九尾の狐、監禁しました

八神響

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一章 大黒家争乱編

二十一話

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 大黒が異変に気付いたのは玄関に入る直前だった。

「これ……、まさか」

 ハクを自らの元に繋ぎ止めている命綱。
 大黒が三年かけて完成させたハクを閉じ込めておくための結界。
 部屋全体を覆っていたはずの結界が、無くなっている。

「…………っ!」

 その事実を認識した大黒は急いで鍵を開けて部屋の中へと入る。

 そしてリビングのドアを開けると、そこには数時間前とは全く違う光景が広がっていた。

 ベランダのガラス戸は開け放たれたままで、切り傷や火の跡が部屋中についており、持ち出してきた呪具も、強固な結界で囲っていた石箱以外は残らず消えていた。

 しかしそれらの事よりも大黒の心を揺さぶったのは、ハクの姿がどこにも見当たらないことだった。

「おいおい……、冗談きついぞ……」

 大黒は現実から目を逸らすように家中を探し回ったが、ハクが見つかることは無かった。

 大黒がハクを探索している間に、純も遅れてリビングに入り事件が起きていることを把握した。

「……なるほど、兄さんが慌てるわけです」

 ハクに特別な思い入れのある訳ではない純は大黒のように取り乱すことは無く、冷静に部屋の検分を始めた。

 状況からして、明らかに一般人の犯行ではなく陰陽師の仕業だと断定し、部屋に残った傷から術者の霊力を調べる。

 ガラス戸や部屋の惨状を放置するなど、犯人は自らの行為を隠蔽する気が一切ない。

 それは霊力に関しても同じで、傷には術者の霊力の残滓がそのまま残されていた。

「……一人や二人じゃないですね。少なくとも十数人の陰陽師がここで暴れたというわけですか。しかも、どれも覚えのある霊力ばかり……」

 純が襲撃者の正体に思い至った所で、ハクがいないという現実を受け止めた大黒がリビングに戻ってきた。

「あ、兄さん。……少し言いづらいのですが、ここに来た相手が誰か分かりました。部屋に残った霊力を調べたので、まず間違いはないと思うんですけど……」
「いや、いい。俺も分かってる」

 大黒は調査報告をしようとした純の言葉を遮る。

 先程はハクの所在を確認するのが先決で考えようとしなかったが、少し頭を働かせればこんなことをする相手は大黒には一人しか思いつかなかった。

 大黒は目に怨念を宿しながら、相手の名前を口にする。

「大黒秋人。あのふざけた糞野郎が従者をけしかけてきたんだろーよ」
「……はい、恐らくは」

 純は静かに兄の言葉を肯定した。


 大黒秋人、大黒真と大黒純が育てられた大黒家の前当主。

 陰陽師としての才能は皆無だが、その代わり誰よりも名誉欲がある男。

 大黒とは別のベクトルで九尾の狐を特別視している秋人は、二人の想像通り大黒が家を空けている間にハクを襲撃し、再び大黒家が返り咲くための材料に使うために家へと連れ去った。

 大黒が作った結界は内側にいる者に対する効果に重きを置いていて、外側から壊す分には規格外という程の力は持っていなかった。

 そのため、大黒家の戦力が総出でかかれば壊すのも容易であり、多勢に無勢となれば半分以上の力を失っているハクではどうすることも出来なかった。

 しかし不幸中の幸いだったのは、秋人がこの場でハクを殺さなかったことである。

「俺はちょっと用事が出来た。純は俺が帰るまでこの家にいるなり、ホテルに行くなり好きにしといてくれ」
「ま、待って下さい兄さん! そんな体でどこに行くつもりですか!」

 短い言葉だけ残してリビングを出て行こうとする大黒を、純は慌てて呼び止める。

「どこって、決まってるだろ。本家だ。あいつは多分、まだハクを殺してない。こんなところで陰ながら殺すよりも、陰陽師を集めて大々的に殺す方が『大黒家の偉業』を周囲に認めさせやすいしな。今頃その準備でもしてるんだろうよ」

