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第37話 山本星海と初めての魔法

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【登場人物】
山本 星海やまもとそら……十七歳。高校二年生。魔王。


「お、魔王表示が付いた。引き受けたから表示が変わったってことか。なかなか面白いな、これ。時坂がこれで遊ぶのも分かる気がする」

 星海は何も無い空を見、年相応の、少年らしい笑みを浮かべた。


「ホントだ、出られない」

 星海は、魔王城の入り口で、結界に阻まれるのを感じた。
 手を出しても、肩を当てても出られない。
 扉が開いているにも関わらずだ。

「魔力容量の問題らしいです。四方を囲む護聖球セントオーブを壊して結界を破れれば、普通に外に出られるらしいんですけど」

 案内をしてくれている、スーツを着た美人魔族が教えてくれる。
 確か、受付嬢をやっている『アニス=リーヴ』と言っていた。
 これ絶対、容姿で選んでるだろ。
 年頃の高校生の星海にとっては、いささか目の毒だ。

「あ、でも、魔界へは問題無く行けますよ。後でゲート、案内しますね」

 アニスがニッコリ笑う。
 その後ろを、台車を押した作業員たちが大勢通って行く。
 元々魔王城は、観光スポットなのだそうだ。
 五百年に一度、魔王が降臨すると、模様替えをして魔王城本来の役目に戻る。
 つまり、星海の住居となる。

「なんか、悪いな、ホント」

 星海は、アニスと一緒に魔王城の中を見て回りながら言った。
 大広間に入ると、星海の頭の上を魔族が飛び交っている。
 星海は目をこらした。
 どうやら巨大垂れ幕を外す作業をしているようだ。

 なんで、ぶち抜きの天井にしちゃったかな。
 天井が遥か高空にある。

 壁に貼ってあるポスターを剥がすのはまだマシだろうが、天井からぶら下がってい る大量の垂れ幕を外すのは、本当に大変そうだ。
 飛べるから平気、と言うかもしれないが、やはり重量がそれなりにあるらしく、皆、大汗をかいている。

『歴代の魔王さまは、ここで勇者を迎え撃ったんだそうです。でも巨大化したときに毎回天井を破っちゃって大変だっていうことで、ここだけ天井を高くしたらしいですよ』

 考えていることが顔に現れていたのか、アニスが笑顔で解説してくれる。

 でも、オレ、巨大化しないし。
 六畳一間の小さな部屋を一つだけ開けてくれれば、そこで過ごすのにな。

 そんなことを考えたりもしたが、さすがに魔族の総大将がそんな部屋に住むのは印象が良くないのだろう。
 星海は、甘んじて好意を受けることにした。

 と、星海は、ちょうど入り口の辺りに着いた団体が、揃って自分を見ているのに気づいた。
 貴族だ。
 値踏みされている。
 そりゃそうだ。
 魔族を治めるのが人間だなんて、納得できない魔族も大勢いるだろう。

 中でも一人、怒りと憎しみの目で星海を睨みつけている人物がいる。
 赤い目をして赤い髪を撫で付けた、二十代、長身の魔族。
 要注意だ。
 貴族たちは、他の係員に案内されながら、奥に消えていった。

『今の、ヘイゼル伯爵の一行です。先代魔王を排出した家系なんですよ』
「あれ、誰だか分かる? 長身の若い人」
『こっちを睨みつけてた人ですか? 長男のマルスさんですよ。ご自身が次の魔王に指名されるとでも思ってたんですかね』

 魔神アークザインが言っていた。
 魔族を従えるには、それ相応の力を示す必要があると。
 星海は右手の手のひらを見た。
 雷が小さく白く走る。

 夜までにもうちょっと使いこなせるようにならなくっちゃな。
 星海は手を握りしめた。


 その夜。
 魔王城に続々と魔族の重鎮たちが集まってきた。
 学生服のブレザーに黒のマントを羽織った星海は、玉座に座って彼らを出迎えた。

 三百人は、いるだろうか。
 皆、星海より大柄で強そうだ。

 事前情報によると、魔族の世界は、やはり強さで全てが決まるらしい。
 そんな奴らが、いくら魔王だからと言って、人間の、しかも小僧ごときに唯々諾々いいだくだくと従うとは思えない。
 その証拠に、皆、不機嫌そうな顔をしている。

『魔王さまにおかれましては、ご機嫌麗しゅう……』

 一目置かれた存在らしく、くだんのヘイゼル伯爵が代表挨拶をする。

「うん、まぁ、悪くない。わざわざの訪問、感謝する」

 星海も、シレっと言う。

「まぁでも、いつまでも腹の探り合いをしててもしょうがないから、ぶっちゃけていこう。ほら、納得いってないヤツ、出てこい。ここでオレを殺して玉座に座れ。座れるものなら、だがさ。相手になってやるよ」

 会場が一気にザワつく。
 魔族が顔を見合わせる。
 その内、若い魔族が五人、前に出てきた。
 全員知り合いなのだろう。

 魔王城を訪問するなり星海を睨みつけていた赤髪の二十代の魔族が、拳をポキポキ鳴らしながら、更に一歩前へ出る。
 こいつがリーダーのようだ。

 その動きに合わせ、その他の魔族が壁際まで下がる。
 星海も玉座を降りて、広間の中央まで行く。

『ではお言葉に甘えて。オレはヘイゼル伯爵家嫡男、マルス。お覚悟を!』

 右手のひらを前に差し出す。
 一瞬で炎が宿り、直径二メートルもの火焔弾が連続して星海に向かって飛んでくる。

 星海は全身に薄くシールドを張り巡らせた。
 火焔弾は、星海に当たると同時に霧散した。
 自身の火焔弾がことごとく無効化されるのを見たマルスは、一瞬、驚愕の表情を浮かべた後、高速で星海に接近した。
 魔法でダメなら打撃で、と思ったのだろう。

 マルスが右手を振り上げる。
 その爪が一気に伸びる。
 星海は攻撃を敢えて受けた。
 打撃が頭、身体問わず、色々な箇所にヒットする。
 だが、鉄をも易々やすやすと斬り裂く攻撃が、全てシールドで無効化され、髪一筋かみひとすじ切ることが出来ない。

 十分ほど攻撃をしていたが、さすがに疲れたのか、マルスの攻撃が止んだ。
 肩で息をしている。
 せっかく撫で付けた髪が、グシャグシャだ。

「終わりか? じゃ、ここからオレの攻撃ってことでいいかな?」

 マルスが疲れ果てた顔を星海に向ける。
 星海は右手のひらを前に出した。
 星海の手のひらが強烈な光を放つと、マルスはその場で爆散した。

『マルスぅぅぅぅぅ!!』

 父親、ヘイゼル伯爵が絶叫する。
 が、さすがにこの状況では星海に抗議することも出来ないと分かるのだろう。
 その場でブルブル震えている。

 星海は続けて、右手を空に向かって上げた。
 一瞬で頭上に火球が現れる。
 直径十メートルの火球による熱波が、壁際に下がっている貴族たちにまで伝わる。
 こんなモノ落とされたら、魔王城自体が吹っ飛ぶ。
 貴族たちの顔が一様に畏怖に変わる。

 そんな中、反抗を示した残りの四人の若い貴族が、みな跪く。
 ひと目で敵わないと悟ったのだろう。

 星海はその様子をしばらく見ていたが、やがてため息を一つつくと、右手を軽く振って、火球をかき消した。
 続いて、左手のひらを前に出す。

 星海の左手のひらの上に、まばゆい光が現れる。
 右手の人差し指を立て、光の前の空間に、素早く、何か複雑な紋様を描く。

 次の瞬間、あっという間に光を中心に、暴風が巻き起こった。
 星海は、左手をかざしたまま、ゆっくり後ろに下がった。
 暴風の中で雷が数条、激しく光る。
 大陸を覆うほどの巨大竜巻を、無理矢理、三メートル程度に圧縮している感じだ。

 どこから現れたのか、何かが中心の光に巻き付いていく。
 見る見る内に心臓が再生される。
 ドックンドックン動いている。

 続いて、血や肉片、骨が空から出現し、集い、人体を構成する。
 広間の魔族たちが息を呑む。
 グロい。グロすぎる。
 まるで、人体模型だ。
 生身の血肉な分、こっちのほうがよりひどい。

 星海の顔が嫌そうに歪む。
 幸いなことに、他の魔族の目は暴風の中の人体再生に集中している。
 お陰で星海のゲンナリした表情がバレずに済んで助かっているが、正直目の前で術を発動した星海が一番、グロい場面を見させられている。

 心臓から始まった再生は、五分ほど掛かってようやく手足の指先まで到達した。
 無事、裸のマルスが最構成された。

『ゲホっ、ゲホっ』

 ヘイゼル伯爵家嫡男、マルスは、激しく咳をした後、周りを見回した。

『な、何が起こったんだ……』
『マルスぅぅぅぅぅぅぅ!!!!』
『お、オヤジ、痛い、痛いってば』

 ヘイゼル伯爵が急ぎ駆け寄ってきて、涙を流しながらマルスを抱き締める。
 羽織っていたマントを、甲斐甲斐しく息子にかぶせてやる。

 魔族といえど、親子の情といったものは、人間と変わらないようだ。
 星海はそれを後ろに下がって眺めた。

 内心、初めての魔法で知識通りの効果が出たことに興奮を感じていたが、それを表 には表さず、ポーカーフェイスで通す。

 ヘイゼル伯爵が、星海の前にひざまづいた。

『攻撃力、防御力共に、歴代の魔王さま方に引けを取るものではございません。むしろ、それ以上かと。更に、人体再生の魔法。こんな力、聞いたことがありません。さすが魔王さま、感服いたしました。我々貴族一同、魔王さまへの絶対の服従をお約束させていただきます』

 重鎮貴族たちが一斉に星海の前に跪く。

「うん、納得できたのならいいよ。そっちの若いの、マルスって言ったか。お前も納得できたか?」
『……完敗です。もう逆らうつもりはありません』
「そっか。なら今度はオレの力になってくれ」
『何……でしょう』
「おい、さっきの若い奴ら、ちょっと前に出てこい」

 マルスと一緒に不服を示していた四人の若い貴族が前に出てくる。
 皆、一癖も二癖もありそうなワルっぽい顔をしているが、その顔が、星海に報復されるのかと微かに怯えを浮かべている。

「オレに逆らおうとする胆力、身から滲み出る抜きん出た力、共に申し分無い。お前ら、オレの直属部隊を率いろ。軍隊から使えるヤツを四千人引き抜け。それを再編成し、千人の大隊を四つ作るんだ。各人、近日中に自分の率いる部隊員のリストを提出しろ。マルスはオレの親衛隊の隊長だ。色々力になってもらうぞ」
『は、はい!』

 星海は、再び玉座に座った。
 パンパンっと手を叩く。

「ではお待ちかね。宴にしようか」

 扉が開いて、一斉に料理や飲物が運ばれてくる。
 アメとムチを使い分けなくっちゃな。
 星海はそんなことを考えながら、貴族たちを見てニヤリと笑った。
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