終わる世界で恋を探す

八神響

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一章

どこにでもあった幸せ(3)

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 視線の先にいる二人の名前は、平野透ひらのとおる平野夕美ひらのゆうみ。名字からも分かるように兄妹だ。

 すらっとした長身の兄と小柄で小動物のような妹、俺が知っている限り二人は常に一緒にいる。休み時間であろうと、遊びに行く時であろうと、トイレに行く時でさえ、二人が離れているところを見たことが無い。
 学校に通いだすのは六歳からだというのに、当時四歳だった妹も兄と共に学校に通うようになったという筋金入りっぷりだ。
 そんな二人だが、実は兄妹という以外にも二人の関係性を表す言葉がある。

 その関係性の名前は『恋人』、平野兄妹はこの学校で唯一の兄妹であり、また唯一のカップルでもあるのだ。

 子供が作り難くなった体である今の人類の中で兄妹がいるというだけでも珍しいのに、そこにカップルなんてプロフィールも付くのは、世界広しと言えどこの兄妹だけではないかと思う。
 二人の希少性を再認識していると、葵は二人の方を見て懐かしそうに目を細めていた。

「どうしたんだ、そんな顔して」
「いや、あの二人に関して愛の話をするとなると、どうしても昔の事を思い出してしまってね。つい物思いにふけってしまっていたよ」
「昔の事ってあれか、この学校で平野兄妹と初めて会った日の事か?」
「そうだよ、あれほど衝撃的な挨拶だ。今でも鮮明に思い出せるよ」

 今から十一年前、俺と葵そして平野兄妹は一緒に学校に入学した。そこで俺たち四人は、新入生としてそれぞれ自己紹介をした。

 最初の三人は自分の名前や趣味といった当たり障りのない自己紹介だったのだが、最後に残った一人、平野妹の自己紹介は今も俺達の記憶に強く焼き付くほどの印象の強いものだった。
 平野妹は開口一番、自分と兄の関係を説明した。それも兄妹の方ではなく恋人としての。

『私と兄さんは恋人同士だから誰も私たちにそういった感情を抱かないようにして。後、男の人は私に、女の人は兄さんに話しかけないで』

 平野妹はこの発言をした後、自分の名前すら言わず自己紹介を終了した。
 そして宣言通り、自分たちの周りに異性を一切近づけないように周囲を威嚇し続けている。おかげで十一年間、同じ学校に通っているのに俺は平野妹と会話をしたことが無い。同じように葵も兄の方とは話したことが無いだろう。
 兄は元来社交的な性格のようで、男子生徒が話しかけると気さくに挨拶をして、そのまま話をするのだが、妹は同性が相手でもあまり話そうとはしない。平野妹が学校で兄以外と話をしたのなんて、片手で数えられるくらいに違いない。
 だからあの二人について話せることなんてそこまで無いのではないかと葵に言ったが……。

「そんなことは無いよ。君は知らないかもしれないが、これでも私は好奇心が旺盛な人間なんだ」
「よく知ってるよ」

 世が世なら、マッドサイエンティストにでもなってそうな奴だと常々思っている。

「だから気になったことは追求せずにはいられない。今でこそ相手を慮ることを覚えたが、昔は相手の事情なんて気にも留めず迫っていた時期があってね」
「そういやそんなんだったな、中学生くらいの時だったか? あの頃のお前は猪突猛進って言葉が良く似合っていた」
「思い出すと恥ずかしい限りだよ、周りが全く見えていなかったのだから。とにかくその時、平野兄妹に兄妹で恋仲というのはどういった心情なのかとしつこく聞いていたんだ」
「デリカシーの欠片も無いな」

 呆れた顔でそう言うと葵は苦笑して肩を竦める。

「返す言葉も無い。でも、そんな関係の人間とこれから先の人生で出会う事は無いだろうと思うと、どうしても聞いておきたくなったんだ」
「まあ、それでその時にいろいろ話を聞いたと」
「そういう事だね。残念ながら平野夕美のガードが固くて、平野透の方とは話す事が出来なかったけど、そこは想像と君から平野透の話を聞くことで補うとするよ」

