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一章 大黒家争乱編
二話
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「落ち着いたことですし話を始めましょう。私が聞きたいことは一つ、貴方は何故私にあのような妄言を吐くまでに至ったのか。それだけです」
「………………」
大黒はこれ以上なく端的に纏められたハクの質問にすぐに答えることはせず、一旦お茶で喉を潤してから口を開く。
その顔は先程までとは打って変わって神妙なものだった。
「……その質問に答える前に俺の話を聞いてもらっていいか」
「それは、私の質問に関係ある事ですか?」
「ああ」
「でしたらどうぞ、私の答えられる範囲でなら答えましょう」
ハクの許可を得て、大黒は自分の事について話し出す。
「俺が居た家はその昔、九尾の狐の討伐に参加していたことがあったらしいんだ。それを踏まえて大黒って名字に聞き覚えはあるか?」
「無いですね。私を討伐する時は何時も、何時の時代も大勢の人間が招集されます。なので、よっぽど印象的な相手でもないと記憶の端にすら残りません」
大黒としてはこの話でハクを怒らせるかもしれないと思っていたが、ハクの反応は淡白なものだった。
「怒ったりしないんだな」
「貴方の先祖が私の討伐に加わっていたことをですか? 言ったでしょう、大勢の人間がいたと。そんなのいちいち気にしていたら私の身が持ちませんよ。いいですから続きをどうぞ」
ハクは自分の反応を窺ってくる大黒を見て、その気遣いは別の場所で発揮してくれないかと思いながら話を催促する。
「……大黒家の人間は昔のことがよっぽど自慢らしくて、先祖の武勇伝を幾度となく話して聞かせてきた。そしてその武勇伝を大げさなものに見せるためだろうなぁ、九尾の狐に関する資料も色々と揃ってたんだ」
その全てが九尾の狐を悪役として扱き下ろすものだったがな、と大黒は吐き捨てる。
「まあ何が言いたいかっていうと、俺にとって九尾の狐は小さい頃から身近に感じる存在だった」
「それは分かりましたが、今の話だと貴方は私に好意など抱かないはずでは?」
ハクは人差し指を頬に当てながら首を傾げる。
「普通ならそうなるんだろうな。けど俺は事情があって大黒家とは滅茶苦茶に仲が悪い、殺したいほど憎んでさえいる。そんなわけで俺はいくら大黒家の連中が九尾の狐の悪評を吹き込もうとそれを頭から信じることは無かった。だから俺は自分で九尾の狐について調べるようになったんだ、嫌いな人間を否定したいって動機でな」
「それで気になることが出来たと」
「ああ。俺が聞きたいのは、ハクは実際どっちなのかってことだ」
大黒はそこで再びお茶を飲み、一拍あける。
「どっち、とは?」
「いやな、調べていくうちに九尾の狐には二つの側面があることを知ったんだ。一つは多くの陰陽師が信じているような悪女としての面、もう一つは国家昌盛や婚姻愛情の兆しとされる瑞獣としての面。確かに善悪二つの面があるはずなのに、日本では不自然なほど悪の方の逸話が語られている。そのことについて自分なりの仮説も考えたけど、やっぱり本人に聞くのが一番だと思ってさ」
「……別に私に限らず二面性のある妖怪は多くいます。人間にしても少なからず違う顔を持つものはいるでしょう。そこまで気にするものではないと思いますが」
ハクの表情は固い。突っぱねるほどのものでもないが、大黒の質問はハクにとって語るのを避けたい話題であるようだった。
だが、長年思い悩んできた疑問を目の前にした大黒がそれくらいで止まるはずも無く、さらに言葉を重ねる。
「俺には重要なことなんだ。それにこれはハクの質問にも繋がるし、出来れば答えてもらえるとありがたい」
大黒の真剣な頼みにハクは黙って少し思案した後、口をゆっくりと開いた。
「分かりました。ですが、私が話すのは貴方が望む答えではないかもしれませんよ」
「それでも俺は知りたい。大丈夫だ、話してくれ」
大黒の決意が固いことを確認し、ハクはしぶしぶ自分の過去について話すことにした。
「結論からいうとどちらの面も私であることに間違いはありません」
「それは……」
「誤魔化しているわけではありません。私が人間にどう語られているかは私も把握しています、細部は違えどそれらの伝承は確かにあったことなのです」
何か言いかけた大黒を手で制し、ハクは話を続ける。
