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俺はもう、背負ってらんねぇんだ
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コツコツと階段を登る音が鳴り響く。シェドはネクとともに、長い長い階段を登っていた。ネクとともにマムスの研究室で見つけた地図によると、研究室から直接アリゲイトのいる王の間へと繋がる階段があったのだ。だから今、彼ら2人は、地下から3階までの長い階段を登っている。
「……サン。いるかな?」
ネクが息を切らしながら、シェドにそう問いかける。シェドは、階段の上を見ながら言葉を発する。
「……さあなあ。でもどの道ここしか出口はなかったんだ。アリゲイトのとこに向かうしかないだろ。もし戦闘になったら、アリゲイトの首を持って帰るだけだ」
「……そうだね」
トボトボと足を進めて行く2人。そんな中、ネクが再び声を漏らす。
「……ねぇ、サンのさ。ちょっと裏切るって、どういうことなのかな? レプタリアには寝返らないとは思うけど、少し、怖くなってきちゃった」
「なんだろうなぁ。まあ、俺たちは随分とあいつの信頼を裏切ってきたわけだから文句は言えないが、一体どうする気なのやら」
それからもしばらく歩いていると、シェドとネクの前に大きな扉が現れた。おそらくここからアリゲイトの王の間につながっているのだろう。深く息を吸い込み、扉を前に押すシェド。すると彼らの前には、衝撃の光景が広がってた。
「……なに、あれ? きれい」
ネクが静かにそう言葉を呟く。シェドとネク、2人の瞳には炎の翼をいっぱいに広げ、アリゲイトと戦っているサンの姿があった。
――なんだ? なんであいつが、これほどまでに熱意を持ってアリゲイトと戦う必要がある?
シェドは思わず、心の中でそう呟く。彼は、ネクの気持ちとは裏腹に、正直サンがレプタリアに寝返ったとしても無理もないと思っていた。それだけのことを自分は彼にしたのだから。
しかし今、彼はこうしてアリゲイトと武器をぶつけ合い、彼を打ち倒そうとしている。もうカニバル兵ですらないはずなのに。
――ん? いや、まさか、そういうことか。
その時、彼の頭の中で、サンが今朝自分達の拠点を訪れてから、彼がしていた不可解な行動の数々が繋がった。なるほど、それなら彼が、情報収集だけ参加した理由も、裏切った理由も、シェド隊を辞めた理由も、全て説明がつく。
「……ねえシェド、でもどうしてサンはアリゲイトと戦っているの? ちょっと裏切ったって言ってたのに、結局私たちの戦いに協力してくれてるの?」
ネクはシェドの思いと同様の内容を言葉として発し、小さく首を傾げた。そして、その彼女の発言に、シェドは戦闘中の2人を見ながら呟く。
「ちがうな。多分あいつは、誰でもないただの民衆代表として、アリゲイトのことを倒す気なんだ」
「陽天流五照型、飛炎・白夜!!」
激しい剣戟の中、サンは一度力で負けている状況を覆すため、後退して五照型を放つ。
しかし、アリゲイトはそんな斬撃など意に介すことなく、自身の剣を振りかざす。
「きかねぇよ! 唸れや斬刃ァ!」
サンは無意識にアリゲイトの攻撃を受け止めようとした腕を引く。烈刃ならばともかく、斬刃は切れ味が鋭く、自分の細い腕ではすぐに切断されてしまう。だから、受けるならば、手ではなく、体だ。
――ぐしゃぁぁぁぁぁぁ。
肩から入った剣は、深く胸の辺りまで食い込んでいく。サンはその剣の烈刃の部分をさらに左手で掴み、右手で自身の刀を思い切りアリゲイトに突き立てる。
完全に敵と密着した状態で体重移動をフルに使って放つ木洩れ日の応用型。
「陽天流一照型、木洩れ日・零!」
――バァァァァン。
「ガハァッッ」
凄まじい音ともに鳩尾へ激しい衝撃が与えられるアリゲイト。昨日の彼のものとは、何段階も進化を遂げた威力の突き。アリゲイトは血痰を吐き出し、どこか、爽やかな笑みを浮かべて、言葉を発する。
「今のは効いたぜ、サン」
「やっぱ硬いな。ワニの鱗。結構俺の技の中では、威力のある技を出したつもりなんだけどな」
「苦労を重ねるとな。大人はちょっとやそっとじゃ倒れねぇんだ。しかし、そういや、お前よくハクダ団を知っていたな。誰かから聞いたのか」
「……カナハっていう獣人から聞いた」
