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第18話 そして新たな世界へ
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【登場人物】
アーク=クリュー……十五歳。勇者。
マール=ララルゥ……十二歳。魔法使い。
リリーナ=ホーリーライト……十七歳。僧侶。
ジェラルド=ウォーロック……古代シュテルネハイウォン王国出身の賢者。
シナモン……全高一メートルの白ヒヨコ。パルフェという乗り物。アークの愛鳥。
ショコラ……全高一メートルの桃ヒヨコ。パルフェという乗り物。マールの愛鳥。
トルテ……全高一メートルの紫ヒヨコ。パルフェという乗り物。リリーナの愛鳥。
港町ラエール。
ここは、観光地としての港町ではない。
漁船が数多並ぶような、漁港に特化したところでもない。
純粋に、貿易と航海を目的とした、大陸に向かう巨大船が停泊する港だ。
そして、港を中心に、貿易会社がいくつも立ち並んでいた。
こここそが、アークの一旦の旅の終着点であった。
「勇者さま! こっち! ここっぽーーい!!」
マールが十字路の先から、ピョンピョン飛び跳ねながら、アークに手を振る。
アークとリリーナがマールの元に集合する。
「お、本当だ。ここだここだ」
マールが指差した会社は思った以上に大きく、入り口に『グランシャリオ商会』という看板が掛けてある。
アークは、父親から貰ったメモ書きと看板とを交互に見て確認すると、マールとリリーナを引き連れて、社内に入った。
アークたちは、沢山の従業員の間を縫うようにして奥に進んだ。
そこら中に、船で大陸から届いた商品が置いてあり、皆、脇目も振らずに作業をしている。
「おじさーーん。コルトおじさん、いるかーーい」
「おぉ、よく来たな、アーク!」
一番奥の社長室の扉を開けると、中で、髭面の太った中年男が、デスクに向かって仕事をしていた。
彼こそが、アークの叔父にして、アルマリアでパン屋を営むアークの父カーティスの弟、『コルト=クリュー』であった。
「なんだ、両手に花か! 相変わらずモテるんだな、アークは。ま、座れ座れ。ジョセくん、お茶を四人分頼むよ」
「はい、社長」
アークたち三人は、社長机の前に置いてある、黒い皮製のソファに座った。
コルトと一緒に仕事をしていた、紺のスーツ姿の女性が立ち上がる。
ブルネットの髪に、メリハリのついたボディ。
色気たっぷりだ。
見た感じ三十歳は越えていそうだが、その年齢でリリーナに引けを取らない体型を維持しているのは、ある種、驚異でもある。
ジョセがアークに向かってウィンクをしつつ、部屋から出て行く。
アークは思わず、まじまじと見てしまったが、隣に座ったリリーナに脇腹をつねられて、注意を叔父の方に戻した。
「で? 大陸のパン屋を紹介して欲しいんだって?」
コルトは手を伸ばし、社長机に置いたあった分厚いファイルブックを取り、アークの前のローテーブルに、開いて置いた。
そのまま、アークたちの正面の位置のソファに座る。
ファイルは、写真が何枚も入り、店毎の情報が書かれていた。
内容がかなり濃い。
仕事の傍ら、用意してくれたにしては、かなり充実している。
アークはパラパラっと捲ったが、やがてファイルをパタンと閉じた。
「ありがとう、叔父さん。忙しい中、骨を折って貰って本当に感謝してる。でも、ごめん。今これは必要無い」
戻ってきたジョセ女史がそれぞれの前に、お茶を置いた。
アークは申し訳無さそうにうつむいた。
マールとリリーナが、横から心配そうに、アークを見る。
