PARADOX

クロハ

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憂鬱なる世界

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時刻は真夜中。

辺りは暗闇が自分の部屋を支配し、静寂が周囲を包む。

俺は彼の作った食事を済ませてから床に着いた。

「幸せ、か」
ふと、自分の口からそんな言葉が漏れる。
昔は想像できなかった生活、それがいつからだろう。

今では当たり前のこととして日常的な一部分と化した。
が…

「良かったのか…。自分の選んだ道は…本当に」
そう考えると、気分が落ち着かない。

「クソ…」

その苦痛があまりにも異様に長く感じ、俺は引き出しからあるものを取り出す。
精神安定剤ジプレキサ。
精神を落ち着かせる医師から処方された薬だ。
最近ではあまり使わないようにしていたんだが…。

薬を二錠ほど飲み込んで布団にくるまる。
緩やかな睡魔に向かうようにして意識を閉じようと目を瞑る。

この世界に生きる人々は、そのすべてが罪人でないか、
救わなければならないはずの彼らを、自分たちは見殺しにしたのだ。
そんなことを考えていたせいなのか。

閉じたはずの意識。
俺は世界のどこかで、
???「ようこそ」
目を覚ましてしまった。

これは…
歪な風景。
夢だ。
とっさにそう感じとともにどこからか鐘の音が耳に入る。

初めて耳にする。けれどどこかで聞いたような静かな音の旋律。

自分を覆う白が青い光に包まれ、白の世界を青が染める。
青に染められた視界の中に、何か人影のような姿が見えた。

「……。あれを目指しているのか?」

彼らの行く道の先。
一点に輝く星が見え、そして少女の歌が聞こえた。
その方向へ目をやるとそこには…。

天使がいた。
いるはずのない、美しい天使が。
美しい銀髪の長髪をたなびかせ、少女は背についた羽を咲き誇らせながら歌う。
俺はその歌声にどうしようもなく心が落ち着く。
まるで心を溶かされているような。

「……」
俺を呼ぶ声が聞こえ、そこで初めて周囲に人がいることに気がついた。

「みんな…」
彼らはもう存在しないはずの黒渦に巻き込まれていった友人たち。

「待ちくたびれたよ」

「ほらっ、はやく行こう」

彼らに腕を掴まれて、列の中に加わる。
しかしよく見ると、かれらには身体がない。
正確に言うと彼らは白い人形だった。
頭のないもの、腕がないもの、足がないもの。
しかし彼らはまったくそんなことを気にした素振りを見せず、皆でどこかへと歩いている。

皆で歩く。
私が歩いていく。
夢の果てまで続く道。

少女の歌に合わせ鐘がなる。
すると、白く霞んでいく視界の中、横にいた人形が倒れこんでしまう。
しかし…。
「!?」
それはよく見ると…。

うつろな目をしたまま微動なに動かなくなった神官、ランハンの骸だった。

「裁かれた」
頭が二つに裂かれた友人が彼を見ながら囁いた。
「裁かれた?」

「そう、サバカレタ」
「イヒヒ…サバカレタ、サバカレタ」
彼の言葉に合わせ周りの人形たちも一斉にその言葉を口にする。

まるで、自分や周りに言い聞かせるように。

……………。
……………。
自分の見ている風景が異常なのか。
それとも自分の前に現れた彼らが異常なのか。
気付くと彼らはどこにもいなかった。

どうやら白い空間へと溶けてしまっていったようだ。

「Life imitates Art,that Life in fact is the mirror,and Art the reality.」

いつからだろう。
目の前には先ほどまで歌を口ずさんでいた天使がいた。

「人生は芸術を模倣する。つまり人生とは実際には虚像であって、芸術こそが現実なのだ」[br]

「あら、よくご存知ね」
羽を咲かせる少女が嬉しそうに声を上げる。
同時に、彼女の背に覆われた大きな翼が周囲を揺るがすような力強い音を立てる。

「オスカー・ワイルド、嘘の衰退。」
「そう、十九世紀の文学家。男色家であったがために収監され、失意のままこの世を去った人物。
その分業と生き様は、さまざまな文学家たちを魅了させた」

天使の言葉に違和感を覚える。

「違うな」
「あら?」
「その言葉は誤りだ。人生は芸術を模倣する。
それは、ダンテという画家が絵に描かれた美女をこぞって真似している例を皮肉をこめた言葉だ」

「お前の見せていたあれが現実、人の本当の姿とでもいいたいのか」
すると、その言葉が意外だったのだろう。
彼女の瞳が大きく見開かれる。
「お気に召さない?仲の良い友人だったのに?」

女が再び視線を彼らのいた空間に移す。

原型すら留めていない死者が友人だと口にする女。
俺の友人は既に亡くなっている。
それを彼女は何の意図か目の前に見せ付けた。

「冗談じゃない。あれが現実だなんて」
彼女を見る。
磁白のような美しく透き通った白い肌に蒼色で奏でられたような真っ直ぐで長い髪。
そして、背中には白く大きな翼が生えている。
まるで、自分だけは違うとでもいいたげに。

「悪魔だ。お前は」
清冽な見た目のイメージとは裏腹に彼女から隠しきれない。
冷たく禍々しいオーラ。
「残念、あなたの前に現れるのは早かったかしら。」

「早い?何が言いたい」
すると彼女は口元を美しく歪ませる。

「だって、あなたからは死の匂いをこんなにも近くに感じるの。似たもの同士ね」
一歩ずつ近づく悪魔。

来るな
そう拒絶しようと、手を振り払おうとするが身体が動かない。
俺は自然と彼女に抱きとめられる。
なぜだろうか。
酷く心が落ち着いてしまう。

「本当は死にたくて仕方ないのに、かわいそう」
「自分に抗って、偽って懸命に生きる毎日。
自分の気持ちを殺しながら生きている」

悪魔は続ける、値踏みをするように俺を見下ろした目線で。

「そんな生き方に何の価値があるの?」

「……」
答えようと口を開こうとする。
言葉を紡ぐために。
しかしどうしてだろうか。
俺の口からは何も発することができない。
まるで言葉を発すること自体が拒まれているかのように。

「くすくす…」
そんな俺を見て少女は当然とばかりにくすりと笑う。

「いずれあなたは私に会いに来る。だからその前に面白いものをあげる」
フッと少女が笑うと、俺の頭に手を重ね何かを呟く。

次の瞬間。

「ぐぁっ!!?」
自分の視界が赤く染まる。
激痛が身体中に流れ込み、なすすべなく倒れこむ。
白の空間で声にもならない叫びを上げる。

「あぁぁ…がっっ!!」
行き場のない痛みが出口を求めて全身をのた打ち回る。
自分の視界を染める赤に強みが増す。

「ねぇ…なぜか知っている?」
苦痛に歪む俺を冷ややかな目で彼女はそれを受け止める。
「人はなぜ死人を生き返らせないのか」

「本当は死んだ人間なんてある方法を使えば瞬く間に生き返らせることができる」
彼女は再び何かを口にする。

「あぁ…が…」
激痛はすぐに収まるも、突然の出来事に身体が対処しきれず呼吸がままならない。
ここが現実ならとっくに死んでいた。
そんな激痛を持って俺はふと自分は死んでしまいたいのではないか。
彼女の言葉に揺さぶられている自分がいた。

「それは見えてはいけないもの。手にしてはいけない力を持ってしまうからよ」

次第に霞んでいく視界の前で彼女は…。

「さようなら…いいえ、ちがうわね」
「行ってらっしゃい、ノア。クスクス…」

何かを期待するように彼女はいつまでも微笑んでいた。
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