サンは少しだけ影のある表情を浮かべて、アリゲイトにそう答えた。きっと彼は昨晩彼女に起こったことをまだ知らない。
アリゲイトは、サンに剣を振り、武器をぶつけ合う最中、尋ねる。
「なんだ。ハクダであいつとあったのか? どうだ? カナハは。馬鹿みたいに優しいやつだったろ。いつか、その優しさで身を滅ぼさなきゃいいんだがな」
サンの剣がわずかに鈍る。一瞬彼の頭に、真実を伏せた方がアリゲイトのためになるんじゃないかという考えが浮かんだ。しかし、彼は内心に浮かんだその考えを即座に打ち消す。いや、ここで何かを隠すのは、決して彼に対して誠実じゃない。
「……カナハは死んだよ」
「……は?」
「……殺されたんだ。飢えて暴走した、カニバル兵に」
「………………は?」
その瞬間、アリゲイトの動きが完全に停止した。受け止め切れない真実に、体が一瞬硬直してしまったようだった。
しかし、彼は、数秒と、経たないうちに、どこか諦めたような笑みを浮かべた。そして彼は小さく呟く。
「だから、こっちに住めって言ったのによ。バカなやつだ。あんなところを死に場所になんてするんじゃねぇよ」
するとアリゲイトは、再び自身の剣を構えた。そして、先ほどと変わらない様子で、サンへと言葉を発する。
「悪い、少し待たせたな。さぁ、再開しよう」
サンは、刀を握りしめ、瞳を震わせて、アリゲイトに告げる。
「やっぱりそうなんだな。あんたはやっぱりさ、カナハの死を感じても、すぐに剣を握り直せるんだな」
「まあな。きっともう脳が麻痺してるんだろう。俺は余りにも死に慣れすぎたんだ。それにあいつの死で立ち止まれるほど、俺が背負ってるもんは、そしてお前が折ろうとしてるもんは、決して軽くないんだよ」
――ガンッ。
再び衝突する両者の刃。2人の力が均衡する中、サンはアリゲイトに語りかける。
「俺さ、あんたのことカッケェと思ってるし、同時にスゲェとも思ってる。でもさ、あんた見てると、同時になんか心が締め付けられて痛いんだよ」
「なんだそれ? 何言ってるんだよ?」
「俺さ、あんたの剣にさ、なんで斬刃と烈刃が着いてるのか考えてみた」
するとサンは、大きく下がり、アリゲイトと距離を取った。そして彼は続ける。
「敵の命を絶つなら斬刃だけでいい。敵を痛みつけるなら烈刃だけでいい。でも、あんたがその2つの刃を備えた剣を作らせた理由、それは、信念を持たない昨日の俺みたいなやつの戦意を烈刃の痛みでくじくためだ。そうすればあんたは、必要以上に命を奪わなくて済む」
「…………」
アリゲイトは、サンの言葉に沈黙した。そしてそれはサンの推理の正答を告げることに他ならなかった。サンはなおも続ける。
「だから俺さ、思うんだ。敵の命を救うための武器を作るほど優しいあんたが、それでも誰かの命を奪わなきゃいけない。そして大切な人の死を悼むことさえも許されない。そんなの悲しすぎるって」
「……同情してくれるのは感謝するがな。それが戦争だ。そして、俺の選んだ現実だ。途中で投げ出すことは許されない」
「わかってる。だから俺はさ、その戦争とか現実から、この目に映るもの全てを、守りたいって思うんだよ」
するとサンは、その言葉が終わるや否や、剣を振り両者の周りに円状に轟々と燃える炎を広げた。
何をする気だ。アリゲイトは、自身の剣を握りしめ、彼の次の出方を伺う。
サンは、剣をゆっくりと上段に構えた。明らかに先ほどの彼よりもオーラが増している。
何かでかいのがくる。アリゲイトは急いで地面を蹴り、サンの技が出し終わる前に、彼の胴体を一閃しようとする。
――ブォン。
「なっ」
しかし、アリゲイトの刃はなぜか空を切った。じんわりと消えてなくなるサンの幻像。そんな彼の背後に先ほどはなかったはずの気配が現れた。
「俺がこの戦争で学んだことは、真っ直ぐなだけの正義じゃ何も守れないってことだ。これは、そんな俺が考えた、炎の熱で視界を歪ませ、俺の幻を作り出す技。陽天流七照型、陽炎影法師かげろうかげぼうし。なあ、アリゲイト。いくらお前の鱗が固いと言ってもさ、表裏両方とも堅固な鱗で覆われたワニなんていないだろ!」
サンの言う通りアリゲイトの体の硬さは、ワニの背中の鱗板が硬さからきている。だからこそ、獣人の際も、ワニと同様に外敵に危険を晒す方の前面が硬い鱗で覆われる。つまり、アリゲイトの背中は、彼の前方ほどの硬さは全くない。
――まずい!
アリゲイトは慌てて、自身の背後に向き直ろうとする。
しかし、それはもう時すでに遅し。すでに上段に高々と刀を掲げたサンは、アリゲイトと密着し、体中の獣の力を全身全霊刀にこめて、あの型を打ち出す。
その両方の目に、確かに真っ直ぐに、アリゲイトを映し出して。
「この戦争が終わったらさ。カナハに、花でも供えてやってくれよ。いくぜ。陽天流六照型、太陽照波斬・零!!」
――ズガガガガガガガァァァァン。
けたたましい音と共に、高密度の炎の塊が、アリゲイトのことを吹き飛ばす。そのままアリゲイトは全てを巻き込んで、シェドとネクのすぐ横の、コンクリートの壁に激突した。
もくもくとした土煙が、シェドとネクの視界を阻む。するとその煙の向こうから何かの影が歩いてくるのが見えた。サンである。土煙が晴れ、シェドとネクのことを見つけると、サンは、辿々しく言葉を紡いだ。
「……あ、シェド。ネク。良かった、無事だったんだ」
よろよろとした足取りで、一歩一歩進むサン。彼は、シェドたちを眺めながらも、静かに言葉を紡ぐ。
「ちょっと待ってて。シェド、ネク。アリゲイトをさ、カニバルに、連れていかなきゃなんだ。そうすればさ、この戦争が、終わるはずだから――」
すると、その言葉が終わるや否や、サンは前方にゆっくりと倒れていった。無理もない。彼はたった1人でこのレプタリア城を攻略し、尚且つ敵の大将であるアリゲイトまで撃破したのだ。むしろ今まで立っているのが奇跡だとも言えるだろう。
シェドとネクの前に、ボロボロに傷つき、すでに立つことも出来なくなったアリゲイトが倒れている。
シェドは、サンの思惑に勘付いていた。彼がアリゲイトをカニバルに連れて行ってどうするつもりなのか、そしてどうこの戦争を終わらせる気なのか、彼の今までの言動から推測し、そしてそれは、恐ろしいことに全て的を得ていた。
だからこそ、シェドは、それが自身が理想とするカニバル軍の形とは異なる解決の流れとなることがわかっていた。そして、今、アリゲイトもサンも、こうして目の前に抵抗できない形で倒れている。つまり、今自分がここで2人を殺してしまえば、この戦争はカニバルの勝利で終わり、この国の支配の歴史が幕を開ける。
シェドは、ゆっくりと、アリゲイトの首に手を伸ばした。しかし、彼はそこでしばらく手を止めた後、なんとアリゲイトとサンの2人を背負った。
「さて、カニバル城に帰るか。ネク。レプタリアの残党がいた時は、お前に任せるよ」
あのシェドがなぜアリゲイトを殺さないのか。ネクは、彼の意外な行動に驚き、思わず彼に問いかける。
「……わかった。でもいいの? アリゲイトのこと、普通に連れて行って」
「いいんだよ、別に」
シェドは、ネクのことを見つめ、マムスとの戦闘を思い出す。もしあの時、自分が正しい血清を打たなければ、自分は彼女のことを守ることができなかった。そして、ベアリオが言ったように、戦争が続けば、そんな機会なんて山ほど訪れるのだろう。
『ねぇ、シェド隊長。俺は思うんですよ。きっとサンはこの戦争の中で、真実を知り、迷い、答えを出す。そしてきっとその答えは、シェド隊長。あなたのことを救ってくれるって。これは俺の考え過ぎですかね?』
次にシェドの脳裏にジャカルの言葉が浮かぶ。彼は、そんな自分の記憶に苦笑しながら、サンとアリゲイトを背負って、答える。
「こんな重い荷物さ。俺はもう、背負ってられねぇんだ」
「……サン。いるかな?」
ネクが息を切らしながら、シェドにそう問いかける。シェドは、階段の上を見ながら言葉を発する。
「……さあなあ。でもどの道ここしか出口はなかったんだ。アリゲイトのとこに向かうしかないだろ。もし戦闘になったら、アリゲイトの首を持って帰るだけだ」
「……そうだね」
トボトボと足を進めて行く2人。そんな中、ネクが再び声を漏らす。