黙ってアークを見つめていたコルトが、またも社長机の上をゴソゴソ漁り、今度は地図を一枚、ローテーブルに置いた。
地図には何箇所もメモが貼り付けられており、あちこちに情報がビッシリ書き込まれている。
「……これは?」
「サムライに関しての情報だ。ファンダリーア各地に点在する隠れ里の位置や、鍛冶場の位置、修練場の位置などが書き込んである。今はこっちが必要なんだろ?」
「なんで……」
アークの目が大きく見開かれる。
コルトがニヤっと笑う。
「実はな。先週いきなり音信不通だったオヤジ、『九龍段平』が来たんだよ。俺にとっても五年振りのことだった。ビックリしたぜ。で、アークに渡してやれって、この地図を置いていった」
「じゃ、これ、段平爺ちゃんの?」
「そういうことだ。まぁ、それはそれとして、折角だから、そっちのパン屋ファイルも持っていけや。どこかで必要になるときが来るかもしれないし」
「ありがとう、叔父さん!」
アークは立ち上がり、コルトと握手した。
コルトが握手とハグを返す。
「それと、これ、渡しておこう。大陸行きの船のチケットだ。直近だと明朝出発になる。オヤジに言われて用意しておいたんだが、三枚で良かったんだろ?」
アークは傍らのリリーナを見た。
段平にはリリーナが、リュートチームでは無く、修道院に残るでも無く、アークと一緒の旅を選択すると、分かっていたということだ。
「何もかもお見通しか……」
「何ですの? アークさん」
「何でもない。ありがとう、コルト叔父さん! これで道は決まった。二人とも、行こう!」
三人は、コルトと別れ、今夜の宿へと向かった。
深夜、アークはそっと部屋を出て、一人、船着き場に来ていた。
宿から船着き場まで、徒歩で五分程度だ。
アルマリアを旅立って、四ヶ月。
ようやくポポロニア島を出られるところまで来たからだろう、妙に気が高ぶってしまった。
部屋を出るとき確認してきたが、リリーナとマールはすっかり寝入っていた。
久しぶりに、一人だけの時間だ。
時間も時間なので、船着き場にはアーク以外、人っ子一人いない。
すぐ目の前に、明朝乗る予定の大陸行き大型船が停泊している。
丸い月が、地表を照らす。
船着き場に打ち寄せる、おだやかな波の音が、静かに聞こえる。
アークは、船着き場に置かれたベンチに座って、海を眺めた。
国を一歩も出たことの無いアークにとって、アルマリア王国が世界の全てだった。
それが、ひょんなことから勇者に選ばれ、ポポロニア島を一気に縦断した。
それどころか、明日にはこの島さえ出て、別の大陸まで行こうとしている。
たった四ヶ月で、人生が大きく変わった。
感慨にも耽ようというものだ。
「……こんな時間にどうしたんですか?」
「リリーナ! 起こしちゃったか?」
いきなり掛けられた声に慌ててアークが振り返ると、いつの間にかそこに、リリーナがいた。
薄いピンクのネグリジェに白のカーディガンを羽織っただけの姿だ。
着ている当人に自覚が無いようだが、月明かりに透かされて、身体のラインが丸見えだ。
刺激が強すぎる。
反射的にアークは目を反らした。
しばし無言が続いた後、アークは口を開いた。
「良かったのかい? オレたちと一緒に旅なんかしちゃって」
リリーナがアークの隣に座る。
「なんか、じゃないです。アークさん、マールさんと一緒にいたかったんです」
「リュート……お兄さんと違って、こっちは偽物の勇者だ。どうせ冒険するのなら、本物の勇者と一緒のほうが……」
「勇者って何でしょう……」
「え?」
アークはリリーナを見た。
リリーナが微笑む。
「魔王倒して勇者と呼ばれるのは、いかにもって感じですけど、アークさんがこれまでの冒険でお助けした人だって、アークさんのことを紛うことなき勇者だと思ってますよ、きっと。誰かが勇者だと思えば、その瞬間から、その人は勇者になるんです。そこに資格なんていりません。それに……」
