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挙動不審なそのわけは(2)

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無人の屋上。

ここは会社のなかで、唯一心休まる場所だ。
人付き合いが苦手な俺は、社食を利用した事がなかった。
他人と食事をするのは落ち着かないし、誰かと話したくも話しかけられたくもない。

……あれ、

ふと人影に気づく。
フェンスの前に立つその後ろ姿には、見覚えがあった。

「……中沢さん?」
「……おう、おつかれ」
「どうしたんですか?」

ここで誰かに会うのは珍しかった。
喫煙所なら中にもあるし。

「もしかして、また別れ話ですか?」

ベンチに座りながら言うと、中沢さんは苦笑いを浮かべた。

「そんなんちゃうよ」
「そうですか」

整った顔立ちと、均等がとれた身体つき。
その気さくで話しやすい人柄は、性別や年齢を問わず人気がある。
そんな彼の社内における浮いた話は数知れず、いくらその手の話に疎い俺でも知っていた。

「……そんだけ?」
「え?」
「昼飯」
「あぁ…はい」

もともと食は細い方なので、昼は大抵コンビニのサンドイッチと缶コーヒーで済ませている。

「足りへんやろ」
「いえ…別に」
「よっしゃ、じゃあ今日は俺が奢ったる!」
「ええ?いや、そんな」
「まぁまぁそう言わんと、遠慮すんなや!おし、まだ外出ても間に合うな」

笑顔でそう言うと、中沢さんは半ば強制的に俺を屋上から連れ出した。



「ここ、店は狭いけど安くてめっちゃ旨いねん!」
「ちょっ、声が大き…」
「何にする?おすすめはしょうが焼き定食やな!」
「じ、じゃあそれで…」
「おっちゃん、しょうが焼き飯大盛で二つ!」
「はいよ!狭くて悪かったな!」
「聞こえてたんかい!」

ここにはよく来るのか、中沢さんと店主らしきおじさんは軽口を交わしている。
内心ハラハラしていた俺はほっとした。

……てゆうか、なんでこんなことに…

こじんまりとしたその店は人気があるのか、社食よりも人口密度が高い。

「飯はちゃんと食わな倒れんで?」

お冷やをついでくれながら、中沢さんが言う。

「………。中沢さん、なんだかお母さんみたいですね」
「はぁ?誰がオカンやねん!」

小さく吹きだしたその時、定食が運ばれてきた。

「ほれオカン、お待ちどう!宣伝してくれてありがとな!」
「いややわぁ、俺とおっちゃんの仲やないの!なんやったらまけてくれてもええんやで~」
「アホ、これ以上安くしたら店が潰れるわ」

そんな二人の掛け合いを聞きながら、いただきますと言ってしょうが焼きを食べる。

「……おいしい」

予想以上の味に驚いていると、せやろ!と中沢さんは嬉しそうに笑った。



「あの…、やっぱり自分の分は自分で」

店を出る時にそう言うと、中沢さんは笑った。

「ええって、誘ったのは俺やから」
「でも、」
「こういう時は、大人しく奢られんのが礼儀やで!」
「……はい。ご馳走さまでした」
「おう!ほんなら、ちょっと急ぐで」



会社に戻る途中、なぁ、と中沢さんが言った。

「なんですか?」
「……いや、」

珍しく、歯切れが悪い。

「……?」
「……そうや、たまにはこうやって、一緒に昼飯食べに行かへん?」
「……え、」
「嫌か?」
「あ、いえ、そういうわけじゃ…」

正直、戸惑った。
できれば昼休みは、一人でゆっくり過ごしたいけど。

……でも、

なんだかこういうのも、悪くないっていうか。

「……。たまに、なら」
「ほんま?」
「あ、でも…次からは、ワリカンでお願いします」

すると中沢さんは、ええよ、と言って笑った。



end.
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