「ただ……、そうですね。善行にしろ悪行にしろ、私が自ら積極的に関わったことはありませんでした」
悔やむように言ったハクの言葉に大黒は過剰に反応し、テーブルから身を乗り出す。
「じゃあハクは無実ってことか!?」
「おち、落ち着いてください。これから話していきますから」
急に盛り上がり始めた大黒にハクは困惑する。
大黒も話を急ぎ過ぎた自覚はあるのか、謝罪しながら椅子に座りなおす。
「悪い、ちょっとテンションが上がり過ぎて……」
「いえ……、それで貴方の言ったことですが私は無実というわけではないのです」
「でも、ハクが何かをしたことはないんだろ?」
「ええ、何もしませんでした。私は、何も」
「…………」
ハクが何を言いたいのかを理解し、大黒は押し黙る。
「初めはただの興味本位でした。力ある存在としてこの世に生まれ落ち、崇められ、畏れられたことはあった私ですが、人間の中に交わることはありませんでした。ですから気になったのです。人間という生き物が何を考え、どのように生活しているのか」
ハクはグラスに映った自分と目を合わせながら過去に思いを馳せる。
「そう考えるようになってからそう経たない内に、私は人間に化けて人里で暮らすようになりました。その時の暮らしは楽しいものでしたね、あの頃は捨て子なども珍しくありませんでしたから素性の知れない私でも村の人々は優しく受け入れてくれましたし。それからしばらくして私は当時の有力な氏族へと引き取られることになりました」
「昔はそんなことが頻繁にあったりしたのか?」
「特殊なケースでしたね。どうにも私の容姿は人の世界で生きていくには目立ちすぎるものだったみたいで村でも話題になっていたんです。その噂を聞き付けた王族が政略の道具として使えると思ったそうで」
自分の容姿が人並み外れているという話をしているのに、ハクの顔には羞恥も誇らしさもない。
数多の人間にその見た目を称賛され続けたハクにとってそれは特筆されるものではなく、ただの事実として話すものでしかないからだ。
「それから紆余曲折あって王族に嫁ぐことになりました。彼は暴君と呼ばれることもありましたが能力は疑いようもなく優秀で、人格にも大きな問題があったわけではなく理想的な統治者でした。最初は結婚に乗り気ではなかった私も彼の人柄に惹かれていきました。ですが……」
それまで穏やかに話していたハクだったが、言いたくないことがあるかのように口ごもる。
「ですが、彼は変わりました。私が彼に惹かれていったように彼も私への想いを日に日に膨らませていったのです。ただそれだけなら良かったのですが、彼は私を喜ばせるためにある時は多くの男女とともに淫蕩に耽り、ある時は囚人に悪趣味な刑を執行しました。……私が彼を諫めるべきだったのでしょう。ええ、分かっています……分かっていました。それでも私は何もしませんでした。いつも彼と一緒にその光景を眺めるだけで、彼に忠言し処罰を受けた兵を庇う事すらしませんでした。どちらが悪いのかなど分かりきっていたのに」
ハクが話している人物に大黒は心当たりがあった。
彼の名は殷の紂王、ハクが妲己と呼ばれていた時代の話である。
紀元前1100年頃、殷王朝最後の王として知られる紂王は弁舌に優れていて、猛獣を殺すほどの怪力も持ち合わせていたと記されている。だがハクの言う通り、妾の妲己に入れ込み様々な悪行を働いた結果、臣民の信用を無くし、最期は周の武王が率いた諸国連合軍に破れ焼身自殺を図ったという。
「それから何度も転生し、その度同じことが起こりました。ある人は私を笑わせるために緊急事態でもないのに狼煙を上げ続け民を躍らせ、ある人は私に国の全権を明け渡そうとしてきました。私はそれを止められる立場にいたのに止めようとせず、流れに身を任せるだけでした。私と一緒の時代に生きた人々にとってはたまったものではなかったでしょうね。時の王が女のせいで乱心し、悪政を敷いてくるなど」
何百年、何千年も昔の話をまるで昨日のことのように話すハク。
それはハクにとってこれらの事が決して忘れられない出来事であったことを物語っている。
転生するたびに起こった全ては、心の澱としていつまでも消えずに残り続けていた。
「私にまつわる数々の伝承。それらに関して私が主犯とは言いませんが共犯であったことは確かなのです。ですから、私が無実などとは口が裂けても言えません」
そこでハクはグラスから目を外し、顔を上げる。