「それに?」
「わたしにとって、アークさんは最高の勇者さまですよ?」
リリーナが、頭をアークの肩に、コテンと、もたせ掛けた。
アークが固まる。
そんな二人の様子を、少し離れた位置から覗いている人物がいた。
「ソコだ! いけ! ……もぅ、あと一歩なのに、どうして行かないかなぁ。勇者さまったらホント、チキンなんだから」
二人の様子を覗き見をしていたのは、マールだった。
光の精霊でレンズを作る方式だ。
声は聞こえないが、意外とハッキリ、映像は映る。
『お嬢ちゃん、そういう趣味はどうかと思うぞ?』
「わぁ!!」
不意に後ろから聞こえた声に振り向くと、そこにウォーロックが立っていた。
だが、ウォーロックの身体は、透けて向こう側が見えている。
「……本体じゃないね、ウォーロックお爺ちゃん? これって影?」
マールは静かに問い掛けた。
『正解。杖、見てみい』
よく見ると、壁に立て掛けたマールの杖がぼんやり光っている。
近付くと、意匠となっている龍の持つ宝石の部分が光っているのに気付いた。
『これでオンオフが分かるんじゃ。いや、実は嬢ちゃんに、説明し忘れていたことを思い出したんで、こうして伝えにきたんじゃよ。よいか。この杖を使えば、いつでもワシを呼び出せる』
「なるほど。困った時は、いつでもアドバイスを貰えるってことね」
マールが、ふんふんと頷く。
『いやいや、今日は影で来ておるが、本体で来ることも可能じゃよ。まぁでも、この機能、チートみたいなもんじゃから、普段は極力使わんで、命の危機というときだけ呼ぶがいい。そのときは、嬢ちゃんがどんな場所にいても、たちどころに現れて救ってやろうからの』
「お爺ちゃん召喚システム! 凄い! ありがと、お爺ちゃん。心強いよ!」
マールの顔が輝く。
「で、見た感じ、坊主とお嬢さんの仲が進展しそうじゃが、嬢ちゃん的にそれはいいんかの?」
「なんで? いいに決まってるじゃない」
「ほうか。わしゃてっきりお嬢ちゃんもあの小僧のことを好きなのかと思っとったぞ」
マールの動きが一瞬止まる。
次の瞬間、マールは爆笑した。
「うんうん、好きだよ? 勇者さま、カッコいいもん。……でもそれは、多分憧れ。恋ってまだ分かんない。だってわたし、まだ十二歳だもん」
マールは急に真面目な顔になって、ウォーロックを見た。
「わたし、親いないんだ。赤ちゃんのときに、お師匠さまに拾われてね。だから今、三人で旅してて、とっても楽しい。カッコいいお兄ちゃんに、綺麗なお姉ちゃん。夢にまで見た兄姉だよ? 勿論、血の繋がりなんて無いし、わたしが勝手に思ってるだけだけどさ。でも、だから二人には幸せになって欲しいし、この旅もまだまだ続いて欲しいんだ」
「そっか。そうじゃの」
ウォーロックは慈愛に満ちた目でマールを見た。
と、ウォーロックの表情に緊張が走った。
「嬢ちゃん、二人の姿が消えておる! 戻ってくるぞ!」
「ヤバい、ヤバい! お爺ちゃん、またね!」
マールは急いでベッドに潜り込んで、頭まで布団を被った。
狸寝入りのつもりだったが、思った以上に疲れていたのか、マールはそのまま、すぐ眠ってしまった。
内容は思い出せなかったが、幸せな夢を見たような気がした……。
「ワンコくん。キミはどこから来たんだい?」
翌朝マールが出立の準備を終えて宿を出ると、そこに犬がいた。
つぶらな瞳に、クルンと丸まった尻尾。
マールは、犬が可愛くて、触りまくった。
犬は、マールにお腹を見せて、されるがままになっている。
「面白ーーい!」
マールはケラケラ笑った。
ワン!
