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三章 壊れゆく日常編
三十一話
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(……ああ、どうにもダメだな。この手の奴にはつい感情が抑えられなくなる。大黒秋人のことを想起させるからなんだろうけど、それで感情のコントロールが出来なくなるのは我ながら未熟だよなぁ……)
大黒が上原に強くあたってしまう理由、それは上原が相生を殺そうとしている人間だというのに加え、大黒秋人に似た部分を感じていたからでもあった。
肥大化したプライドに実力が追いついていない弱者。その上で自分のために他人を傷つけることを厭わない人間。
だがそれは何も上原や秋人に限った話ではなく、陰陽師という人種の八割はそういった性質を持つ。
そうは分かっているのに過剰に反応してしまった自分に、大黒は少し恥ずかしい気持ちを抱いていた。
(脅すだけならともかく、あんな風に欠点をあげつらう必要は無かったなぁ。何様だって感じになるし………………、まあいいや、切り替えていこう)
悶々としながらも治療を終えた大黒は、地面に刺したままの木刀を支えにしてグッと立ち上がった。
「傷は塞がった。しばらくは痺れて上手く動かないかもしれないが、数分あれば違和感もなくなって元通りになるはずだ」
「そらどーも……」
「俺はもう眠いし、そろそろ行くよ。この結界は消していくから、あんたも見つからない内にどっか行った方がいい。いくら家庭教師とはいえ、こんな真夜中に庭で寝てたら不審者として通報されそうだしな」
「…………なぁ」
大黒は消失結界を解除してこの場を離れようとしたが、立ち去る前に上原に呼びかけられ足を止めた。
「なんだ? 特にもう話すことはない気もするけど」
「本当の所、結局お前はどうして姫愛ちゃんを助けるようなことをしたんだ?」
「は? それは最初に言っただろ。ただ友達だから助けるんだ、って。人殺しは駄目だなんて高尚な理由は無いし、金のためだなんて低俗な理由もない。ただ、守りたいものは全部守るってちょっと前に決めたんでな。それに背くような自分にはなりたくなかったんだよ」
「…………」
大黒の偽らざる本音を聞いても上原は渋い顔のままだった。
陰陽師として生きてきたものにとって、他人とは騙し、利用するもの。特に陰陽師同士ならともかく、陰陽術も使えない一般人相手にはそれが顕著になる。
だから最後まで上原には理解できなかった。自分が手も足も出ないくらい陰陽師として出来上がっている大黒が、損得感情抜きで相生を助けようとしている現実が。
だが、大黒としても今自分が話したこと以上に言えることは何一つなく、上原が納得いっていないのは承知の上でそこから退散することにした。
「別に分からないなら分からないでいいだろ。俺とあんたがこれから友達になるわけでもないし。相生姫愛を守ってさえくれれば、他でどんなことしてようが俺は関知しないからあんたもこれまで通り好きに生きてくれ」
「言われなくてもそうするさ。お前が陰陽師にしては変なやつだったからちょーっと気になっただけで。……じゃーな、出来れば二度と会わないですむことを祈ってるよ」
体の感覚を取り戻したのか、上原ものそりと立ち上がって手近な木にもたれかかった。
そして手をヒラヒラと振って、大黒に別れの挨拶をした。
それを見届けた大黒は何も返さず、空中にいくつかの結界を作って相生邸から遠ざかっていった。
「……はぁ、だから陰陽師じゃないって言ってんのに」
等間隔に張られた結界を足場に空中を跳んでいきながら、大黒は小さくぼやく。
アンニュイな雰囲気を漂わせながら、人でない姿のまま夜空を跳ねる大黒。
向かう先は大黒が住んでいる家から一番近いところにある小さな山。
本来は今の姿にならずに事を収めるつもりだったが、予定外に妖怪化してしまい力も使い切れなかったので、人気のないところで霊力を出し切り人間に戻るために思いついた場所がそこだった。
