プロミネンス【旅立ちの章】

笹原うずら

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今から言うのは酔いが回った20代の若者の発言だよ

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――過去――

「はあ? 俺たちをカニバル国に預ける? どうしてだよ!?」

 降り積もる雪が美しい冬。シェドは、ヴォルファに対して、そう問う。自分とネクを、自分の知り合いのカニバル国王に預ける。それはこのヴォルファが、唐突にシェドとネクに言い出したことだった。

 ネクは、静かに2人の様子を眺めている。そんな中、ヴォルファが声を荒げて言う。

「何度も言っとるだろうが! 俺はこれから、新たにミドルナの代表として色々と忙しくなる。そんな中でお前らの面倒なんて見てられない。だからお前らを預けるんだ」

 シェドは負けじと声を荒げて、ヴォルファに言葉をぶつける。

「ふざけるなよ! あんた言ったよな。俺のことを強くしてくれるって。でも、あんたは最終的にまだ鎖烈獣術の奥義を教えてくれていないじゃないか! それなのに急に俺たちをどこかにやろうってのか!?」
「やかましい!!」

しかし、ベアリオはそんなシェドの勢いを遥かに上回る語気で答える。彼は続ける。

「いいか、シェド! お前に鎖烈を教えたのは、お前が復讐以外に熱中できるものを与えるためだ。決してお前の復讐に協力をしようと思ったわけじゃないし、そんな奴に奥義は教えん! それにお前は、頼ってはならん力にさえ手を出そうとしている! いいか、シェド。もっと多くの人に出会え! そして復讐がどんなものを産んできたのか知り、その強さを誰かを守るために使えるようになれ! それまで、お前に奥義なんて教えるものか!!」

まるで窓のガラスなど吹き飛んでしまいそうなほどの剣幕。ヴォルファの部屋中に響き渡る声に、ネクは思わず、目を閉じる。しかし、そんな声が響き渡る中、シェドは、それでもヴォルファのことを睨みつける。

「何だよ。要は破門ってことかよ」

 そして彼は、真っ直ぐにヴォルファを見据えて、続ける。

「いいぜ、カニバルだろうとどこへでも連れていくがいいさ。ただヴォルファ。俺は変わらないぞ。例えどこで暮らそうとも、俺はあいつを殺すことだけ考え、あいつを殺すために強くなる。ヴォルファ。あんたが、俺にもう何も教えないと言うのなら、俺は俺のやり方で強くなってやるからな!」


――現在――

城の出口を目指し、のんびり歩いていくシェド。すると玄関近くのホールで、2メートルほどの大男が伸びている様子をシェドは目にする。我が国の国王、ベアリオ国王だ。

 ベアリオはシェドの存在に気づくと彼にしゃがれた声で呼びかける。

「……ああ、その黒い立髪は、シェドか。いやぁ、ずいぶん飲みすぎたよ。頭が痛くて仕方がない」

――語尾にクマがない。久々に聴きたかったな。酔ってる時のコイツの語尾。

「その様子だと、もうすっかり酔いが覚めたようだな。まあ弱いなりには頑張ってきたようだが」
「うーん、弱いわけじゃないけど苦手なんだよなぁ。酔っ払っている時ってみんな理由もなくニヤニヤしていて不気味なんだよ。特に理由もないはずなのに、何がそんなに面白いんだか」

――まあちゃんとそれには理由があるんだがな。

 シェドの頭に目の前の男の間抜けな語尾がよぎる。シェドはそれに対する笑いをなんとか噛み殺しながら、ベアリオに言葉を放つ。

「まあみんな国王様とお話しできるのが嬉しくて仕方ないんだろ。またしばらくしたらあっちに戻るのか」

「そうだね。こっちにあまりいるわけにもいかないし、適当に休んだらまた戻るよ。いやぁーそれよりも、あれから4年かぁ。早いもんだな」

 ベアリオは、シェドの方を見て笑みを浮かべながらそう言葉をかける。

こいつまだ微妙に、酔いが覚めてないな。そんなことを思いながらも、シェドは、分かってはいたがベアリオに問う。

「もう4年? 何のことだよ」

 ベアリオは、ふわふわとした様子で、シェドに言葉をこぼす。

「はは。分かっているくせに。シェドとネクがここカニバルに来てからもう4年になるだろう。あの時は、シェドは14だったか。懐かしいなぁ。当時父に連れられて君と挨拶した時は驚いたよ。その歳にしてあれほど殺気を放つ獣人を初めてみた」
「急に昔話なんか、始めるなよ。馬鹿馬鹿しい」

シェドは、ベアリオの前方のソファーに座り込み、そんなことを口走る。シェドに自覚はなかったが、カニバルに来た頃のシェドは、誰もが背筋に寒気を覚えるほどに、刺々しい雰囲気を放っていた。これでも彼は、まだ丸くなった方なのだ。

ベアリオは、深く深くソファーに腰掛け体を休めながらも、笑顔を見せて続ける。

「そりゃあするさ。こんなにめでたい日なんだもの。それでそんなシェドの雰囲気を俺の父親はずいぶん気に入ってなぁ。2年前にレプタリアに襲撃を受けてから、シェドの強さも知っていた俺の父親は、彼を軍に入れた。そして、幾度もの戦功を挙げたお前は、ついに17にして小さいながらも一つの部隊を率いるようになった」
「ああ、そうだな」

 ベアリオの雰囲気に流されて、シェドも自らの過去を振り返る。懐かしいものだ。当時、カニバルを見て、この国を自身が神と戦える組織にしていこうと決断した時から、シェドは馬車馬のように軍で戦った。少しでも早く自分が軍を率いる立場になるために、幾多もの戦功を重ねていた。

