「それは嬉しいな。ありがとな。俺の自慢の親友なんだ。あいにくお前の相手は、そのツバメ野郎の足元に及ばない凡人だよ」
「心配すんなよ。別に俺は強いやつと命のやり取りをするのも嫌いじゃないが、弱い奴を痛ぶることも大好きだ」
――外道だな。
サンは、吐き捨てるように内心で呟く。
ハイエナが、言葉を終わるや否や、またマチェットを片手に持ち突進してくる。
きっと、あの重さのあるナイフを、相手に近づきひたすら振り回すのが彼の戦い方なのだろう。だが、サンは、そんなただの喧嘩殺法にさえ、今全く歯が立っていないのも事実だった。
相手がどんどん近づいてくる。サンは再び、木刀を中段に構える。確かにサンは今、力任せのハイエナに全く力が及んでいない。だが、だからこそ、技で凌駕しなければ、この男には勝てない。
やることは頭の中で定まっていた。相手をギリギリまで引きつけ、相手の攻撃に合わせて、陽天流二照型を放つ。
そうすればまだ勝ちの目は見えるはずだ。
「死ねえええ」
苛烈な殺意を持って突っ込んでくるハイエナ。彼が、マチェットを振るほぼ同じタイミングで、そのマチェットの剣の軌道の斜め上から、出し尽くせる最大速度で、武器に対して斬りばらいを行う。
斜めに刀を当てることで、相手の武器の軌道を大きく逸らし隙を作る。次の攻撃のための陽天流のつなげ技。
落ちゆく夕日の差し込む光が、忙しなく過ぎる時間の全ての動きを緩めていくように。
「陽天流二照型、洛陽(らくよう)!」
振り下ろされる相手の武器に対して、サンは、全ての集中力を出し切り木刀を振るう。タイミングは完璧。あとは軌道を受け流すように、払うだけ。
マチェットとサンの木刀がぶつかる。手応えは悪くない。これなら相手の武器の軌道をずらすことができるはず。
――ガリィィィィン。
しかし、サンが、その勢いで木刀に力をかけた瞬間、サンの木刀が割れた。
目の前のハイエナはニヤリと笑う。
「はっ、バカが!」
サンの木刀を砕き、振り下ろされるマチェット。そして、ハイエナは、刃の向きを変え、サンに向かって大きく切り上げる。
「おおおおらぁぁぁぁ!」
サンの脇腹に深く刺さる刃物。そしてそれは、凄まじい勢いを持って、彼の腹の下から肩まで大きく斬りつける。
勢いに任せ、後ろに倒れ込むサン。随分深く切りつけられたものだ。血は絶え間なく流れ、彼の倒れた地面を赤く染める。
「今の、陽天流の第二照型ってやつだろ?」
ハイエナは、サンを見下ろしながら、刃物の血を拭き取っている。そして彼はそのまま続ける。
「その陽天流ってやつな。お前が来る前にスアロってやつに見せてもらったんだ。本当はすぐ勝てるんだが、わざわざ同等の実力を出して、全型出すまで待ってた。中々の退屈しのぎにはなったぜ。だから、あいにくだが、陽天流の技を、俺はもうほとんど見切っている。まあもう聞こえちゃいねぇか」
ポケットからタバコを取り出し、一吸いするハイエナ。彼は、大きく煙を吐き、独り言を呟く。
「まあ、死にはしないだろ。とりあえず適当に止血してボスと合流すりゃあ依頼達成のはずだ。いやぁ随分楽な仕事だったな」
その声を、ボーッとした意識の中、どうにか言葉として拾い上げるサン。開いた腹。血で湿る手足。彼はゆっくりと今の自分の状態を再確認する。
――そっか、俺は負けたのか。
絶えず体からドクドクと出て行く血液。この出血量なら、止血されるまでは、もう立ち上がることはできないだろう。時期に体は動かなくなり、脳は何も考えられなくなる。
――まあよく頑張ったろ。そもそもスアロより強いんだから俺が何しても勝てるわけない。
徐々に遠くなる意識。そこで彼の頭に浮かぶのは、走馬灯だった。ファルに拾われてからのフォレスでの楽しい日々。かけがえのない、大切な時間。
――いや、待てよ。今俺がここで捕まったらみんなはどうなる?