突如、一声啼いたかと思うと、犬はガバっと起き上がり、走って行ってしまった。
「あや、行っちゃった……」
ちょうどそのとき。
アークとリリーナが揃って港の方から歩いてきた。
リリーナがマールに手を降る。
「パルフェ、船に預けてきたぞ。これで大陸でもそのまま自分たちのパルフェで移動できる。さぁ、そろそろ時間だ。二人とも忘れ物は無いな?」
「ありませんわ」
「無いでーーす!」
三人横並びで船に向かって歩き出した。
左から、リリーナ、マール、アークの順だ。
不意に、マールが手のひらを、二人の手に絡ませた。
マールの右の手のひらが、アークの左の手のひらを。
マールの左の手のひらが、リリーナの右の手のひらを、それぞれ握った。
「お、おい、マール」
「マールさん?」
アークとリリーナが困惑する。
マールは二人に満面の笑顔を返した。
「行こう、お兄ちゃん! 行こう、お姉ちゃん!」
アークとリリーナは、マールの言葉に、目を合わせ、笑った。
「あぁ、行こう、マール!」
「行きましょう、マールさん!」
三人は仲良く、桟橋を渡って、船に乗り込んだ。
こうして、アーク、マール、リリーナの三人の乗った船は、ポポロニア島を離れた。
始めての大型船に興奮を隠しきれないマールは、船内を走り回っていた。
それを注意するアーク自身も、初めての航海に心が踊るのか、舳先から全く動こうともせず、ずっと前方を見続けている。
リリーナも、アークの隣で、キレイな金髪が風に吹かれるままにしている。
船の行く手には、ひたすら海が広がっている。
照りつける太陽が皮膚を焼き、潮風が容赦なく顔に当たる。
波を立てて、船が進む。
次の行き先は、中央大陸だ。
冒険者としては、まだまだ発展途上の彼らが、この先、どんな冒険を繰り広げるのか。
冒険は、まだまだ続く……。
END
アーク=クリュー……十五歳。勇者。
マール=ララルゥ……十二歳。魔法使い。
リリーナ=ホーリーライト……十七歳。僧侶。
ジェラルド=ウォーロック……古代シュテルネハイウォン王国出身の賢者。
シナモン……全高一メートルの白ヒヨコ。パルフェという乗り物。アークの愛鳥。
ショコラ……全高一メートルの桃ヒヨコ。パルフェという乗り物。マールの愛鳥。
トルテ……全高一メートルの紫ヒヨコ。パルフェという乗り物。リリーナの愛鳥。
港町ラエール。
ここは、観光地としての港町ではない。
漁船が数多並ぶような、漁港に特化したところでもない。
純粋に、貿易と航海を目的とした、大陸に向かう巨大船が停泊する港だ。
そして、港を中心に、貿易会社がいくつも立ち並んでいた。
こここそが、アークの一旦の旅の終着点であった。
「勇者さま! こっち! ここっぽーーい!!」
マールが十字路の先から、ピョンピョン飛び跳ねながら、アークに手を振る。
アークとリリーナがマールの元に集合する。
「お、本当だ。ここだここだ」
マールが指差した会社は思った以上に大きく、入り口に『グランシャリオ商会』という看板が掛けてある。
アークは、父親から貰ったメモ書きと看板とを交互に見て確認すると、マールとリリーナを引き連れて、社内に入った。
アークたちは、沢山の従業員の間を縫うようにして奥に進んだ。
そこら中に、船で大陸から届いた商品が置いてあり、皆、脇目も振らずに作業をしている。
「おじさーーん。コルトおじさん、いるかーーい」
「おぉ、よく来たな、アーク!」
一番奥の社長室の扉を開けると、中で、髭面の太った中年男が、デスクに向かって仕事をしていた。
彼こそが、アークの叔父にして、アルマリアでパン屋を営むアークの父カーティスの弟、『コルト=クリュー』であった。
