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第6話 時坂杏奈と冒険者ギルド

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【登場人物】
時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。お掃除マスター。


「お掃除マスターって……。あぁ、箒か。そう来たか」

 杏奈はまたも、何も無い空を見、渋い顔をした。


「結構栄えてるわね」

 キャブリの町は、活気に溢れていた。
 ベルネットの町は砦を再利用した小さなものだったが、ここは自然発生の町だ。
 杏奈が来た東からだけでなく、色々な方角と繋がっているようで、交易の為にでき、栄えた町なのだろう。 

 杏奈は通り沿いに食堂を見つけた。
 お腹はさほど減っていないが、情報収拾に利用出来ればと思い、入ってみることにした。

 まだ午前中だというのに、席はあらかた埋まっている。
 客層はというと、どういうわけか、鎧を着た人が多い。

 杏奈はカウンター席に座った。
 すかさずウェイトレスが注文を取りにくる。

「何にします?」
「あー、何か軽いものを。それと適当な飲み物をお願い」
「わかりました」
「あ、ちょっと待って」

 杏奈は厨房に戻ろうとするウェイトレスを呼び止める。
  
「何でしょう」
「あのさ、ずいぶんと、いかつい客が多いけど、元からこんな?」

 ウェイトレスが店内を一瞥し、杏奈に向き直る。
 
「あれは、最近ギルドが出した大型案件の情報を得て集まった冒険者たちですね」
「冒険者……。何かあったの?」
「町の北西に、ドリアナの町に繋がる洞窟があるんですけど、つい何日か前から、ゴブリンが大量に住み着いて通れなくなってるんです。そこで、ギルド主導で大規模討伐が行われることになったんですけど、単独で来られた方や、欠員補充したいパーティが、うちのような飲食店を使って情報収集や、人員募集を行ってるんですよ。もし気になるようでしたら、この通りを行った先に冒険者ギルドがあるので、そちらに行ってみたらいかがでしょう」
「そっか。うん。ありがと」

 運ばれてきた料理は、串焼きとフルーツティーだった。
 
「あ、美味しい。ビールに合いそう。何のお肉?」
「ミミルです。耳の長い可愛い動物なんですけどね。ここの名物なんです。気に入ってもらえて良かった」

 ウサギだ。絶対ウサギだ。
 でも美味しい。
 地球にいたときは、ウサギ肉なんて食べたことなかったけど、名物になるだけのことはある。

 竹串を炭火で焼いたもののようだが、ここにも竹なんて生えているんだろうか。 
 食べ終わった後、ちょっと考えて、串を懐に入れた。
 
 杏奈は会計をしながら、お財布代わりの革袋の中身を確認した。
 あまり減った様子はない。
 基本、武器防具を買う必要が無いので、食事や宿代にしか金を使わないのだ。 

 アルザリアとベルネットで貰った謝礼金は十分残っている。
 とはいえ、使っていれば減るのも道理なので、稼ぐ機会があるならその都度補充しておいた方がいいだろう。
 それに、この世界の事情を知るのにも、町々でギルドを覗いてみるのもありだろうし。
 食事を終えた杏奈は、冒険者ギルドに向かった。


 冒険者ギルドはそこそこ賑わっていた。
 皆、壁に貼ってある張り紙をチェックしては、カウンターに向かう。 
 杏奈も空いてるカウンターに向かい、係員の女性に話し掛けた。

「あの、初めてなんですけど、ゴブリン退治とかいうのしたくて」

 係員がキョトンとする。
 
「ゴブリンの大規模討伐会に参加なさりたいんですか? 初心者の方には荷が重いかと……。まずは、ギルドに入会して経験値を積まれるのがよろしいかと」
「ふむ。じゃ、入会を。どうすればいい?」
「では、こちらの申請用紙に必要事項を記載してください」

