49 / 117
二章 混ざり怪編
十七話
しおりを挟む
「な、ん、で、あたしがこんなことしなきゃなんねぇんだっつう話っすよ」
鬼川は車を運転しながら今の自分の状況にぶつくさと文句を言う。
それに返事を出来る人間は車内に二人。どちらも後部座席にいるのだが、その内の助手席側に座っている人物が言葉を返す。
「そりゃあの場で車を運転出来るのが鬼川しかいなかったからだよ。鬼川と俺以外は免許を持っていない、俺はこの通り片腕。ほら、鬼川しか頼める相手がいないだろ?」
その人物、大黒は右手で左袖をひらひらさせながら返事をする。
大黒の言葉に鬼川はげんなりとした顔をするが、後ろにいる大黒からは顔が見えない。正確にはルームミラーで見ることも出来るが、嫌な顔をされるのは分かっているため見ようとしなかった、だが。
「出来る出来ないって事言ってんじゃないっす。あたしがそのガキのために動かなきゃならないってのがおかしいって言ってんです」
「おいおい、あんまり磨を怖がらせるようなこと言うなよ。泣いちゃうだろ」
「……私、そんなに繊細だと思われているの?」
二人の会話に名前が出てきたことにより、もう一人の同乗者である磨が声を発する。
しかし、あまりにも小さい声だったため二人の耳には届かず、大黒と鬼川は変わらず口論を続けている。
「大体ちゃんと了承はとっただろ?」
「あたしのじゃなくて当主のっすけどねぇ! あーもう! お兄さんの家に行ってる時が一番リラックス出来る時間だってのに!」
それほど広くもない車内に鬼川の悲痛な声が響き渡る。
三人がこうして出掛けている発端は大黒のある一言だった。
純と共に自室から帰ってきた大黒は、リビングで勉強している磨を見るなりこう言った。
『よし、家具を買いに行こう』
その時の磨はソファーに座っていたのだが、文字を書くため多少前屈みになっていた。
さらに食事をする時に使っている椅子も、元々大黒が使っていたものだったため磨の身長には合っていない。
そうした磨が生活する際に生じる様々な不便に、リビングを一望することでようやく気付けた大黒は先程の提案をするに至った。
しかしそのような大きな買い物は片腕の大黒では手に余る。では、誰に手伝って貰うかということになって矛先を向けられたのが鬼川であり、こうして渋滞の中車を運転させられる羽目になったのだった。
「えー、鬼川ってそんなに俺のことが好きだったのかぁ。でも俺には心に決めた相手がいるからその想いには答えられないんだ、悪いな」
加えて今の状況を作り出した元凶がこのような態度であるのが、鬼川を余計に苛立たせており、鬼川の怒りのボルテージは中々下がらない。
「いや、マジでキモいんでやめてもらえるっすか。お兄さんはまあ凄いと思ってますが、そんな感情は一ミリもないんで。キモい」
「ちょっとした冗談なのにこんなダメージを受けるとは思ってなかったよ!」
キモいを連呼された大黒は胸を握りしめながらそう叫ぶ。
多少はやり返せたことでスッキリしたのか、鬼川は窓枠に肘をついて落ち着きを取り戻した。
「お兄さんがどうこうじゃなくて、お兄さんの家に行くと当主が機嫌良くなるからあたしも気が楽ってことっすよ。お兄さんの家にいる間はそっちの目を気にしてるのかあれこれ命令されることもないし、そういうので休まるってことっす」
「普段はそんなに酷使されてんの?」
「そりゃあもう。基本的に休みなんて無いし、用事があったら夜中でも呼び出される。労働基準法なんてなんのその、まだヤクザの方が優しいってレベルっすよ」
「極道と比べられてしまうのかうちの妹は……」
思っていたよりも数段劣悪だった労働環境に大黒は眉をひそめる。
自分はもっとクリーンな職場に就職しようと決意をした大黒は、同時に浮かび上がってきた疑問をそのまま鬼川に投げつける。
「でもなんで鬼川はそんな所で働いてるんだ? まだまだ若いし、転職先なんていくらでもあるんじゃないか?」
「そーいうのはあたしより年食ってる奴が言うもんっすよ。知らねーようなんで言っとくが、あたしはお兄さんより五歳年上っすからね」
鬼川はタメ口混じりに自分の年齢を明かす。
それを聞いた大黒は気まずそうに頬をかきながら、言葉を探す。
「あー……、そっか。そりゃそうか。初対面が非常事態だったからついタメ口になっちゃってたけど、今からでも敬語にしたほうがいいか?」
「そんなのは気にしないでいいっすよ。むしろお兄さんに敬語なんて使わせたら当主に何されるか分かったもんじゃない」
「純は信用されてるのかされてないのか分かんねぇなぁ……」
「信用というか忠誠は誓ってるっすよ、一応ね。……当主にはでっかい借りがあるんす。どんだけ理不尽な扱いを受けても、その借りがあるから逆らわないし離れない。あたしがここを辞めない理由はそれだけっす」
大黒の質問への答えとして、自分と純との関係を離す鬼川。
大黒は二人の間に何があったのか気になったが、既に『大黒家』とは関係を絶っている自分が深入りはしないほうがいいと考え、それ以上は踏み込まなかった。
「まあ純が独りじゃないのは何よりだ。……で、磨はずっと窓の外を見てるけどなんか面白いものでもあった?」
そして鬼川との会話は一旦切り上げ、二人が話している間ずっと車外を眺めていた磨に話しかけた。
鬼川は車を運転しながら今の自分の状況にぶつくさと文句を言う。