「……ねぇ、サンのさ。ちょっと裏切るって、どういうことなのかな? レプタリアには寝返らないとは思うけど、少し、怖くなってきちゃった」
「なんだろうなぁ。まあ、俺たちは随分とあいつの信頼を裏切ってきたわけだから文句は言えないが、一体どうする気なのやら」
それからもしばらく歩いていると、シェドとネクの前に大きな扉が現れた。おそらくここからアリゲイトの王の間につながっているのだろう。深く息を吸い込み、扉を前に押すシェド。すると彼らの前には、衝撃の光景が広がってた。
「……なに、あれ? きれい」
ネクが静かにそう言葉を呟く。シェドとネク、2人の瞳には炎の翼をいっぱいに広げ、アリゲイトと戦っているサンの姿があった。
――なんだ? なんであいつが、これほどまでに熱意を持ってアリゲイトと戦う必要がある?
シェドは思わず、心の中でそう呟く。彼は、ネクの気持ちとは裏腹に、正直サンがレプタリアに寝返ったとしても無理もないと思っていた。それだけのことを自分は彼にしたのだから。
しかし今、彼はこうしてアリゲイトと武器をぶつけ合い、彼を打ち倒そうとしている。もうカニバル兵ですらないはずなのに。
――ん? いや、まさか、そういうことか。
その時、彼の頭の中で、サンが今朝自分達の拠点を訪れてから、彼がしていた不可解な行動の数々が繋がった。なるほど、それなら彼が、情報収集だけ参加した理由も、裏切った理由も、シェド隊を辞めた理由も、全て説明がつく。
「……ねえシェド、でもどうしてサンはアリゲイトと戦っているの? ちょっと裏切ったって言ってたのに、結局私たちの戦いに協力してくれてるの?」
ネクはシェドの思いと同様の内容を言葉として発し、小さく首を傾げた。そして、その彼女の発言に、シェドは戦闘中の2人を見ながら呟く。
「ちがうな。多分あいつは、誰でもないただの民衆代表として、アリゲイトのことを倒す気なんだ」
「陽天流五照型、飛炎・白夜!!」
激しい剣戟の中、サンは一度力で負けている状況を覆すため、後退して五照型を放つ。
しかし、アリゲイトはそんな斬撃など意に介すことなく、自身の剣を振りかざす。
「きかねぇよ! 唸れや斬刃ァ!」
サンは無意識にアリゲイトの攻撃を受け止めようとした腕を引く。烈刃ならばともかく、斬刃は切れ味が鋭く、自分の細い腕ではすぐに切断されてしまう。だから、受けるならば、手ではなく、体だ。
――ぐしゃぁぁぁぁぁぁ。
肩から入った剣は、深く胸の辺りまで食い込んでいく。サンはその剣の烈刃の部分をさらに左手で掴み、右手で自身の刀を思い切りアリゲイトに突き立てる。
完全に敵と密着した状態で体重移動をフルに使って放つ木洩れ日の応用型。
「陽天流一照型、木洩れ日・零!」
――バァァァァン。
「ガハァッッ」
凄まじい音ともに鳩尾へ激しい衝撃が与えられるアリゲイト。昨日の彼のものとは、何段階も進化を遂げた威力の突き。アリゲイトは血痰を吐き出し、どこか、爽やかな笑みを浮かべて、言葉を発する。
「今のは効いたぜ、サン」
「やっぱ硬いな。ワニの鱗。結構俺の技の中では、威力のある技を出したつもりなんだけどな」
「苦労を重ねるとな。大人はちょっとやそっとじゃ倒れねぇんだ。しかし、そういや、お前よくハクダ団を知っていたな。誰かから聞いたのか」
「……カナハっていう獣人から聞いた」
サンは少しだけ影のある表情を浮かべて、アリゲイトにそう答えた。きっと彼は昨晩彼女に起こったことをまだ知らない。
アリゲイトは、サンに剣を振り、武器をぶつけ合う最中、尋ねる。
「なんだ。ハクダであいつとあったのか? どうだ? カナハは。馬鹿みたいに優しいやつだったろ。いつか、その優しさで身を滅ぼさなきゃいいんだがな」
サンの剣がわずかに鈍る。一瞬彼の頭に、真実を伏せた方がアリゲイトのためになるんじゃないかという考えが浮かんだ。しかし、彼は内心に浮かんだその考えを即座に打ち消す。いや、ここで何かを隠すのは、決して彼に対して誠実じゃない。
