短編集(1)(BL)

kotori

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柔らかな唇

turn1.圭

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『今、どこ?』
「……どこって、家ですけど」
『よかった、今から行っていい?あと十分くらいで着くから』

彼は、こっちの返事を待たずに一方的に電話を切った。

「………」

いち大人として、どうなのソレ…。
てゆうか、もう完全にここに向かってる途中だよね…。

「……ミナミ、」

俺は隣で眠っている男の脇腹を、足先でつついた。

「……ンだよ…」

朝方まで散々ヤりまくってたので、眠くて仕方がないのだろう。

……俺だって眠いし

時計を見れば、まだ七時過ぎだった。

「……悪いんだけどさ、帰って」
「……はあぁ?なんで?」

不機嫌な声。

「客が来るんだよ」
「……また新しい男かよ、」
「違うって」

むしろそっちの方がいいかも。
修羅場はごめんだけど。

「姉貴のダンナ」
「……早紀さんの?なんで?」
「……さぁ?」



南が部屋を出て行って五分くらいしてから、亮二さんはやって来た。

「……おはよーございます」
「おはよう、久しぶりだね」

スーツ姿の義兄は、早くに悪いね、と申し訳なさそうに言った。

……ほんとにな

ただ眠いだけじゃなくて、朝は苦手だ。

「……で、なんすか?」
「……早紀、いる?」
「……姉貴?……ああ、」

そっか、やべえ忘れてた。

「……友達に呼び出されて、どっか行きました」

咄嗟にそう言ってはみたものの。

「………」

あ、信じてない。
まあ無理ありすぎだよな、こんな朝っぱらから呼び出す友達なんか普通いねーよ。
寝てないせいか頭が廻らないし、うまい嘘もつけない。

でも姉貴曰わく「今時珍しいくらい真面目で純粋で誠実」らしいこの人に、あんたの嫁は今頃ラブホで年下の男とハメまくってるよなんて言えなくね。
まあ想像したらそれはそれで面白そうではあるけど、関わりたくないし。

「……姉貴も勝手ですよねぇ、いくら弟が心配だからってダンナほったらかして…あ、俺は助かってるんですけどね?家事とかやってもらえると」

とりあえず思いついた事を、へらへら笑いながら喋った。

「……友達って、誰?」

曇った表情のまま、亮二さんが言う。
そうきたか……。

「……え?ええっと、確か前の職場の人で…」

適当な名前がでてこない。
てゆうか俺、姉貴の友達ってセフレしか知らない。

「……アリバイ、頼まれたの?」

……バレてんじゃん

俺は亮二さんを見た。
眼鏡の奥の真剣な目を見て、もう誤魔化しても無駄だと悟った。
ごめん姉貴…あんたのダンナ、見かけによらず鋭かった。
 


ちなみに俺は、姉貴を庇ってるわけじゃない。
もちろんシスコンでもない。
ただこういう時は互いに協力し合うっていう、暗黙のルールが昔からあるだけで。

「……あがります?散らかってますけど」

放心状態の亮二さんを、仕方なく部屋に招く。

……さて、どうしたもんかな

「コーヒーでいいですか?」
「……ありがとう。あ、いいかな、吸っても」
「どうぞ」

俺は山盛りだった吸い殻をゴミ箱に捨てて、灰皿を差し出した。

「………」

冷静になろうと努力しているのが、ありありとわかる。
前から思ってたけど、全然大人っぽくないよなこの人。

「……あれ、もしかして誰かいたの?」
「あぁ、はい」

シャワーを浴びる時間しかなくて、テーブルの上には昨日南と飲んだビールの缶や、コンビニの袋が散乱したままだった。

ベットのシーツはぐちゃぐちゃだし、昨夜使ったローターやらバイブやらはさっきキャビネットに押し込んだけど、床にローションのチューブとか転がってるし。
なんだか生活感が溢れまくってる俺の部屋。