 大黒は忌々しそうに吐き捨てる。

 実際、大黒の予想は正しい。秋人にとっても今回の事は予期していなかったことで、全てが突発的に行われた。

 そのため、九尾の狐の討伐を利用するための準備が全く出来ていなかった。

 だが秋人も大黒がハクを取り戻しに来ることは想定済みであり、なるべく早く事を済ませようとしていた。 

 つまり、大黒の動き出しが遅くなればなるほどハクを助けられる可能性は低くなっていく。 

 大黒もそれを理解しているため、一刻も早く大黒家に向かおうとしていた。

 たとえ前日に酒呑童子と戦い、数十分前に純と戦った体であろうとも。


「無茶です! 生きて帰れるはずがありません! もう体力も霊力も限界でしょう!? そんなの……そんなのは、ただの無駄死にです……!」
「言いにくいことをはっきりと言うな、お前は。だけど大丈夫だ、少なくともハクだけは逃がすから無駄死ににはならないさ」

 大黒は純を安心させるために無理やりに笑みを作る。

 その強がりが、逆に純の感情を爆発させてしまった。

「私が心配してるのは兄さんですっ!!」

 純は両目に涙をためて大黒を睨みつける。

「何で兄さんはあの女狐にそこまで入れ込むんですか! 命をかけてまで助ける価値が本当にあると思ってるんですか!?」
「……お前は俺の事をやたら神聖視してくれてるみたいだけど、俺はそんな上等な人間じゃないぞ。俺は別にハクを助けに行くわけじゃない、奪い返しにいくんだ。ハクにとってこの部屋に連れ帰られるってのは助ける、に入らないだろうしな」

 秋人に殺されるのも、大黒に監禁されるのも、どちらもハクの不利益にしかならない行動だ。

 場合によっては、一生大黒に飼い殺されるよりもここで殺された方がましと考える可能性すらある。

 大黒もそれを自覚しているが、だからといってハクを取り返しに行くという気持ちを揺らがせることは無い。

「それにさっきはああ言ったけど、死ぬつもりだって毛頭ない。俺は俺の幸せのためにハクを奪いにいくんだし、死ぬ訳にはいかない。……俺は九尾の狐に救われた、勝手に妄想して、勝手に理想を抱いてただけだけど確かに救われてたんだ。その時から俺の幸せは決まってた、九尾の狐と一緒に健やかに日々を過ごすこと。だから悪いけどハクの価値とか考えたことも無いんだ、俺はいつも自分の事しか考えてない」

 大黒は顔を歪ませて自嘲する。

 純相手だからこそ晒す大黒の本心、そこに嘘は一片も無かった。

「そんで俺の幸せのためにはハクの存在が必要不可欠、俺が動く理由はただそれだけだよ」

 迷いなく言い切る大黒の言葉に今度は純の顔が歪む。

 大黒の主張を聞いて純の脳裏に浮かぶ言葉は一つだけだった。

(どうして……! どうして……!)

 純は思う。何故、九尾の狐なのか。もっと言えば、何故自分じゃないのか。

 今まで誰よりも兄の傍にいたのは自分のはず。兄の事なら何でも知っているし、兄のためなら何でも出来る。

 純にはその自負があるのに、大黒は自分の幸せの要因として純を選ばなかった。

 その想いは簡単に解消されるものではなく、大黒の言葉を聞いても純の心の中でぐるぐると渦巻いていた。

 だがそれを言っても大黒を困らせるだけというのが分かっていた純に、もう選択肢は残されていなかった。

「そうですね……、私が間違ってました。こうなった兄さんを止めることなんて出来るはずも無かったんです。もう私は止めません、ですがその代わりに私もついて行かせてもらいます」