すると、サンの走馬灯が暗転し、希望も何もない、真っ黒な情景が思い浮かぶ。
ケイおばさんは目の前で殺され、スアロもクラウも自慢の羽が生え変わるたびにむしり取られて、日々痛みに泣いている。
――違う。だめだ。みんながそんな目にあうなんて絶対にあっちゃダメだ。
――動け! 動けよ俺の体! 今まで何のために訓練してきた!
――俺が守るんだ! 全部守るんだ! だから、もう一度動けよ! 戦えよ! サン!
するとその時、サンのペンダントが、唐突に眩い光を放った。サンだけに見えているのか、ハイエナは、それに対し、反応すらしない。
光は少しずつ集まり、徐々に形あるものへと変化していく。大きく赤い翼。サラサラとした赤い髪。人の良さそうな太陽のような笑顔。
間違いない。間違うはずがない。目の前に現れた女性は、紛れもなくあの夢に出てくる、サンの母親だった。
「久しぶり、サン。といっても私からは、あなたの姿は見えないんだけどね」
何が起きたか分からず、呆然と見つめることしかできないサン。しかし、一方的に送られていたものなのか、サンの母親は、彼の様子を気に留めることなく、続ける。
「一つ目の封印を自分で解いたってことは、強くなりたいと願ったのね。かつて、自分の力を恐れて、自から力を抑えたあなたが、もう一度、力が欲しいと願ったのよね」
かつて自分の力を抑えた? それはサンにとっては身に覚えのないことだった。きっと彼の失われた記憶に関係しているものなのだろう。
「ただね、母さんから忠告よ。力はね、無闇に使っちゃいけないの。決して誰かを傷つけるためにこの力を使っちゃいけないわ……なんてね。そんなこと言わなくても分かってるわよね。あなたは本当に優しい子だったから。きっと誰かを守るために、この力を使ったんだと思う」
「かあ……さん」
サンは掠れた声でそう呟く。不思議と涙が溢れてくる。決して痛みで泣いているわけではない。この女性の声に、温もりに、体が自然と反応しているのだ。
この人は、間違えなく自分の母親なんだと。
「ねえ、サン。残せる言葉は、数少ないから、強くなりたいと思ったあなたに一言だけ言うね。これはあの日には伝えられなかったこと。母さんはね。どんなことがあっても、あなたの味方だからね。親がいない辛い思いをさせるかもだけど、あなたならきっと乗り越えれられるわ。ねえ、サン……愛してるよ」
その言葉を残し、目の前の女性は再び、淡い光へと姿を変える。そして、その光は、全て、サンのペンダントへと吸い込まれていった。
「……一言じゃ、ないじゃないか」
サンは、そう呟いた。胸の奥には、今まで感じたことのないようなポカポカとした温かい陽だまりが広がっている。きっと動ける。きっとまだ俺は戦える。上昇していく自分の熱を感じながら、サンは強くそう思った。
痛みはもうほとんど感じない。サンはゆっくりと立ち上がる。
そんなサンの様子に気づき、ハイエナは、目を丸くする。
「おい、嘘だろ。何で立ち上がれる?」
ハイエナは思う。致命傷だったはずだ。いや、仮に命には関わらない傷だとしても、少なくとも今すぐ立ち上がれるような傷じゃない。ただ、間違いなく、目の前の彼の傷は今やすっかり塞がっている。タコとかイモリのような再生能力のある獣人だったのか。
動揺を隠せないハイエナ。そんな彼を尻目に、サンは自分のペンダントを見つめる。
頼みの木刀はすでに折れてしまった。しかし、サンにはこのペンダントがあった。不思議とサンの頭の中に、このペンダントの使い方が流れ込んでくる。きっと彼の母が言っていた封印を解いた際、過去の記憶がかすかに思い出されたのだろう。
「……サン、ライズ」
サンは強くペンダントを握りしめてそうつぶやいた。その瞬間、ペンダントが光を伴い、徐々に、黒い柄と真っ赤な刀身をもつ美しい刀へと変貌を遂げる。
きっと母もこの刀を持って敵と戦っていたのだろう。目に焼きついた母の姿を思い出し、サンは心を震わせる。
もう負けない、サンは強くそう感じた。
するとその思いに鼓動して、サンの刀は真っ赤な炎に包まれる。
メラメラと音を上げ、轟々と燃え盛る炎。サンは、それに驚きはしたが、少しの動揺も覚えなかった。それどころか、その炎に対し、懐かしささえ覚えた。
