25 / 46
第25話 時坂杏奈と野天風呂
しおりを挟む
【登場人物】
時坂杏奈……二十三歳。無職。勇者。竜使い。
ヴァングリード……古代竜。
ピーちゃん……巨大ヒヨコ。パルフェという、馬に並ぶポピュラーな乗り物。
「竜使い? おぉ、なんか、カッコいい! でも実際には、わたしはヴァンを使役してたりはしないわね。だって、何も言わなくても、勝手に動いてくれるもん。ホントいい子よ。仲間っていうより、ペットっぽいけど」
杏奈は何も無い空を見ながら、日中、ピーちゃんの背で、くぅくぅ寝こけるヴァンの姿を思い浮かべ、クスっと笑った。
「村だ……。今日はここで泊まらせてもらおっか」
「ボク、厩舎じゃないよね?」
「うん。一緒の部屋に泊まろ。ただし、火、吐いちゃダメよ?」
杏奈は目の前の小ドラゴン『ヴァン』を撫でながら、木製アーチに掛けられた看板を読んだ。
『ユール村』と書いてある。
久々に小さな村だ。
杏奈はピーちゃんに乗ったまま、村の中央に向かって歩みを進めた。
周囲を見る。
茅葺屋根の家が並んでいる。
行き交う村の人々は、皆、作務衣に似た衣装を着ている。
パルフェが珍しいのか、その歩みに、子供たちがついてくる。
サービスのつもりか、ヴァンがピーちゃんの上で、変顔を決めながら、煙をポッポポッポ出して見せる。
子供たちがワっと笑う。
「ね、この村に宿泊する場所とかってある?」
杏奈が鞍上から子供たちに声を掛ける。
子供たちが歩きながら目を合わす。
一番の年長さんが頷いて、村の奥を指指す。
「宿、あるよ。一軒だけ。まっすぐ進んだ川沿い!」
「ありがと。これ、みんなで食べな」
杏奈は鞍上から年長の子に飴を人数分渡した。
ヴィヨンの町で、道中、口寂しくなったときに食べようと買ったものだ。
子供たちが大喜びしながら去っていった。
程なく、川に行き着いた。
川幅は、十メートル程しかないが、とても澄んでいる。
清流だ。
木々が茂り、川風も気持ちいい。
そのまま川に沿って行くと、古びた建物を見つけた。
ここまで歩いてきて見た建物の中ではダントツに大きい。
おそらく、これが宿だろう。
「ごめんくださーーい」
「はーーい」
中から前掛けをした中年男性が出てくる。
「あの、宿泊出来ます?」
「宿泊……ですか。それが……貸し切られてしまいまして……」
「貸し切り? 部屋が全部埋まってるの?」
「いえ、使用しているのは一部屋だけなんですが、昨日から逗留してらっしゃるお客様が、貸し切りにしたいとおっしゃられまして……」
「参ったなぁ。ここ以外でこの村に宿、無いんでしょ? 野宿は嫌だなぁ」
主人が申し訳無さそうな顔をする。
「あんた、女性の方だし、離れの部屋ならいいんじゃないの?」
奥から中年女性が出てくる。
どうやら、夫婦でやっている宿のようだ。
「ごめんなさいね、お客さん。貸し切りしたお客さんだけど、貴族のお嬢さまっぽくてさ。どうにもシャイなのか、他のお客さんと会いたくないって言うもんだから。でも、離れなら大丈夫でしょ。ちょっとご不便掛けちゃうけど、それで良ければ……」
「あぁ、全然おっけー。じゃ、それでお願いします!」
杏奈は主人にピーちゃんの手綱を渡し、女将に導かれて、宿に入った。
「うっはーー、これ、最高!」
野天風呂は、思った以上に広かった。
湯船を岩が取り囲む。
岩風呂だ。
岩のすぐ向こうに川が流れている。
杏奈は目を瞑った。
杏奈の隣でヴァンも、目を瞑りながら湯船に浸かっている。
ドラゴンでも温泉を気持ちいいと感じるのか、尾っぽがパタパタ動いている。
川のせせらぎも、遠くの野鳥の鳴き声も、近くの虫の立てる音も、全てがハーモニーとなって、杏奈を包み込む。
旅行番組でたまに見る、隠れ家的温泉宿。
テレビも無く、ネットも繋がらない、ただ精神と身体を休める為だけの温泉。
こういうとこに、一度泊まってみたかったのよねー。
心地よい風に吹かれて湯煙が一気に流される。
と、杏奈の真正面に金髪の少女がいた。
大量の湯煙のせいで、一緒に風呂に入っていたことに気付かなかったらしい。
少女の顔が固まる。
ゆっくり息を吸い込み……。
