89 / 102
ちょっとそこまでいってさ、この戦争を止めてくるよ
しおりを挟む
明朝、朝日ともにトゲは起きると、カナハを埋めた場所へと走った。
なぜこんなに急いでいるかといわれれば、彼女は夢だと思いたかったからだ。真っ赤に染まった倉庫の光景。裸足のまま走った足の痛み。持ち上げるために、触れた先生の冷たい感触。
その全てを夢だと思い込みたいがために、トゲは、カナハの墓標へと走った。
彼女からの挨拶がないのも、彼女が遠くに出かけているせいだと思いたかった。
しかし、彼女の墓標は、確かにトゲの記憶通りに、そこに存在していた。
「……うっ、うぐっ……えぐ、ああ、あぁ……うっ、あああぁぁ」
トゲは膝を抱えて涙をこぼした。夢ではなかった。確かに現実だった。先生は、紛れもなく、昨日、お空に登ってしまったのだ。
「ああぁぁぁぁ、……うぐぅ……ああぁぁぁ、わあぁぁ」
声を大にし、カナハの墓標の前で泣き叫ぶトゲ。
しばらくそうしていると、不意に背中にポンと手を置かれたような気配がした。どきりとして、振り向くトゲ。すると、その方向にいたのは、サンだった。どうやら慰めてくれているらしい。
危ない、危ない。早いうちに気づいてよかった。憧れの人の目の前でこんな顔は見せられない。トゲは必死で涙を堪えて彼に言葉を発する。
「あ、サン様。ごめんなさい。みっともないところ見せて。……すぐに……すぐに泣き止むから」
「いいんだよ」
「え?」
「あの中で一番年上だからさ。トゲ、泣くの我慢してたろ? 今はいいんだよ。トゲ。いっぱいいっぱい、悲しんでいいんだ」
すると、トゲの心の奥からぐちゃぐちゃな感情が迫り上がってくるのを感じた。トゲはサンの胸にしがみつく。力強くサンの服を握りしめて、彼女は彼の言う通り、ただひたすらに、悲しんだ。
「……う、あぁぁぁぁぁぁ。いやだ、いやだよ、やだやだやだぁぁ。……なんで先生なのぉ。先生が何をしたのぉ。……本当に優しい人なんだよ、世界一暖かい人なんだよ。……かえして! かえして! ……ねぇ、かえしてよぉ……先生がいない世界なんて、私、いやだよぉ」
「……うん」
サンは、トゲの頭をそっと撫でながら、ひたすら彼女のことを慰めていた。とめどなく流れる涙。小さく震える体。こんな少女がこんなくだらない戦争の犠牲になっていることが、サンはたまらなく悲しかった。
ようやく涙が収まり、サンの胸元から離れるトゲ。憧れの人に、みっともない姿を見せることになったことを少し恥じながらも、トゲは、サンに向かって、感謝の言葉を口にする。
「ありがとう。おかげでちょっと落ち着けた。やっぱり優しいね。サン様は」
「そんなことないよ。あと、様付けはやめてくれ。メレとミガはどう?」
「多分、まだ寝てると想う。食料が戻ってきて、遅めの晩御飯を食べたらすぐ2人は寝ちゃったんだ。でもきっと今日もまた二人もここにきて泣いちゃうんだと思う」
「……そっか。あれ? 食料戻ってきたの?」
「うん、黒い立髪のお兄ちゃんがね。取り戻してくれていたの。それになんかあのお兄ちゃんが入れたのか分からないけど、袋を開けたらめちゃくちゃお金が入ってたんだ。だからしばらく3人でも生きてはいけると想う。不安だけど」
「……そっか」
こういう話を聞くと、シェドは本当にいい奴なんだろうなとサンは思う。ただ偶然今回騙す側と騙される側に回っただけで、関わり方が変わっていれば自分も彼に対して、ベアリオやネク、ジャカルのように、信頼の眼差しで彼を見ることができたのだろう。