「おいなんだよ? それ。炎が使える獣人なんて聞いたことがないぞ」
慣れない炎を前にし、少しだけ萎縮した様子のハイエナ。そんな彼にサンはゆっくりと歩みを進め、彼に近づいて行く。
ハイエナは慌ててマチェットを構えて、言葉を放つ。
「急に剣とか火とか出して、マジックにでも目覚めたのかよ。ただなぁ! そんな子供騙しを見せつけられたって、俺とお前の差は埋まらねえぞ」
「もう負けないよ」
サンは、そう語りながら、さらにゆっくりと歩みを進める。そして、彼は言葉を続ける。
「今さ、勇気をもらったんだ。大切な人に、全てを守る勇気をもらった。だから俺はもう、お前には負けない」
そして、彼はハイエナの間合いにたどり着くと、ゆっくりと突きの姿勢を取る。
「はっ! その構え、一照型かよ! もうその技は見切ったって、何度言ったらわかる!」
「かわせないさ。いくぞ」
その瞬間、サンの突きが放たれる。サンの体から炎が吹き出し、圧倒的な速度へ、彼の突きは加速していく。
ハイエナの彼には、一瞬何が起こったか分からなかった。ただ気づくと、目の前にサンの刀が近づいていたのだ。慌てて体をそらそうとするハイエナ。しかし、時すでに遅く、彼の体に刀は届き、その刀は彼を貫くことなく、彼を後方に大きく吹っ飛ばす。
――ズッッッガァァァァァン
彼方まで吹き飛び、後ろの木に衝突するハイエナ。頭を打ったのか、彼にすでに意識はないようだった。
サンは刀を下ろし、もう声も聞こえないであろう彼に向かってつぶやくように、言う。
「分かっていても、気づいていても、かわそうとする前に刀は届いている。それが陽天流一照型の『木洩れ日』なんだ」
フォレスに灯りがついていないのだ。
確かにまだ外は微かに明るいが、ケイは暗いところが好きではないので、いつもフォレスでは早めに灯りをつける。ただ、今日はそれがない。それになぜか今日のフォレスには、帰ってきても、自分の場所に戻ったような安心感がなかった。あるのはなにか、異物が混入したような不穏な気配。サンは静かに冷や汗をかく。
「ただいま!」
サンはあえて大きな声で、そう声を発した。しかし返事はなかった。ケイおばさんやクラウ、そしてスアロ、その誰の返事もない。
3人に何かあったのか? 心臓が大きく鼓動する。サンは慌てて、家を探し回った。厠、居間、寝室。そのどこにも3人の姿は見つからなかったが、ケイがいつも暖かな笑顔で迎えてくれる台所に、それはいた。
「――おお、やっと帰ってきたか。遅かったなぁ」
耳にねっとりと絡みつくような不快な声。そこには、灰色の髪に三角の耳、そして目の周りに黒いクマがある、おそらくハイエナと思われる獣人がいた。そして、横には縄で縛られて布で口を塞がれた、ケイの姿もある。
「ん~! ん~~!!」
サンに対して何か訴えているように思えるが、何の言語情報も得ることはできない。
「なんだお前! 何者だ!」
サンは、震えた声で目の前の不審者に対し言葉をぶつける。状況から見て、間違えなくこの獣人が、歓迎するような客人でないことはわかった。
「うーん、俺か。まあパーツ商人なんだが、知ってるか? この言葉?」
「パーツ……商人? なんだよそれ」
サンはパーツ商人という存在を知ってはいる。獣人をさらい、その羽などそれぞれの獣人ならではのパーツを高値で売り捌く者たちのことだ。しかし、あくまでサンはそれらの存在を物語の中だけの存在だと思っていた。実際に、そんな非人道的な売買は行われていないと。
しかし、このハイエナは、自分がそのような存在だと言いのける。サンは混乱した。それじゃあ、まるで――。
この世界にもパーツ売買という文化が存在してるみたいじゃないか。
「あーまぁ、お前たちガキは知るよしもないよな。いや、この国でのんびりした顔している連中もか。まあ、とにかく俺たちは、何も知らない馬鹿な獣人たちの部位を売り捌いてるってわけだ。闇市場でな。ちゃんと買い手がいてくれるんだよ」
「俺たち? 他に仲間がいるのかよ」
そう言葉を発しながら、サンはハイエナに気づかれないように、稽古で使った木刀の包みの紐を解く。