(眠い……、けど妖怪のまま委員長の家に戻るわけにもいかないしな。それにこの力のおかげで話し合いも早めに終わったんだ。俺の睡眠時間くらい必要経費と考えよう)
そうやって自分を納得させた後、大黒の脳裏に浮かんだのは気持ちよく寝ている相生の姿だった。
(ハクが言ってた問題も無事クリア出来たし、今夜からは委員長もぐっすり寝れるかな? これだけ上手くまとめたんだし家に帰ったらハクも褒めてくれるかもしれない……いや、きっと滅茶苦茶に甘やかしてくれるはずだ。……ヤバいな、目がどんどん冴えてきた)
事態が解決して安心した大黒は、ありえない妄想をしながら顔をだらしなく緩ませる。
ハクがクリアすべき問題として提示していたのは、相生が妖怪や陰陽師の姿を見ることなく全ての事を終えなければいけないということだった。
相生のように霊力が少ない人間は妖怪の姿を見ることが出来ない。しかしそういう人間でも妖怪の存在が現実にいることを知ってしまったり、触れてしまったりすると、妖怪の姿が目に映るようになることがある。
『知らない』という壁さえ破壊してしまえば、人間は誰でも妖怪を視る可能性を秘めている。
だがそれで霊力が増すわけではないので、自衛する術も持たないまま妖怪と関わりを持つことになってしまう。
視ることとは、見られること。妖怪を視る事のできる人間はそうでない人間より、妖怪に狙われる確率が大幅に上がる。
それとまた同様に、陰陽師の存在も普通に生きていくにあたって知らないでいた方がいいことの一つである。
知ってしまえば、相生の兄のように繋がりを持ってしまうかもしれない。そうなれば人生において生死の選択を迫られる機会も自ずと増える。
そういった事態を防ぐため、ハクは大黒に全てを秘密裏に終わらせるよう厳命した。
相生のような人間が、血なまぐさい世界に足を踏み入れてしまわないように。
かくして、全ては相生が寝ている間に行われた。
少々予定とはズレることはありながらも、相生をこちらの世界に巻き込むことは避けられた。
それをやり遂げた大黒は、晴れ晴れしい気持ちで空を駆けていく。
守ることの出来た日常が明日からも続くことに期待を膨らませながら。
大黒が上原に強くあたってしまう理由、それは上原が相生を殺そうとしている人間だというのに加え、大黒秋人に似た部分を感じていたからでもあった。
肥大化したプライドに実力が追いついていない弱者。その上で自分のために他人を傷つけることを厭わない人間。
だがそれは何も上原や秋人に限った話ではなく、陰陽師という人種の八割はそういった性質を持つ。
そうは分かっているのに過剰に反応してしまった自分に、大黒は少し恥ずかしい気持ちを抱いていた。
(脅すだけならともかく、あんな風に欠点をあげつらう必要は無かったなぁ。何様だって感じになるし………………、まあいいや、切り替えていこう)
悶々としながらも治療を終えた大黒は、地面に刺したままの木刀を支えにしてグッと立ち上がった。
「傷は塞がった。しばらくは痺れて上手く動かないかもしれないが、数分あれば違和感もなくなって元通りになるはずだ」
「そらどーも……」
「俺はもう眠いし、そろそろ行くよ。この結界は消していくから、あんたも見つからない内にどっか行った方がいい。いくら家庭教師とはいえ、こんな真夜中に庭で寝てたら不審者として通報されそうだしな」
「…………なぁ」
大黒は消失結界を解除してこの場を離れようとしたが、立ち去る前に上原に呼びかけられ足を止めた。
「なんだ? 特にもう話すことはない気もするけど」
「本当の所、結局お前はどうして姫愛ちゃんを助けるようなことをしたんだ?」
「は? それは最初に言っただろ。ただ友達だから助けるんだ、って。人殺しは駄目だなんて高尚な理由は無いし、金のためだなんて低俗な理由もない。ただ、守りたいものは全部守るってちょっと前に決めたんでな。それに背くような自分にはなりたくなかったんだよ」
「…………」
大黒の偽らざる本音を聞いても上原は渋い顔のままだった。
