九尾の狐、監禁しました

八神響

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二章 混ざり怪編

三十話

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(休み明けの学校って何でこんなにやる気が出ないんだろう……)

 ゴールデンウィークが終わり、まだまだ取るべき単位が残っている大黒は大学へと来ていた。

 くぁ、とあくびをしながら大黒はゴールデンウィーク中に起こった出来事について頭を巡らす。

(なんか今年のゴールデンウィークは色々あったなぁ……。野槌と戦って、磨と会って、鵺みたいなのと戦って、藤が生きてるのを知った。中々に激動だ、俺は平穏無事に過ごしたいのに何故か激動だ)

 机に肘をついて講義を受けている大黒はお世辞にも授業態度が良いとはいえないが、周りも周りでスマホをいじっていたり、寝ていたりといった様子なので、特に咎められることもなく講義は粛々と進んでいく。

(まあ俺よりも磨の方が大変だろうからなんとも言えないか。住む場所が変わった上に、妖怪や陰陽師なんて知らなくてもいい存在のことまで知っちゃって。それでもあんな平然としてられるなんて……あれは持って生まれたものなのか、それともそうならざるを得なかったのか)

 鵺と戦った後、大黒は磨に全てを打ち明けることにした。

 それというのも妖怪というのは普通の人からは見えづらい存在ではあるが、妖怪が実在すると知ってる者からは容易に見えるようになってしまう。

 そして妖怪に気付いてることに気付かれたら、妖怪から狙われやすくなる。妖怪が見える人間には霊力が高い人間が多いからだ。

 霊力が高い人間は人を喰う妖怪にとっては貴重な栄養源、実際はどうであれ見えるというだけで捕食対象になりうる。

 それを避けるためにも磨には最低限の知識をつけておく必要があった。

 妖怪のこと、陰陽師のこと、気をつける場所、気をつける時間等々。

 それらを教えるに伴って、必然的に大黒が昔陰陽師だったことやハクの正体についても話したのだが(流石に監禁しているとは言えないためその辺りは虚実を織り交ぜて)、全てを聞き終えた磨の反応は『……そう、これからは気をつけるわ』という一言だけだった。

 大黒の言っていることを理解していなかったわけではなく、きちんと理解した上での言葉だったためそれ以上何かを言うことは無かったが、余計に大黒は磨のこれからについて不安になった。

(なんか……、自分の命がかかってる時でも動じなさそうなんだよなぁ……。悪いことじゃないんだけど……ん?)

 大黒が別のことを考えている間に講義は終わりを迎えていて、生徒は各々出席カードを教授に提出するために席を立ち始めていた。

 そんな生徒の流れに逆行して、大黒の方へと向かって来る女子生徒が目に入り、大黒は一時思考を中断した。

「おー、久しぶり委員長。髪切った?」
「むしろ伸ばしてる途中だよ、分かってて言ってるでしょ」

 大黒が委員長と呼ぶ女性、相生あいおい姫愛ひめは肩まで伸びている髪を指で摘んでしかめっ面をする。

「そうだっけ?」
「大黒くんは本当に周りに興味がないよね……、きっとそんな大黒くんは私が寝坊した大黒くんのために取っておいてあげた民俗学のレジュメもきっといらないだろうし裏紙として使わせてもらうね……」
「はっはっはー! 冗談だって委員長! いやー、前々から委員長にはロングが似合うと思ってたんだよなー!」
「大黒くんはそんな浮ついたセリフを色んな女の子に言ってるんだろうね……、だから私以外にもレジュメを取ってくれてる女の子がいるだろうしレポートの課題が書かれたこのレジュメはシュレッダーにかけておくね……」
「そーんなことないけどなー! 俺が大学で話す女子なんて委員長くらいのもんだし!」
「……ちなみに聞くけど私の本名って覚えてる?」
「………………」

 長い沈黙は大黒が相生の名前を欠片すらも覚えていないということを何よりも雄弁に語っていた。

「まさか本当に覚えてもらってないとは思わなかったよ……、地味にショック……」
「い、いやー、ほら、皆委員長って呼ぶし、何なら本名を聞いたことがない可能性だってあるかもしれない」
「無いね! 絶対に無いね! 四年間ずっとおんなじゼミだったんだから私の名前を聞く機会なんて山程あったはずだし!」

 しどろもどろになりながら弁解する大黒を相生は一蹴する。

 だが実際大黒の言うことも一部は間違いではなく、この大学で相生のことを知っている生徒は皆相生のことを委員長と呼ぶ。

 相生は特にサークルに入っているわけでも、委員に所属しているわけでもない。ただただ同年代と比べるとしっかりしていて、所属ゼミではまとめ役のような立場にいるためそう呼ばれている。

 学年が変わり、ゼミが変わっても相生の立場は揺るぎなく、いつしか相生に対する『委員長』呼びは本人の預かり知らぬ所にまで広まっていた。

 しかし、それは本名を忘れてもいい理由にはなるはずもなかった。

「うん、覚えてる覚えてる。委員長が心配するまでもなくちゃんと覚えてるから、早くそのレジュメを渡してくれると助かる」
「覚えてないって断言できるから一応自己紹介しとくね。あ、い、お、い、ひ、め、それが私の名前だから今度こそ覚えてね!」

 そう言って相生は手に持っていたプリントを机の上にバン! と音を立てて置いた。

「はい……、いつもお世話になっております……」
「いーよ、これくらい。授業に出るついでだから。でも般教の方は自分でなんとかしてね? 私はもう般教の単位取り終わってるから同じ授業を取ることできないし」
「もちろん、俺だってちゃんと四年で卒業したいしな」
「なら良いけど……。ゼミの方もちゃんと月一では顔を出すよーに、そうじゃないと大黒くんの卒論はどうなってますかーって聞かれるの私なんだから」
「あの、ほんと、いつもお世話になってます」

 へへぇ、と情けなく笑いながら頭をヘコヘコと下げる大黒。

 色んな面で大黒の大学生活をサポートしてくれている相生に頭が上がらず、その後も二、三言注意を受けると、相生は『じゃあ私は友達と約束があるから』と言って教室を出ていった。

「……はー、委員長がいなかったら俺はマジで卒業出来てなかった気がするなー……。卒業するまでにちゃんと礼を考えとくか」

 言葉に感謝の念を滲ませ、大黒は頭を掻く。

 すっかり人が少なくなった教室、残っているのは友達と談笑している生徒と出席カードを待つ教授のみ。

 大黒も早く名前と授業の感想を書いて教授に提出しよう、とペンを持ったその時、隣からどこか聞き覚えのある声で話しかけられた。


「とてもまともで可愛らしい女の子だったね、陰陽師の学校では見ないタイプだ。全く、君も隅に置けないねぇ。ちょっと見ない間にあんな娘こと良い仲になってるなんて。披露宴にはぜひ呼んでくれよ? 友人代表スピーチは僕がやってあげるからさ。ああ、心配しなくていい。ちゃんと陰陽師や妖怪のことは伏せておくから、誰が聞いても違和感のない完璧なスピーチをしてみせるさ」

 相槌も無いのにペラペラとよく喋るその人物のことを大黒は知っていた。

 見た目こそ少し変わっているが、その雰囲気や話し方は大黒が知っていた頃と何一つ変わっていない。

 しかしまさかこんな所で会うなんて大黒は予想しておらず、口を開けてただ固まっていた。

 そんな大黒を見てその人物は、いたずらが成功した子供のようにニンマリと笑みを浮かべてこう言った。

「ふふっ、久しぶりだね乙哉おとや。僕だよ、まさかさっきの娘みたいに名前を忘れたわけじゃあないだろうね」
「…………藤、瑠美」

 絞り出すように言った大黒の言葉に、相手はさらに笑みを濃くして満足そうに頷いた。
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