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第44話 時坂杏奈と山本星海 その一

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【登場人物】
時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。勇者。
ジン=レイ……二十四歳。神務官じんむかん聖両剣ダブルセイバーの使い手。
クレイグ=クラウヴェル……三十歳。聖大剣バスターソードの使い手。
ジークフリート=クラウヴェル……二十五歳。聖騎士。聖騎士剣ナイトソードの使い手。
ソフィ=フォン=ユールレイン……十四歳。王女。聖杖ロッドの使い手。
ラウル=ノア=ザカリア……三十一歳。盗賊。聖双小剣ツインダガーの使い手。
ヴァングリード……古代竜エンシェントドラゴン
山本 星海やまもとそら……十七歳。高校二年生。魔王。


「ったく……冗談じゃ……ないわよ!」

 杏奈は息を切らせながら、大広間の中を走り回っていた。
 杏奈の走り去った後を、爆音が追ってくる。
 ちょうど通り過ぎたばかりの床で爆発が起きているのだ。

 絶対、わざとだ。
 こちらがヘバるのを待って、遊んでいる。
 杏奈は走りながら、部屋の中央から魔法を放ってくる星海をにらみつけた。

 杏奈は広間を綺麗に一周して気が付いた。
 杏奈の前方に、いくつも瓦礫がれきの山が出現している。
 さっきまでこんなの無かった。
 そうか、これ、着弾跡ちゃくだんあとだ。

 黒曜石の床が爆発でめくれ上がって瓦礫と化し、ちょうど一人分隠れられるスペースとなっている。

 杏奈は一番近い瓦礫の裏に滑り込んだ。
 杏奈は歯噛はがみする。

 この瓦礫は、杏奈の為の避難スペースだ。
 わざと作ったに決まっている。
 星海は、杏奈に向かって、いつでも始末できるぞと言いたいのだ。
 遊ばれている。

「痛っ!」

 今度は瓦礫を避けるように、氷のつぶてがいくつも飛んできて、隠れているはずの杏奈の頭や肩に当たる。
 誘導弾ホーミングだ。
 だが致命傷となるような深刻な攻撃では無い。
 十分手加減されている。

 だが杏奈は、礫が自分に当たった瞬間、脳裏のうりに小さく何かが浮かぶのを感じた。
 これは……。

「どうした、どうした! 早く逃げないと、やられちまうぞ?」

 からかうような星海の声が聞こえる。
 次の瞬間、杏奈の視界が真っ白に染まった。
 杏奈は反射的に隠れていた瓦礫から飛び出した。
 その途端、杏奈のいた瓦礫が吹っ飛ぶ。

 杏奈は振り返って、何が起きたのかを確認した。
 瓦礫のあった場所に煙が立ちのぼっている。
 雷だ。瓦礫に星海の放った魔法の雷が落ちたのだ。

 瓦礫に追い込んでは、そこから追い立てる。
 星海は、無敵防御の無くなった杏奈をターゲットに、フォックスハントをしているつもりなのだ。
 バカにして!

 杏奈は次の瓦礫に滑り込みながら、星海に向かって、五発ほどスリングショットを放った。
 四発、明後日あさっての方向にすっ飛んでいったが、一発だけ星海に当たった。
 だが、威力が足りていないのか、当たった一発も星海の防御魔法に弾かれ、ダメージを与えられない。

「やるじゃん」

 星海が笑いながら火焔弾を放ってくる。
 杏奈は隠れていた瓦礫を飛び出し、次の瓦礫に走る。
 杏奈が走り出した途端、先ほどまで杏奈が隠れていた瓦礫が木端微塵こっぱみじんに吹っ飛ぶ。

 杏奈は走りながら、右手でふところの財布をあさった。
 賢者イルマに貰った根付ねつけが、指先に当たる。
 杏奈は財布から思いっきり根付を引き千切ちぎった。

 杏奈は、手の中の根付を見た。
 千切れたヒモの先に、淡い紫色をした宝石が付いている。
 杏奈はその場に急停止した。
 だがそこは、星海からは丸見えだ。

 杏奈は素早く根付を床に置き、気合一閃きあいいっせん、スリングショットで宝石を撃ち抜いた。
 宝石が一撃で割れる。
 同時に、何かの波動が、広間中に広がっていくのを感じた。

 視界が再び真っ白になった。
 星海が放った雷が、杏奈に直撃した。
 だが、杏奈はケホっと一度せきをしただけで、平然と立っている。
 星海の顔が、驚愕きょうがくの表情にいろどられる。

 杏奈はその場に仁王立におうだちして、スリングショットを星海に向かって構えた。
 撃つ!
 放った鉄球五発は、五発とも星海のマントを貫いた。
 星海の魔法防御をわずかながらも貫いたようで、ダメージも与えられたようだ。

「バカな……。神の奇跡が復活しているだと? そんなはずは無い! 魔神アークザインの力によって、大神ガリヤードのほどこした無敵防御と攻撃結果の制御は消えたはずだ! 何が起こっている!!」
「形勢逆転ってところかしらね。種明かししてあげよっか」

 杏奈はわざとゆっくり、腰に下げた皮の小袋から鉄球を取り出した。
 次のショットの為の準備だ。
 星海のダンマリを肯定こうていと受け取ったのか、杏奈がしゃべり始める。

「冒険を始めた最初の頃、ポンコツ女神がわたしに、おかしな能力を付与ふよしたのよ。頭の中でサイコロを振るっていう、いかれた能力なんだけどね。サイコロの目が大きければ攻撃も防御も成功するっていう、ハタ迷惑な仕掛けよ。大神ガリヤードさまが無効化してくれてたんだけど、それが今、復活をしたわ。あんたが大元おおもとのガリヤードさまの力を無効化したせいでね!」