 ベアリオはのんびりとした様子で、なおも続ける。

「シェド隊は、飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍した。でも思えば苦労したものだな。シェドは、真っ先に自分の兵を切って作戦を進めるものだから、どんどん兵も減っていってな。遂にはもう4人、いや3人になったのか。まして他の隊の者もシェド隊に入ると隊長に殺されるって噂も流れていた。そんな背景もあって、シェド隊は、民衆からの憧れの部隊でありながら、カニバル軍の中で最少の部隊になった」

すると、ベアリオは一呼吸つくように、ふーっと息を吐いた。そして彼は言葉を続ける。

「でも、そのシェド隊がついに、念願だったレプタリア奪還を果たしてしまった。すごいよ、ほんとに。あの14歳がこんな偉業を成し遂げるなんて、俺は思っていなかった。なあシェド、そこでお前にさ、俺は提案があるんだ」
「何だよ?」

提案。そんな言葉が唐突にでてきてシェドは驚く。こんな飲み会の裏で、たまたま2人きりになったこの場所で、ベアリオが自分に提案だそうだ。一体、彼は何を言う気なのか。

「次の戦いが終わり、レプタリアにカニバルが勝利したらな。シェド。……お前は、軍を辞めろ」

重々しく、ベアリオはシェドに対してそのように口を開いた。予想もしない彼の言葉に、シェドは、さらなる驚きを見せる。

「はぁ!? 何言ってるんだよ? 冗談だろ!?」
「本心だよ。4月8日、8月6日、9月16日、まだまだあるが、お前はこれだけでも何の日付かわかるだろ?」
「……ああ、わかるよ」

シェドはゆっくりとそれを口にする。ベアリオは、そんな彼の表情を見つめながら、言葉を続ける。

「そうだよ。かつてシェド隊に所属していた者の命日。そして、お前がそいつらの墓に花を持っていく日だ」
「…………」

シェドは、そこでようやくベアリオが自分に何を言おうとしているのか勘づいた。そしてベアリオは、シェドが予想していた通りの言葉を吐く。

「そしてこの飲み会に参加が遅れている理由もジャカルのところに行っていたからだろ。なぁ、シェド。お前は優しすぎるんだよ。そして、同時に賢すぎる。だからこそ、聡ければ聡いほど損をしていくこの戦争の場にこれ以上身を置いたら、お前はきっと壊れてしまうよ」

「何言ってるんだよ国王。それは今レプタリアという強大な敵と戦っているからだろう。これが終わったら、もうしばらくはそんな思いはしないさ」

「誤魔化すなよ、シェド。俺はこの国がこらからどうなるかちゃんと分かってる。多分カニバルはこのままレプタリアを支配し国土を広げ豊かになるだろう。そして、そのような手段で一度豊かになった国がどういう結末を辿っていくか、お前には分かっているはずだ」

シェドはじっと黙ってベアリオの次の言葉を待つ。もちろん彼には、その質問の答えをはっきりと分かっていた。なぜならそれが自分の、そしてベアリオの父親の、理想とするこの国の進化の形なのだから。

「更なる豊かさを求めていくんだよ。そして国家は次なる戦争と支配を求めるようになる。もちろん本来ならこんな小さな国がそんな野望を持っていたとしても、他国の強さを目の当たりにして諦めるさ。だが、カニバルにはシェド、お前がいる。レプタリアの軍勢を少人数で簡単に蹴散らすことができるお前が。そして希望を得た国家は、次第にスカイルやシーラにも手を出し、そして、この全国の統一に向かって走り出していくだろう」

「なるほどな。だからこそ戦争嫌いのお前は、俺を軍から追放したいと、そういうわけか?」
「違う!!」

 空気を裂き払うような言葉が、ホール中に響き渡る。不意をつかれた彼の声量に、シェドは思わず体を震わせる。

 ベアリオは、目に涙を浮かべながら、彼に伝えた。

「今から言うのは、酔いが回った20代の若者の発言だよ。シェド。俺にはさ、国家よりもお前のことが心配なんだ。お前は、きっともっと強大な敵に出逢った時、ネクさえも駒として使い出す。あんなにもお前とかけがえのない時間を過ごしたネクさえもだ。そして、その時、お前の心は原型をなくす。実際今回だってお前はネクを危険に晒した。いくら、お前がゲッコウの戦場での信念を知っていたとしても、あの子が危なかったのは事実だ」

ベアリオはシェドを、真っ直ぐに見据える。

「なぁ、シェド。俺はさ。あまりみんなに知られていないお前の、その優しさが大好きなんだ」

 あまりにも真っ直ぐで純粋な言葉。シェドは、それを耳に入れ、深く深く自分の中に落とし込む。

――でも、それでも俺は、復讐を果たさなきゃならない。

 ベアリオの自分を心配してくれる気持ちは充分に伝わった。しかし、それでも神の殲滅は、シェドにとって命をかけて果たさなければならない使命だ。だからこそ、たとえ誰が何を言ったとしても、シェドのやることは変わらない。彼は、ただこの国をどんどん強くしていくだけだ。

「―――――」

 けれどもシェドには、ベアリオに向けて真っ直ぐに彼の言葉を拒むことはできなかった。彼には分かっていた。やはり精神的に彼にも軍で指揮を取り続けることに限界は来ていたのだ。だからこそ、それを見抜き、こう言った言葉をかけてくれたベアリオの思いを、簡単には無下にできなかった。

「……ありがとな、ベアリオ。でもすぐには決められない。その話は、しっかり俺たちがレプタリアに勝利を収めてからにしよう」
「……そうか」

 問題を先延ばしにしても、シェドの気持ちは変わらない。しかし今のシェドにはこの言葉を伝えることが精一杯だった。そして、彼らはその他にしばらく昔話をした後、宴会の場に戻っていくのだった。
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