「ああ、そりゃいるさ。今頃、あのカラスとツバメを抱えて、飛行場に向かってるよ。ツバメの方はなかなか器量が良かったし、あのカラス女も毛並みがいいから、おそらく高値で売れるぞ。まあこのニワトリは歳もいってるようだし、高く売れなそうだから残しておいたが」
ぽつぽつとのんびりした様子で、言葉を続けるハイエナの獣人。サンはその彼の言葉が終わるや否や、腰の木刀で斬りつける。
しかし、頭身の大きいマチェットのようなナイフで、サンの剣は防がれる。ガンッ、と大きな音が台所中にこだまする。
「ちょこまかと何かはしてると思ったんだよっ」
「ふざけんなよ! クラウにもスアロにも値段なんかつけられるわけないだろ!!」
「つけられるんだよなぁ、これが。ちなみにそんなお前の値段は、依頼人特別価格でSクラス級だぞ」
するとハイエナが、ぐんっと力で、サンを押し切る。基本的にスカイルの獣人は素早い動きを得意としているが、それに対し、グランディアの獣人はパワフルな動きを得意とする。
だからどれほど力が強かろうと鳥人である限り、力勝負でグランディアの獣人にいどむのは分が悪い。サンは、剣が弾かれる前に後ろに飛んで勢いを殺し、混乱する頭を整理しようとする。
――獣人の特徴もない俺がSクラス? 何言ってるんだこいつ。いやそもそもパーツ商人自体なんなんだよ。
ハイエナは、そんなサンを見て、上からマチェットナイフを振り下ろす。サンは、それもなんとかかわし、間合いを取って中段に構える。
「なんだそれ!? 意味わかんねえよ。とにかく、クラウたちとケイおばさんを返せよ!」
「返して欲しけりゃ俺を倒してみろよ! まあお前みたいなウスノロ剣士にゃ無理だろうけどな!」
ハイエナは大きく地面を蹴り、片手でマチェットを持ち、再びサンに襲いかかる。横から薙ぎ払われる鋭い刃物。サンは、木刀を両手でしっかりと持ち、それを真っ正面から受ける。
「――くっ」
ビリビリと手が痺れる感触。やはりグランディアの獣人に力勝負は不利だ。再び、ろに引こうとすると、腹にズブズブと鈍い感触が沈み込んでくる。ハイエナの蹴りが、溝内に直撃したらしい。
「――ぐっ、があああ!」
「2回も逃さねえよ! 雑魚が!」
玄関の扉を破り、そのまま外に突き飛ばされるサン。背中が、腹が、そして全身が、サンに痛みを訴えてくる。逃げてしまえ、勝てるわけない。まるで全細胞が、彼にそう告げているようだった。
「ああ、弱いなぁ。弱すぎる。さっきまでいたツバメ野郎の方が、ずっと強かったぜ」
ツバメ野郎。スアロのことだ。サンは、親友の顔を思い出し、痛みを堪え、どうにか立ち上がる。
「それは嬉しいな。ありがとな。俺の自慢の親友なんだ。あいにくお前の相手は、そのツバメ野郎の足元に及ばない凡人だよ」
「心配すんなよ。別に俺は強いやつと命のやり取りをするのも嫌いじゃないが、弱い奴を痛ぶることも大好きだ」
――外道だな。
サンは、吐き捨てるように内心で呟く。
ハイエナが、言葉を終わるや否や、またマチェットを片手に持ち突進してくる。
きっと、あの重さのあるナイフを、相手に近づきひたすら振り回すのが彼の戦い方なのだろう。だが、サンは、そんなただの喧嘩殺法にさえ、今全く歯が立っていないのも事実だった。
相手がどんどん近づいてくる。サンは再び、木刀を中段に構える。確かにサンは今、力任せのハイエナに全く力が及んでいない。だが、だからこそ、技で凌駕しなければ、この男には勝てない。
やることは頭の中で定まっていた。相手をギリギリまで引きつけ、相手の攻撃に合わせて、陽天流二照型を放つ。
そうすればまだ勝ちの目は見えるはずだ。
「死ねえええ」
苛烈な殺意を持って突っ込んでくるハイエナ。彼が、マチェットを振るほぼ同じタイミングで、そのマチェットの剣の軌道の斜め上から、出し尽くせる最大速度で、武器に対して斬りばらいを行う。
斜めに刀を当てることで、相手の武器の軌道を大きく逸らし隙を作る。次の攻撃のための陽天流のつなげ技。
落ちゆく夕日の差し込む光が、忙しなく過ぎる時間の全ての動きを緩めていくように。
「陽天流二照型、洛陽(らくよう)!」