 杏奈の解説に、星海の顔が青ざめる。

「そうか、神一柱かみひとはしらにつき、神一柱。魔神アークザインの力では、大神ガリヤードの力しか打ち消せない。女神ユーレリアの力までは打ち消せないということか!」
「そういうこと。よく出来ました」

 杏奈はわざとらしく、拍手をしてみせた。
 星海が杏奈を睨みつける。

「だが、それはあくまで確率論だ。多少なりとも攻撃と防御の質が上がったところで、サイコロの目が毎回高い数値を出すわけではないはずだ!」
「わたしね、賢者イルマが作った根付を付けていたのよ。その根付は、冒険の道中、周囲から少しずつ幸運を吸い取り続けてきたの。それを今割ったわ。貯め込んだ膨大ぼうだいな量の幸運がこのフィールドに広がり、今、わたしに流れ込み続けている。効果が切れるまで、サイコロの目は高い数値を出し続けてくれるって仕掛けなの。これで『ほぼ』無敵防御状態が復活したってわけ。お、分、か、り?」
「……ならば、その確率をも超える攻撃を与えれば問題無いわけだろう? 魔神の心臓デビルハートよ! オレに力を貸せ!!」

 星海の持ったオーブから黒いモヤがにじみ出す。
 見る見る内にモヤが収束し、魔神の姿が現れる。
 さすがに護魔球イビルオーブとは格が違う。

 一瞬で杏奈は悟った。
 これは尋常じゃなくヤバい。

 魔神と化した星海が杏奈にパンチを繰り出す。
 杏奈は慌てて飛び退いた。
 杏奈の立っていた床に直径三メートルの大穴が開く。

 すかさず魔神の蹴りが飛んでくる。
 手をクロスさせて防御した杏奈は、二十メートル吹っ飛んで、背中から壁に叩きつけられられた。

「がはっ!!」

 あまりの衝撃に、一瞬息が止まる。

「杏奈に触るな!」

 上空で隠れていた小竜ヴァンが魔神に飛び掛かる。
 魔神は右手一本振っただけで、ヴァンを吹っ飛ばした。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
「ヴァン!!」

 魔神は杏奈に向き直り、その場で火焔弾を放った。
 十発か、百発か。
 魔神の、開いた手のひらから放たれる火焔弾が止まらない。
 火焔弾は次々に、壁際に倒れた杏奈に吸い込まれていき、大爆発を起こした。

 煙が晴れる。
 魔神は目を見張った。
 杏奈の前に何かがある。

 聖武器セントウェポンだ。
 杏奈の目の前に展開された六本の聖武器が、扇風機の羽のように高速回転し、ラウンドシールドと化している。

「勇者さま!」
「杏奈さん!」
「姉ちゃん!」
「杏奈さま!」
「トキサカ!」
「杏奈!」

 いつの間にか出現した五人と一匹が、大広間の入り口から叫ぶ。
 杏奈が召喚したのだ。

「こっち来ちゃダメよ! そこにいなさい!!」

 口の端に付いた血をぬぐった杏奈は、入り口に向かって叫んだ。
 杏奈が立ち上がる。

「お前らが無事ということは、我が将軍たちは死んだということか。情けない」
「将軍たちは生きているわ! まだ現地で気絶してるでしょうけど」

 ソフィが叫ぶ。
 魔神の動きが止まる。

「そうか、生きているのか……。あいつらだけでも生きていて良かった」
「あんたも生きて地球に連れ帰るわよ。覚悟なさい!」

 ボロボロの杏奈が星海に向かって叫ぶ。
 魔神がゆっくりと振り返る。

「ふっ……はっはっはっはっは! あーーっはっはっはっは!」

 魔神が爆笑する。

「何が可笑おかしいのよ! わたしは世界を救う為にここにいるのよ。見てなさい。今からあんたをぶっ飛ばして、世界に平和をもたらすんだから!」
「……そうか時坂、お前は知らないんだな。ふふっ。いいことを教えてやろう。オレは地球で墜落死する直前、魂だけここヴァンダリーアに運ばれた。だから、地球に帰ったら、即座にオレの魂は墜落中の身体に戻り、そのまま死ぬことになっているんだ。ここでお前に倒されるのも死。地球に帰っても死。オレに未来は無いんだよ。さぁどうする! 真実を知ったお前はどうする? あーーーーはっはっはっは!!」

 星海の告白を聞いた杏奈の顔が歪む。

「ユーレリア! ユーレリア!!」

 杏奈が空に向かって叫ぶ。
 女神ユーレリアが杏奈の隣に出現する。
 だが、今回は時が止まっていない。
 最終決戦であることだし、聖武器の使い手たちになら、もう姿を見られてもいいと思ったのかもしれない。
 ソフィたちも目を丸くして女神と杏奈のやり取りを注視している。

「あいつ、山本星海の言ってることは本当なの?」

 杏奈が激しい口調でユーレリアに詰め寄る。
 ユーレリアが顔を反らしながら、微かに頷く。

『本当です。あの者の運命はすでに決まっています。勝っても負けても。地球に帰っても帰らなくても。その生命いのちは、もうじき尽きます』
「そんなことって……」

 杏奈が絶句する。

「な、なら、わたしの報酬を使う! 彼の、山本星海の運命を変えて! 時を止められるアンタらなら、時を巻き戻して死なないルートに運命を導くことだってできるはずでしょ!!」

 ユーレリアが杏奈の両手を強く握る。
 悲しそうな顔で杏奈の顔を真正面から見つめる。

『杏奈さん、時は不可逆ふかぎゃくなんです! 我々神の力をもってしても、時は止めるのが精々せいぜい。巻き戻すことはできないんです! あの者の運命は変えられないんです!』
「ふっざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」

 杏奈はその場で絶叫した。
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