 紙を渡される。
 羊皮紙だ。
 名前はともかく、出身地はどうする? 
 まさか、地球と書くわけにもいかないし。

 悩んだ末に、杏奈は、アルザリアと書いた。
 始まりの村の名前だ。
 思いのほか、スラスラ書ける。
 ふむ。読みだけじゃなく、書きも出来るようになってる。
 さすが神さま、抜かりがない。
 名前は……『杏奈』だけでいいや。
 
「アルザリア出身のアンナさんですね? 登録をするので、ベンチに座ってお待ち下さい」

 女性係員に指示され、ベンチでしばし待つ。
 十分程度で名前を呼ばれた。

「お待たせしました。こちらのネックレスをお付けください」
 
 渡されたチェーンタイプのネックレスには、杏奈の名前や数字、マークが刻まれた、金属製の札が付いていた。
 数字の前に、珊瑚コーラルと刻まれている。

「珊瑚?」
「級の名称です。初心者なので、珊瑚級からのスタートですね。そのタグは冒険中、絶対外さないでください。尚、ギルドのメンバーは、ダンジョン等で冒険者の遺体を見つけたら、タグを持ち帰ることが義務となっています。重い遺体を持ち帰るのは難しいので、生死確認をタグで行うわけです。アンナさんも、もし冒険者の遺体を見つけたら、タグを持ち帰り、最寄りのギルドに届けてください」
「珊瑚級だとどんなお仕事が出来るの?」
「Gと書いてある依頼なら受注出来ます。壁に貼ってあるものを確認してください。依頼を一定数こなすことで、上の級になれます。そうすれば、受注出来るお仕事も増えますよ。まずは、そこに貼ってあるネズミ退治とかいかがです? 臭いを気にして、誰も受けてくれないんです。その分、狙い目ですよ?」
「ネズミねぇ……」

 杏奈は張り紙をチェックする。
 あぁ、これだこれだ。

 【G 下水道に出没する大ネズミ退治 抹殺】とある。
 抹殺? 穏やかじゃないなぁ……。

 他の張り紙を見ると、捕獲、と書いてあるものもある。
 そっか、この大ネズミは、害獣として駆除対象になってるのね。
 
 にしても、下水道かぁ。臭そう。
 でもま、ここから始めろって言うなら仕方ないか。
 杏奈は下水道に向かった。

 
 指示された地点に行くと、小さな小屋があった。
 木製の扉を開けると、すぐ目の前の床に、これまた木製のフタがされ、その上に魔法陣が描かれていた。
 魔法陣は、緑色の光を放っている。

「バーゼム(解錠)」

 フタの魔法陣が一瞬強く光り、消えた。
 これでフタの封印が解けたらしい。
 杏奈はひざまずき、木製のフタを手で動かした。

 思ったほど、重くない。
 フタの下に、地下へ降りる穴が現れた。
 木製のハシゴが、くくりつけてある。

「これが魔法ってやつなんだ。本格的に習ってみよっかな、適性があればだけど」

 ギルドで習ったのは、封印と解錠のキーコードだけだ。
 音声入力なので、ギルドの依頼の入った案件であれば、誰でも開けることが出来る。
 別の町での依頼であっても、それが冒険者ギルド系のものであれば、同じキーでいける。
 忘れないようにしなくっちゃね。  
 
 穴の中を覗き込んだ。
 ほんの数メートル下に床がある。
 杏奈は、掛かってるハシゴをしっかり両手で掴み、降りた。

 足が床に着く。
 くるぶし辺りまで、水に浸かる。
 杏奈の靴がブーツタイプで無かったら、ビショビショになっていたところだ。

 杏奈は持っていたランタンにあかりを付けた。
 ここに来る前に、道具屋で買ったものだ。
 辺りを照らしてみる。

 下水道と言っても、コンクリートで出来た近代的なものではなく、土を固めて作られたもののようだ。
 だが、崩れそうな印象は無い。
 魔法で固めてあるのだろう。
 文明の発達の仕方が地球と違うんだろうな。