「なんだ、両手に花か! 相変わらずモテるんだな、アークは。ま、座れ座れ。ジョセくん、お茶を四人分頼むよ」
「はい、社長」
アークたち三人は、社長机の前に置いてある、黒い皮製のソファに座った。
コルトと一緒に仕事をしていた、紺のスーツ姿の女性が立ち上がる。
ブルネットの髪に、メリハリのついたボディ。
色気たっぷりだ。
見た感じ三十歳は越えていそうだが、その年齢でリリーナに引けを取らない体型を維持しているのは、ある種、驚異でもある。
ジョセがアークに向かってウィンクをしつつ、部屋から出て行く。
アークは思わず、まじまじと見てしまったが、隣に座ったリリーナに脇腹をつねられて、注意を叔父の方に戻した。
「で? 大陸のパン屋を紹介して欲しいんだって?」
コルトは手を伸ばし、社長机に置いたあった分厚いファイルブックを取り、アークの前のローテーブルに、開いて置いた。
そのまま、アークたちの正面の位置のソファに座る。
ファイルは、写真が何枚も入り、店毎の情報が書かれていた。
内容がかなり濃い。
仕事の傍ら、用意してくれたにしては、かなり充実している。
アークはパラパラっと捲ったが、やがてファイルをパタンと閉じた。
「ありがとう、叔父さん。忙しい中、骨を折って貰って本当に感謝してる。でも、ごめん。今これは必要無い」
戻ってきたジョセ女史がそれぞれの前に、お茶を置いた。
アークは申し訳無さそうにうつむいた。
マールとリリーナが、横から心配そうに、アークを見る。
黙ってアークを見つめていたコルトが、またも社長机の上をゴソゴソ漁り、今度は地図を一枚、ローテーブルに置いた。
地図には何箇所もメモが貼り付けられており、あちこちに情報がビッシリ書き込まれている。
「……これは?」
「サムライに関しての情報だ。ファンダリーア各地に点在する隠れ里の位置や、鍛冶場の位置、修練場の位置などが書き込んである。今はこっちが必要なんだろ?」
「なんで……」
アークの目が大きく見開かれる。
コルトがニヤっと笑う。
「実はな。先週いきなり音信不通だったオヤジ、『九龍段平』が来たんだよ。俺にとっても五年振りのことだった。ビックリしたぜ。で、アークに渡してやれって、この地図を置いていった」
「じゃ、これ、段平爺ちゃんの?」
「そういうことだ。まぁ、それはそれとして、折角だから、そっちのパン屋ファイルも持っていけや。どこかで必要になるときが来るかもしれないし」
「ありがとう、叔父さん!」
アークは立ち上がり、コルトと握手した。
コルトが握手とハグを返す。
「それと、これ、渡しておこう。大陸行きの船のチケットだ。直近だと明朝出発になる。オヤジに言われて用意しておいたんだが、三枚で良かったんだろ?」
アークは傍らのリリーナを見た。
段平にはリリーナが、リュートチームでは無く、修道院に残るでも無く、アークと一緒の旅を選択すると、分かっていたということだ。
「何もかもお見通しか……」
「何ですの? アークさん」
「何でもない。ありがとう、コルト叔父さん! これで道は決まった。二人とも、行こう!」
三人は、コルトと別れ、今夜の宿へと向かった。
深夜、アークはそっと部屋を出て、一人、船着き場に来ていた。
宿から船着き場まで、徒歩で五分程度だ。
アルマリアを旅立って、四ヶ月。
ようやくポポロニア島を出られるところまで来たからだろう、妙に気が高ぶってしまった。
部屋を出るとき確認してきたが、リリーナとマールはすっかり寝入っていた。
久しぶりに、一人だけの時間だ。
時間も時間なので、船着き場にはアーク以外、人っ子一人いない。
すぐ目の前に、明朝乗る予定の大陸行き大型船が停泊している。