振り下ろされる相手の武器に対して、サンは、全ての集中力を出し切り木刀を振るう。タイミングは完璧。あとは軌道を受け流すように、払うだけ。
マチェットとサンの木刀がぶつかる。手応えは悪くない。これなら相手の武器の軌道をずらすことができるはず。
――ガリィィィィン。
しかし、サンが、その勢いで木刀に力をかけた瞬間、サンの木刀が割れた。
目の前のハイエナはニヤリと笑う。
「はっ、バカが!」
サンの木刀を砕き、振り下ろされるマチェット。そして、ハイエナは、刃の向きを変え、サンに向かって大きく切り上げる。
「おおおおらぁぁぁぁ!」
サンの脇腹に深く刺さる刃物。そしてそれは、凄まじい勢いを持って、彼の腹の下から肩まで大きく斬りつける。
勢いに任せ、後ろに倒れ込むサン。随分深く切りつけられたものだ。血は絶え間なく流れ、彼の倒れた地面を赤く染める。
「今の、陽天流の第二照型ってやつだろ?」
ハイエナは、サンを見下ろしながら、刃物の血を拭き取っている。そして彼はそのまま続ける。
「その陽天流ってやつな。お前が来る前にスアロってやつに見せてもらったんだ。本当はすぐ勝てるんだが、わざわざ同等の実力を出して、全型出すまで待ってた。中々の退屈しのぎにはなったぜ。だから、あいにくだが、陽天流の技を、俺はもうほとんど見切っている。まあもう聞こえちゃいねぇか」
ポケットからタバコを取り出し、一吸いするハイエナ。彼は、大きく煙を吐き、独り言を呟く。
「まあ、死にはしないだろ。とりあえず適当に止血してボスと合流すりゃあ依頼達成のはずだ。いやぁ随分楽な仕事だったな」
その声を、ボーッとした意識の中、どうにか言葉として拾い上げるサン。開いた腹。血で湿る手足。彼はゆっくりと今の自分の状態を再確認する。
――そっか、俺は負けたのか。
絶えず体からドクドクと出て行く血液。この出血量なら、止血されるまでは、もう立ち上がることはできないだろう。時期に体は動かなくなり、脳は何も考えられなくなる。
――まあよく頑張ったろ。そもそもスアロより強いんだから俺が何しても勝てるわけない。
徐々に遠くなる意識。そこで彼の頭に浮かぶのは、走馬灯だった。ファルに拾われてからのフォレスでの楽しい日々。かけがえのない、大切な時間。
――いや、待てよ。今俺がここで捕まったらみんなはどうなる?
すると、サンの走馬灯が暗転し、希望も何もない、真っ黒な情景が思い浮かぶ。
ケイおばさんは目の前で殺され、スアロもクラウも自慢の羽が生え変わるたびにむしり取られて、日々痛みに泣いている。
――違う。だめだ。みんながそんな目にあうなんて絶対にあっちゃダメだ。
――動け! 動けよ俺の体! 今まで何のために訓練してきた!
――俺が守るんだ! 全部守るんだ! だから、もう一度動けよ! 戦えよ! サン!
するとその時、サンのペンダントが、唐突に眩い光を放った。サンだけに見えているのか、ハイエナは、それに対し、反応すらしない。
光は少しずつ集まり、徐々に形あるものへと変化していく。大きく赤い翼。サラサラとした赤い髪。人の良さそうな太陽のような笑顔。
間違いない。間違うはずがない。目の前に現れた女性は、紛れもなくあの夢に出てくる、サンの母親だった。
「久しぶり、サン。といっても私からは、あなたの姿は見えないんだけどね」
何が起きたか分からず、呆然と見つめることしかできないサン。しかし、一方的に送られていたものなのか、サンの母親は、彼の様子を気に留めることなく、続ける。
「一つ目の封印を自分で解いたってことは、強くなりたいと願ったのね。かつて、自分の力を恐れて、自から力を抑えたあなたが、もう一度、力が欲しいと願ったのよね」
かつて自分の力を抑えた? それはサンにとっては身に覚えのないことだった。きっと彼の失われた記憶に関係しているものなのだろう。
「ただね、母さんから忠告よ。力はね、無闇に使っちゃいけないの。決して誰かを傷つけるためにこの力を使っちゃいけないわ……なんてね。そんなこと言わなくても分かってるわよね。あなたは本当に優しい子だったから。きっと誰かを守るために、この力を使ったんだと思う」
「かあ……さん」