「待った、待った、待ったーー!」
杏奈は慌てて駆け寄り、少女の口を塞いだ。
少女の金色の髪が揺れる。
「女。女。わたし、あなたと同じ、女だから。ほら。ね? たまたまお風呂が一緒になっただけで、怪しい者じゃないから。分かった?」
杏奈はバスタオルを巻いた身体を見せて、男性では無いことをアピールする。
少女がコクコク頷く。
それを見て、杏奈がゆっくり手を離す。
次の瞬間、少女は、バスタオルを身体に巻いたまま、バク転で後ろに飛びすさった。
少女が杏奈に、いつの間にか持っていた杖を向ける。
「火焔弾!」
杏奈の顔面に少女の魔法が直撃する。
「ふぎゃ!」
杏奈の無敵防御は、魔法にも適用されるようで、怪我こそしなかったが、代わりに顔がススだらけで真っ黒になった。
「な、なにを……」
「効いていない? 魔法防御ね。ならば効くまで当て続けてやる!」
「は?」
少女が再び杏奈に杖を向ける。
「火焔弾!」
「わわわわわっ!」
杏奈は、すっぽんぽんにバスタオルを巻いただけの姿で、浴室を逃げ回った。
幸いにも、ここは岩風呂だ。
遮蔽物には事欠かない。
「避けるな!」
少女は砲台と化して、魔法を放ち続ける。
それを杏奈は必死に避け続けた。
と、少女の魔法で、温泉併設の東屋が盛大に吹っ飛んだ。
「お、お客さん、どうされました? あぁ! これは!」
浴室に入ってきた女将が、その惨状に絶句する。
あまりの有様に、女将がその場にへたり込んだ。
これだけ騒がしくしていれば、様子を見に来てもおかしくない。
見てみれば、爆弾でも落ちたのかと思うほど、自慢のお風呂場がボロボロだ。
そりゃショックだろう。
お気の毒に。
「杏奈! これ!」
ヴァンだ。
杏奈のスリングショットと、鉄球の入った小袋を咥えている。
部屋から持ってきてくれたようだ。
「ヴァン、ナイス!」
空中でキャッチする。
杏奈は岩の裏で、受け取ったスリングショットを左腕に装備する。
「隠れるな! 卑怯者め!」
杏奈が岩陰からそっと顔を出す。
途端に、魔法が連続して飛んでくる。
杏奈は隠れながら、倒壊した東屋に狙いを定めた。
相手は女の子だ。
気絶してくれればいい。
あまり強くない力で、背中に……。
撃つ。
鉄球は何ヶ所か跳弾し、杏奈の狙い通り、少女の背中に当たった。
先ほどまでひっきり無しに飛んできていた魔法弾の雨が止まる。
杏奈は岩陰から、そっと顔を出した。
少女がうつ伏せで湯船にプカプカ浮かんでいる。
どうやら気絶したらしい。
杏奈は慌てて駆け寄り、女将と一緒に少女を運んだ。
少女の目がゆっくり開く。
焦点が定まってない。
寝惚けているようだ。
と、急に目に光が宿り、立ち上がろうとするも、残念、後ろ手で部屋の柱に縛り付けられている。
何とか縄を外そうと、ジタバタしている。
ここは離れ。
杏奈にあてがわれた部屋だ。
杏奈は縁側でお茶を飲みながら涼んでいたが、少女が目覚めたのを見て、近寄る。
浴衣に似た館内着を着た杏奈は、少女の正面に立った。
「あなた何者? 何が目的? 何で攻撃してきたの?」
「何を! ヨハンナの命令でわたしを止めにきたんでしょ! だから返り討ちにしてやろうと思っただけよ!」
「ヨハンナ? 誰それ。止める? あなたを? 何を言ってるのか、さっぱり分からないわ」
「……ヨハンナの手の者じゃないの? わたしてっきり……」
少女が俯く。
「人違いで攻撃されたの? わたしは。そりゃ無いわ」
「ごめんなさい。連れ戻されたくなくて、必死だったから」
さっきまでの戦闘狂がどこへやら、少女が急にしおらしくなる。
杏奈は、少女の手を縛っていた縄を解いてやった。
「……わたし、ヴァッカースに行きたいんです」
「ヴァッカース? 北の王国の? 何しに?」
「人に会いに……」
「知り合い?」
「お会いしたことはないわ。でも、その方のお力になりたい。そして同時に、家を出て、自分の力を試してみたいの!」
「ふぅん。何だか分かんないけど、その夢、叶うといいわね」
「えぇ! わたし、絶対勇者さまの仲間にして貰うんだ!」
ゲフンゲフン。
少女が憧れの目で瞳を輝かせながら、夕暮れの空を見る。
ゆ、……え?