「……カナハは死んだよ」
「……は?」
「……殺されたんだ。飢えて暴走した、カニバル兵に」
「………………は?」
その瞬間、アリゲイトの動きが完全に停止した。受け止め切れない真実に、体が一瞬硬直してしまったようだった。
しかし、彼は、数秒と、経たないうちに、どこか諦めたような笑みを浮かべた。そして彼は小さく呟く。
「だから、こっちに住めって言ったのによ。バカなやつだ。あんなところを死に場所になんてするんじゃねぇよ」
するとアリゲイトは、再び自身の剣を構えた。そして、先ほどと変わらない様子で、サンへと言葉を発する。
「悪い、少し待たせたな。さぁ、再開しよう」
サンは、刀を握りしめ、瞳を震わせて、アリゲイトに告げる。
「やっぱりそうなんだな。あんたはやっぱりさ、カナハの死を感じても、すぐに剣を握り直せるんだな」
「まあな。きっともう脳が麻痺してるんだろう。俺は余りにも死に慣れすぎたんだ。それにあいつの死で立ち止まれるほど、俺が背負ってるもんは、そしてお前が折ろうとしてるもんは、決して軽くないんだよ」
――ガンッ。
再び衝突する両者の刃。2人の力が均衡する中、サンはアリゲイトに語りかける。
「俺さ、あんたのことカッケェと思ってるし、同時にスゲェとも思ってる。でもさ、あんた見てると、同時になんか心が締め付けられて痛いんだよ」
「なんだそれ? 何言ってるんだよ?」
「俺さ、あんたの剣にさ、なんで斬刃と烈刃が着いてるのか考えてみた」
するとサンは、大きく下がり、アリゲイトと距離を取った。そして彼は続ける。
「敵の命を絶つなら斬刃だけでいい。敵を痛みつけるなら烈刃だけでいい。でも、あんたがその2つの刃を備えた剣を作らせた理由、それは、信念を持たない昨日の俺みたいなやつの戦意を烈刃の痛みでくじくためだ。そうすればあんたは、必要以上に命を奪わなくて済む」
「…………」
アリゲイトは、サンの言葉に沈黙した。そしてそれはサンの推理の正答を告げることに他ならなかった。サンはなおも続ける。
「だから俺さ、思うんだ。敵の命を救うための武器を作るほど優しいあんたが、それでも誰かの命を奪わなきゃいけない。そして大切な人の死を悼むことさえも許されない。そんなの悲しすぎるって」
「……同情してくれるのは感謝するがな。それが戦争だ。そして、俺の選んだ現実だ。途中で投げ出すことは許されない」
「わかってる。だから俺はさ、その戦争とか現実から、この目に映るもの全てを、守りたいって思うんだよ」
するとサンは、その言葉が終わるや否や、剣を振り両者の周りに円状に轟々と燃える炎を広げた。
何をする気だ。アリゲイトは、自身の剣を握りしめ、彼の次の出方を伺う。
サンは、剣をゆっくりと上段に構えた。明らかに先ほどの彼よりもオーラが増している。
何かでかいのがくる。アリゲイトは急いで地面を蹴り、サンの技が出し終わる前に、彼の胴体を一閃しようとする。
――ブォン。
「なっ」
しかし、アリゲイトの刃はなぜか空を切った。じんわりと消えてなくなるサンの幻像。そんな彼の背後に先ほどはなかったはずの気配が現れた。
「俺がこの戦争で学んだことは、真っ直ぐなだけの正義じゃ何も守れないってことだ。これは、そんな俺が考えた、炎の熱で視界を歪ませ、俺の幻を作り出す技。陽天流七照型、陽炎影法師かげろうかげぼうし。なあ、アリゲイト。いくらお前の鱗が固いと言ってもさ、表裏両方とも堅固な鱗で覆われたワニなんていないだろ!」
サンの言う通りアリゲイトの体の硬さは、ワニの背中の鱗板が硬さからきている。だからこそ、獣人の際も、ワニと同様に外敵に危険を晒す方の前面が硬い鱗で覆われる。つまり、アリゲイトの背中は、彼の前方ほどの硬さは全くない。
――まずい!
アリゲイトは慌てて、自身の背後に向き直ろうとする。
しかし、それはもう時すでに遅し。すでに上段に高々と刀を掲げたサンは、アリゲイトと密着し、体中の獣の力を全身全霊刀にこめて、あの型を打ち出す。
その両方の目に、確かに真っ直ぐに、アリゲイトを映し出して。
「この戦争が終わったらさ。カナハに、花でも供えてやってくれよ。いくぜ。陽天流六照型、太陽照波斬・零!!」
――ズガガガガガガガァァァァン。
けたたましい音と共に、高密度の炎の塊が、アリゲイトのことを吹き飛ばす。そのままアリゲイトは全てを巻き込んで、シェドとネクのすぐ横の、コンクリートの壁に激突した。
もくもくとした土煙が、シェドとネクの視界を阻む。するとその煙の向こうから何かの影が歩いてくるのが見えた。サンである。土煙が晴れ、シェドとネクのことを見つけると、サンは、辿々しく言葉を紡いだ。
「……あ、シェド。ネク。良かった、無事だったんだ」
よろよろとした足取りで、一歩一歩進むサン。彼は、シェドたちを眺めながらも、静かに言葉を紡ぐ。
「ちょっと待ってて。シェド、ネク。アリゲイトをさ、カニバルに、連れていかなきゃなんだ。そうすればさ、この戦争が、終わるはずだから――」
すると、その言葉が終わるや否や、サンは前方にゆっくりと倒れていった。無理もない。彼はたった1人でこのレプタリア城を攻略し、尚且つ敵の大将であるアリゲイトまで撃破したのだ。むしろ今まで立っているのが奇跡だとも言えるだろう。
シェドとネクの前に、ボロボロに傷つき、すでに立つことも出来なくなったアリゲイトが倒れている。
シェドは、サンの思惑に勘付いていた。彼がアリゲイトをカニバルに連れて行ってどうするつもりなのか、そしてどうこの戦争を終わらせる気なのか、彼の今までの言動から推測し、そしてそれは、恐ろしいことに全て的を得ていた。
だからこそ、シェドは、それが自身が理想とするカニバル軍の形とは異なる解決の流れとなることがわかっていた。そして、今、アリゲイトもサンも、こうして目の前に抵抗できない形で倒れている。つまり、今自分がここで2人を殺してしまえば、この戦争はカニバルの勝利で終わり、この国の支配の歴史が幕を開ける。
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「さて、カニバル城に帰るか。ネク。レプタリアの残党がいた時は、お前に任せるよ」
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「……わかった。でもいいの? アリゲイトのこと、普通に連れて行って」
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シェドは、ネクのことを見つめ、マムスとの戦闘を思い出す。もしあの時、自分が正しい血清を打たなければ、自分は彼女のことを守ることができなかった。そして、ベアリオが言ったように、戦争が続けば、そんな機会なんて山ほど訪れるのだろう。
『ねぇ、シェド隊長。俺は思うんですよ。きっとサンはこの戦争の中で、真実を知り、迷い、答えを出す。そしてきっとその答えは、シェド隊長。あなたのことを救ってくれるって。これは俺の考え過ぎですかね?』
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