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惚れた女1人守れない男に
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一方その頃、レプタリアの玉座の前では、一つの戦いに決着がついていた。
散々敵に打ち込まれてボロボロになり、壁を伝ってずるずると座り込むアマゲ。そんな彼を、サンはじっと見つめる。
「もう、勝負はついたな」
「そうですねぇ。ちょっともう動けそうにないかな」
アマゲは大きくため息をつく。そして自嘲的な笑みを浮かべて、サンに言う。
「それにしても前会った時より何倍も強くなってるじゃないですか。アホみたいな成長速度で成長していって、主人公じゃあるまいし」
「あんたもずっと強くなってたよ。多分昨日の俺なら勝てなかったと思う」
「はは、傷一つつけられてないのに嬉しいこと言ってくれますね。そういう気をつかえる人は出世しますよ。じゃあ僕を役目を果たしたんで、この場を通しますね。お元気で。あとゲッコウさんのこと教えてくれてありがとうございます」
「当たり前のことをしただけだよ。じゃあな」
そうして、サンはアリゲイトへと続く扉を開け、走っていった。
――ああ、いったいなぁ。随分と面倒な役目を引き受けたもんだ。自分も。
アマゲは、サンに打ち込まれたところをさすりながら、また一つ大きなため息をつく。そして俯きながら、彼は静かに呟く。
「アマギじゃないのになぁ、越えられちゃいましたよ。……なんて、どんな冗談言ってもさ、あんたが負けたこの世界じゃあ、なんにも面白くねぇんだよ。ゲッコウさん」
扉を開けた後、サンの目の前には、質素な玉座に静かに足を組み佇むアリゲイトがいた。彼は、突然の侵入者に冷めた目を向ける。
「侵入者が来るということは聞いていたが、お前だったのか。次来る時は、殺すと言ったはずだが?」
「ああ、言われた」
アリゲイトは立ち上がり、横に置いてあった例の禍々しい剣を取り出し、サンに言葉をぶつける。
「ならなんでここにいる。一体どんな信念を抱えてここにきた? お前の口から言ってみろ」
サンは真っ直ぐにアリゲイトを見据え、剣を彼に向けて、言葉を返す。
「昨日は言えなかったけどさ、今なら言えるよ、アリゲイト。俺はさ、この戦争を終わらせにきたんだ。そして、守りにきた。俺の目に映るもの、全てを!」
アリゲイトはそんな彼の目を見てゆっくりと自身の剣を構える。
「なるほど、少しはマシな目をするようになったようだな」
――苦しいなぁ。
遠のく意識の中、シェドは心の中でそう呟く。彼の肺はすっかり毒に侵され、視界もかすみ、ほとんど何も見えなくなっていた。
ネクとマムスの戦闘のかすかな音だけが、彼の耳に入る。
――ああ、くっそ、ネクが頑張ってるのに、なんで俺は動けねぇんだよ。
そんなことを考えている間にも、シェドの体はどんどん毒に蝕まれていく。
そんな彼の頭に、数々の思い出がよぎる。
『シェドは優しいよ! 自信持ちなさい! あんたは私にとって自慢の息子だよ』
母、ユキはよく自分に対してそう言葉をかけてくれた。ガキのころからどこか捻くれてしか物事を考えられなかった自分。そんな自分がこの言葉ひとつで、いつも大きく救われていたのを覚えている。だからこそ自分は、この母を守っていこうと決めたんだ。女手一つで母がここまで、自分を守ってくれたように。
目まぐるしく流れていく、母の思い出。そんな彼の意識に、ポツリと母以外の思い出が、一筋よぎる。
『……シェドは優しいよ。私はシェドがどんなにみんなに疑われてもさ、あなたのことを信じている』
――そうか、代わっていったんだよな。
そして、彼の脳裏に次々とネクとの思い出が流れていく。ヴォルファと修行した日々にも、ベアルガ王に預けられて、戦争に身を預けた日々にも、いつもネクは自分の隣にいてくれた。捻くれて誰かを裏切ってばかりの自分を、いつもそのまっすぐな心で信じてくれた。
母親を失った孤独でポッカリと空いてしまったシェドの心の穴。それを埋めてくれていたのは、彼にとって間違えなくネクだった。だからきっと自分は、ベアリオに、自分がネクを犠牲にすると言われた時、少なからず動揺したのた。
シェドは自身の指をピクリと動かした。そして少しずつ彼の意思が体に伝わり、彼の腕もゆっくりと動いていく。
――そろそろ動けよ。俺の体! 惚れた女1人守れない男に、育てられたおぼえはないだろうが!!