…………今、なんと?
「あなた、勇者に会いたいの?」
「えぇ、絶対お仲間にしてもらいます」
「勇者ねぇ……。あなた、何か特技でもあるの?」
「見ての通り、魔法が使えるわ」
「あぁ、はいはい。魔法使いか。そういや、仲間に魔法使い、いないわね」
「え? あなた、勇者さまのこと、知ってるの?」
「あぁ、まぁ……。知り合いというか……」
「何ですって?」
と、そのとき。
「姫さま! お探ししましたぞ!」
「わわ、なになに?」
「ヨハンナ!」
杏奈の部屋に入ってきたのは、メイド服を着たお婆さんが一人と、十人ほどの、若いメイド軍団だった。
土足厳禁の部屋に、土足でズカズカ入る闖入者たち。
床が足跡で真っ黒だ。
「あぁ! おやめください、ここは土足厳禁なんです!」
ここまで案内してきたらしい女将が叫ぶ。
半べそをかきながら女将が必死に抗議するも、闖入者たちはガン無視だ。
「姫? あなた、お姫さまだったの?」
「そうじゃ。この御方は、ユールレイン王国の末姫さま、『ソフィ=フォン=ユールレイン』さまじゃ。旅のお方、邪魔して済まんかったの。くれぐれもこの事は内密に」
「嫌! わたし、勇者さまのお力になるの! まだ帰らないんだったらーー!」
少女、ソフィ王女は、ヨハンナ婆に連れられて、帰って行った。
「……仲間希望だってさ。どうするの? 杏奈」
さっきまで縁側で熟睡していたヴァンだったが、この騒動ですっかり起きてしまったようだ。
小さな身体で杏奈のそばに寄り添う。
「勘違いで温泉ぶっ壊すような、扱いが難しい子は勘弁願いたいわね。放っておきましょう。さ、そろそろ、お食事食べに行きましょうか」
「やったーー!」
杏奈はヴァンをヒョイっと抱え上げ、ご主人と女将さんのいる母屋に向かった。
時坂杏奈……二十三歳。無職。勇者。竜使い。
ヴァングリード……古代竜。
ピーちゃん……巨大ヒヨコ。パルフェという、馬に並ぶポピュラーな乗り物。
「竜使い? おぉ、なんか、カッコいい! でも実際には、わたしはヴァンを使役してたりはしないわね。だって、何も言わなくても、勝手に動いてくれるもん。ホントいい子よ。仲間っていうより、ペットっぽいけど」
杏奈は何も無い空を見ながら、日中、ピーちゃんの背で、くぅくぅ寝こけるヴァンの姿を思い浮かべ、クスっと笑った。
「村だ……。今日はここで泊まらせてもらおっか」
「ボク、厩舎じゃないよね?」
「うん。一緒の部屋に泊まろ。ただし、火、吐いちゃダメよ?」
杏奈は目の前の小ドラゴン『ヴァン』を撫でながら、木製アーチに掛けられた看板を読んだ。
『ユール村』と書いてある。
久々に小さな村だ。
杏奈はピーちゃんに乗ったまま、村の中央に向かって歩みを進めた。
周囲を見る。
茅葺屋根の家が並んでいる。
行き交う村の人々は、皆、作務衣に似た衣装を着ている。
パルフェが珍しいのか、その歩みに、子供たちがついてくる。
サービスのつもりか、ヴァンがピーちゃんの上で、変顔を決めながら、煙をポッポポッポ出して見せる。
子供たちがワっと笑う。
「ね、この村に宿泊する場所とかってある?」
杏奈が鞍上から子供たちに声を掛ける。
子供たちが歩きながら目を合わす。
一番の年長さんが頷いて、村の奥を指指す。
「宿、あるよ。一軒だけ。まっすぐ進んだ川沿い!」
「ありがと。これ、みんなで食べな」
杏奈は鞍上から年長の子に飴を人数分渡した。
ヴィヨンの町で、道中、口寂しくなったときに食べようと買ったものだ。
子供たちが大喜びしながら去っていった。
程なく、川に行き着いた。
川幅は、十メートル程しかないが、とても澄んでいる。
清流だ。
木々が茂り、川風も気持ちいい。
そのまま川に沿って行くと、古びた建物を見つけた。
ここまで歩いてきて見た建物の中ではダントツに大きい。
おそらく、これが宿だろう。
「ごめんくださーーい」
「はーーい」
中から前掛けをした中年男性が出てくる。
「あの、宿泊出来ます?」
「宿泊……ですか。それが……貸し切られてしまいまして……」