丸い月が、地表を照らす。
船着き場に打ち寄せる、おだやかな波の音が、静かに聞こえる。
アークは、船着き場に置かれたベンチに座って、海を眺めた。
国を一歩も出たことの無いアークにとって、アルマリア王国が世界の全てだった。
それが、ひょんなことから勇者に選ばれ、ポポロニア島を一気に縦断した。
それどころか、明日にはこの島さえ出て、別の大陸まで行こうとしている。
たった四ヶ月で、人生が大きく変わった。
感慨にも耽ようというものだ。
「……こんな時間にどうしたんですか?」
「リリーナ! 起こしちゃったか?」
いきなり掛けられた声に慌ててアークが振り返ると、いつの間にかそこに、リリーナがいた。
薄いピンクのネグリジェに白のカーディガンを羽織っただけの姿だ。
着ている当人に自覚が無いようだが、月明かりに透かされて、身体のラインが丸見えだ。
刺激が強すぎる。
反射的にアークは目を反らした。
しばし無言が続いた後、アークは口を開いた。
「良かったのかい? オレたちと一緒に旅なんかしちゃって」
リリーナがアークの隣に座る。
「なんか、じゃないです。アークさん、マールさんと一緒にいたかったんです」
「リュート……お兄さんと違って、こっちは偽物の勇者だ。どうせ冒険するのなら、本物の勇者と一緒のほうが……」
「勇者って何でしょう……」
「え?」
アークはリリーナを見た。
リリーナが微笑む。
「魔王倒して勇者と呼ばれるのは、いかにもって感じですけど、アークさんがこれまでの冒険でお助けした人だって、アークさんのことを紛うことなき勇者だと思ってますよ、きっと。誰かが勇者だと思えば、その瞬間から、その人は勇者になるんです。そこに資格なんていりません。それに……」
「それに?」
「わたしにとって、アークさんは最高の勇者さまですよ?」
リリーナが、頭をアークの肩に、コテンと、もたせ掛けた。
アークが固まる。
そんな二人の様子を、少し離れた位置から覗いている人物がいた。
「ソコだ! いけ! ……もぅ、あと一歩なのに、どうして行かないかなぁ。勇者さまったらホント、チキンなんだから」
二人の様子を覗き見をしていたのは、マールだった。
光の精霊でレンズを作る方式だ。
声は聞こえないが、意外とハッキリ、映像は映る。
『お嬢ちゃん、そういう趣味はどうかと思うぞ?』
「わぁ!!」
不意に後ろから聞こえた声に振り向くと、そこにウォーロックが立っていた。
だが、ウォーロックの身体は、透けて向こう側が見えている。
「……本体じゃないね、ウォーロックお爺ちゃん? これって影?」
マールは静かに問い掛けた。
『正解。杖、見てみい』
よく見ると、壁に立て掛けたマールの杖がぼんやり光っている。
近付くと、意匠となっている龍の持つ宝石の部分が光っているのに気付いた。
『これでオンオフが分かるんじゃ。いや、実は嬢ちゃんに、説明し忘れていたことを思い出したんで、こうして伝えにきたんじゃよ。よいか。この杖を使えば、いつでもワシを呼び出せる』
「なるほど。困った時は、いつでもアドバイスを貰えるってことね」
マールが、ふんふんと頷く。
『いやいや、今日は影で来ておるが、本体で来ることも可能じゃよ。まぁでも、この機能、チートみたいなもんじゃから、普段は極力使わんで、命の危機というときだけ呼ぶがいい。そのときは、嬢ちゃんがどんな場所にいても、たちどころに現れて救ってやろうからの』
「お爺ちゃん召喚システム! 凄い! ありがと、お爺ちゃん。心強いよ!」
マールの顔が輝く。
「で、見た感じ、坊主とお嬢さんの仲が進展しそうじゃが、嬢ちゃん的にそれはいいんかの?」