「私には望む望まざるに関わらず人を惑わす力があります。つまるところ私が持つ二面性とは私に惑わされた人間が悪行をなすか善行をなすか、それによるものということです」
私の性質のせいか悪行をなす人間の方が圧倒的に多いですけどね、とハクは自嘲気味に付け加える。
九尾の狐伝説の全貌、それが本人の口から明かされた。
静かにそれを聞いていた大黒は何度も頷きハクの話を咀嚼する。そして自分の中で話をまとめ終わると、再びハクに質問をぶつけた。
「ありがとう、大体理解した。ハクがやってきたことも、人間がやってきたことも。そんでまた聞きたいんだけどさ。そこまでの目にあってなんでまた人間と関わろうと思ったんだ?」
「それは私に学習能力が無いのか、という類の質問でしょうか?」
「そんな皮肉は込めてねぇよ!? ……中国、インド、ベトナム、朝鮮半島、日本、遠いところではスコットランドでまで九尾の狐の話はあるが、ほぼ全てが人間との恋愛譚だ。だから気になったんだ、何度も嫌な思いをしたはずなのにそれでも人を愛せるのは何故なのかと」
「恋愛譚なんて綺麗なものではないでしょう。恋愛よりも九尾の狐の悪辣さに主題を置いたものばかりでしょうに」
「そこは人間が書いたものだからな。たとえ人間が悪くても妖怪側が悪いようにみせるもんだ。ただ事実だけを書き残せる人間は少ない、どうしてもそこには作為的なものが入ってしまう。さっきまでの話だってそうだろ? 実際は違うのに多くの文献では九尾の狐が諸悪の根源とされてしまってる」
「……別にそれは間違いでもないと思いますけどね。私がいなければ国に混乱を巻き起こすこともなかったのですから」
大黒はハクの言葉に反論しようとしたが、何かを言う前にハクに止められた。
「貴方が何を言いたいかは分かります。ですが私も貴方も意見を変えることは無いでしょうし平行線になるだけです。それより先ほどの貴方の質問に答えましょう。何故まだ人を愛するのか……、そうですね、きっと知ってしまったからなんです」
「知ってしまった?」
「はい。胸の奥からあふれる恋慕の情を、人から与えられる優しさを、私は知ってしまいました。国を滅ぼそうと、人に殺されようとこの気持ちを忘れることは出来ません。だから私は何度生まれ変わっても人を愛するのです。……私はそれをどうしようもなく幸せに感じるのですから」
優しく微笑むハクに大黒は、
「……そうか」
と答えるだけだった。
「………………」
大黒はこれ以上なく端的に纏められたハクの質問にすぐに答えることはせず、一旦お茶で喉を潤してから口を開く。
その顔は先程までとは打って変わって神妙なものだった。
「……その質問に答える前に俺の話を聞いてもらっていいか」
「それは、私の質問に関係ある事ですか?」
「ああ」
「でしたらどうぞ、私の答えられる範囲でなら答えましょう」
ハクの許可を得て、大黒は自分の事について話し出す。
「俺が居た家はその昔、九尾の狐の討伐に参加していたことがあったらしいんだ。それを踏まえて大黒って名字に聞き覚えはあるか?」
「無いですね。私を討伐する時は何時も、何時の時代も大勢の人間が招集されます。なので、よっぽど印象的な相手でもないと記憶の端にすら残りません」
大黒としてはこの話でハクを怒らせるかもしれないと思っていたが、ハクの反応は淡白なものだった。
「怒ったりしないんだな」
「貴方の先祖が私の討伐に加わっていたことをですか? 言ったでしょう、大勢の人間がいたと。そんなのいちいち気にしていたら私の身が持ちませんよ。いいですから続きをどうぞ」
ハクは自分の反応を窺ってくる大黒を見て、その気遣いは別の場所で発揮してくれないかと思いながら話を催促する。
「……大黒家の人間は昔のことがよっぽど自慢らしくて、先祖の武勇伝を幾度となく話して聞かせてきた。そしてその武勇伝を大げさなものに見せるためだろうなぁ、九尾の狐に関する資料も色々と揃ってたんだ」
その全てが九尾の狐を悪役として扱き下ろすものだったがな、と大黒は吐き捨てる。
「まあ何が言いたいかっていうと、俺にとって九尾の狐は小さい頃から身近に感じる存在だった」
「それは分かりましたが、今の話だと貴方は私に好意など抱かないはずでは?」
ハクは人差し指を頬に当てながら首を傾げる。
「普通ならそうなるんだろうな。けど俺は事情があって大黒家とは滅茶苦茶に仲が悪い、殺したいほど憎んでさえいる。そんなわけで俺はいくら大黒家の連中が九尾の狐の悪評を吹き込もうとそれを頭から信じることは無かった。だから俺は自分で九尾の狐について調べるようになったんだ、嫌いな人間を否定したいって動機でな」