サンは掠れた声でそう呟く。不思議と涙が溢れてくる。決して痛みで泣いているわけではない。この女性の声に、温もりに、体が自然と反応しているのだ。
この人は、間違えなく自分の母親なんだと。
「ねえ、サン。残せる言葉は、数少ないから、強くなりたいと思ったあなたに一言だけ言うね。これはあの日には伝えられなかったこと。母さんはね。どんなことがあっても、あなたの味方だからね。親がいない辛い思いをさせるかもだけど、あなたならきっと乗り越えれられるわ。ねえ、サン……愛してるよ」
その言葉を残し、目の前の女性は再び、淡い光へと姿を変える。そして、その光は、全て、サンのペンダントへと吸い込まれていった。
「……一言じゃ、ないじゃないか」
サンは、そう呟いた。胸の奥には、今まで感じたことのないようなポカポカとした温かい陽だまりが広がっている。きっと動ける。きっとまだ俺は戦える。上昇していく自分の熱を感じながら、サンは強くそう思った。
痛みはもうほとんど感じない。サンはゆっくりと立ち上がる。
そんなサンの様子に気づき、ハイエナは、目を丸くする。
「おい、嘘だろ。何で立ち上がれる?」
ハイエナは思う。致命傷だったはずだ。いや、仮に命には関わらない傷だとしても、少なくとも今すぐ立ち上がれるような傷じゃない。ただ、間違いなく、目の前の彼の傷は今やすっかり塞がっている。タコとかイモリのような再生能力のある獣人だったのか。
動揺を隠せないハイエナ。そんな彼を尻目に、サンは自分のペンダントを見つめる。
頼みの木刀はすでに折れてしまった。しかし、サンにはこのペンダントがあった。不思議とサンの頭の中に、このペンダントの使い方が流れ込んでくる。きっと彼の母が言っていた封印を解いた際、過去の記憶がかすかに思い出されたのだろう。
「……サン、ライズ」
サンは強くペンダントを握りしめてそうつぶやいた。その瞬間、ペンダントが光を伴い、徐々に、黒い柄と真っ赤な刀身をもつ美しい刀へと変貌を遂げる。
きっと母もこの刀を持って敵と戦っていたのだろう。目に焼きついた母の姿を思い出し、サンは心を震わせる。
もう負けない、サンは強くそう感じた。
するとその思いに鼓動して、サンの刀は真っ赤な炎に包まれる。
メラメラと音を上げ、轟々と燃え盛る炎。サンは、それに驚きはしたが、少しの動揺も覚えなかった。それどころか、その炎に対し、懐かしささえ覚えた。
「おいなんだよ? それ。炎が使える獣人なんて聞いたことがないぞ」
慣れない炎を前にし、少しだけ萎縮した様子のハイエナ。そんな彼にサンはゆっくりと歩みを進め、彼に近づいて行く。
ハイエナは慌ててマチェットを構えて、言葉を放つ。
「急に剣とか火とか出して、マジックにでも目覚めたのかよ。ただなぁ! そんな子供騙しを見せつけられたって、俺とお前の差は埋まらねえぞ」
「もう負けないよ」
サンは、そう語りながら、さらにゆっくりと歩みを進める。そして、彼は言葉を続ける。
「今さ、勇気をもらったんだ。大切な人に、全てを守る勇気をもらった。だから俺はもう、お前には負けない」
そして、彼はハイエナの間合いにたどり着くと、ゆっくりと突きの姿勢を取る。
「はっ! その構え、一照型かよ! もうその技は見切ったって、何度言ったらわかる!」
「かわせないさ。いくぞ」
その瞬間、サンの突きが放たれる。サンの体から炎が吹き出し、圧倒的な速度へ、彼の突きは加速していく。
ハイエナの彼には、一瞬何が起こったか分からなかった。ただ気づくと、目の前にサンの刀が近づいていたのだ。慌てて体をそらそうとするハイエナ。しかし、時すでに遅く、彼の体に刀は届き、その刀は彼を貫くことなく、彼を後方に大きく吹っ飛ばす。
――ズッッッガァァァァァン
彼方まで吹き飛び、後ろの木に衝突するハイエナ。頭を打ったのか、彼にすでに意識はないようだった。
サンは刀を下ろし、もう声も聞こえないであろう彼に向かってつぶやくように、言う。
「分かっていても、気づいていても、かわそうとする前に刀は届いている。それが陽天流一照型の『木洩れ日』なんだ」
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