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きらきら
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しおりを挟む「前の会社の同僚なんだ。実は、一緒に会社をやらないかって誘われてて…」
駅に向かって歩きながら、本村さんは言う。
結局プレゼントは決まらなくて、下調べをしてから出直すことになった。
「……正直、やってみたい気持ちはあるんだけど…」
「だったら、」
本村さんが迷う理由がわからない。
少なくとも俺だったら、迷わずその道を選ぶだろう。
「そんなに簡単じゃないよ」
彼は薄く笑った。
「自分が食べていくだけだったらまだいいけど、養育費のこともあるし…てゆうか、」
ごめん、こんな話…と本村さん。
「……いえ、」
たまに、本村さんを遠くに感じる。
彼の方が長く生きてるぶん、それは仕方がない事なんだろうけど。
前に、早く大人になりたいと言ったら彼は笑った。
――そんなに急がなくても…今しか出来ないことだってあるんだし
確かにそうかもしれないけど。
早く卒業して、美容師の仕事で飯を食えるようになりたい。
そして彼の隣りに、堂々と立っていられるようになりたかった。
「ごめんね、貴重な休みを潰しちゃって…」
別れ際、申し訳なさそうに彼は言った。
「楽しかったっすよ」
いろんなおもちゃを眺めながら一生懸命考えている本村さんはちょっと可愛かったし、今度ゲームを教える約束もしたし。
「じゃあ、また」
「……あ、」
背を向けようとした彼を、思わず呼び止めてしまった。
「どうしたの、」
「……や、なんでもないっす」
「……?そう?」
無邪気に笑う彼を見て、胸が苦しくなった。
「田上くん…?うわ、」
腕を引き、物陰に隠れる。
そして彼を抱き寄せるとキスをした。
「……あ」
我にかえると茫然としている本村さんを見て、しまったと思う。
「………」
「……あの、」
「……や、いつかはするだろうなって思ってたんだけど…でもいざそうなると絶対緊張しちゃうよな~って…」
「え?」
「でも、そんな暇なかったね」
ぽかんとしている俺の前で、照れ臭そうに笑う彼の頬は赤く染まっていた。
「じゃあ、おやすみ」
彼と別れて一人、自分のアパートへと向かう。
……てか、やべぇよあの人
自然と口元が緩んでしまう。
キスしたことは勿論、自分が思ってたより意識されていた事が嬉しい。
……すげえ可愛い、
俺はどうしようもなく浮かれていた。
玄関の前に立つ、あいつの姿を見るまでは。
「こんな時間まで、どこに行ってたの」
あいつはさも当然、というように部屋に入ってくる。
「ご飯、ちゃんと食べてるの?」
「………」
「コンビニのお弁当ばっかりじゃ身体に良くないわよ」
「うるせぇよ」
肩に触れようとしたその手を振り払う。
「あんたには関係ねぇだろ」
そう言うと、あいつはいかにも傷ついたという表情を浮かべる。
「……どうしてそんなこと言うの?」
――母親が息子の心配をして何が悪いの?ねぇ、どうして?
「……私には晶(アキラ)ちゃんしかいないのに」
「出てけよ!」
耐えられずに怒鳴りつける。
するとあいつはフラフラと立ち上がり、ぽつりと言った。
「……ねぇ、私たちは親子なのよ?死ぬまで…、死んでもね」
ぞっとした。
それはまるで、呪いの言葉だった。
また来るわね、と言ってあいつは部屋を出ていく。
いつの間にかテーブルに置いてあった封筒をドアに投げつけると、中に入っていた紙幣が床に散らばった。
「……っ、くそっ」
壁に背を預け、そのままずるずると座り込む。
部屋にはまだあいつの香水の匂いが残っていて、吐き気がした。
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