ネクに血清から復活したマムスのメスが迫る中、シェドは、体が動かない中、自身の右腕のみを動かし、一つの血清を手に取った。そしてそれを自分の足に思い切り突き刺す。
「は?」
その様子に気づき、シェドの方を見つめたマムスは思わずそう声をあげた。それもそのはず、目の前の男が、適当に手に取っただけの血清を注入し起き上がったからだ。
天の啓示か野生の本能か、シェドは、命の残り火を燃やして、十数種類もある血清の中から、正解を引き当てた。
「おいおい、馬鹿げてるだろ。血清だって要は毒だ。間違えたらお前の体もただじゃ済まない。それなのにお前は、直感だけで正解を判断して、その針を自分に突き立てたっていうのかよ!?」
シェドは、立ち上がると大きく長く息を吐き出した。霞んで見えなくなっていた視界も少しずつはっきりと見えるようになっていく。
そして彼の目に、マムスと傷だらけのネクが映った。自分を守るために、こんなにボロボロになって。シェドはその心に静かに怒りの炎を灯す。
「悪いなぁ。俺もさぁ、多少の毒は怖くねぇんだよ。もっと強い毒をくらったことがあるからな。なぁマムス。第二ラウンドって言ってたよな。それならこのラウンドからは、俺がいかせてもらうぜ?」
散々敵に打ち込まれてボロボロになり、壁を伝ってずるずると座り込むアマゲ。そんな彼を、サンはじっと見つめる。
「もう、勝負はついたな」
「そうですねぇ。ちょっともう動けそうにないかな」
アマゲは大きくため息をつく。そして自嘲的な笑みを浮かべて、サンに言う。
「それにしても前会った時より何倍も強くなってるじゃないですか。アホみたいな成長速度で成長していって、主人公じゃあるまいし」
「あんたもずっと強くなってたよ。多分昨日の俺なら勝てなかったと思う」
「はは、傷一つつけられてないのに嬉しいこと言ってくれますね。そういう気をつかえる人は出世しますよ。じゃあ僕を役目を果たしたんで、この場を通しますね。お元気で。あとゲッコウさんのこと教えてくれてありがとうございます」
「当たり前のことをしただけだよ。じゃあな」
そうして、サンはアリゲイトへと続く扉を開け、走っていった。
――ああ、いったいなぁ。随分と面倒な役目を引き受けたもんだ。自分も。
アマゲは、サンに打ち込まれたところをさすりながら、また一つ大きなため息をつく。そして俯きながら、彼は静かに呟く。
「アマギじゃないのになぁ、越えられちゃいましたよ。……なんて、どんな冗談言ってもさ、あんたが負けたこの世界じゃあ、なんにも面白くねぇんだよ。ゲッコウさん」
扉を開けた後、サンの目の前には、質素な玉座に静かに足を組み佇むアリゲイトがいた。彼は、突然の侵入者に冷めた目を向ける。
「侵入者が来るということは聞いていたが、お前だったのか。次来る時は、殺すと言ったはずだが?」
「ああ、言われた」
アリゲイトは立ち上がり、横に置いてあった例の禍々しい剣を取り出し、サンに言葉をぶつける。
「ならなんでここにいる。一体どんな信念を抱えてここにきた? お前の口から言ってみろ」
サンは真っ直ぐにアリゲイトを見据え、剣を彼に向けて、言葉を返す。
「昨日は言えなかったけどさ、今なら言えるよ、アリゲイト。俺はさ、この戦争を終わらせにきたんだ。そして、守りにきた。俺の目に映るもの、全てを!」
アリゲイトはそんな彼の目を見てゆっくりと自身の剣を構える。
「なるほど、少しはマシな目をするようになったようだな」
――苦しいなぁ。
遠のく意識の中、シェドは心の中でそう呟く。彼の肺はすっかり毒に侵され、視界もかすみ、ほとんど何も見えなくなっていた。
ネクとマムスの戦闘のかすかな音だけが、彼の耳に入る。
――ああ、くっそ、ネクが頑張ってるのに、なんで俺は動けねぇんだよ。
そんなことを考えている間にも、シェドの体はどんどん毒に蝕まれていく。
そんな彼の頭に、数々の思い出がよぎる。
『シェドは優しいよ! 自信持ちなさい! あんたは私にとって自慢の息子だよ』
母、ユキはよく自分に対してそう言葉をかけてくれた。ガキのころからどこか捻くれてしか物事を考えられなかった自分。そんな自分がこの言葉ひとつで、いつも大きく救われていたのを覚えている。だからこそ自分は、この母を守っていこうと決めたんだ。女手一つで母がここまで、自分を守ってくれたように。
目まぐるしく流れていく、母の思い出。そんな彼の意識に、ポツリと母以外の思い出が、一筋よぎる。
『……シェドは優しいよ。私はシェドがどんなにみんなに疑われてもさ、あなたのことを信じている』
――そうか、代わっていったんだよな。
そして、彼の脳裏に次々とネクとの思い出が流れていく。ヴォルファと修行した日々にも、ベアルガ王に預けられて、戦争に身を預けた日々にも、いつもネクは自分の隣にいてくれた。捻くれて誰かを裏切ってばかりの自分を、いつもそのまっすぐな心で信じてくれた。
母親を失った孤独でポッカリと空いてしまったシェドの心の穴。それを埋めてくれていたのは、彼にとって間違えなくネクだった。だからきっと自分は、ベアリオに、自分がネクを犠牲にすると言われた時、少なからず動揺したのた。
シェドは自身の指をピクリと動かした。そして少しずつ彼の意思が体に伝わり、彼の腕もゆっくりと動いていく。
――そろそろ動けよ。俺の体! 惚れた女1人守れない男に、育てられたおぼえはないだろうが!!
ネクに血清から復活したマムスのメスが迫る中、シェドは、体が動かない中、自身の右腕のみを動かし、一つの血清を手に取った。そしてそれを自分の足に思い切り突き刺す。
「は?」
その様子に気づき、シェドの方を見つめたマムスは思わずそう声をあげた。それもそのはず、目の前の男が、適当に手に取っただけの血清を注入し起き上がったからだ。
天の啓示か野生の本能か、シェドは、命の残り火を燃やして、十数種類もある血清の中から、正解を引き当てた。
「おいおい、馬鹿げてるだろ。血清だって要は毒だ。間違えたらお前の体もただじゃ済まない。それなのにお前は、直感だけで正解を判断して、その針を自分に突き立てたっていうのかよ!?」
シェドは、立ち上がると大きく長く息を吐き出した。霞んで見えなくなっていた視界も少しずつはっきりと見えるようになっていく。
そして彼の目に、マムスと傷だらけのネクが映った。自分を守るために、こんなにボロボロになって。シェドはその心に静かに怒りの炎を灯す。
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