終わる世界で恋を探す

八神響

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六章

他人の心に住む方法(2)

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 初めて会った時の記憶はもうない。母親同士が幼馴染で奇跡的に子供を産むタイミングも重なったらしく、俺たちはその時からずっと一緒だった。家も近いし、お互い兄妹もいないから多分親とか関係なくても仲良くはなってたんだろうけど、今のような関係を築けていたかは微妙だ。親には感謝してる。
 それからしばらくは二人の時間。身近に子供が全くいなかったから、世界にはもう俺たちしか子供が残っていないんじゃないかと不安になる時もあった。子供ながらに世界が終わりに近づいているのを感じていたんだろう。そんな時、葵はいつも俺に世界の広さを語ってくれた。  

 これだけ広大な大地があるんだから自分たち以外にも子供がいないわけないと俺を励ましてくれた。
 そして学校に通う年齢になり、葵の言葉は正しかったんだと知る。そこからは隼人も交えて三人で遊ぶようにもなった。さらに一年後には堀も入学してきて一気に賑やかに感じた。
 しかしその反面、葵との時間が減ったことが寂しかった。葵と仲良くしてる隼人や堀を見て、言いようも無い気持ちにも襲われた。俺はそこで葵への恋心を自覚する。

 色々悩みも抱えながら数年が経ち、まず俺の両親が死んだ。自殺だ。俺も成長して大体のことは一人で出来るようになってたし、学校には先生という大人もいたから心配ないと判断したのだろう。
 成長を見届けられてよかった。この世界で子供を授かったことが私たちにとって一番幸福なことだった。でも万が一、子供に先立たれたら私たちは死ぬとき、失意の底で死ぬことになる。だから、幸せな気持ちを抱えた今の状態で死ぬことにする。葵と上手くいくことを空から見守っている。
 遺書の内容は大体こんな感じだった。育てて貰っておいてなんだが、自分勝手な親だ。当時は子供の気持ちも考えろと思ったような覚えがある。ショックはショックだったが、ままあることだし、わりとすぐに受け入れることは出来た。

 俺の両親が死んで数カ月後、次は葵の両親が自殺した。葵の母親は流されやすい人だったから、こっちの親に感化されたのだろう。葵の父親は妻を溺愛していたし、妻が死ぬのなら自分も一緒に、という感じだったのだと思う。
 葵の両親が死んだとき、葵はしばらく家から出てこなかった。葵はなんだかんだ感じやすい人間で、自分の親が死んだら相応に落ち込む。石山と似たようなタイプだ。
だけど家でずっと泣きはらしていたのかというとそれも違う。両親の心中の動機は葵には理解できなかった。母親の方はともかく、父親の愛するゆえに愛する人との死を選ぶという感情がどうにも葵には納得がいかなかったらしい。だがこれは葵に限らず、恋愛感情を持っていない人間は皆、葵と同じことを思うだろう。
 普通なら生まれつき持っていないのだから自分には分からない事だと諦めるところだが、葵はそれでも理解しようと家に籠ってずっと本を読んでいたらしい。この前、愛とは何かを聞いた時に出てきた知識はきっとその時に蓄えたものだと思う。

 そして葵はそういう気持ちになる人間もいるのかと何とか理解することが出来た。自分がそういう気持ちになることはないが、恋愛感情を持つ人間はそんな心の動きをするのだと分かった。
 それから俺も葵も成長し、葵はより様々な知識を、俺はより葵への想いを、それぞれ身につけられるだけ身につけて今に至る。
 目の前には屋上の入り口、人生を振り返っている間に目的地には到着した。
 俺は葵をゆっくりと地面へと降ろし、屋上に続く扉へと手をかける。

 ――――そして、

「屋上なんて入るの初めてだな」
「何があるわけでもないからね。自殺者か高所が好きな人間でもない限り、立ち寄ろうとは思わない」

 葵の言うように屋上は長い間誰も踏み入らなかったのだろうが、それにしては綺麗な状態で保たれていた。先生かロボットが定期的に手入れでもしているのかもしれない。
 何より印象的なのは屋上から見える景色だった。住み慣れた街でも高い所から見るとまるで雰囲気が違っていた。
 上からだと、ロボットが運営している公共施設とそれ以外の建物の劣化の差が歴然だ。同じ街の建物のはずなのにそれらが並ぶと違和感しか感じない。
 ぽつぽつと外にいる人たちは移動するシミのようだ。全員が暗い雰囲気を纏って、下を向いて歩いている。
 これ以上地上を見つめても得るものが無いと思い空を見上げたら、世界にはまだまだ美しいものがあったのだと気付くことができた。

「葵……、何があるわけでもないって言ったな?」
「うん、精々街を俯瞰できるくらいだろう? これはこれで一見の価値があるかもしれないがそんなのは別にここじゃなくても見れるしね」

 葵もさっきまでの俺と同じように街の様子を眺めている。だから気付かない。 

「いや、ここじゃなきゃ見れないものもあるぞ」
「うん? なんだい、何か特別なものでも見つけたのか?」
「ああ、そうだ! 上を見ろ! 天使が舞ってる! 楽しそうにダンスを踊ってる! ほら! 屋上の縁や給水塔に
も!」

 俺たちの上で、こんにゃくの体にきゅうりの手足が生えた天使たちが笑いながらくるくると旋回している。子供なのか大人なのか、男なのか女なのかもわからない。もしかしたらあれこそが人間が目指すべき姿だったのかもしれない。だけど愚かな人間はそこに到達することも無く、たかだか数百万年で種としての終わりが来た。何ともやりきれない。ああ……それにしても、なんて楽しそうなんだ。

「……天使か。君の目にはこの空の中に天使が存在しているように見えているんだね」

 葵も下を見るのを止め、空を見上げているはずなのに何故か反応が芳しくない。
 おかしいな、葵ならもっと目を輝かせて喜ぶと思ったのに。

「どうしたんだ葵、天使だぞ? 空想上のものだと思っていた存在が目の前にいるんだ。いつもの葵なら真っ先に捕獲して話を聞きに行きそうなものなのに……」

 いやしかし、あの天使たちには口があるのだろうか? そもそも使う言語が違う可能性もある。なにせ天使だ、人間なんかでは思いもよらないような意思疎通の方法があってもおかしくない。

「そうだね、私なら本当にそうしてしまうかもしれない。でもね、私には天使なんて見えていないんだよ。私が見上げているのは何の変哲もない普通の空だ。君が見る天使がどんな姿をしているのかは分からないけど、少なくとも私が天使と認識できるような存在は空に浮かんでいないんだ」

 葵は空からこちらに視線を移す。その顔は泣きながら笑っているように見えた。

「こんなにはっきり見えてるのに葵には見えていないのか。残念だな、せっかく喜んでもらえると思ったのに」

 なんで俺には見えているのに葵には見えていないんだろう。視力なら葵の方が良いはずなのに。俺の目を葵に移植したら葵も見えるようにならないだろうか。
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