 杏奈は暗闇の中、ランタンの灯りを頼りに歩き出した。
 とはいえ、何か見当を付けて歩いていたのではない。
 適当だ。
 歩いてれば、向こうからちょっかい出してくるでしょ。
 
 足元がぬるつく。
 が、意識して、足元を見ないようにした。
 何が流れているか分かったもんじゃない。
 足が直接濡れないだけでもヨシとしよう。
 ただ、臭いだけは、如何いかんともしがたかった。
 
 十分ほど歩いて、少し大きな下水道に出た。
 ここがメイン通路なのだろう。

 ここでも適当に歩く。
 程なく、前方に何か気配を感じた。
 杏奈はランタンを前に向ける。

 ギルドの情報では、数日前、下水道の管理人が点検中に、二タールもある巨大なネズミに襲われたそうだ。
 杏奈には、タールという単位がどの程度のものか分からなかったが、管理人が腰を抜かして逃げ出すほどの大きさなら、こんなものかと想像していた。
 だがランタンの灯りに照らされたものを見て、杏奈はたまげた。

 それは確かにネズミだった。
 だが、大ネズミと書かれていただけのことはある。
 立ってこちらを見たネズミは、身長、二メートルはあった。
 しかも、逃げ出さない。
 それどころか、不敵にもこちらに向き直る。

 よく見ると、ボスらしき、二メートル級の周囲には、一メートル級が五匹もいる。
 どれも、額に鋭いツノが生え、血走った赤い目をしている。
 大ネズミタイプの魔物ということか。

 あー、こりゃ逃げ出さないわけだ。
 食糧が向こうからやって来たようなもんだもんね。
 杏奈は、懐に右手を突っ込んだ。

 キィィィィ!

 大ネズミが一斉に襲い掛かってきた。


「これを? あなたが?」
「はい……」

 冒険者ギルドのバッヂを付けた男性が二名、杏奈の退治した大ネズミの前にひざまずき、状況確認をしている。

 報酬の問題があって、単独冒険の場合、討伐対象の死体、ないし体の一部などを提出しなければならない。
 しかし、非力な杏奈には、どちらも無理な相談なので、こうしてギルドの係員を呼んだわけなのだが……。

「おい見ろこれ、どいつも眉間に正確に串が刺さってやがる。これを珊瑚級が?」

 小声で話しながら、たまに杏奈をチラ見する。
 やばい。思いっきり疑われている。
 そりゃそうか。
 珊瑚級用依頼とはいえ、冒険者としては、かなり小柄な、見るからに非力そうな女にこんな芸当出来るわけがない。
 さーて困ったぞ。

「あ、あの、実は、大柄な男性冒険者さんが手伝ってくれたんです。わたしは補助しか出来なかったんですけど、急いでいるから報酬はキミが全部受け取っちゃっていいよって」
「そういうことでしたか。その男性はどんな人でしたか?」

 食いついた。
 よし、ここは、これで押し倒そう。

「えっとぉ、両肩に星形のアザがありましたぁ」
「両肩に星形のアザ?」

 もちろん、架空の人物だ。
 探しようが無いならわたしに報酬を支払うしかないもんね。

「名前、言ってませんでしたか?」
「えっとぉ、あ、そうそう、スター何とか言ってたような……」
「星形のアザを持つスター? まさか、白金級の『スターゲイル・クレイグ』さんか?」
「凄いぞ。彼がこの町に来てるのか! サイン貰わないくっちゃ!」

 いや、いるんかーーい!

「光速剣の使い手『スターゲイル・クレイグ』さんなら納得だ。お嬢さん、討伐認定です。報酬を支払いますので、後ほどギルドに寄ってください」
「はーーい」

 とりあえず一安心。
 これでゴブリン退治参加資格が得られるといいけど……。
 とりあえず、下水道の臭いを落とそっと。 
 杏奈は宿に向かって歩みを進めた。
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