九尾の狐、監禁しました

八神響

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三章 壊れゆく日常編

三十七話

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「すいません、お客様にお見苦しい所をお見せしてしまいました。どうぞ、いらっしゃいませー。ご自由に商品をご覧になって下さいー」
「ふむ……」

 緩く笑顔を作り店長として客に応えた万里を、女性は興味深そうに眺める。

「どうかなさいましたか?」
「ああ、すまない。貴女のような人は久しぶりでね」
「……と、言いますとー?」

 言葉の真意がつかめず万里は頬に手を当てて女性に問う。

 すると女性はカツ、カツ、とローファーの音を立てて大黒に近づき、その顎を撫でた。

「え、ちょ」
「自分で言うのもなんだが私は美しさを長所として履歴書に書けるくらいには美しいと自負している。だから私を初めて見た者は、この彼のように私を見つめたまま固まってしまう。でも貴女は私を見ても固まるどころか彼に気を遣うほど余裕があり、きちんと店員として振る舞った。私の人生でそういう人に出会うのはとても稀なんだ」

 困惑する大黒を余所に女性は万里に興味を引かれた理由を語る。

 それを聞いて万里は納得したように頷き、大黒の頭に手を置いた。

「えぇ……、店長まで……」
「確かにそれだけお綺麗でしたらこの子みたいに見惚れてしまうのが普通かもしれませんねー。でも、私は古美術商です。美しいものを前に立ち尽くしてしまうようでは商売が出来なくなっちゃいますよー。むしろ美しいものを前にしてこそ誰よりも早く動かないとー」
「……いいな。貴女のプロ意識、実に美しいものだ。貴女と同じ職種の人とはそれなりに会う機会もあるが、その中で貴女と同じように動けた者はいなかったというのに」
「それはそれで仕方ありませんよー。だって本当にお綺麗ですものー。美しいものを見続けていたいという気持ちも同業者として理解できますしー」
「美しい人からの称賛は何よりも心にくるね、ありがとう。時間を取らせて悪かった、後は一人で適当に見させてもらうよ」

 女性は髪をかきあげて大黒と万里から離れていく。

 そして万里も大黒から手を離し、面白がって大黒の首にぶら下がってきていた小鉢も離れさせたことでようやく大黒に自由が戻った。

「首と腰が痛い……」
「ごめんねー、置きやすい場所に頭があったからついー」
「いいですよ、あんな姿勢でお客さんを凝視してた俺が悪いんで。にしても本当綺麗な人ですね。絶世の美女とは一度会ったことがありますが、その人と比べても何ら遜色ないくらい全てが整ってる。近くにいるだけでも気後れします」

 大黒の言う絶世の美女とは小さくなる前のハクのことである。つまり大黒は目の前の女性が傾国の美女と呼ばれる九尾と並び立てる見た目を持っていると判断した。

(ま、あの人は人間だしさすがにハクが持ってた妖しげな魅力までは振りまいてないけど……それでも見た目だけで一学年くらいは傾けれそうな迫力はあるな)

 人間としては恐らく最高峰ではないか、と大黒が考え出したところで万里が大黒の二の腕を叩き現実に引き戻した。

「また見ちゃってるわよー。お年頃だからしょうがないかもだけど、そんなに見てたらお客様も気が散っちゃうでしょー」
「私は別に構わないよ。見られるというのは私の美しさを理解してくれているということだからね。嬉しさはあれど、不快にはならない。ただ仕事中であるなら仕事を優先した方がいいと思うけどね」

 万里の注意に答えたのは大黒ではなく商品の品定めをしていた女性であった。

 それほど広くもない店内、流れているBGMも静かだということもあり二人の会話は女性に筒抜けだった。

「す、すいません。あんま邪魔にならないところで仕事してきますね」

 大黒は二人に軽く頭を下げ、腰に引っ付いた小鉢をそのままズルズルと引っ張って店の隅に寄っていった。

 万里は女性に呼ばれ、女性が気になった商品の解説をやり始めていた。

 二人が陶器や作家の話で盛り上がっている間、大黒は再び思考の海に潜っていった。今度はちゃんと手も動かしながら。

(駄目だな最近は。考え込むのが癖になってる。給料分までは無理でも半額分くらいは働かないと。……半額でも千円か、そこまでの働きを出来る気もしないな。精々五百円分くらいかも。こんな良い時給でこんな楽な仕事って今後一生出来ないんだろうなぁ……。………………未だに内定を貰えてないことも悩みのタネだな、いっそここのバイトを一生続けたいけどそんな夢みたいなことを言ってられる時間もなくなってきてる。でも今の状況的に普通の企業で働くのも厳しいんだよな……)

 大黒は腰に抱きついている小鉢をちらりと見る。

「?」

(これから先、俺が陰陽師に狙われるようになったら学校や職場の人間も巻き込まれるかもしれない。けどここだったら小鉢がいるから何が起こっても安心だ。そんな職場が何個もあるとは思えないし、あったとしてもそこに入社できるか分からない。……ってことを考えたら今俺がするべきことは陰陽師の殲滅なのかもしれない。卒論や就活よりもそっちに力を入れるべきか……?)

 考えが煮詰まって物騒な思考に至り始めた大黒。

 そうして大黒がわりと本格的に陰陽師に対するテロ計画を考え始めている間に、女性と万里は商談を成立させていた。

「お買い上げありがとうございますー」
「こちらこそ、いい買い物をさせてもらったよ。人が良ければ商品も良い。ここを見つけられたことは私にとって今年一番の幸運かもしれないな」
「うふふー。そこまで褒めていただいて光栄ですー。お礼に今度お店に来ていただけた時は全品一割引きにさせてもらいますねー」
「………………」
「……!?」

 その瞬間、深く考え事をしていた大黒の背中に鋭い悪寒が走った。

 大黒は手にしていた箒を反射的に体の前に構え、悪寒の発生源を睨みつける。

 しかし一秒と立たない内に大黒が感じていた悪寒は雲散霧消し、大黒の視線の先には和やかに話す万里と女性がいるだけだった。

「それはありがたいな。ぜひとも足繁く通わせてもらうよ」
「はいー、ぜひともー」

 先程までと変化のない平和な光景、それを見ても大黒の体から緊張は解けなかった。

(さっきのは、何だ。絶対に気のせいじゃない。俺に向けられたものじゃないのに確かに感じた。底知れない殺意・・、あんな冷たいものは初めて感じる。あの人は一体……、…………!)

 世間話と会計を終えた女性が、大黒の方に近づいてくる。

 一気に得体のしれない人物になった女性に対して、大黒の警戒心は最大値まで上昇する。

 何が起こってもいいように小鉢を背中に隠し、箒を握る手にグッと力を込める大黒。

 だが、女性から発された言葉は大黒の予想に反して他愛のないものだった。

「お仕事ご苦労さま。私はこれで帰らせてもらうよ。また顔を合わせることにもなるだろうから、その時はよろしく」
「は、はい……。お買い上げありがとうございました……」

 女性はそれだけ言って、店から出ていった。

 女性が最後に見せた笑顔には嘘も悪意も見られず、拍子抜けした大黒はぽかんと口を開けて店の扉を眺めていた。

「どうしたのー? 何かあったー?」
「何かあったというか、何があったんだろうというか……。いえ、なんでもないです。気にしないで下さい」

 万里を誤魔化して大黒は仕事に戻る。

 次にあの女性が来店した時は、注意深く観察しておこうということだけ頭に刻みつけて。
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