 君は平野透と話したことがあるだろう? と葵は足を組み替えながら言う。
 確かに話したことがあるにはあるが、葵が聞きたがるような深い話なんてしたことが無いし、葵のご期待に沿えるかどうかは微妙なところだ。
 平野兄とどんな話をしたっけと会話を思い出していると、思い出す前に葵が再び話し出した。

「まずは私が知っている妹の話からしよう。彼女の愛は一見先ほど話したエロス、または偏執的で熱狂的な愛であるマニアだと思われる。だけど、彼女の愛の本質はそこにはない。エロスとマニアの二要素の愛も確かに存在しているだろうが、彼女の愛はプラグマだ」
「プラグマ……」

 頭が追い付かず、ただ言葉をオウム返しにする。
 エロスとかと違って聞き覚えの無い言葉だ、どんな意味を持っているか想像もつかない。

「プラグマというのはね、恋愛を目的とした愛じゃない。恋愛はあくまで手段だと考え、自分の目的達成を第一に考える愛の形なんだ。自分に確かなメリットがあるからこその恋愛。例えば、昔だと相手がお金持ちだから結婚する、相手が企業の社長でそれを自分のステータスに出来るから結婚するといった様な愛だよ」
「……それは果たして愛なのか?」
「れっきとした愛の形だよ。愛が張りぼてで、その中身は打算にまみれたものだとしても愛は愛さ。より現実的なステータスを重要視しているに過ぎない」

 葵にそう言われても俺は簡単に納得することは出来ずしかめ面になる。
 俺が思う愛っていうのはもっと純粋なもので、誰もがその在り方に憧れるようなものだ。メリットありきのものを愛と呼ぶのは少なからず抵抗がある。
 俺の顔を見て、葵はさらにプラグマについて言葉を重ねる。

「納得できないって顔をしているね。君のその潔癖さは美点だと思うけど、世の中には色んな考え方があるって事さ。プラグマ型の人間にとって愛はそこまで優先されるべきではないんだよ、それよりも実利を欲するのさ。愛なんて手段の一つに過ぎないんだ」
「まあ、なんだ。そういう人間がいるってことは分かったけど何で平野妹がそれに該当するんだ? 金や地位なんて今時欲しがる奴はいないだろ」

 人類の滅亡が決まってから経済は崩壊した。
 人が働き、金を得るのは自分や自分の子どもたちに未来があるという大前提の上にある。人口が減少することで客は減るし、どれだけ金を稼いでも未来が良くなることなんてない。そんな状況になったら、誰も今まで通り働いていこうなんて思わない。

 しかし食料や移動手段、またネット環境や医療は維持していかないと、残っている人類は寿命を全うすることも無く死んでいく。だけど貧乏くじを引きたい奇特な人間は滅多にいない。
 その事態を危惧した政府は、誰もが働かなくなる前にロボット開発を進めた。動き出しが速かった政府のおかげで、手遅れになる前に今まで人間がやってきた仕事は全部ロボットに置き換える事が出来た。
 俺が生まれる三十年前には食料を作ることも、電車を運転することも、命に関わる大怪我を手術することも、全て自動でロボットがやってくれるようになったらしい。そしてロボットが金を欲しがるわけもないので、そうなった時点で貨幣の価値は無くなった。

 だから、葵が言うようなプラグマの愛を持つ人間はもういなくなったと言っても過言でもないのではと思う。

「君が言うようにお金はただの紙切れだし、地位を持つ者なんて宗教組織のトップくらいしかいない時代だ。そして平野妹はそんなものを欲しがる人間ではない。だから彼女の目的は別なものなのさ」
「その別のものっていうのは?」

 俺の質問に答える前に葵は鞄から水を取り出し、喉を潤した。
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