「それは本当に申し訳なかった。……彼女かい?」
「いえ、友達です」

窓を開けながら答えた。

「……そう」

亮二さんは何か言いたげな表情のまま、煙草の煙を吐き出した。



亮二さんは、姉貴が家に忘れていったケータイを偶然見たらしい。
姉貴にしては迂闊なミスだ。
余程急いでたのか…にしても、途中で気づいただろうに。

……でもまぁ、この人なら…

勝手に人のケータイをチェックしたりするタイプにはみえないし、大丈夫かと思ったのかも。
亮二さんが気づいたのは、本当に偶然だったんだと思う。

「……圭くんは、知ってるの?」
「……え?」
「……その、早紀の…」
「……あぁ、まぁ」

一度だけ、姉貴とそいつと三人で飯を食ったことがある。
痩せ型で背が高くて、顔はよかったけど無口な奴だった。
タイプじゃなかったからあんまり覚えてないけど。

「……いつから?」
「………」
「……ごめん。なんか俺、みっともないな」

亮二さんは苦笑いでコーヒーを飲んだ。

「……余裕がないんだ」
「……てゆうかさ、」

俺は自分の煙草に火をつけながら言った。

「別によくない?」
「え?」
「ゲームみたいなモンですよ、姉貴の場合」
「……ゲーム?」

亮二さんの眉がぴくりと動く。

「そうそう。遊びですよ、単なる」
「……遊びって、」
「いいじゃん浮気くらい。本気じゃないんだからさ」

開き直ってみた。
でも今更ヘタな言い訳するより全然よくね?
なんかもう、めんどくさいし。

「……圭くんそれ、フォローのつもり?」
「うんまぁ、一応?」

姉の早紀は俺より三つ年上で、身内の欲目じゃないけど結構美人だ。
学生の頃から随分とモテていた。
でも特定の誰かとつきあうことは滅多になくて、いろんな男と遊んでいたようだった。

――お前と早紀さん、顔も性格も似てないのに、そういうとこだけそっくりだよな

幼なじみで、早紀のこともよく知っている南は呆れたように言った。

――姉弟揃って、趣味が男漁りって…



「……だって俺、姉貴から結婚するって聞いた時まじ驚いたもん」
「………」
「だからきっと姉貴のなかで、義兄さんは特別なんだよ」
「……全然嬉しくないな」

亮二さんの表情は強張ったままだ。

「どうして?」
「……なあ圭くん、本気で言ってるの?」
「何が?」
「………」

困った顔がかわいい。
俺のタイプじゃないけど。
思ってることがすぐに顔にでるし。
きっと素直な人なんだろうなあと思う。

「……別に浮気を正当化するつもりはないですけど。でも、義兄さんは姉貴のこと好きなんだろ?」
「だから許せないんじゃないか!」
「………」

亮二さんははっとした顔をして、ごめんと言った。

「……姉貴も義兄さんのことが好きなんだと思いますよ?」
「……。圭くんはさ、本気で人を好きになったこと、ある?」
「んー…、好きな奴は多いかも」

本気の意味はわかんないけど。

「……そういうんじゃなくてさ」
「あ、やっぱセックスがうまい奴がいいよね」
「……そういうことでもなくて」

亮二の顔が少し赤くなる。
ああ、今時珍しいくらい純粋なんだっけ。

「あとはまぁ、ノリじゃん?」
「……ノリって…」

不快感をあらわにする亮二さん。
俺はじっと彼を見た。

「俺も訊いていいですか?」
「……なに、」
「義兄さんはさ、一人で満足なの?」
「……は?」
「いろんな奴と、試してみたくならない?」

てゆうか、飽きない?

「……君にとっても、ゲームなのか?」
「かもね」

クリアするのが目的じゃなくて、単にその場を楽しむ為っていうか。
あ、でも姉貴は亮二さんとはクリアしたくて、結婚したのかな。
じゃあやっぱ、特別なんじゃん?

「……全く理解できないよ、俺には」
「そう」
「君たちが、何を考えてるのかわからない」

溜め息混じりの声。
別に、大して何も考えてないけど。
ただ好きなように生きてるだけだし。

「………」

途方に暮れている亮二さんの姿を見て、俺のなかで何かが動いた。
それは単純な、興味。
姉貴はこの人の、何に惹かれたんだろう。

「……義兄さん、」

立ち上がって言った。

「わからないなら、自分もやってみればいいんじゃない?」
「……そんなこと、わかりたくもない」

彼は視線を逸らしながら答える。

「でも、姉貴のこと好きなんでしょ?」
「………」

俺はちょっと笑いながら、彼の頬に触れた。

「……試してみればいいじゃん」

そしてそのまま、ソファに座っている亮二さんの唇にキスをした。


    
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