 大黒を止めることを諦めた純は、せめて自分がついて行くことで大黒を死から遠ざけようとする。

 しかし純の選択は大黒には到底許せるものでは無かった。

「いや、それこそなんでだよ。俺は大黒家を潰しに行こうとしてるんだぞ? 当主のお前がそれについてくるなんて認められるわけねーだろ」

 先程までとは逆の立場になる二人。

 大黒はハクを助けるついでに、今後大黒家が自分たちに手出し出来ないように徹底的に潰すつもりであった。

 妖怪を助けるために陰陽師の家を潰すなど、陰陽師としても一般人としてもあり得ない所業である。

 大黒自身はその罪を一生背負っていく覚悟をしているため迷う事は無いが、純も一緒となると話は変わる。

 陰陽師協会を抜けた大黒と違い、純にはまだ陰陽師としての立場がある。純が大黒に同行したなら、大黒家当主という肩書は剥奪され、純も協会から追われることとなる。

(俺だけならともかく、純にそんな道を歩ませる訳にはいかないよなぁ。……気は進まないが、最終的には契約書を使うしかないか)

 そう考え始めた大黒が口を開く前に、純は自分が大黒について行く理由を話し始めた。

「……今回の事は私にも責任があるんです」
「責任?」
「はい、恐らくですがあの男は私の荷物に式紙でも付けていたのでしょう。そうでないと、こんなにタイミングよく襲撃なんて出来ないはずですし」

 陰陽師の使う『しきがみ』は二種類ある。

 一つは、大黒と純の間に結ばれているような、契約書を使って使役されるもの。

 もう一つは式符と呼ばれる札を使う符術の一種で、術者が遠隔操作する術者の目や耳の代わりとして使えるもの。

 純がここで言う式紙とは、後者のものである。

 式符を使って作られる式紙は、術者の力量により精度や形態が異なる。

 能力が高い陰陽師であれば、まさに術者の分身とも言える式紙を作れるが、能力の低い陰陽師では小さいものしか作れず精度も曖昧だ。

 だがそれでも式紙の周囲の簡単な把握くらいは出来るため、陰陽師の間では重宝されている。

 秋人も普段から情報収集のためや従者の行動を監視するために式紙を使っており、不審な行動をしていた純にも式紙を放っていた。

 そして数年前に出て行った息子の家の状況を知り、今回の事件が起こった。

「だとしても純が責任を感じる必要なんてないだろ。事を起こしたのはあいつだ」

 大黒はあくまで実行犯の秋人のせいだと主張し、純の同行を認めない。

 純は頑なな兄を説得するために理由をもう一つ追加する。

「いえ、兄さん。私がついて行きたいのはそれだけが理由ではないんです。……元々私は、いえ私も大黒家を一新しようと思っていましたから。それこそ兄さんを巻き込むつもりはありませんでしたけど」
「一新って……、穏やかじゃないな」
「ええ、穏やかに済ますつもりはありませんでしたから。私が当主になったところであの男とあの男の息のかかったものが大黒家にいる限り、大黒家に未来はありません。それを防ぐためにも私は時期が来たら私の部下以外の大黒家の人間を全て殺すと決めていました。ですから今の兄さんとやろうとしていることは同じなんです。……もう少し時間は置く予定でしたけど」
「んー……」

 大黒はいつもに増して過激な純の発言に頭を抱える。

「……そんなことやって協会誤魔化せんの?」
「目撃者は残しませんから表沙汰になることはありません。大黒家の人間で外部の人間とかかわりのある者は少ないですからね、何人死んでもばれることはないでしょう。多少の工作もしますし。どうです、兄さん。これで私を置いていく必要は無くなったでしょう」
「まあ……、そうだな」

 大黒はしぶしぶと頷く。

 自分一人でやるよりも、純に手伝ってもらった方がハクを取り戻せる可能性が高いのも事実で、純のこれからの生活が脅かされないなら大黒に断る理由は無かった。

「でも驚きだな、お前がそこまで大黒家の未来を憂いてたなんて」
「……私がそうするのは兄さんがいつでも安心して大黒家に帰って来られるためです。あの男がいなくなって家も大きくなったなら兄さんも帰ってきたくなるかもしれない、と」

 純は縋るような目で大黒を見る。

 だが大黒はそれに返事をせず、リビングを出て行こうとする。

「じゃあ俺は準備してくるから、純は少し待っててくれ」
「……分かりました、では私は下に車を回しておきます」

 大黒がそう来るのは純も分かっていたので、話はそこで終わった。

 そして大黒が自室に入ったのを見て純は静かに呟いた。

「…………兄さんの馬鹿」
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