「貸し切り? 部屋が全部埋まってるの?」
「いえ、使用しているのは一部屋だけなんですが、昨日から逗留してらっしゃるお客様が、貸し切りにしたいとおっしゃられまして……」
「参ったなぁ。ここ以外でこの村に宿、無いんでしょ? 野宿は嫌だなぁ」
主人が申し訳無さそうな顔をする。
「あんた、女性の方だし、離れの部屋ならいいんじゃないの?」
奥から中年女性が出てくる。
どうやら、夫婦でやっている宿のようだ。
「ごめんなさいね、お客さん。貸し切りしたお客さんだけど、貴族のお嬢さまっぽくてさ。どうにもシャイなのか、他のお客さんと会いたくないって言うもんだから。でも、離れなら大丈夫でしょ。ちょっとご不便掛けちゃうけど、それで良ければ……」
「あぁ、全然おっけー。じゃ、それでお願いします!」
杏奈は主人にピーちゃんの手綱を渡し、女将に導かれて、宿に入った。
「うっはーー、これ、最高!」
野天風呂は、思った以上に広かった。
湯船を岩が取り囲む。
岩風呂だ。
岩のすぐ向こうに川が流れている。
杏奈は目を瞑った。
杏奈の隣でヴァンも、目を瞑りながら湯船に浸かっている。
ドラゴンでも温泉を気持ちいいと感じるのか、尾っぽがパタパタ動いている。
川のせせらぎも、遠くの野鳥の鳴き声も、近くの虫の立てる音も、全てがハーモニーとなって、杏奈を包み込む。
旅行番組でたまに見る、隠れ家的温泉宿。
テレビも無く、ネットも繋がらない、ただ精神と身体を休める為だけの温泉。
こういうとこに、一度泊まってみたかったのよねー。
心地よい風に吹かれて湯煙が一気に流される。
と、杏奈の真正面に金髪の少女がいた。
大量の湯煙のせいで、一緒に風呂に入っていたことに気付かなかったらしい。
少女の顔が固まる。
ゆっくり息を吸い込み……。
「待った、待った、待ったーー!」
杏奈は慌てて駆け寄り、少女の口を塞いだ。
少女の金色の髪が揺れる。
「女。女。わたし、あなたと同じ、女だから。ほら。ね? たまたまお風呂が一緒になっただけで、怪しい者じゃないから。分かった?」
杏奈はバスタオルを巻いた身体を見せて、男性では無いことをアピールする。
少女がコクコク頷く。
それを見て、杏奈がゆっくり手を離す。
次の瞬間、少女は、バスタオルを身体に巻いたまま、バク転で後ろに飛びすさった。
少女が杏奈に、いつの間にか持っていた杖を向ける。
「火焔弾!」
杏奈の顔面に少女の魔法が直撃する。
「ふぎゃ!」
杏奈の無敵防御は、魔法にも適用されるようで、怪我こそしなかったが、代わりに顔がススだらけで真っ黒になった。
「な、なにを……」
「効いていない? 魔法防御ね。ならば効くまで当て続けてやる!」
「は?」
少女が再び杏奈に杖を向ける。
「火焔弾!」
「わわわわわっ!」
杏奈は、すっぽんぽんにバスタオルを巻いただけの姿で、浴室を逃げ回った。
幸いにも、ここは岩風呂だ。
遮蔽物には事欠かない。
「避けるな!」
少女は砲台と化して、魔法を放ち続ける。
それを杏奈は必死に避け続けた。
と、少女の魔法で、温泉併設の東屋が盛大に吹っ飛んだ。
「お、お客さん、どうされました? あぁ! これは!」
浴室に入ってきた女将が、その惨状に絶句する。
あまりの有様に、女将がその場にへたり込んだ。
これだけ騒がしくしていれば、様子を見に来てもおかしくない。
見てみれば、爆弾でも落ちたのかと思うほど、自慢のお風呂場がボロボロだ。
そりゃショックだろう。
お気の毒に。
「杏奈! これ!」
ヴァンだ。
杏奈のスリングショットと、鉄球の入った小袋を咥えている。
部屋から持ってきてくれたようだ。
「ヴァン、ナイス!」
空中でキャッチする。
杏奈は岩の裏で、受け取ったスリングショットを左腕に装備する。
「隠れるな! 卑怯者め!」
杏奈が岩陰からそっと顔を出す。
途端に、魔法が連続して飛んでくる。
杏奈は隠れながら、倒壊した東屋に狙いを定めた。
相手は女の子だ。
気絶してくれればいい。
あまり強くない力で、背中に……。
撃つ。
鉄球は何ヶ所か跳弾し、杏奈の狙い通り、少女の背中に当たった。
先ほどまでひっきり無しに飛んできていた魔法弾の雨が止まる。
杏奈は岩陰から、そっと顔を出した。
少女がうつ伏せで湯船にプカプカ浮かんでいる。
どうやら気絶したらしい。
杏奈は慌てて駆け寄り、女将と一緒に少女を運んだ。
少女の目がゆっくり開く。
焦点が定まってない。
寝惚けているようだ。
と、急に目に光が宿り、立ち上がろうとするも、残念、後ろ手で部屋の柱に縛り付けられている。
何とか縄を外そうと、ジタバタしている。
ここは離れ。
杏奈にあてがわれた部屋だ。
杏奈は縁側でお茶を飲みながら涼んでいたが、少女が目覚めたのを見て、近寄る。
浴衣に似た館内着を着た杏奈は、少女の正面に立った。
「あなた何者? 何が目的? 何で攻撃してきたの?」
「何を! ヨハンナの命令でわたしを止めにきたんでしょ! だから返り討ちにしてやろうと思っただけよ!」
「ヨハンナ? 誰それ。止める? あなたを? 何を言ってるのか、さっぱり分からないわ」
「……ヨハンナの手の者じゃないの? わたしてっきり……」
少女が俯く。
「人違いで攻撃されたの? わたしは。そりゃ無いわ」
「ごめんなさい。連れ戻されたくなくて、必死だったから」
さっきまでの戦闘狂がどこへやら、少女が急にしおらしくなる。
杏奈は、少女の手を縛っていた縄を解いてやった。
「……わたし、ヴァッカースに行きたいんです」
「ヴァッカース? 北の王国の? 何しに?」
「人に会いに……」
「知り合い?」
「お会いしたことはないわ。でも、その方のお力になりたい。そして同時に、家を出て、自分の力を試してみたいの!」
「ふぅん。何だか分かんないけど、その夢、叶うといいわね」
「えぇ! わたし、絶対勇者さまの仲間にして貰うんだ!」
ゲフンゲフン。
少女が憧れの目で瞳を輝かせながら、夕暮れの空を見る。
ゆ、……え?
…………今、なんと?
「あなた、勇者に会いたいの?」
「えぇ、絶対お仲間にしてもらいます」
「勇者ねぇ……。あなた、何か特技でもあるの?」
「見ての通り、魔法が使えるわ」
「あぁ、はいはい。魔法使いか。そういや、仲間に魔法使い、いないわね」
「え? あなた、勇者さまのこと、知ってるの?」
「あぁ、まぁ……。知り合いというか……」
「何ですって?」
と、そのとき。
「姫さま! お探ししましたぞ!」
「わわ、なになに?」
「ヨハンナ!」
杏奈の部屋に入ってきたのは、メイド服を着たお婆さんが一人と、十人ほどの、若いメイド軍団だった。
土足厳禁の部屋に、土足でズカズカ入る闖入者たち。
床が足跡で真っ黒だ。
「あぁ! おやめください、ここは土足厳禁なんです!」
ここまで案内してきたらしい女将が叫ぶ。
半べそをかきながら女将が必死に抗議するも、闖入者たちはガン無視だ。
「姫? あなた、お姫さまだったの?」
「そうじゃ。この御方は、ユールレイン王国の末姫さま、『ソフィ=フォン=ユールレイン』さまじゃ。旅のお方、邪魔して済まんかったの。くれぐれもこの事は内密に」
「嫌! わたし、勇者さまのお力になるの! まだ帰らないんだったらーー!」
少女、ソフィ王女は、ヨハンナ婆に連れられて、帰って行った。
「……仲間希望だってさ。どうするの? 杏奈」
さっきまで縁側で熟睡していたヴァンだったが、この騒動ですっかり起きてしまったようだ。
小さな身体で杏奈のそばに寄り添う。
「勘違いで温泉ぶっ壊すような、扱いが難しい子は勘弁願いたいわね。放っておきましょう。さ、そろそろ、お食事食べに行きましょうか」
「やったーー!」
杏奈はヴァンをヒョイっと抱え上げ、ご主人と女将さんのいる母屋に向かった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
30
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる