聖トレビアン女学院の半分は男の娘で出来ています

恐怖院怨念

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第三章:バレた? トレビアン詩天王編

15話:暗雲

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【鷲屋雛菊ワシヤヒナギク】


 平和だと思っていた日常。
 しかし、波乱の暗雲は何の前触れもなく徐々に近づいてきていた。
 鷲屋雛菊はベリーショートの栗毛をわずかに揺らしながら、いつものように華麗なる身のこなしで廊下を歩いていた。
 すると。
 タタタタタ、と、後ろから誰かがやってきた。
 雛菊は小鳥のさえずりのような可愛らしい声でトレビアン流の挨拶をする。

「真実さん、ごきゅーです」

 尊敬と畏怖の念を込めて『トレビアンの玄武姫』と呼ばれるこの雛菊も、この子の前だけでは素直になれる。
 真っ黒な髪をマッシュルームのようにかりあげたボーイッシュな天使。
 数多に従える妹たちの中でも、特に信頼のおける筆頭妹頭、鈴原真実である。

「ヒナお姉さま、ごきゅーです」

 真実はお姉さまの挨拶に対し、控えめに頭を下げる。
 雛菊は、彼女が来るのを待っていた。
 相談したいことがあったのだ。
 周りに誰もいないのを確認すると、雛菊は後ろを振り返り、真実の耳元に口を近寄せてささやきかけた。

「ねえ、真実。最近、なんだかにおわない?」

「ど、どうしたのですか?」

 真実は驚いた顔で聞き返す。制服の袖や肩口を慌ててくんかくんかと嗅ぎながら、

「わ、私、ちゃんと毎日お風呂に入ってますよ?」

 しかし雛菊は、『悪いけど、今はそんなボケにつきあってる暇はないの』と言わんばかりに真顔で、

「そうじゃなくて」

 と言った。
 別にボケたつもりはなかった真実は、ちょっぴり理不尽な姉の仕打ちに少しだけ悲しそうに眉を寄せたが、雛菊は気にせず話を続けた。

「ここ最近、なんだか学校の中で青臭い男子のにおいがする……ような気がするのよ」

「気のせいでは? ここは神聖なるトレビアンの学びや。職員をのぞいて男子が入り込む隙間はありません」

「それはわかっているのだけれど……」

 雛菊は形のよい顎に指を当てて、

「ねえ、考えたくもないのだけれど、このあいだ保望の方達がいらっしゃったじゃない? あの中に紛れてたりはしないかしら。ほら、いま流行の男の娘? そういうのが」

「まさか……」

 真実がそう思うのも無理はない。
 そんなことは常識的にありえないのだから。
 まさかこの神聖な学校に男の娘が紛れてるどころか、今となっては全校生徒の約半分が男にまみれているだなんて、トレビアン女子の誰一人として想像すらしていないだろう。
 しかし、ただ一人。雛菊だけはいち早くこの異変に気づいていた。

「私、ダメなのよ。汚らわしい男子を見るとジンマシンが出ちゃって。殺意も沸いてくる。もし本当に紛れていたらと思うと、どうにかしちゃいそうよ……」

 薄幸の雛菊お嬢様は、額に手を当てて息も途絶えそうな勢いで、ふらり……と、よろめきため息をつく。
 そんな姉を見て、真実は『おいたわしや、お姉さま……』と思うのだった。


【ファーストコンタクト】


 放課後。
 ゲタ箱で雛菊が靴を取ろうとしていたら、すぐそばに背の高い女の子がやってきた。

「やーん、もうすぐ『夕焼けフニャフニャ』の時間だわ! 早く帰らないと間に合わないわーっ!」

 バタバタと靴を履きかえながら騒ぎ立てるその子は、肉感的でエキゾチックで、それでいて女と言うにはガタイがよく、注意深く見るとアゴにはうっすらとヒゲが生えているように見える。
 ひ、ヒゲ?
 雛菊は驚いて四度くらい見なおした。

「あっちゃん萌えーーーっ!」

 と、ヒゲの子は靴を履いてそんな雛菊の目の前を駆け抜けていく。
 ふわり、と、ヒゲには似合わぬシャンプーのいい匂いが鼻腔をくすぐった。
 その瞬間。
 ぞわっ……。
 と、雛菊は背中に悪寒が走るのを感じた。

「ひゃんっ!」

 雛菊は飛び上がって壁に背中とお尻をくっつける。
 そばに控えていた真実は、そんなお姉さまの異変に気づき、

「ど、どうされたのですか。お姉さま」

 と言った。

「い、いま……。出てきたわ」

「なにが?」

「じ、ジンマシン……。か、かゆいっ!」

 雛菊は壁にお尻をつけたまま、モジモジと体を動かした。

「え、ジンマシン? どこに出たのですか?」

「そ、それを聞くぅ……? この格好を見ればわかるでしょ!」

「あ、あの。申し訳ありません。ちょっと……わかりません」

 にぶい子ねっ。
 頬に手を当て戸惑いう真実に、雛菊は困ったような顔をして、頬を真っ赤に染めてこたえた。

「……ごにょごにょ」

「え? 聞き取れません。もう少しはっきりとおっしゃってください」

 こ、こいつ……っ。

「お、お尻。お尻よ! ばかっ。は、恥ずかしいこと言わせないでよ、ばかっ!」

「お、お尻……」

 姉の返答に、真実はかぁぁぁぁぁぁーっと耳まで真っ赤にして、

「つまらないこと聞いちゃって、申し訳ありませんでしたっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 と、何度も何度も謝り続けたのであった。

   ★ ★ ★

 ひとしきりテンヤワンヤとした後、雛菊達はようやく落ち着きを取り戻した。
 雛菊は深刻な顔をして顎に手を当てて、

「ジンマシンが出てきたということは……」

 さっきのヒゲの子……。

「……あれは殿方?」

「ま、まさか」

 真実は笑い飛ばすようなそぶりを見せたが、上手くはいかなかった。
 笑うことなんて出来なかった。
 冗談と言うには、タチが悪すぎる。
 このトレビアンの校舎の中に男の娘が紛れているなんて――。

「ええ。まさかよね。まさか……」

 雛菊はそういいながら、ヒゲの子のゲタ箱のネームプレートに視線を寄せた。
 そこには『榊松原麗』と書かれてあった。
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