陰陽師として生きてきたものにとって、他人とは騙し、利用するもの。特に陰陽師同士ならともかく、陰陽術も使えない一般人相手にはそれが顕著になる。
だから最後まで上原には理解できなかった。自分が手も足も出ないくらい陰陽師として出来上がっている大黒が、損得感情抜きで相生を助けようとしている現実が。
だが、大黒としても今自分が話したこと以上に言えることは何一つなく、上原が納得いっていないのは承知の上でそこから退散することにした。
「別に分からないなら分からないでいいだろ。俺とあんたがこれから友達になるわけでもないし。相生姫愛を守ってさえくれれば、他でどんなことしてようが俺は関知しないからあんたもこれまで通り好きに生きてくれ」
「言われなくてもそうするさ。お前が陰陽師にしては変なやつだったからちょーっと気になっただけで。……じゃーな、出来れば二度と会わないですむことを祈ってるよ」
体の感覚を取り戻したのか、上原ものそりと立ち上がって手近な木にもたれかかった。
そして手をヒラヒラと振って、大黒に別れの挨拶をした。
それを見届けた大黒は何も返さず、空中にいくつかの結界を作って相生邸から遠ざかっていった。
「……はぁ、だから陰陽師じゃないって言ってんのに」
等間隔に張られた結界を足場に空中を跳んでいきながら、大黒は小さくぼやく。
アンニュイな雰囲気を漂わせながら、人でない姿のまま夜空を跳ねる大黒。
向かう先は大黒が住んでいる家から一番近いところにある小さな山。
本来は今の姿にならずに事を収めるつもりだったが、予定外に妖怪化してしまい力も使い切れなかったので、人気のないところで霊力を出し切り人間に戻るために思いついた場所がそこだった。
(眠い……、けど妖怪のまま委員長の家に戻るわけにもいかないしな。それにこの力のおかげで話し合いも早めに終わったんだ。俺の睡眠時間くらい必要経費と考えよう)
そうやって自分を納得させた後、大黒の脳裏に浮かんだのは気持ちよく寝ている相生の姿だった。
(ハクが言ってた問題も無事クリア出来たし、今夜からは委員長もぐっすり寝れるかな? これだけ上手くまとめたんだし家に帰ったらハクも褒めてくれるかもしれない……いや、きっと滅茶苦茶に甘やかしてくれるはずだ。……ヤバいな、目がどんどん冴えてきた)
事態が解決して安心した大黒は、ありえない妄想をしながら顔をだらしなく緩ませる。
ハクがクリアすべき問題として提示していたのは、相生が妖怪や陰陽師の姿を見ることなく全ての事を終えなければいけないということだった。
相生のように霊力が少ない人間は妖怪の姿を見ることが出来ない。しかしそういう人間でも妖怪の存在が現実にいることを知ってしまったり、触れてしまったりすると、妖怪の姿が目に映るようになることがある。
『知らない』という壁さえ破壊してしまえば、人間は誰でも妖怪を視る可能性を秘めている。
だがそれで霊力が増すわけではないので、自衛する術も持たないまま妖怪と関わりを持つことになってしまう。
視ることとは、見られること。妖怪を視る事のできる人間はそうでない人間より、妖怪に狙われる確率が大幅に上がる。
それとまた同様に、陰陽師の存在も普通に生きていくにあたって知らないでいた方がいいことの一つである。
知ってしまえば、相生の兄のように繋がりを持ってしまうかもしれない。そうなれば人生において生死の選択を迫られる機会も自ずと増える。
そういった事態を防ぐため、ハクは大黒に全てを秘密裏に終わらせるよう厳命した。
相生のような人間が、血なまぐさい世界に足を踏み入れてしまわないように。
かくして、全ては相生が寝ている間に行われた。
少々予定とはズレることはありながらも、相生をこちらの世界に巻き込むことは避けられた。
それをやり遂げた大黒は、晴れ晴れしい気持ちで空を駆けていく。
守ることの出来た日常が明日からも続くことに期待を膨らませながら。
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