シェドに刀を向けたことを思い出し、少し苦い表情を浮かべるサン。トゲは、涙が止まり、くっきりと見える視野で、サンが後ろに持っていたものに気づく。
「あれ? サン様。それって何?」
「あ、これ? そうそう、トゲ。今朝さ、勝手に倉庫の中入ったんだ。この墓に備えるものを忘れている気がして。これなんだけど」
するとサンは、何やら旗のようなものを取り出した。何度か倉庫で見た覚えのある旗。でもとげがこれは何かとカナハに聞いても。彼女は結局教えてくれなかった。
「……それ、見たことある。サン様は、その旗がどういうものなのか、わかるの?」
「やっぱりカナハさん、子どもには言ってなかったんだ。まあ、真似されて危険な目にあって欲しくないもんな。これはね、そうだな。カナハさんが、昔も今も変わらない信念を持ち続けた、証かな」
「証?」
「うん、ちょっと立ててくる」
するとサンは、カナハが埋まっている墓標の横に、その旗を刺した。そこには、ハクダ団と書いてある大きな旗が、風に揺られてはためいている。
サンは、両手を合わせてカナハに向かって小さく呟く。
「カナハさん、守れなくてごめん。でもその代わりさ。カナハさんの思い、俺が継ぐよ」
そしてサンはすくっと立ち上がった。その時風が吹き、ハクダ団の旗が、より強く彼の後ろではためく。
――あれ? サン様、会った時より、大きくなった?
もちろん一晩でそんなに身長が変わるはずはない。ただ確かに、トゲの目には、サンに初めて助けてもらった時よりも、ずっとその背中が大きく見えたのだ。
「トゲ。今日さ、ハクダを出ようと思うんだ。だから、ここでトゲたちとはお別れになると思う」
「……そっか。寂しいな。サン様はどこに行ってくるの?」
サンはにこやかに笑い、トゲに対して言葉を返す。
「そうだなぁ、ちょっとそこまで行ってさ。この戦争を止めてくるよ」
なぜこんなに急いでいるかといわれれば、彼女は夢だと思いたかったからだ。真っ赤に染まった倉庫の光景。裸足のまま走った足の痛み。持ち上げるために、触れた先生の冷たい感触。
その全てを夢だと思い込みたいがために、トゲは、カナハの墓標へと走った。
彼女からの挨拶がないのも、彼女が遠くに出かけているせいだと思いたかった。
しかし、彼女の墓標は、確かにトゲの記憶通りに、そこに存在していた。
「……うっ、うぐっ……えぐ、ああ、あぁ……うっ、あああぁぁ」
トゲは膝を抱えて涙をこぼした。夢ではなかった。確かに現実だった。先生は、紛れもなく、昨日、お空に登ってしまったのだ。
「ああぁぁぁぁ、……うぐぅ……ああぁぁぁ、わあぁぁ」
声を大にし、カナハの墓標の前で泣き叫ぶトゲ。
しばらくそうしていると、不意に背中にポンと手を置かれたような気配がした。どきりとして、振り向くトゲ。すると、その方向にいたのは、サンだった。どうやら慰めてくれているらしい。
危ない、危ない。早いうちに気づいてよかった。憧れの人の目の前でこんな顔は見せられない。トゲは必死で涙を堪えて彼に言葉を発する。
「あ、サン様。ごめんなさい。みっともないところ見せて。……すぐに……すぐに泣き止むから」
「いいんだよ」
「え?」
「あの中で一番年上だからさ。トゲ、泣くの我慢してたろ? 今はいいんだよ。トゲ。いっぱいいっぱい、悲しんでいいんだ」
すると、トゲの心の奥からぐちゃぐちゃな感情が迫り上がってくるのを感じた。トゲはサンの胸にしがみつく。力強くサンの服を握りしめて、彼女は彼の言う通り、ただひたすらに、悲しんだ。
