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残業(1)
しおりを挟む同性を好きになる。
そういう嗜好があることは知ってたし、別にそれをどうこう言うつもりはまったくないけど。
少なくとも俺はこれまで女しか好きにならなかったし、自分が男をそういう対象として見るなんて考えたこともなかった。
「……終わらへん…」
一向に減る気配のない仕事の山を前に、大きな溜め息を吐く。
「そんなになるまで溜め込むからだろ」
「やって…俺、追い込まれんとやる気でぇへんの…」
呆れ顔の秋山にほら、と差し出されたのは栄養ドリンク。
「おおきに~」
「じゃあ俺、帰るわ」
「えー?もうちょい付き合ってくれへん?」
「パス。今から秘書課と合コンだし」
「はぁあ?!」
思わず持っていた書類を握り潰してしまった。
なんなんそれ、聞いてへん!
「女子の噂は怖いねぇ」
そのにやにやした顔を見て、はっと気づいた。
……あの女か!!
「まぁそのうち、ほとぼりも冷めるっしょ」
取り敢えずそれ頑張れよと言うと、秋山は上機嫌で帰っていった。
「なんやの、もう…」
苛々しながらキーボードを叩く。
栄養ドリンクのおかげで目は覚めたものの、モチベーションは急降下。
……あいつら今頃、楽しんどるんやろなぁ…
うちの秘書課は若くて可愛い子が多い。
それに普段仕事であまり関わることがないので、この機会を逃してしまったのはかなり悔しい。
……まぁ、自業自得なんやろうけど…
「……休憩しよ、」
誰に言うわけでもなく呟くと、もう何度目かわからない溜め息を吐いて立ち上がった。
俺にはあまり、独占欲というものがないのかもしれない。
束縛はするのもされるのも嫌だし、相手が恋人だろうがなんだろうが自分のテリトリーにはあまり踏み込まれたくない。
それは拒絶してる訳じゃなくて、単に自分の時間や生活を大事にしたいからだ。
それにどんな相手とも適度な距離をもって接することが、対人関係を円滑にすると俺は思う。
無人の喫煙ルームで一服して、首の骨をコキコキと鳴らした。
こうなったらとっとと終わらせて、ビールでも買って帰ろう…そんな事を考えながら薄暗い廊下を歩く。
すると、かすかに聞こえた人の声。
もうすぐ月末だし、自分以外にも残ってる人間がいるんだろう――そう思って、俺は何の気なしに会議室のドアを開けた。
そして思わず息を飲んだ。
「……んッ、あ…」
はっきりと聞こえてきたのは、この場に全くそぐわない甘い声。
「…っ、も、だめ…、」
ぎしぎしと軋む会議用のテーブルと、その上で揺れる小さな背中。
俺は言葉を失ったまま、その淫猥な光景に見入っていた。
「――あ、あああッ」
そして一際高い声があがったと同時に、かしゃんと音をたてて床に落ちたのは――
見覚えのある、黒縁眼鏡だった。
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