「それで気になることが出来たと」
「ああ。俺が聞きたいのは、ハクは実際どっちなのかってことだ」
大黒はそこで再びお茶を飲み、一拍あける。
「どっち、とは?」
「いやな、調べていくうちに九尾の狐には二つの側面があることを知ったんだ。一つは多くの陰陽師が信じているような悪女としての面、もう一つは国家昌盛や婚姻愛情の兆しとされる瑞獣としての面。確かに善悪二つの面があるはずなのに、日本では不自然なほど悪の方の逸話が語られている。そのことについて自分なりの仮説も考えたけど、やっぱり本人に聞くのが一番だと思ってさ」
「……別に私に限らず二面性のある妖怪は多くいます。人間にしても少なからず違う顔を持つものはいるでしょう。そこまで気にするものではないと思いますが」
ハクの表情は固い。突っぱねるほどのものでもないが、大黒の質問はハクにとって語るのを避けたい話題であるようだった。
だが、長年思い悩んできた疑問を目の前にした大黒がそれくらいで止まるはずも無く、さらに言葉を重ねる。
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大黒の真剣な頼みにハクは黙って少し思案した後、口をゆっくりと開いた。
「分かりました。ですが、私が話すのは貴方が望む答えではないかもしれませんよ」
「それでも俺は知りたい。大丈夫だ、話してくれ」
大黒の決意が固いことを確認し、ハクはしぶしぶ自分の過去について話すことにした。
「結論からいうとどちらの面も私であることに間違いはありません」
「それは……」
「誤魔化しているわけではありません。私が人間にどう語られているかは私も把握しています、細部は違えどそれらの伝承は確かにあったことなのです」
何か言いかけた大黒を手で制し、ハクは話を続ける。
「ただ……、そうですね。善行にしろ悪行にしろ、私が自ら積極的に関わったことはありませんでした」
悔やむように言ったハクの言葉に大黒は過剰に反応し、テーブルから身を乗り出す。
「じゃあハクは無実ってことか!?」
「おち、落ち着いてください。これから話していきますから」
急に盛り上がり始めた大黒にハクは困惑する。
大黒も話を急ぎ過ぎた自覚はあるのか、謝罪しながら椅子に座りなおす。
「悪い、ちょっとテンションが上がり過ぎて……」
「いえ……、それで貴方の言ったことですが私は無実というわけではないのです」
「でも、ハクが何かをしたことはないんだろ?」
「ええ、何もしませんでした。私は、何も」
「…………」
ハクが何を言いたいのかを理解し、大黒は押し黙る。
「初めはただの興味本位でした。力ある存在としてこの世に生まれ落ち、崇められ、畏れられたことはあった私ですが、人間の中に交わることはありませんでした。ですから気になったのです。人間という生き物が何を考え、どのように生活しているのか」
ハクはグラスに映った自分と目を合わせながら過去に思いを馳せる。
「そう考えるようになってからそう経たない内に、私は人間に化けて人里で暮らすようになりました。その時の暮らしは楽しいものでしたね、あの頃は捨て子なども珍しくありませんでしたから素性の知れない私でも村の人々は優しく受け入れてくれましたし。それからしばらくして私は当時の有力な氏族へと引き取られることになりました」
「昔はそんなことが頻繁にあったりしたのか?」
「特殊なケースでしたね。どうにも私の容姿は人の世界で生きていくには目立ちすぎるものだったみたいで村でも話題になっていたんです。その噂を聞き付けた王族が政略の道具として使えると思ったそうで」
自分の容姿が人並み外れているという話をしているのに、ハクの顔には羞恥も誇らしさもない。
数多の人間にその見た目を称賛され続けたハクにとってそれは特筆されるものではなく、ただの事実として話すものでしかないからだ。
「それから紆余曲折あって王族に嫁ぐことになりました。彼は暴君と呼ばれることもありましたが能力は疑いようもなく優秀で、人格にも大きな問題があったわけではなく理想的な統治者でした。最初は結婚に乗り気ではなかった私も彼の人柄に惹かれていきました。ですが……」
それまで穏やかに話していたハクだったが、言いたくないことがあるかのように口ごもる。