「……う、あぁぁぁぁぁぁ。いやだ、いやだよ、やだやだやだぁぁ。……なんで先生なのぉ。先生が何をしたのぉ。……本当に優しい人なんだよ、世界一暖かい人なんだよ。……かえして! かえして! ……ねぇ、かえしてよぉ……先生がいない世界なんて、私、いやだよぉ」
「……うん」
サンは、トゲの頭をそっと撫でながら、ひたすら彼女のことを慰めていた。とめどなく流れる涙。小さく震える体。こんな少女がこんなくだらない戦争の犠牲になっていることが、サンはたまらなく悲しかった。
ようやく涙が収まり、サンの胸元から離れるトゲ。憧れの人に、みっともない姿を見せることになったことを少し恥じながらも、トゲは、サンに向かって、感謝の言葉を口にする。
「ありがとう。おかげでちょっと落ち着けた。やっぱり優しいね。サン様は」
「そんなことないよ。あと、様付けはやめてくれ。メレとミガはどう?」
「多分、まだ寝てると想う。食料が戻ってきて、遅めの晩御飯を食べたらすぐ2人は寝ちゃったんだ。でもきっと今日もまた二人もここにきて泣いちゃうんだと思う」
「……そっか。あれ? 食料戻ってきたの?」
「うん、黒い立髪のお兄ちゃんがね。取り戻してくれていたの。それになんかあのお兄ちゃんが入れたのか分からないけど、袋を開けたらめちゃくちゃお金が入ってたんだ。だからしばらく3人でも生きてはいけると想う。不安だけど」
「……そっか」
こういう話を聞くと、シェドは本当にいい奴なんだろうなとサンは思う。ただ偶然今回騙す側と騙される側に回っただけで、関わり方が変わっていれば自分も彼に対して、ベアリオやネク、ジャカルのように、信頼の眼差しで彼を見ることができたのだろう。
シェドに刀を向けたことを思い出し、少し苦い表情を浮かべるサン。トゲは、涙が止まり、くっきりと見える視野で、サンが後ろに持っていたものに気づく。
「あれ? サン様。それって何?」
「あ、これ? そうそう、トゲ。今朝さ、勝手に倉庫の中入ったんだ。この墓に備えるものを忘れている気がして。これなんだけど」
するとサンは、何やら旗のようなものを取り出した。何度か倉庫で見た覚えのある旗。でもとげがこれは何かとカナハに聞いても。彼女は結局教えてくれなかった。
「……それ、見たことある。サン様は、その旗がどういうものなのか、わかるの?」
「やっぱりカナハさん、子どもには言ってなかったんだ。まあ、真似されて危険な目にあって欲しくないもんな。これはね、そうだな。カナハさんが、昔も今も変わらない信念を持ち続けた、証かな」
「証?」
「うん、ちょっと立ててくる」
するとサンは、カナハが埋まっている墓標の横に、その旗を刺した。そこには、ハクダ団と書いてある大きな旗が、風に揺られてはためいている。
サンは、両手を合わせてカナハに向かって小さく呟く。
「カナハさん、守れなくてごめん。でもその代わりさ。カナハさんの思い、俺が継ぐよ」
そしてサンはすくっと立ち上がった。その時風が吹き、ハクダ団の旗が、より強く彼の後ろではためく。
――あれ? サン様、会った時より、大きくなった?
もちろん一晩でそんなに身長が変わるはずはない。ただ確かに、トゲの目には、サンに初めて助けてもらった時よりも、ずっとその背中が大きく見えたのだ。
「トゲ。今日さ、ハクダを出ようと思うんだ。だから、ここでトゲたちとはお別れになると思う」
「……そっか。寂しいな。サン様はどこに行ってくるの?」
サンはにこやかに笑い、トゲに対して言葉を返す。
「そうだなぁ、ちょっとそこまで行ってさ。この戦争を止めてくるよ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる