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ちょっとそこまでいってさ、この戦争を止めてくるよ
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明朝、朝日ともにトゲは起きると、カナハを埋めた場所へと走った。
なぜこんなに急いでいるかといわれれば、彼女は夢だと思いたかったからだ。真っ赤に染まった倉庫の光景。裸足のまま走った足の痛み。持ち上げるために、触れた先生の冷たい感触。
その全てを夢だと思い込みたいがために、トゲは、カナハの墓標へと走った。
彼女からの挨拶がないのも、彼女が遠くに出かけているせいだと思いたかった。
しかし、彼女の墓標は、確かにトゲの記憶通りに、そこに存在していた。
「……うっ、うぐっ……えぐ、ああ、あぁ……うっ、あああぁぁ」
トゲは膝を抱えて涙をこぼした。夢ではなかった。確かに現実だった。先生は、紛れもなく、昨日、お空に登ってしまったのだ。
「ああぁぁぁぁ、……うぐぅ……ああぁぁぁ、わあぁぁ」
声を大にし、カナハの墓標の前で泣き叫ぶトゲ。
しばらくそうしていると、不意に背中にポンと手を置かれたような気配がした。どきりとして、振り向くトゲ。すると、その方向にいたのは、サンだった。どうやら慰めてくれているらしい。
危ない、危ない。早いうちに気づいてよかった。憧れの人の目の前でこんな顔は見せられない。トゲは必死で涙を堪えて彼に言葉を発する。
「あ、サン様。ごめんなさい。みっともないところ見せて。……すぐに……すぐに泣き止むから」
「いいんだよ」
「え?」
「あの中で一番年上だからさ。トゲ、泣くの我慢してたろ? 今はいいんだよ。トゲ。いっぱいいっぱい、悲しんでいいんだ」
すると、トゲの心の奥からぐちゃぐちゃな感情が迫り上がってくるのを感じた。トゲはサンの胸にしがみつく。力強くサンの服を握りしめて、彼女は彼の言う通り、ただひたすらに、悲しんだ。
「……う、あぁぁぁぁぁぁ。いやだ、いやだよ、やだやだやだぁぁ。……なんで先生なのぉ。先生が何をしたのぉ。……本当に優しい人なんだよ、世界一暖かい人なんだよ。……かえして! かえして! ……ねぇ、かえしてよぉ……先生がいない世界なんて、私、いやだよぉ」
「……うん」
サンは、トゲの頭をそっと撫でながら、ひたすら彼女のことを慰めていた。とめどなく流れる涙。小さく震える体。こんな少女がこんなくだらない戦争の犠牲になっていることが、サンはたまらなく悲しかった。
ようやく涙が収まり、サンの胸元から離れるトゲ。憧れの人に、みっともない姿を見せることになったことを少し恥じながらも、トゲは、サンに向かって、感謝の言葉を口にする。
「ありがとう。おかげでちょっと落ち着けた。やっぱり優しいね。サン様は」
「そんなことないよ。あと、様付けはやめてくれ。メレとミガはどう?」
「多分、まだ寝てると想う。食料が戻ってきて、遅めの晩御飯を食べたらすぐ2人は寝ちゃったんだ。でもきっと今日もまた二人もここにきて泣いちゃうんだと思う」
「……そっか。あれ? 食料戻ってきたの?」
「うん、黒い立髪のお兄ちゃんがね。取り戻してくれていたの。それになんかあのお兄ちゃんが入れたのか分からないけど、袋を開けたらめちゃくちゃお金が入ってたんだ。だからしばらく3人でも生きてはいけると想う。不安だけど」
「……そっか」
こういう話を聞くと、シェドは本当にいい奴なんだろうなとサンは思う。ただ偶然今回騙す側と騙される側に回っただけで、関わり方が変わっていれば自分も彼に対して、ベアリオやネク、ジャカルのように、信頼の眼差しで彼を見ることができたのだろう。
シェドに刀を向けたことを思い出し、少し苦い表情を浮かべるサン。トゲは、涙が止まり、くっきりと見える視野で、サンが後ろに持っていたものに気づく。
「あれ? サン様。それって何?」
「あ、これ? そうそう、トゲ。今朝さ、勝手に倉庫の中入ったんだ。この墓に備えるものを忘れている気がして。これなんだけど」
するとサンは、何やら旗のようなものを取り出した。何度か倉庫で見た覚えのある旗。でもとげがこれは何かとカナハに聞いても。彼女は結局教えてくれなかった。
「……それ、見たことある。サン様は、その旗がどういうものなのか、わかるの?」
「やっぱりカナハさん、子どもには言ってなかったんだ。まあ、真似されて危険な目にあって欲しくないもんな。これはね、そうだな。カナハさんが、昔も今も変わらない信念を持ち続けた、証かな」
「証?」
「うん、ちょっと立ててくる」
するとサンは、カナハが埋まっている墓標の横に、その旗を刺した。そこには、ハクダ団と書いてある大きな旗が、風に揺られてはためいている。
サンは、両手を合わせてカナハに向かって小さく呟く。
「カナハさん、守れなくてごめん。でもその代わりさ。カナハさんの思い、俺が継ぐよ」
そしてサンはすくっと立ち上がった。その時風が吹き、ハクダ団の旗が、より強く彼の後ろではためく。
――あれ? サン様、会った時より、大きくなった?
もちろん一晩でそんなに身長が変わるはずはない。ただ確かに、トゲの目には、サンに初めて助けてもらった時よりも、ずっとその背中が大きく見えたのだ。
「トゲ。今日さ、ハクダを出ようと思うんだ。だから、ここでトゲたちとはお別れになると思う」
「……そっか。寂しいな。サン様はどこに行ってくるの?」
サンはにこやかに笑い、トゲに対して言葉を返す。
「そうだなぁ、ちょっとそこまで行ってさ。この戦争を止めてくるよ」
なぜこんなに急いでいるかといわれれば、彼女は夢だと思いたかったからだ。真っ赤に染まった倉庫の光景。裸足のまま走った足の痛み。持ち上げるために、触れた先生の冷たい感触。
その全てを夢だと思い込みたいがために、トゲは、カナハの墓標へと走った。
彼女からの挨拶がないのも、彼女が遠くに出かけているせいだと思いたかった。
しかし、彼女の墓標は、確かにトゲの記憶通りに、そこに存在していた。
「……うっ、うぐっ……えぐ、ああ、あぁ……うっ、あああぁぁ」
トゲは膝を抱えて涙をこぼした。夢ではなかった。確かに現実だった。先生は、紛れもなく、昨日、お空に登ってしまったのだ。
「ああぁぁぁぁ、……うぐぅ……ああぁぁぁ、わあぁぁ」
声を大にし、カナハの墓標の前で泣き叫ぶトゲ。
しばらくそうしていると、不意に背中にポンと手を置かれたような気配がした。どきりとして、振り向くトゲ。すると、その方向にいたのは、サンだった。どうやら慰めてくれているらしい。
危ない、危ない。早いうちに気づいてよかった。憧れの人の目の前でこんな顔は見せられない。トゲは必死で涙を堪えて彼に言葉を発する。
「あ、サン様。ごめんなさい。みっともないところ見せて。……すぐに……すぐに泣き止むから」
「いいんだよ」
「え?」
「あの中で一番年上だからさ。トゲ、泣くの我慢してたろ? 今はいいんだよ。トゲ。いっぱいいっぱい、悲しんでいいんだ」
すると、トゲの心の奥からぐちゃぐちゃな感情が迫り上がってくるのを感じた。トゲはサンの胸にしがみつく。力強くサンの服を握りしめて、彼女は彼の言う通り、ただひたすらに、悲しんだ。
「……う、あぁぁぁぁぁぁ。いやだ、いやだよ、やだやだやだぁぁ。……なんで先生なのぉ。先生が何をしたのぉ。……本当に優しい人なんだよ、世界一暖かい人なんだよ。……かえして! かえして! ……ねぇ、かえしてよぉ……先生がいない世界なんて、私、いやだよぉ」
「……うん」
サンは、トゲの頭をそっと撫でながら、ひたすら彼女のことを慰めていた。とめどなく流れる涙。小さく震える体。こんな少女がこんなくだらない戦争の犠牲になっていることが、サンはたまらなく悲しかった。
ようやく涙が収まり、サンの胸元から離れるトゲ。憧れの人に、みっともない姿を見せることになったことを少し恥じながらも、トゲは、サンに向かって、感謝の言葉を口にする。
「ありがとう。おかげでちょっと落ち着けた。やっぱり優しいね。サン様は」
「そんなことないよ。あと、様付けはやめてくれ。メレとミガはどう?」
「多分、まだ寝てると想う。食料が戻ってきて、遅めの晩御飯を食べたらすぐ2人は寝ちゃったんだ。でもきっと今日もまた二人もここにきて泣いちゃうんだと思う」
「……そっか。あれ? 食料戻ってきたの?」
「うん、黒い立髪のお兄ちゃんがね。取り戻してくれていたの。それになんかあのお兄ちゃんが入れたのか分からないけど、袋を開けたらめちゃくちゃお金が入ってたんだ。だからしばらく3人でも生きてはいけると想う。不安だけど」
「……そっか」
こういう話を聞くと、シェドは本当にいい奴なんだろうなとサンは思う。ただ偶然今回騙す側と騙される側に回っただけで、関わり方が変わっていれば自分も彼に対して、ベアリオやネク、ジャカルのように、信頼の眼差しで彼を見ることができたのだろう。
シェドに刀を向けたことを思い出し、少し苦い表情を浮かべるサン。トゲは、涙が止まり、くっきりと見える視野で、サンが後ろに持っていたものに気づく。
「あれ? サン様。それって何?」
「あ、これ? そうそう、トゲ。今朝さ、勝手に倉庫の中入ったんだ。この墓に備えるものを忘れている気がして。これなんだけど」
するとサンは、何やら旗のようなものを取り出した。何度か倉庫で見た覚えのある旗。でもとげがこれは何かとカナハに聞いても。彼女は結局教えてくれなかった。
「……それ、見たことある。サン様は、その旗がどういうものなのか、わかるの?」
「やっぱりカナハさん、子どもには言ってなかったんだ。まあ、真似されて危険な目にあって欲しくないもんな。これはね、そうだな。カナハさんが、昔も今も変わらない信念を持ち続けた、証かな」
「証?」
「うん、ちょっと立ててくる」
するとサンは、カナハが埋まっている墓標の横に、その旗を刺した。そこには、ハクダ団と書いてある大きな旗が、風に揺られてはためいている。
サンは、両手を合わせてカナハに向かって小さく呟く。
「カナハさん、守れなくてごめん。でもその代わりさ。カナハさんの思い、俺が継ぐよ」
そしてサンはすくっと立ち上がった。その時風が吹き、ハクダ団の旗が、より強く彼の後ろではためく。
――あれ? サン様、会った時より、大きくなった?
もちろん一晩でそんなに身長が変わるはずはない。ただ確かに、トゲの目には、サンに初めて助けてもらった時よりも、ずっとその背中が大きく見えたのだ。
「トゲ。今日さ、ハクダを出ようと思うんだ。だから、ここでトゲたちとはお別れになると思う」
「……そっか。寂しいな。サン様はどこに行ってくるの?」
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