「ですが、彼は変わりました。私が彼に惹かれていったように彼も私への想いを日に日に膨らませていったのです。ただそれだけなら良かったのですが、彼は私を喜ばせるためにある時は多くの男女とともに淫蕩に耽り、ある時は囚人に悪趣味な刑を執行しました。……私が彼を諫めるべきだったのでしょう。ええ、分かっています……分かっていました。それでも私は何もしませんでした。いつも彼と一緒にその光景を眺めるだけで、彼に忠言し処罰を受けた兵を庇う事すらしませんでした。どちらが悪いのかなど分かりきっていたのに」
ハクが話している人物に大黒は心当たりがあった。
彼の名は殷の紂王、ハクが妲己と呼ばれていた時代の話である。
紀元前1100年頃、殷王朝最後の王として知られる紂王は弁舌に優れていて、猛獣を殺すほどの怪力も持ち合わせていたと記されている。だがハクの言う通り、妾の妲己に入れ込み様々な悪行を働いた結果、臣民の信用を無くし、最期は周の武王が率いた諸国連合軍に破れ焼身自殺を図ったという。
「それから何度も転生し、その度同じことが起こりました。ある人は私を笑わせるために緊急事態でもないのに狼煙を上げ続け民を躍らせ、ある人は私に国の全権を明け渡そうとしてきました。私はそれを止められる立場にいたのに止めようとせず、流れに身を任せるだけでした。私と一緒の時代に生きた人々にとってはたまったものではなかったでしょうね。時の王が女のせいで乱心し、悪政を敷いてくるなど」
何百年、何千年も昔の話をまるで昨日のことのように話すハク。
それはハクにとってこれらの事が決して忘れられない出来事であったことを物語っている。
転生するたびに起こった全ては、心の澱としていつまでも消えずに残り続けていた。
「私にまつわる数々の伝承。それらに関して私が主犯とは言いませんが共犯であったことは確かなのです。ですから、私が無実などとは口が裂けても言えません」
そこでハクはグラスから目を外し、顔を上げる。
「私には望む望まざるに関わらず人を惑わす力があります。つまるところ私が持つ二面性とは私に惑わされた人間が悪行をなすか善行をなすか、それによるものということです」
私の性質のせいか悪行をなす人間の方が圧倒的に多いですけどね、とハクは自嘲気味に付け加える。
九尾の狐伝説の全貌、それが本人の口から明かされた。
静かにそれを聞いていた大黒は何度も頷きハクの話を咀嚼する。そして自分の中で話をまとめ終わると、再びハクに質問をぶつけた。
「ありがとう、大体理解した。ハクがやってきたことも、人間がやってきたことも。そんでまた聞きたいんだけどさ。そこまでの目にあってなんでまた人間と関わろうと思ったんだ?」
「それは私に学習能力が無いのか、という類の質問でしょうか?」
「そんな皮肉は込めてねぇよ!? ……中国、インド、ベトナム、朝鮮半島、日本、遠いところではスコットランドでまで九尾の狐の話はあるが、ほぼ全てが人間との恋愛譚だ。だから気になったんだ、何度も嫌な思いをしたはずなのにそれでも人を愛せるのは何故なのかと」
「恋愛譚なんて綺麗なものではないでしょう。恋愛よりも九尾の狐の悪辣さに主題を置いたものばかりでしょうに」
「そこは人間が書いたものだからな。たとえ人間が悪くても妖怪側が悪いようにみせるもんだ。ただ事実だけを書き残せる人間は少ない、どうしてもそこには作為的なものが入ってしまう。さっきまでの話だってそうだろ? 実際は違うのに多くの文献では九尾の狐が諸悪の根源とされてしまってる」
「……別にそれは間違いでもないと思いますけどね。私がいなければ国に混乱を巻き起こすこともなかったのですから」
大黒はハクの言葉に反論しようとしたが、何かを言う前にハクに止められた。
「貴方が何を言いたいかは分かります。ですが私も貴方も意見を変えることは無いでしょうし平行線になるだけです。それより先ほどの貴方の質問に答えましょう。何故まだ人を愛するのか……、そうですね、きっと知ってしまったからなんです」
「知ってしまった?」
「はい。胸の奥からあふれる恋慕の情を、人から与えられる優しさを、私は知ってしまいました。国を滅ぼそうと、人に殺されようとこの気持ちを忘れることは出来ません。だから私は何度生まれ変わっても人を愛するのです。……私はそれをどうしようもなく幸せに感じるのですから」
優しく微笑むハクに大黒は、
「……そうか」
と答えるだけだった。
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