「なんで? いいに決まってるじゃない」
「ほうか。わしゃてっきりお嬢ちゃんもあの小僧のことを好きなのかと思っとったぞ」
マールの動きが一瞬止まる。
次の瞬間、マールは爆笑した。
「うんうん、好きだよ? 勇者さま、カッコいいもん。……でもそれは、多分憧れ。恋ってまだ分かんない。だってわたし、まだ十二歳だもん」
マールは急に真面目な顔になって、ウォーロックを見た。
「わたし、親いないんだ。赤ちゃんのときに、お師匠さまに拾われてね。だから今、三人で旅してて、とっても楽しい。カッコいいお兄ちゃんに、綺麗なお姉ちゃん。夢にまで見た兄姉だよ? 勿論、血の繋がりなんて無いし、わたしが勝手に思ってるだけだけどさ。でも、だから二人には幸せになって欲しいし、この旅もまだまだ続いて欲しいんだ」
「そっか。そうじゃの」
ウォーロックは慈愛に満ちた目でマールを見た。
と、ウォーロックの表情に緊張が走った。
「嬢ちゃん、二人の姿が消えておる! 戻ってくるぞ!」
「ヤバい、ヤバい! お爺ちゃん、またね!」
マールは急いでベッドに潜り込んで、頭まで布団を被った。
狸寝入りのつもりだったが、思った以上に疲れていたのか、マールはそのまま、すぐ眠ってしまった。
内容は思い出せなかったが、幸せな夢を見たような気がした……。
「ワンコくん。キミはどこから来たんだい?」
翌朝マールが出立の準備を終えて宿を出ると、そこに犬がいた。
つぶらな瞳に、クルンと丸まった尻尾。
マールは、犬が可愛くて、触りまくった。
犬は、マールにお腹を見せて、されるがままになっている。
「面白ーーい!」
マールはケラケラ笑った。
ワン!
突如、一声啼いたかと思うと、犬はガバっと起き上がり、走って行ってしまった。
「あや、行っちゃった……」
ちょうどそのとき。
アークとリリーナが揃って港の方から歩いてきた。
リリーナがマールに手を降る。
「パルフェ、船に預けてきたぞ。これで大陸でもそのまま自分たちのパルフェで移動できる。さぁ、そろそろ時間だ。二人とも忘れ物は無いな?」
「ありませんわ」
「無いでーーす!」
三人横並びで船に向かって歩き出した。
左から、リリーナ、マール、アークの順だ。
不意に、マールが手のひらを、二人の手に絡ませた。
マールの右の手のひらが、アークの左の手のひらを。
マールの左の手のひらが、リリーナの右の手のひらを、それぞれ握った。
「お、おい、マール」
「マールさん?」
アークとリリーナが困惑する。
マールは二人に満面の笑顔を返した。
「行こう、お兄ちゃん! 行こう、お姉ちゃん!」
アークとリリーナは、マールの言葉に、目を合わせ、笑った。
「あぁ、行こう、マール!」
「行きましょう、マールさん!」
三人は仲良く、桟橋を渡って、船に乗り込んだ。
こうして、アーク、マール、リリーナの三人の乗った船は、ポポロニア島を離れた。
始めての大型船に興奮を隠しきれないマールは、船内を走り回っていた。
それを注意するアーク自身も、初めての航海に心が踊るのか、舳先から全く動こうともせず、ずっと前方を見続けている。
リリーナも、アークの隣で、キレイな金髪が風に吹かれるままにしている。
船の行く手には、ひたすら海が広がっている。
照りつける太陽が皮膚を焼き、潮風が容赦なく顔に当たる。
波を立てて、船が進む。
次の行き先は、中央大陸だ。
冒険者としては、まだまだ発展途上の彼らが、この先、どんな冒険を繰り広げるのか。
冒険は、まだまだ続く……。
END
応援ありがとうございます!
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