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二章 混ざり怪編
三十八話
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「……っ!」
大黒は何が起こったのか理解するよりも早く、磨に刃を突き立てた相手に攻撃を加えようとする。
しかし、ほぼ反射的に繰り出された大黒の蹴りは、相手が磨から刀を引き抜いて後ろに下がったことで、当たることなく空を切る。
支えが無くなったことで倒れてきた磨を抱きかかえた大黒は、相手を強く睨みつけその名を呼ぶ。
「……どういうことだ。藤」
名前を呼ばれた相手、藤瑠美は刀の峰を肩に乗せて。まるで偶然道でクラスメイトに会ったかのような顔で大黒に手を振ってきた。
「やあ、乙哉。数日ぶりだね」
ぬけぬけと挨拶をしてきた藤に対し、大黒の眉間の皺はさらに深くなる。
「おお、怖い。そんなに怒らないでくれよ。君と僕との仲じゃないか」
「……くだらないことを言ってないで早く質問に答えろ」
大黒は磨が刺された箇所を確認しながら、藤を急かす。
磨は体の中心を背中から一刺しにされたはず、だがその傷口からは血の一滴も流れていない。
服には確かに穴が空いているため幻覚の類ではない。かといって普通の刀で刺されていたとすれば、血が出ないはずがない。
そして何よりも磨の傷口から漂う異様な霊力の流れ、それら全てが磨を刺した刀が特殊な呪具であることを指し示している。
「まあまあ、そう焦らなくてもいいよ。その子を見てくれれば分かると通り、この刀は普通の刀じゃない。どれだけ刺したって直ぐには死なないんだ。まあ刺された痛みはあるから気を失っているようだけどね」
「ああ、そうだろうよ。だから俺もまだ冷静でいられるんだ。……ギリギリな」
奥歯を噛み締めて威圧してくる大黒を見て藤は肩を竦める。
「そうだね、そろそろ本題に入ろうか。このままだとその子の命より君の堪忍袋の尾の方が先に切れそうだ」
「…………」
「とは言ってもね、僕も想定外なんだよこの流れは。本当ならこの刀で刺すのは君の予定だったんだから」
藤は刀を大黒に向けて刀身を鈍く光らせる。
「第四級指定呪具、飢餓ノ剣。肉体ではなく魂に作用し、傷をつけた相手の霊力を永久に喰い続ける呪いの刀さ。傷の深さに比例して喰う速度は速くなるけど、一定時間に喰える量には上限があるから、さっきも言った通り直ぐには死なない。その傷でも後五分くらいは持つんじゃないかな」
「なるほど……。それで? お前が俺を狙う理由はなんだ?」
残り五分と時間は差し迫ってきているが、まずは藤の目的を聞かないことには状況が進展しないと踏んだ大黒は磨の治療よりも藤への質問を優先する。
「理由、ね。本当に心当たりはないのかい?」
「ああ、無いな。少なくともお前に恨まれる覚えは全くない」
「ふぅ……」
大黒の返答に藤は溜息をついて首を振る。
「あくまで自分からは口を割らないつもりなんだね。心の中では分かってるだろうに……。じゃあ教えてあげようか。今、陰陽師界隈では二つの大きな話題がある。その内の一つに君の名前が出てくるんだ。曰く、大黒家長男大黒真が九尾の狐を手中に収め、その力で陰陽師界の転覆を狙っている、という感じでね」
「……は?」
全く予想していなかった言葉に大黒は間抜けに口を開けて固まってしまう。
実際、藤の言うように大黒も心の内ではハク関連のことなんだと思っていたが、その内容は大黒の想像の斜め上を行っていた。
しかし大黒はすぐに頭を切り替え、再び何も知らないフリを続けることにした。
「根も葉もない噂だ。そんな与太話を信じるなんて逃亡生活で心が疲れたか?」
「そうだねぇ、色んな所で情報収集をしているけど、確かにこっちの噂を信じている人はそこまで多くはないみたいだ。一個人に伝説の九尾がどうこうできるわけがないって皆思うみたいで」
「だったら……」
「いや、でもね。君も昔よく聞かされただろう? 火のないところに煙は立たないって。だから僕は調べてみることにしたんだ、本当に根も葉もないのかどうか」
「…………」
薄ら笑いを浮かべる藤の瞳には確信が宿っており、大黒が何を言おうとも誤魔化すことは出来ない様子だった。
それを感じた大黒は押し黙って藤の言葉の続きを待つ。
「その結果、噂は半分真実だった。さすがだよ、君は。いつだって僕の想像を超えてくれる。君はもう陰陽師と関わり合いを持つ気は無いようだったけど、九尾を手中に収めていたのは事実。そこで僕は君にアプローチをかけることにしたんだ」
「お前が狙ってたのは俺じゃなくて九尾の方か」
「その通り! 九尾なんて極上の素材、いくらでも研究の使い道がある。……だけど悲しいことに君の守りは盤石だった。君の家に九尾がいることは分かったし、君の家の場所も知っているんだけど、あの結界だけは僕じゃあどうにも出来なかった。直接尋ねて入れてもらおうにも、陰陽師僕じゃ警戒して家に上げてくれないだろうし」
藤は額に手を当て過去の苦労に思いを馳せる。
「それでね、最終的に思い至ったのは九尾の狐に結界を壊してもらおう、というものだったんだ。伝説の九尾にしては小さい体だったけど、その内に宿る力は本物。いかに君の結界といえど、そうは持たないはずだ」
大黒は藤の言葉に引っかかるものを感じたが、疑問は顔に出さず頭の中で考えを巡らす。
(姿さえ見えればハクが九尾の狐だって調べる方法はいくらでもある。だから同居してることを知っているのに不思議はない。けど、こいつの言い方だとハクが力を失ってるのは知らない風に聞こえる。俺の噂を流したのは、大黒秋人に違いないが、そこは伏せてるのか……?)
そして秋人の意図について考えようとしたが、その思考は藤の話によって遮られた。
大黒は何が起こったのか理解するよりも早く、磨に刃を突き立てた相手に攻撃を加えようとする。
しかし、ほぼ反射的に繰り出された大黒の蹴りは、相手が磨から刀を引き抜いて後ろに下がったことで、当たることなく空を切る。
支えが無くなったことで倒れてきた磨を抱きかかえた大黒は、相手を強く睨みつけその名を呼ぶ。
「……どういうことだ。藤」
名前を呼ばれた相手、藤瑠美は刀の峰を肩に乗せて。まるで偶然道でクラスメイトに会ったかのような顔で大黒に手を振ってきた。
「やあ、乙哉。数日ぶりだね」
ぬけぬけと挨拶をしてきた藤に対し、大黒の眉間の皺はさらに深くなる。
「おお、怖い。そんなに怒らないでくれよ。君と僕との仲じゃないか」
「……くだらないことを言ってないで早く質問に答えろ」
大黒は磨が刺された箇所を確認しながら、藤を急かす。
磨は体の中心を背中から一刺しにされたはず、だがその傷口からは血の一滴も流れていない。
服には確かに穴が空いているため幻覚の類ではない。かといって普通の刀で刺されていたとすれば、血が出ないはずがない。
そして何よりも磨の傷口から漂う異様な霊力の流れ、それら全てが磨を刺した刀が特殊な呪具であることを指し示している。
「まあまあ、そう焦らなくてもいいよ。その子を見てくれれば分かると通り、この刀は普通の刀じゃない。どれだけ刺したって直ぐには死なないんだ。まあ刺された痛みはあるから気を失っているようだけどね」
「ああ、そうだろうよ。だから俺もまだ冷静でいられるんだ。……ギリギリな」
奥歯を噛み締めて威圧してくる大黒を見て藤は肩を竦める。
「そうだね、そろそろ本題に入ろうか。このままだとその子の命より君の堪忍袋の尾の方が先に切れそうだ」
「…………」
「とは言ってもね、僕も想定外なんだよこの流れは。本当ならこの刀で刺すのは君の予定だったんだから」
藤は刀を大黒に向けて刀身を鈍く光らせる。
「第四級指定呪具、飢餓ノ剣。肉体ではなく魂に作用し、傷をつけた相手の霊力を永久に喰い続ける呪いの刀さ。傷の深さに比例して喰う速度は速くなるけど、一定時間に喰える量には上限があるから、さっきも言った通り直ぐには死なない。その傷でも後五分くらいは持つんじゃないかな」
「なるほど……。それで? お前が俺を狙う理由はなんだ?」
残り五分と時間は差し迫ってきているが、まずは藤の目的を聞かないことには状況が進展しないと踏んだ大黒は磨の治療よりも藤への質問を優先する。
「理由、ね。本当に心当たりはないのかい?」
「ああ、無いな。少なくともお前に恨まれる覚えは全くない」
「ふぅ……」
大黒の返答に藤は溜息をついて首を振る。
「あくまで自分からは口を割らないつもりなんだね。心の中では分かってるだろうに……。じゃあ教えてあげようか。今、陰陽師界隈では二つの大きな話題がある。その内の一つに君の名前が出てくるんだ。曰く、大黒家長男大黒真が九尾の狐を手中に収め、その力で陰陽師界の転覆を狙っている、という感じでね」
「……は?」
全く予想していなかった言葉に大黒は間抜けに口を開けて固まってしまう。
実際、藤の言うように大黒も心の内ではハク関連のことなんだと思っていたが、その内容は大黒の想像の斜め上を行っていた。
しかし大黒はすぐに頭を切り替え、再び何も知らないフリを続けることにした。
「根も葉もない噂だ。そんな与太話を信じるなんて逃亡生活で心が疲れたか?」
「そうだねぇ、色んな所で情報収集をしているけど、確かにこっちの噂を信じている人はそこまで多くはないみたいだ。一個人に伝説の九尾がどうこうできるわけがないって皆思うみたいで」
「だったら……」
「いや、でもね。君も昔よく聞かされただろう? 火のないところに煙は立たないって。だから僕は調べてみることにしたんだ、本当に根も葉もないのかどうか」
「…………」
薄ら笑いを浮かべる藤の瞳には確信が宿っており、大黒が何を言おうとも誤魔化すことは出来ない様子だった。
それを感じた大黒は押し黙って藤の言葉の続きを待つ。
「その結果、噂は半分真実だった。さすがだよ、君は。いつだって僕の想像を超えてくれる。君はもう陰陽師と関わり合いを持つ気は無いようだったけど、九尾を手中に収めていたのは事実。そこで僕は君にアプローチをかけることにしたんだ」
「お前が狙ってたのは俺じゃなくて九尾の方か」
「その通り! 九尾なんて極上の素材、いくらでも研究の使い道がある。……だけど悲しいことに君の守りは盤石だった。君の家に九尾がいることは分かったし、君の家の場所も知っているんだけど、あの結界だけは僕じゃあどうにも出来なかった。直接尋ねて入れてもらおうにも、陰陽師僕じゃ警戒して家に上げてくれないだろうし」
藤は額に手を当て過去の苦労に思いを馳せる。
「それでね、最終的に思い至ったのは九尾の狐に結界を壊してもらおう、というものだったんだ。伝説の九尾にしては小さい体だったけど、その内に宿る力は本物。いかに君の結界といえど、そうは持たないはずだ」
大黒は藤の言葉に引っかかるものを感じたが、疑問は顔に出さず頭の中で考えを巡らす。
(姿さえ見えればハクが九尾の狐だって調べる方法はいくらでもある。だから同居してることを知っているのに不思議はない。けど、こいつの言い方だとハクが力を失ってるのは知らない風に聞こえる。俺の噂を流したのは、大黒秋人に違いないが、そこは伏せてるのか……?)
そして秋人の意図について考えようとしたが、その思考は藤の話によって遮られた。
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