それに返事を出来る人間は車内に二人。どちらも後部座席にいるのだが、その内の助手席側に座っている人物が言葉を返す。
「そりゃあの場で車を運転出来るのが鬼川しかいなかったからだよ。鬼川と俺以外は免許を持っていない、俺はこの通り片腕。ほら、鬼川しか頼める相手がいないだろ?」
その人物、大黒は右手で左袖をひらひらさせながら返事をする。
大黒の言葉に鬼川はげんなりとした顔をするが、後ろにいる大黒からは顔が見えない。正確にはルームミラーで見ることも出来るが、嫌な顔をされるのは分かっているため見ようとしなかった、だが。
「出来る出来ないって事言ってんじゃないっす。あたしがそのガキのために動かなきゃならないってのがおかしいって言ってんです」
「おいおい、あんまり磨を怖がらせるようなこと言うなよ。泣いちゃうだろ」
「……私、そんなに繊細だと思われているの?」
二人の会話に名前が出てきたことにより、もう一人の同乗者である磨が声を発する。
しかし、あまりにも小さい声だったため二人の耳には届かず、大黒と鬼川は変わらず口論を続けている。
「大体ちゃんと了承はとっただろ?」
「あたしのじゃなくて当主のっすけどねぇ! あーもう! お兄さんの家に行ってる時が一番リラックス出来る時間だってのに!」
それほど広くもない車内に鬼川の悲痛な声が響き渡る。
三人がこうして出掛けている発端は大黒のある一言だった。
純と共に自室から帰ってきた大黒は、リビングで勉強している磨を見るなりこう言った。
『よし、家具を買いに行こう』
その時の磨はソファーに座っていたのだが、文字を書くため多少前屈みになっていた。
さらに食事をする時に使っている椅子も、元々大黒が使っていたものだったため磨の身長には合っていない。
そうした磨が生活する際に生じる様々な不便に、リビングを一望することでようやく気付けた大黒は先程の提案をするに至った。
しかしそのような大きな買い物は片腕の大黒では手に余る。では、誰に手伝って貰うかということになって矛先を向けられたのが鬼川であり、こうして渋滞の中車を運転させられる羽目になったのだった。
「えー、鬼川ってそんなに俺のことが好きだったのかぁ。でも俺には心に決めた相手がいるからその想いには答えられないんだ、悪いな」
加えて今の状況を作り出した元凶がこのような態度であるのが、鬼川を余計に苛立たせており、鬼川の怒りのボルテージは中々下がらない。
「いや、マジでキモいんでやめてもらえるっすか。お兄さんはまあ凄いと思ってますが、そんな感情は一ミリもないんで。キモい」
「ちょっとした冗談なのにこんなダメージを受けるとは思ってなかったよ!」
キモいを連呼された大黒は胸を握りしめながらそう叫ぶ。
多少はやり返せたことでスッキリしたのか、鬼川は窓枠に肘をついて落ち着きを取り戻した。
「お兄さんがどうこうじゃなくて、お兄さんの家に行くと当主が機嫌良くなるからあたしも気が楽ってことっすよ。お兄さんの家にいる間はそっちの目を気にしてるのかあれこれ命令されることもないし、そういうので休まるってことっす」
「普段はそんなに酷使されてんの?」
「そりゃあもう。基本的に休みなんて無いし、用事があったら夜中でも呼び出される。労働基準法なんてなんのその、まだヤクザの方が優しいってレベルっすよ」
「極道と比べられてしまうのかうちの妹は……」
思っていたよりも数段劣悪だった労働環境に大黒は眉をひそめる。
自分はもっとクリーンな職場に就職しようと決意をした大黒は、同時に浮かび上がってきた疑問をそのまま鬼川に投げつける。
「でもなんで鬼川はそんな所で働いてるんだ? まだまだ若いし、転職先なんていくらでもあるんじゃないか?」
「そーいうのはあたしより年食ってる奴が言うもんっすよ。知らねーようなんで言っとくが、あたしはお兄さんより五歳年上っすからね」
鬼川はタメ口混じりに自分の年齢を明かす。
それを聞いた大黒は気まずそうに頬をかきながら、言葉を探す。
「あー……、そっか。そりゃそうか。初対面が非常事態だったからついタメ口になっちゃってたけど、今からでも敬語にしたほうがいいか?」
「そんなのは気にしないでいいっすよ。むしろお兄さんに敬語なんて使わせたら当主に何されるか分かったもんじゃない」
「純は信用されてるのかされてないのか分かんねぇなぁ……」
「信用というか忠誠は誓ってるっすよ、一応ね。……当主にはでっかい借りがあるんす。どんだけ理不尽な扱いを受けても、その借りがあるから逆らわないし離れない。あたしがここを辞めない理由はそれだけっす」
大黒の質問への答えとして、自分と純との関係を離す鬼川。
大黒は二人の間に何があったのか気になったが、既に『大黒家』とは関係を絶っている自分が深入りはしないほうがいいと考え、それ以上は踏み込まなかった。
「まあ純が独りじゃないのは何よりだ。……で、磨はずっと窓の外を見てるけどなんか面白いものでもあった?」
そして鬼川との会話は一旦切り上げ、二人が話している間ずっと車外を眺めていた磨に話しかけた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
なお、スピンオフもございます。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる